2015年01月10日

太陽の棘(とげ) 原田マハ

太陽の棘(とげ) 原田マハ 文藝春秋

 第二次世界大戦の終戦から3年後の沖縄を舞台に、絵画をとおして、反戦を訴えるテーマです。内容は、60年ぐらい前にさかのぼるタイムトラベル、そして、当時の京都、沖縄の風景、生活様式をめぐる外国人にとっての日本観光の要素があります。
 サンフランシスコで精神科医を務めるドクター・エドワード・ウィルソン84歳の回想記です。彼は24歳の頃、戦後の沖縄で精神科医として米軍基地で働きました。日本人を診る(みる)ためではなく、米国軍人を診るためです。患者たちは、日本人を殺したと同時に、自らの精神もつぶした人たちです。
 沖縄米軍基地内に、規則はあるけれど、だれも従わない世界だった。画家になりたかったエドワードは、現地人との関わりをもってはいけないとういうきまりは気にせず、沖縄の画家たちと交流をもち始めます。両者は交流をもちながら、お互いに人間とはなにかについて学びました。
 60年間のスパン(期間)を文章化するためには、作者自身が50代なかばをすぎていないとできない気がします。作者の年齢は知りませんが、正直、深みに欠けるところがあります。
 キーワードは、「互いが巡り合うとは思っていなかった。」
 単語「コンセット」の意味がわかりませんでした。調べました。半円形の住居のようなものでした。かまぼこ型兵舎でした。沖縄にあった。現在残っているものあるようです。
 日本人に無礼な扱いをする上官がいます。彼もまた戦争で狂ったひとりです。沖縄人を日本人と認めない本州の日本人がいます。本土人と沖縄人は違っていた。
 登場人物のひとり、セイキチ・タイラ。個性的な絵を描く。個性的な絵は売れない。生活できない。
 最後の1ページには、気持ちがこみ上げてくるものがありました。タイトル太陽の棘の意味が判明します。
 日本国とアメリカ合衆国、国と国は戦ったけれど、それぞれの人が戦う必要はなかった。不幸は生まれ、今だにひきずっていることもある。中国、韓国、北朝鮮。そのほか、東南アジア諸国。いつ、気持ちの対立が終わるのか、めどが立たない。


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