2014年07月16日

他人を攻撃せずにはいられない人 片田珠美

他人を攻撃せずにはいられない人 片田珠美(かただたまみ) PHP新書

 攻撃する人は、パワハラ上司とか顧客クレイマーかと思っていたら、本に書いてある大半はそうではありませんでした。夫婦における夫とか、嫁に対する姑(しゅうとめ、夫の母)あるいは、夫の姉と夫の嫁、父親と息子、母親と娘など、身近な親族関係にある者同士のことでした。ビジネスの部分もありますが、その件に関しては、期待したほどの文章量ではありませんでした。とはいえ、ビジネスにもファミリーにも共通点は多い。
 以下は本を読みながらの本の中身とわたしの考えです。
 なにやら不穏な出だしです。やるか、やられるか。弱くておとなしい人、そしてたぶんまじめそうな人が標的です。
 事例紹介が続きます。病院勤めの著者の周囲にいる人たちなので、ビジネスマンの事例が少ないのでしょう。特徴的なのは、対象者が不倫・浮気をしていることです。攻撃する夫だけではなく、被害者である妻も同様です。凡人には、浮気をする時間もお金もありません。朝早くから夜遅くまで、住宅ローンや子どもの教育費を稼ぐためにサービス残業込みで仕事場に拘束されています。
 協力者の顔をした敵という考察は当たっています。こちらが友達だと思っていても相手は自分を友達だとは思ってくれていません。
 たったひとりの独裁者(攻撃型上司)のために職場の雰囲気が暗く重くなり、有能な社員たちが辞めていく。残るのは、無気力な社員ばかりで、組織が疲弊して崩壊していくとあります。それは、なんとかしてくいとめなければなりません。
 攻撃型人間の心理にあるのは、自己顕示欲と他者から承認されたいという欲望、目立ちたい、注目されたい、ちやほやされたい。そんな人間に権力をもたせてはいけません。
 日本人の性質、いや、広く、人間の性質に対する言及があります。人間界は、いじめ社会なのです。冒頭に記述がありますが、他者を見下して、自分を高くみせる。人間とはある意味、地球上でもっともみにくい生物なのです。新聞やテレビの報道姿勢もそのものです。相手を徹底的に再起できないほど叩きのめします。そして、マスコミは正義ではありません。利潤の追求をしている集団です。
 著者は、本の結末で、いかにして攻撃型人間と関係をもたないかについて述べています。「あきらめる」という言葉が登場します。同感です。関わり合いは避けた方がよい。そこに尽きます。話し合っても無理です。最低限の接触にとどめるのです。相手に対しては、口に出さなくても、心の中で、いつかばちが当たると思っていればいいのです。そして将来、相手には、必ずばちがあたります。今、勝負する必要はありません。また、仕返しをしようとしてはいけません。人間には超えてはいけない一線があります。超えれば、自分が破滅します。マイペースを守ることが大事です。
 本に書かれているような人は確かにこの社会にいます。ただ、数は少数です。避難は可能です。
 続けて書きたいことがあります。同じ個体に加害者意識と被害者意識は宿っています。攻撃型人間の個性は、同一の人間の心の中に潜んでいます。そのときの環境によって、どちらかのバランスの重みが重くなって表面に出てきます。イライラの怒りが量的に多かったり、少なかったりもします。だれしも加害者になる可能性はありますが、たいていはそれを理性で抑えています。
 加害者は自意識過剰です。自分がいなければこの場はもたないと自信をもっています。しかし、いなくてもこの場は継続していきます。歳を重ねてくるとそのことを自覚します。
 加害者は高い能力をもっているわけではありません。口だけです。指示する癖がつきすぎて、無能になっている自分に気づいていません。
 愛されたことがない。優しくされたことがない。そんな人が他者を攻撃せずにはいられない人になります。愛してほしい。優しくしてほしい欲求を暴力的に表現してきます。
 DV(家庭内暴力とか恋人同士間の暴力)や虐待(児童、高齢者相手)で、相手を殺してしまう人がいます。殺してしまった命はもう戻りません。償えません。
 被害者はいつまでも被害者でいるのではなく、強くならなければなりません。自分ががんばらなければだれも助けてくれません。

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