2014年06月04日

水軍遥かなり 加藤廣

水軍遥かなり 加藤廣 文藝春秋

 まだ、589ページ中の37ページまでしか読んでいませんが、感想は書き始めます。きっかけは、「村上海賊の娘」和田竜を読んだことからです。豪快な作品で楽しみました。年代的には、九鬼水軍のほうがあとにきます。本拠地は三重県鳥羽市です。何度か旅行で訪れました。
 4冊ぐらいの小説を同時に読む癖があるので、こんがらがることのないように、ここまでのことを記しておきます。のちの鳥羽藩主九鬼守隆の幼少期からスタートします。父親が九鬼嘉隆、織田信長と通じています。子守役が磯部武吉です。
(つづく)
 ようやく読み終えました。1か月ぐらいかかりました。
 九鬼水軍の歴史は、途中で、徳川家康の歴史にと変わり、終盤を迎えました。九鬼水軍自体は、徳川時代の到来と共に衰退しています。技術の伝承は途絶え、明治時代にいくばくかの復活を迎えています。
 NHK大河ドラマの黒田官兵衛とか、村上水軍の娘、そしてこの本、それからとっぴんぱらりの風太郎など、短期間のうちに同時代の本を重ねて読みました。歴史上群雄割拠して一番面白い時代なのでしょうが、しょせん殺し合いです。英雄はいるようでいません。自分は、喝采を送る側の人間ではないと悟ったのです。 織田信長の鉄甲船は実在しなかった。見せかけだけの鉄の船だったは、がっかりしましたが、当時の時代を思えば無理もありません。
 中部地方に住んでいるので、物語に登場する地名は身近です。今から、500年ぐらい前にあそこで、こんなことがあったのだという感慨にふけりました。されど、もう遠い昔のことです。
 意外なのは、異国人との交流がけっこうあったことです。地球は丸い。地球は動いている。国際交流を拒まない。織田信長の叡智があります。
 忍者の話や暦(こよみ)の話、ことに暦については、以前読んだ小説「天地明察」を思い出しました。 戦の強弱は兵力の数によって表わされます。相手が何万、こちらが何万です。そこに火器の数が加わります。当然選挙などという民主主義はないのです。それでも数の力が結論になることに変わりはありません。
 この本は歴史書です。虚構であるには違いない。その時代を見た人間は今はだれもいない。されど、膨大な調べのもと、たんねんに書かれていることは事実です。力作です。
 今の愛知県清須では、けっこう重要な会議が幾度か開催されていることがわかりました。映画「清須会議」を見たのは昨年のことです。
 世襲制度があります。九鬼水軍も同様です。されど、最終的に適切な跡継ぎが存在せず、水軍は消えています。組織にも人生があります。変化に適応できなければ自然淘汰されます。意地を張ってみても時代の流れには勝てません。
 徳川につくか、羽柴(秀吉)につくか。決断です。お家の運命の分かれ目です。様子をみる。寝返る。(裏切る)、何でもありです。
 伊豆の水軍、風魔小太郎は聞いたことがありませんが、偉人だったという説は説得力があります。
 船舶造成技術の記事があります。海の長距離を運行するには、船底の形状に特徴がある。
 戦闘シーンは少ない。むしろ、結果の記録だけです。
 325ページにいいセリフがあります。伊豆の「金」をめぐる会話です。たとえ、金があったとしてもなかったと報告する。これ以上、地元の住民に過酷な労働を強いたくない。
 海上の戦いの場は、熊野灘ではなく、伊豆半島周囲、移動の幅が広いことが意外でした。さらに、豊臣秀吉の命令により、水軍は、朝鮮半島まで行きます。独裁者の狂気です。だれも逆らわず、敗戦を迎えます。秀吉は62歳で死去します。
 徳川の世になって、家康は間もなく死去します。2代目は外国との交易のことがわかりません。日本は長い鎖国を迎えます。徳川幕府は200年ほど続いて滅びます。
 明治時代になってから、今年で、155年ぐらいが経過したと思います。これからこの国はどうなっていくのだろう。
 長生きすることは大事と学びました。短気、短命であってはいけない。遠い未来を見続ける。


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