2014年10月06日

就活のバカヤロー 光文社新書

就活のバカヤロー 光文社新書

 就活の結果が伴わないことについて、原因をさぐるべく、熱く、語ってある本でした。立場を「就活生」、「大学」、「企業」に分けて、分析が続きます。
 著書では、資格マニアを否定する記述があるのですが、大学では、就職に真に必要な国家資格は取得しておくべきです。資格で食べていけると期待することは道にはずれてはいません。
 大学は学術を研究・探求するところであって、就職のための予備校ではないとの大学側の説明がありますが、両者を両立していただかないと、学生本人や高い学費を負担している親はたまりません。そもそも、高校卒業後や専門学校卒業後の就職でもいい。昔と違って、大卒の価値が下がりました。親としては複雑な心境です。就活をしない学生は、勉学や研究に没頭しているとも思えません。
 文章の構成は、縦書き文章があって、ページの下に横書きの一行コメントが情報提供として載っています。ちょっと読みにくいけれど、横書き部分は、縦書き部分を全部読んでからパラパラと部分的に読みました。有益な情報が含まれていました。
 文の調子は、全体的に気持ちが熱く込められています。抗議に近い部分もありますが、仕事がなかなか決まらない学生さん、あるいは卒業生が読むと共感できるでしょう。
 はじめに→項目の記述→ふりかえりというパターンは、人によって感じ方が異なるのでしょうが、わたしにはくどいと感じました。著者の強い気持ちが出すぎていて圧迫感を感じます。
 「○○のような××な人間です」と面接で言うことに対しての分析で、“一方通行のコミュニケーション”という評価がよかった。本にあるように自然が一番です。
 103ページから続く、「東一早慶」とか「日東駒専(日本・東洋・駒沢・専修)」、「産近甲龍(京都産業・近畿・甲南・龍谷)」、「大東亜帝国クラス(大東文化・東海・亜細亜・帝京・国士舘)」という表記が面白かった。
 この本に書かれているのは、いわゆる名の知れたいい会社に入ることです。庶民にとって、上層社会です。その点で読者層は狭まります。
 労働条件の部分を読みながら考えたことです。一般サラリーマンの仕事というものは、朝は午前7時すぎに家を出て、通勤時間を含めて、帰宅するのは、午後8時以降から午後10時くらい。1日12時間ぐらいは、稼ぐための時間に費やします。残業手当がつかないこともままあります。自己学習のための自己負担もままあります。障害物競争のような毎日を克服するためには、努力と忍耐を継続していかなければならなりません。その見返りとして、毎月、決まった日に、決まった額の給料を得ることができますがその金額は十分とはいえず、生活内容もいろいろな面で、かなりハードです。そんな習慣を構築できないとなれば、自営業の道を模索すべきです。それは、さらにハードです。24時間が勤務時間になります。毎月、決まった日に、決まった額の給料は出ません。
 ときおり出てくる「マッチポンプ」という言葉の意味がわかりませんでした。調べてみました。一人二役、問題を起こして(マッチ)、それを自らが収拾して(消化ポンプを使用する)関係者から報酬を得るというような内容でした。この本の場合だと、就職情報会社が就活を利用して儲けているという説明です。
 最後まで読んで悟ったことです。まずは、お金ありきから始まる。就職が決まらない学生さんはかわいそうです。思えば昔は週休二日制ではなかった。その分、一日の勤務時間帯は、今よりも短かった。気持ちのゆとりの面で言えば、週休二日制になる前のほうがよかった。昔、電算化されると仕事が楽になると言われていた。電算化されたら、人がする仕事のポストがなくなった。職人技を持ったベテランの能力はパソコンにとってかわられた。文化も衰退した。テレビから流れるのは懐メロばかり。新しい文化を創造するポジションの職が消えた。最低限の生活費が得られればいい。企業が儲かればいい。今の若い人たちの苦労が伝わってきました。


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