2020年06月20日

11番目の取引 2020課題図書

11番目の取引 アリッサ・リングスワース作 もりうちすみこ訳 すずき出版 2020課題図書

 11番目の取引だから、その前に10回取引があったのだろうと思って読み始めました。楽器を巡るお話で、アフガニスタンとかタリバンとかが関係あるようです。タリバン=パキスタンとアフガニスタンで活動するイスラム主義の反政府組織。武装化して国の一部を支配して、「アフガニスタン・イスラム首長国」を設立している。イスラム神学校で軍事的訓練を受けた生徒で構成されている。麻薬の販売が収入源の一部。住民や外国人への暴力行為あり。1994年創立。極端な宗教解釈ですべての娯楽や文化を否定する。すべての音楽を認めない。女性が教育を受ける権利を認めない。

 「ぼく」のひとり語り一人称で物語は進行します。ぼく=サミ・サフィ。祖父の名前が、ハビブラー・サフィ。読み始めて18ページまで読んで、10歳のときに住んでいたアフガニスタンで、両親のうちのどちらかのいとこの結婚式の日にタリバンに襲われて、両親ほかの肉親を殺害されてじじ(祖父)と世界各地を逃避行して、12歳になった今は、支援団体のサポートを受けながらアメリカ合衆国ボストンで祖父とふたり暮らしをしていることがわかります。5月にボストンの学校に転入しています。6月ぐらいから夏休みに入ります。アメリカ合衆国の学年の始まりは9月に始まり、翌年の8月に終わります。学年は、Grade1からGrede12までです。この本の主人公は12歳になったところなので、Grede6、日本でいうところの小学6年生に思えます。でも、もう学校年度末なので、中学1年生みたいなものでしょう。(25ページに、自分は7年生という記事がありました。ジュニアハイスクールの1年生です)

 じじ:サミの祖父。アフガニスタンに住んでいたパシュトゥー人。ルバーブという楽器を地下鉄駅で弾くストリートミュージシャンで現金収入を得ていたが、孫のサミが大切な楽器であるルバーブを駅で知らない若い男にひったくられて奪われてしまう。じじもサミも気持ちが落ち込む。じじは、ルバーブを弾いてお金をもらうことができなくなりレストランで皿洗いの仕事を始める。

 逃避行のルートとして、「ふるさとアフガニスタンカンダハールの自宅から国境に近い国の南西部にあるニームルーズ州へ(密輸業者に有り金前部を巻き上げられて国外脱出をした)」→「アフガニスタンの隣国のイランの親せきの家に(路地裏の薄暗い部屋)1か月居た」→「トルコイスタンブールのスラム街(貧民街)2、3日は公園で寝泊まりのあと、安ホテルで20人のすし詰めの部屋」→「(いまから3年前に地中海をプラスチックボートに乗って、トルコからギリシャへと渡った)ギリシャアテネの狭苦しいホテルの一室から難民キャンプへ。ギリシャで、難民支援ボランティア団体で働いていたパイーシア軍曹と再会した。難民を助けてくれる支援団体のメンバーである軍隊を退役したパイーシア軍曹の世話になった」→「アメリカ合衆国ボストンの小さなアパート」

 たくさんの登場人物と多くのわからない言葉が出てきます。

 マイク:オペラ歌手のような大道芸人。地下鉄駅で、サミとじじのそばで歌って収入を得ている。
 ノーラン先生:主人公のサミが通う学校の先生。国語の先生
 ジム:ノーラン先生のブレスレットを盗んだ生徒。肌がサミより少し黒くて、髪がサミより三センチほど長い角刈りの生徒。小柄な体格をしている。
 ダン(ダニエル・リーヴズ):サミが図書館で出会ったサッカー好きの生徒。父親はアメリカ陸軍所属の兵士で、アフガニスタンで働いた経験あり。母子家庭。サミには、夫とは、死別か離別かはまだわからない(164ページ付近)(その後判明したこと:ダンの父親はアフガニスタンに派遣されて過酷な経験をして人が変わってしまい、家族関係をうまくやれなくなって家を去った)
 メグ・リーヴズ:ダンの母親
 マリガン先生:ジュニアハイスクール1年生であるサミの学級担任
 ジャスティン:サッカークラブのメンバー
 マイク:サッカークラブのメンバー
 ピーター:サッカークラブのメンバー。背が高い。オフェンス担当。サミをだまして、サミのもっていたキーホルダーと自分の壊れていたiPadを交換した。(物語の最初のほうに出てきた ピート:悪事を働く生徒。ジムが盗んだノーラン先生のブレスレットをそうとは知らずに売りさばこうとしたと同一人物)
 カトリーナ・クーパー:ピーターの母親
 ジューニパー:サッカークラブの受付カウンターにいる女性
 レイラ:サミがサッカークラブで出会った女子。オフェンス担当
 ミシェル:レイラの母親。こどもは三人。マイカ(男)とアレックスとレイラと末っ子がジャレド(あかちゃん)
 タイ:レイラの父親で、ミシェルの夫
 ジョンソン:レイラの母ミシェルの知人
 パトリック・バーン:レイラの母親ミシェルが働いているアンティークショップ(古いものを売るお店)の経営者。アイルランドからの移民
 オミド:サッカーチームのメンバー
 ジュリー:女子。サッカークラブのメンバー。背が高い。針金のようなチリチリの黒髪
 ハミダ:女子。サッカークラブのメンバー。長く伸ばした前髪をしょっちゅう手でかきあげる。兄がいる。
 オマル:サッカーチームのメンバー。ハミダの兄
 トルネード・シャークス:レイラ、サミ、ダンのチーム名。もうひとつのチームが、グリズリー・ベア・バンパイア
 レイラのビーズ:アクセサリーとして身につけてサッカーをしているようですが、具体的になんなのかはわかりませんでした。
 ベンジ:サッカークラブの男子
 オースティン:サッカーのコーチ。両親は、ソマリアからの移民(ソマリア:アフリカの東端。無政府状態が続いていた)
 イマーム:アラビア語で、「共同体の指導者」
 ファリド・ワジル:サミがイスラム教会で出会った男性。ストリートミュージシャンをしていたじじのルバーブの演奏に対して20ドルをくれた。サッカーチームの女子ハミダの叔父さん。
 パイーシァ軍曹:退役軍人。ギリシャで難民支援活動を行っているボランティア団体のメンバー
 マイヤー:学校長
 スーザン:サミが通う学校長の秘書
 ジュリー:サミがサッカーの試合をしたときの相手チームの女子キーパー。だぶだぶのTシャツ。黒いチリチリのちぢれっけをひっつめてポニーテールにしていた。サミがダンからもらったダンの父親の「戦闘ブーツ」をほしがる。戦闘ブーツの交換品として、画材を提供してくれる。
 リンカーン・トルドー:サッカーのコーチオースティンの友人。ノースイースタン大学で博士号をとる研究をしている大学院生。研究テーマは、難民危機として、「移民についの考察」
 シェリル・マイゼル:女性。ノースイースタン大学で学生助手をしている。
 ホマユン・サキ:アフガニスタンのルバーブ演奏者。男性
 アニマ、イサ、ラシッド、ナヴィド:自爆テロが発生した結婚式にいたサミのいとこたち
 マリハ:じじの盗まれたルバーブをギター店で購入したアフガニスタン人女性。難民。夫と夫の家族から家庭内暴力を受けていた。(硫酸、塩酸を顔にかける虐待)
 ジニー:マリハのアメリカ合衆国での保証人。

 ルバーブ:アフガニスタンの民族楽器。ギターや三味線のような形態。三本の太い弦のほかに何本もの細い弦あり。桑の木でできた胴のふくらみあり。ヤギの皮。なお、別の意味で、「ルバーブ」という野菜がある。
 パシュトゥー語:アフガニスタンやパキスタンに住むパシュトゥー人の話す言語
 マンチェスター・ユナイテッド:イングランドマンチェスターのプロサッカークラブ。サミとじじがファン。
 チャント:サッカーでリズムにのってする応援行為。サミと祖父は、マンチェスター・ユナイテッドのファン。サミは祖父に買ってもらったキーホルダーをもっている。チャントは、「ハロー! ハロー! おれたちゃ、バズビー・ボーイズ!(バズビーはイギリスに伝わる呪いの椅子)」
 カンダハール:アフガニスタンにある都市。人口32万人ぐらい。アフガニスタンの首都は、カブール。
 赤いヘナ:植物。染料として使用されてきたハーブ
 ケバブ:肉、魚、野菜などをローストする中東の料理
クレシェンド:だんだん強く
 スィンク・オブ・ミー:オペラ座の怪人で歌われる歌。男女の過去の恋愛の思い出とわたしを忘れないでという思い。
 パネンカ:サッカーのわざ。ペナルティキックのとき、ゴールポストの端に蹴るとみせかけて、ど真ん中に蹴る。
 ロックスベリー:アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンの行政区
 ラマダン:イスラム歴の9月。日本の暦とは一致しない。日の出から日没まで飲食を絶つイスラム教徒の儀式。日没後の食事はOK。食事を絶つことで不便さを体験し、思いやりと感謝の気持ちをもつ。周囲にいる人との協調を大事にする。
 サッカーのオフェンス、フォワード:オフェンスは攻撃中心のポジション、フォワードは、得点を取ることが役割のポジション。相手ゴールに近い二人か三人。センターフォワード、セカンドトップ、ウィング
 ケサディア:ジュニアハイスクールのランチで出てきた料理。メキシコ料理。トルティーヤにチーズをはさんで焼き、サルサを付けて食べる。トルティーヤは、トウモロコシをすりつぶした生地からつくる薄焼きパン。サルサは、スペイン語で、ソース
 iPad:アイ・パッド。アップル社の携帯用デジタル音楽プレーヤー
 eBay:イーベイ。アメリカ合衆国の企業。インターネットオークションを扱う。
 インシャッラー:イスラム教の教えの言葉。神の御心(みこころ)のままに。なんとかなるさーみたいに使う。
 ゲーム・インフォーマー:アメリカ合衆国の月刊コンピューター雑誌
 チャドリ:イスラム圏の女性の衣装。顔や体形を隠す。
 ビブス:チーム分けをするためのカラーゼッケン
 プロフ:プロフィール。自己紹介
 レクリエーションセンター:アメリカ合衆国の公営の施設のようです。
 トシャク:アフガニスタンのじゅうたん
 プリズマカラー:鮮やかな色
 ゲルマーカー:クレヨンみたいな書き味
 チャコールペンシル:デッサン(素描)の画材
 「アッサラーム・アライクム」:あなたに神の平和がありますように。こんにちはの意味。
 アンティーク&ジュエリー クモの巣:レイラの母親が働いている店。骨董品を扱っている。
 フンメル人形:高級陶磁器人形
 イードのプレゼント:イスラム教のラマダン(断食。一か月ぐらい)を終えたあとのお祭り
 モスク:イスラム教の礼拝堂
 イスタンブールのバザール:イスタンブールはトルコ最大の都市で、歴史、文化、経済の中心地。トルコの首都は、アンカラ。バザールは、市場。
 シャルワール・カミーズ:南アジアの民族衣装。シャルワールは白いズボン、カミーズは青いシャツ。制服のスーツを着ているように見える。
 スマッシュブラザーズ:対戦型アクションゲーム
 会衆:宗教儀式に集う人々
 イマーム:アラビア語で指導者
 ペグ:弦楽器で、弦を巻き付けて巻き上げる部分。糸巻
 イスラム帽:ひさしのないニット帽(ニット:編み物)
 ヒジャブ:イスラム教徒で女性が頭や体をおおう布
 ケミカルライト:化学発光による照明器具
 ダンブラ:アフガニスタンの弦楽器

 『お金』を中心にして回っていく物語です。お金がないから、ルバーブを盗む人がいる。
 ギター店が、盗品とは知らずに、あるいは、知っていても知らんふりをして、盗まれたルバーブを盗んだ人間から買う。盗難であるということを知らなかったという状態から、ルバーブの所有権は楽器屋にある。(善意の第三者。善意とは、ここでは、『知らなかった』ということ)
 サミは、リサイクルバザーを繰り返すような行為をしてルバーブを買い戻すお金をサッカー仲間と協力してつくる。そこに友情がある。祖父に対する愛情がある。故郷アフガニスタンに対する郷愁がルバーブという楽器を取り戻すという行為で表現してある。

 印象的だった部分として、
「アフガニスタンから逃げたとき、ぼくたちは何もかも失った」
(アフガニスタンのことわざとして)「初めてあった日は、友だち。再会した日には、兄弟」
(サミの言葉の趣旨として)父さんは自分が(アルカイダに殺されて)死ぬことを知っていたからあの時に沈黙していた。
「もし、じじまで失ったら、ぼくはどうなるの」
(じじの言葉)わしらにはもう家族がいない。これからは、世界じゅうの人が家族になるのだ。
「あなたの向かうところに善きこと(よきこと)のみありますように」
「(見下して)アラブ野郎」
「アフガニスタン人の言う『ともだち』は、肉親に近い意味をもつ」
「(じじに隠し事をしているサミの気持ちとして)道路に張りついたガムにでもなれたらと本気で考えた」
「人ごみの中にいると、目立たなくてすむし、まわりのたくさんの体に守られているような気がする」
「ぼくはパソコン。おうちをさがしています」
花火は、銃撃を思い出す。
アメリカ人は銃を持っている者がたくさんいる。今この中に、銃をもった人間がどれくらいいるんだろう。
自爆テロとアルカイダの銃撃から生き残ってもなにもいいことはない。両親と一緒に死んでいれば良かったというサミの心情。生き残りたくなかった。
(アメリカ合衆国で空にあがる花火を見たサミが)爆発を娯楽にしている社会を憎む。
「(じじの言葉)わしは、サミのために生きていなければならない」
「(サミの言葉の趣旨として)もう父さんも母さんもいない。ぼくがふたりの元へ帰ることもできないし、ふたりがぼくのところへもどってくることもできない」
「(サミの言葉)いつになったら、希望が生まれるのだろう」
欲しい物は、お金を渡してすぐ手に入れるのがアメリカ流のやり方。アフガニスタンでは、マット一枚買う時でも店主と何時間も世話話をする。
アフガニスタンでは、女性が楽器を弾くことは許されない。
「あなたは三回断ったし、わたしは三回差し出した。これ以上断るのはわたしに対する侮辱です」

 アフガニスタンでのタリバン支配下の暮らし:停電の時は、ランプ生活。音楽は禁止

 ダンのおかげで、携帯電話のアプリで、サミの祖父のルバーブの今のありかがわかりました。インターネットを活用する今どきの社会背景を上手に利用した児童文学を初めて読みました。ようやく、こういう児童文学作品が顔を出してきました。

 ギター店においてあるルバーブを買い戻すためには、700ドル(7万5000円ぐらい)が必要ですが、サミにはそのお金が今ないのでつくらなければなりません。期限は、4週間以内。7月5日までです。
 
 47ページからおもしろくなりそうな気配がしてきました。サミが、ルバーブを買い戻すための700ドルをつくるために、物々交換を始めます。「わらしべ長者」方式です。この本のタイトル「11番目の取引」につながっていきます。最初に、サッカーチームのキーホルダーが、壊れているiPadに交換されました。買戻しの期限まであと26日です。ひねりがきいています。壊れているiPadはこれからどうなるのか。サミが書く「取引日誌」がスタートします。

 戦争難民の話が出てきます。戦争で、危険なので、外国へ逃れるしかないのです。サミの両親はタリバンに殺されてしまいました。

 主人公のサミは、いろいろなことを盗まれたルバーブの持ち主であるじじに隠します。良くないことです。隠さなくてもだいじょうぶなことです。わたしが、じじの立場なら、サミには正直に話してほしい。叱りません。わたしがじじなら喜びます。じじにはありのままを言えばいい。
 サミは、戦争難民で気の毒な面がありますが、人間不信に陥っていて、卑屈な面もあります。(卑屈:いじけて、いくじがない。胸を張って自信をもってほしい)

 ピーターが悪役になってサミにからんできます。展開づくりがうまい。不快な気持ちになりますがありえる事象です。物語には悪役を演じてくれる人が必要です。だって人間はいい人ばかりじゃないんです。
 ピーターは、アフガニスタン出身のサミに対して、(おまえなんか殺人集団タリバンの仲間だろうというからかいで)「爆弾野郎」とか、「テロリスト」と言ってサミを攻撃します。してはいけない行為です。人種差別です。本の中では、「ヘイトスピーチ」と書かれています。
 この物語は、特殊な世界に置かれた戦争中のアフガニスタン難民である中学一年生の話です。
 
 サミは、じじの愛する楽器ルバーブを盗まれた自分が悪いと自分を責めますが、悪いのは、ルバーブを盗んだ男です。
 
 アフガニスタンでの大量死の舞台となった親せきの結婚式は、遠い親戚という人物の自爆テロで始まった。爆発後、タリバンが乱入して銃撃をしています。自爆ですが、自分の命を落としてまで、たくさんの人たちを殺害しなければならない主張ってなんなんだろう。このときサミは8歳でした。
 爆弾とか、銃という武力に屈するくやしさがあります。そして、武力の卑劣さがあります。自爆テロは、こっそりやることから、正々堂々としていません。武器を捨てよう! というメッセージを発したくなります。武器には、「愛」はない。武器にあるのは、「征服」と「支配」だけ。爆弾と銃を捨てよう。
 『洗脳』というのは怖い。迷信を信じてはいけません。(洗脳:学習、教育で、人の心理をゆがめる。主導者の利益のために行われる。迷信:根拠のないものを根拠があるように見せてだます。嘘を本当のことのように見せる)

 支援者の力が大きい。あとは、イスラム教が支えになっています。

 ずいぶん長い読書メモになってしまいましたが、今年読んで良かった心あたたまる一冊でした。

 『音楽』が折れそうな心を支えてくれることがあります。YouTubeでルバーブの音楽を聴きました。中近東のエキゾチックな雰囲気が伝わってきました。なにかしら物悲しい旋律でした。異国情緒たっぷりです。昔流行した歌謡曲で、『異邦人』久保田早紀さんの歌を思い出しました。  

Posted by 熊太郎 at 07:10Comments(0)TrackBack(0)読書感想文