2022年04月22日

変な家 雨穴(うけつ)

変な家 雨穴(うけつ) 飛鳥新社

 少し前に話題になった本です。
 映画化もされるようです。
 テレビの「家、ついて行ってイイですか?」という番組を観ていたら、訪問した家の本棚にこの本が置いてあるのが映像の中に見えて、自分も読んでみようと思いました。

 表紙をめくって数ページのところに二階建て家屋の見取り図があります。平面図です。
 変な間取りの家です。
 二階の配置がとくにおかしい。
 子どもの虐待をしているのではないかという疑いがあります。(読み始めた最初のほうのページにその件の話が出てきました)
 こどもを閉じ込めておくための子ども部屋と思われてもしかたがない間取りです。

 『ルーム』という洋画を思い出しました。
 五歳の男児とともに監禁された母子のストーリーでした。
 逃げられない恐怖がありました。

 筆者:氏名不詳の登場人物主人公のひとり語りという形式で謎解きが進行していきます。筆者は、オカルト専門のフリーライターだそうです。

 柳岡さん:筆者の知人。編集プロダクションの営業マン。一軒家購入の希望あり。
 柳岡さんが購入を希望する戸建ての間取りに不可解な空間があります。
 不必要な密封、あるいは、密閉となる空間があります。
 窓がない部屋あります。
 
 栗原さん:筆者の知人。設計士。東京都世田谷区でアパート住まい。

 間取りの提示がある家の前の住人は、夫婦と小さな子供という三人家族だそうです。

 徐々に疑問点に関する考察が進んで、今まで見えなかったものが見えるようになってきました。
 しかし、それが、正確な事実を示しているというまでの確証は、読み手の自分には、ありません。

 こうなると、最後は、「恐怖」を通り過ぎて、「お笑い」で締めるのが、物語の構成の公式ではなかろうか。(そうはなりませんでした)

 『殺し屋』
 
 34ページまできて思うのは、子供なんて、最初からいなかったんじゃないか。(読み終えて、あてがはずれました)
 
 宮江柚希(みやえ・ゆずき):二十代半ばの事務職会社員女性らしい。埼玉県のマンションでひとり暮らし中。
 第一の家の住人によって、夫(宮江恭一きょういち。2016年から行方不明)が殺されたかもしれないという話があります。

 第二の家が登場します。
 
 平面図だけではなく、家の立面図も見てみたい。

 子供がおとなを殺害することは、体の大きさ、体格、腕力、殺すという意思の強さ・心もちからいってむずかしい。

 片淵(かたぶち):第一の家の住人だった人。

 第一の家:東京都内の物件。一年ちょい前にできた新築の家。前の住人は一年で手離して、現在は空き家になっている。
 その家の近くの雑木林で、バラバラ死体が埋められていたのが発見された。(死体で、左手首の部分だけが見つからない)

 第二の家:埼玉県内の物件。2016年築。
 2018年3月に中古物件として、売り出されている。

 『育児』と『殺人』の両立。
 家がもつ光と闇。

 (読みながら思うのは、もしかしたら、「筆者」が犯人かもしれない(違っていました))

 片淵綾乃:夫がいる。

 祖父:片淵重治(かたぶち・しげはる)
 祖母:片淵文乃(かたぶち・ふみの)
 叔母:片淵美咲

 部屋に窓がない。

 (織田信長が命を落とした本能寺にあったという、逃げ道としての地下道の話を思い出しました)

 日本史では、大和朝廷の時代から、親族間の権力闘争で、いくつもの争いが発生してきました。
 親族仲良くというのは、絵空事なのです。
 利害関係が交錯すれば、親子、兄弟姉妹、叔父叔母、甥姪を巻き込んで闘争が始まるのです。
 相続での争いがあります。正妻の子。愛人の子がいます。

 洗脳:心の動きをコントロールされる。

 片淵柚希の母親:片淵喜江(かたぶち・よしえ。旧姓松岡)

 左手供養なるもの。

 途中の文章は、人と人との会話をとおしたドラマ進行ではなく、「説明」になっています。

 謎の呪術師『蘭鏡(らんきょう)』

 左手がない子供。
 どうなのだろう。障害がらみで、問題視されそうな作品に見えます。

 片淵弥生:片淵喜江の祖母

 そういうことか。
 悲劇があります。

 読み終えて、爽快な気分にはなりがたい。
 イヤミスです。(読後、イヤな気持ちになるミステリー)
 かなり複雑でした。なんどもメモをしながら、理解しました。
 読み終えて時間が経ちましたが、いまだに腹に落ちていないこともあります。
 (心から納得がいくまでに至れない)  

Posted by 熊太郎 at 07:16Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2022年04月21日

音楽心理学ことはじめ 音楽とこころの科学

音楽心理学ことはじめ 音楽とこころの科学 エリザベス・ヘルムス・マーギュリスト・著 二宮克美・訳 福村出版

 親族に、楽器を扱う仕事をしている人間がいるので、話のネタにするために読んでみることにしました。
 第1章から始まって、第8章まであります。
 目についた項目は、『音楽脳』『音楽と健康』『言語としての音楽』『頭から離れない曲と音楽の記憶』などです。

 平均的なアメリカ人は一日に4時間音楽を聴くそうです。
 そういえば、リタイアした自分たち夫婦もラジオをつけっぱなしにして、日中、結構長い時間、歌曲を聴いています。自分たちが、中学・高校の時代を送ったとき、はやっていた古い歌ばかりが毎日流れています。なんだか、人生を二度体験しているようで不思議です。

 ピタゴラスの時代:古代ギリシャの数学者。紀元前582年-紀元前496年。音階とか音程の比率を発見したそうです。

 なぜ人は音楽がそんなに好きなのでしょうかという提示があります。

 ピタゴラスのいた紀元前の時代からの音楽に関する歴史についての説明が始まりました。

 モーツアルトが出てきます。1756年-1791年 35歳没

 時は現代となり、コンピューターによる感動的なオリジナル音楽の製作にまで至ります。
 ビート(拍。拍手):人間の心理の追跡。
 資料の集成をして、データベースをつくる。(情報を整理整とんした集合体)

 そういえば、こどもは、どうして音楽が好きなのだろう。
 音楽に合わせてダンスめいた踊りも活発にしてみせてくれます。
 思春期の青少年・少女たちも、どうして、ギターやドラムやキーボード、ボーカル(歌唱)に気持ちを打ち込むのだろう。(バンド活動)
 リズム、メロディ、言葉を楽しみ、学び、気持ちを発散させる。
 自分が発したいメッセージを強く伸びのある声や体勢で表現する。

 認知症の高齢者に音楽を聴かせると、心や記憶に改善効果があるそうです。
 以前音楽大学の教室であった一般人向けの聴講で、音楽療法士という方の講義を聴いたことがあります。

 別の音楽療法士の方の集団に対する療法中のようすを見たことがあります。一時間ぐらいは続きました。音楽療法士というのは、かなり体力を要する仕事だと感じた記憶が残っています。

 そうか。フルートは、数万年前の考古学上の記録に出てくるそうです。動物の骨でつくってあるそうな。太古の昔から、人間と音楽は切っても切れない関係だったことがわかります。

 音楽は脳みその神経回路に働きかける。
 脳梁(のうりょう):左右の大脳をつなぐ太い束の部分

 『音楽を聴くことには、多くの場合、努力を要しない。』
 音楽は、直接的な表現で人に働きかけるとあります。

 音楽は健康にいいと判断できる文章内容です。
 パーキンソン病の人が聴くと運動・姿勢・バランスの改善があるそうです。
 
 研究、検証として、ゴリラ、チンパンジー、などの動物、オウム、ハチドリなどの鳥類、カエル、セミ、コオロギまで出てきました。
 交尾が関係することもあるようです。やはり、生き物は、恋をするために、相方を探し求めて、音楽を奏でるのでしょう。
 お魚のコイまで出てきました。
 魚類にも音楽がわかるのか。

 音楽と言語には類似性がある。
 音楽には、文章のように、構造をつくるための規則がある。

 読みながら頭に浮かんだのは、「日本では、メロディも歌詞も出尽くした」
 ある意味、自分たちは、いい時代を過ごしてきたのでしょう。

 レナード・コーエンの『ハレルヤ』:NHKBSの駅ピアノで聞いたことがあります。無職の男性が「ハレルヤ」を弾きます。仕事が見つからないそうです。ピアノが心の支えだそうです。感動しました。オランダだったと思います。たしか、その後、仕事が見つかったというようなテロップ(画面上の文字情報)が流れたと思いますが、記憶は不確かです。

 自動ピアノのための曲があることを初めて知りました。

 たまに、テレビ番組で芸能人の格付けという内容のものを見ます。
 クラシックの演奏当てがあります。ヴァイオリンとか、ビオラとか、チェロとか、コントラバスとかの楽器の価格がすごく高いものと安いものとの比較です。
 とてもむずかしいです。普段から聴きなれていても正解を当てるのは困難そうです。

 拍子とリズムをつかむ。
 小学生のときの卒業文集を思い出しました。
 今こうして、ノートパソコンをタッチタイピングしている左にある本棚に、自分が小学校を卒業した時の文集があります。もう、半世紀以上前のものです。
 15ページに、当時の音楽の先生(女性)が書かれた文章があります。おそらく、ご本人はすでに亡くなっているでしょう。死しても、文章は残ります。
 『リズム』というタイトルです。わたしたちの日常生活のなかには、「リズム」がありますと書いてあります。お台所の「トントントン」、お湯が煮える「グラグラグラ」、煮物は「グツグツグツ」、時計の音が「チッチッチ」、そして、生活のなかにあるリズムは、音楽のリズムとは違って、いろいろな拍子がありますとあります。二拍子、三拍子、ときには、一拍子も五拍子もあります。
 自分のリズムをみつけましょう。
 小学校を卒業する十二歳の児童に向けて『これからの長い人生を、たのしく、ゆかいに、又、強く、正しいリズムにのって、生活をしていってください』というメッセージが残されています。
 【せんせい、ありがとう】

 音楽を数値化する。
 世の中にあることは、なんでも数値化できるようです。
 
 絶対音感:音の高さを認識する能力

 あかちゃんは、母親のおなかの中で、母親の心臓の音を聴いている。
 思えば、音に囲まれて生活しているのが日常です。

 本では話が進んでいって、専門的、深い部分になるので、しろうとのわたしには理解がついていけません。
 四歳児、五歳児の話が出ます。

 ①音楽による強力な連想(記憶を呼び戻すスイッチ) ②音楽による情動の増幅(興奮状態をつくる)複数でいるときに相手の表情を見て、気持ちがふくらむメカニズムがある。
 ちょっと、野球の応援を思い出しました。
 多幸感があります。幸せで満足できる気分。
 
 印象的だったフレーズとして『音楽は世界中の儀式や式典で重要な役割を果たしており……』
 音楽で心理操作ができるのです。
 ドラマや映画ではよく使われる手法です。
 音楽に心理をコントロールされるのではなく、音楽をコントロールできるポジションにいたいとは思います。  

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2022年04月20日

もしものとき、身近な人が困らない エンディングノート

暗証番号保護シール付き! もしものとき、身近な人が困らない エンディングノート 監修 曽根惠子 宝島社

 前回エンディングノートを書いたのは、2019年のことでした。
 それから状況がいろいろ変わったので、また書くことにしました。
 書店の棚にたくさんあるなかで、これがいいだろうということで選んだ1冊です。
 ことに、インターネットバンキングとか、SNSのパスワードとか、サブスクリプション(一定期間の利用で料金を支払って更新していく)とか、文書、画像データの保存場所など、インターネットやスマホの世界の記録を残しておかないと子孫に迷惑をかけてしまいます。
 書店で、手に取った時に、それらのことが充実している一冊に見えました。
 
 今回は、鉛筆書きをしてみます。
 清書が必要ならしますが、たぶん、しばらくは大丈夫でしょう。
 ページに書き込みきれないところは、別紙に書いて、のりではりつけておくことにしました。

 前回、エンディングノートをつくったときは、いちおう、自分と親の出生から現在までの戸籍謄本を取り寄せて、使用済みの壁かけカレンダーの白色裏紙を貼り合わせて書きこんで、大きな親族家系図までつくりました。
 叔父叔母とかいとこ、甥姪(おいめい)、きょうだいの孫など、あまり会う機会がなく、最近誕生したちびっこもおり、電話をかけて名前と年齢をたずねたりもして、けっこう時間がかかりましたが、いい交流になりました。
 家系図をつくり終えた時に思ったのは、自分の両親である夫婦ふたりから始まって、こども、孫と、おおぜいの子孫が広がっていることに感動がありました。うちの両親はたいしたものだと、尊敬する気持ちに至りました。

 思うに、エンディングノートというのは、これ一冊を書くだけでは不十分です。
 必要な書類もセットして、資料のかたまりの形で、保管するのがいいのでしょう。

 IT(インターネット・テクノロジー)とかSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)とか、ネット口座とかいったものは、自分の心身が健康で、自己管理できるうちはいいのですが、自分でできなくなりそうだと思ったら、どこかで節目の時期をつくって、最小限のものを残して引き上げる手法をとったほうが、あとに残る身内に迷惑をかけないからいいだろうと判断しました。
 金融関係でも、有価証券や金融商品で投資しているものがあれば引き上げて、できるだけシンプルな形で保管をしておいたほうが、あとあとの負担が小さくなりそうです。
 エンディングノートですから、自分がいなくなったあとのことのお願いです。どうしても、親族に迷惑がかからないようにと考えることが、ノートづくりの重点事項です。

 こちらのノートでは、重要情報を隠すスクラッチシールというのが付いています。人によって、必要になったり、そうでなかったりでしょう。
 
 クレジットカード・電子マネー一覧のページは便利です。
 財産のありかを生きているときに相続人にすべて教える人は少ないような気がしますが、自分は教えておいて、エンディングノートも見せて、よろしくと説明します。もっとも、平均寿命から考えて、男のほうが先に逝くので、妻に頼むことになるのでしょう。

 口座の引き落としのページがあります。便利です。
 けっこういろいろな項目で、毎月口座から引き落としがなされています。
 口座関係のことで、口座の持ち主が亡くなったあと、どういうふうになるのかについては、関心があります。
 とくに、サブスクリプション(一定の期間で使用料を支払う)が自動継続になっていると、やばい気がします。本人は亡くなっているのに、口座が生きているので、料金が落ちていく。トラブルになりそうです。

 紙の通帳がないネット口座の発見遅れも怖い。
 あるいは、半永久的に発見されないということもあるのだろうか。
 そんなことが、50ページあたりに書いてあります。
 デジタル遺産の管理はたいへんです。

 亡くなった人のスマホの契約処理もしなければなりません。

 LINE、Twitter、Facebook、Instagramのアカウント削除について書いてあります。
 自分は、LINEしかやっていません。あとあとのことに配慮して、これ以上、手を広げることは避けたい。
 
 別添で『遺言書』がついています。
 自分はまだ、書く気にはなりませんので、おいおい考えてみます。  

Posted by 熊太郎 at 07:45Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2022年04月19日

夜が明ける 西加奈子

夜が明ける 西加奈子 新潮社

 久しぶりに西加奈子作品を読みます。
 先日読んだ『ナナメの夕暮れ 若林正恭 文春文庫』で、お笑いコンビオードリーの若林正恭さんは、西加奈子さんと加藤千恵さんとお酒を飲むことがあるそうです。加藤千恵さんの本はこのあいだ1冊読んだので、今度は、西加奈子さんのこの本を読んでみます。

 勢いのある出だしの文章です。久しぶりに西加奈子さんが書いた文章を読みます。
 アキ・マケライネン(フィンランドの俳優。身長194cm。40歳で酔って死去。映画『男たちの朝』に出演)という人物が、唐突に登場します。(とうとつ。だしぬけに。やぶからぼうに)
 さらに、アキ・マケライネンの人物像と重なる高校一年生男子が出てきますが、ふたりには何のつながりもありません。

次が、アキ・マケライネンに風貌が似ている人物です。
 深沢曉(ふかざわ・あきら。1982年冬の生まれ。高校一年生。身長191cm。老けていて、おどおどしている。でかい。ただし、見た目だけ。目が悪い。吃音(きつおん。どもり)あり。
 家庭に恵まれていない。母親が19歳で産んだこども。父親は人物・所在ともに不明。祖母や母親以外の人間に育てられた。母親は心を病んだ(やんだ)。
 彼は、本書中では『アキ』と記されます。

 主人公(とりあえず25ページまで読みましたが、まだ名前は出てきません。父親が雑誌・書籍デザイナー。趣味人で、家に大量のVHS映画テープあり。なお、主人公は、1998年で、15歳、高校一年生の設定です。高校2年生のときに42歳の父親が交通事故死します。単独事故、されど、自死の判定あり。
 母は高卒後、出版社の事務員。20歳で結婚。22歳で主人公を出産しています。

 文脈からいくと、どうも、アキ・マケライネンは、もう死んでいるようです。そして、主人公は成長して、いまはおとなになっている気配があります。
 アキ・マケライネンは日記を書いていた。その日記を主人公男子が今ももっている。日記はほとんどが、ひらがなで書いてある。

 26ページ。どうもこの物語は、貧しい家に生まれたこどもの話のようです。
 アキには、孤独があります。アキの友だちは『雪』です。
 かなり暗い内容の小説になりそうです。
 
 遠峰(とおみね):ガソリンスタンドでアルバイトをしている女子生徒(主人公が心を寄せている)一重の目がつり上がっている。

 中島弁護士:主人公の亡父の友人。父は多額のカードローンが残っていた。相談にのってもらった。中島氏には離婚歴あり。引きこもりの21歳の息子と同居しているが、同じ家に住んでいるのに、長い間息子と会ったことがない。

 読みながら、半世紀以上昔、自分がこどものころに、債権者が差し押さえのために、近所の家にすごい勢いで乗りこんで行く姿を見たことを思い出しました。
 家財道具に赤い紙をぺたぺた貼っていました。
 差し押さえの風景だったのでしょう。

 59ページまで読んで、アキというのは、主人公にとっての、もうひとりの自分。別人格の自分なのだろうかという思いが生まれました。(実際は違っていましたが、同じだと考えても物語が訴えるメッセージの解釈に間違いはないでしょう)

 親が精神病だったら、こどもは、どうしたらいいのだろう。
 昔は、親父がアル中だという話はよく聞きました。
 親がお酒飲みだと、こどもは苦労します。

 読んでいると、悪い方向へ向かっての一方的な書き方なので、こんなひどいことばかりでもあるまいに、という疑心暗鬼(ぎしんあんき。疑い。不満)が生まれます。極端すぎやしないだろうか。
 読者の脳みそは、作者に、暗いイメージを植え付けられそうです。
 暗示です。読者が作者に暗示をかけられそうです。

 モデルとなる少年なり、母子家庭があるのだろうか。
 奨学金の話が出ます。
 自分も貧乏な母子家庭で育ったので、奨学金をもらいながら学校で学びました。
 借りた奨学金は、結婚した時に残り全額をまとめて返済しました。
 変な話ですが、結婚式のご祝儀の残りと貯金で返済しました。たくさんお祝いをいただいて、お返しもしましたが、それでもあまりました。助かりました。ありがとうございました。
 その後、奨学金を返さない人がいるというニュースを聞いて驚愕しました。(きょうがく。ひどく驚いた)こどものころから、借りたお金は利子を付けてきちんと返済するのだと教育されてきました。返せないお金は最初から借りないと教わりました。恩を仇(あだ)で返すとバチがあたります。(恩人に害を与える)
 次の世代の人たちに貸し付けができるように、返済することが原則だと思うのです。この本では、返せないものは、返さなくていいのではないかという文脈で書いてあるので不可解でした。

 物語は、劇団の話になります。
 先日観た昔の映画『青春の門 自立編』のような展開です。
 映画では、主人公は劇団に入って、北海道巡業に出発するところで終わっています。
 深沢曉とまだ、名前のわからない主人公の関係は、お笑いコンビをつくるふたりのような雰囲気もあります。
 プウラの世田谷:劇団名。劇団員が12名。主宰者が、演出家の東国伸子(ひがしくに・のぶこ)。華奢で背が低い。少女のよう。父は著名なCMディレクター。
 アキ(深沢曉)が入団しました。

 学校では弱い者やついていけない者はいじめられます。
 学校は、人間の標準化が求められる世界です。
 社会に出たほうが、自由です。しばりがなくなります。
 良かったセリフとして『負けちゃダメだ』俺は自分に言い聞かせた『負けちゃダメだ』
 一人称、ひとり語りの記述が続きます。

 こどもの世界からおとなの世界へとお話は進んでいきますが、おおざっぱな進行のようにみえます。

 主人公は、テレビ局の下請けをしているテレビ番組の制作会社に就職しました。6人採用。AD職(アシスタントディレクター。小間使い)
 社長は50代男性。高校卒業後、苦労して、製作会社を立ち上げた。社長によるパワハラあり。
 主人公の教育係が、田沢という女性。短髪。物言いがきつい。『絶対辞めんなよ』

 アキ(深沢曉)は、劇団活動を熱心にやっているけれど、報われて(むくわれて)はいない様子です。
 彼のアルバイトが治験。(新薬の実験台)
 劇団活動をしながらのアキが好きな言葉として『みんな家族なんだから』

 主人公は、25歳からひとり暮らしを始めて、今は、34歳独身になっています。
 テレビ局製作会社のアシスタントディレクターの悲哀に満ちた日常生活が描写されています。
 この小説はどこをめざしているのだろうか。読み手である自分は、現在、全体で407ページあるうちの136ページ付近にいます。人間ドラマや映画の原作本をめざしているのだろうか。

 どんな仕事にも苦労はあります。
 お金のために働きます。
 物語の内容は、社会派の記述です。(現代社会の問題点を鋭く突く)
 この本では、書き手として、取材したこと、資料集めをしたことが、一覧のように列挙されていきます。

 ダンさん:お酒依存の生活保護受給中の高齢者男性。
 生活保護制度のシステムに対する疑問点の提示が試みられていますが、思うに、高齢者、障害者、ひとり親家庭、傷病者の人たちなどが生活保護を受けるわけですが、ボーダーライン上にいる人が微妙な立場になります。
 人は、働かなくてお金がもらえるようになると、働かなくなります。どうやって、働かなくてもお金がもらえる環境を維持していこうかと考えるようになります。

 テレビ局の番組は、つくり物の世界です。
 意図があって、形式があって、完成がある。
 冷めた目で見れば、お金で動いている。
 箱の中の世界です。広がりが限られています。

 2歳児の虐待の話になります。
 大麻所持でタレントが逮捕されます。
 高齢者のようすが書かれています。
 話題が多方面で広がりすぎています。
 タレントの高齢化の話が出ます。
 外国人労働者(タクシー運転手)の話も出ます。
 読みながら思うのは、今自分が読みたい物語ではないということ。

 文章に勢いはあります。
 テレビ番組制作会社でアシスタントディレクターとして働く主人公は、働きすぎて顔に表情がない人間になっていきます。
 本の中を旅するように文章を読みます。今、186ページ付近にいます。

 自殺企図(きと。くわだてる)。
 すさんだ生活。
 仕事だけの人生。人生とは、仕事をして、お金を稼ぐだけなのか。
 盗作騒ぎがあります。
 底なしの貧乏暮らしだったこども時代があります。

 遠峯(主人公の高校の同級生で、貧困暮らしゆえに、学生時代にガソリンスタンでバイトをしていた女性)の名言として『私は笑うようになった』『絶対に恨まない(うらまない)って決めた』『これが私の戦い方なんだよ』
 
 生き方として『アキは、「無害」でいることを選んだ』

 田沢(女性):テレビ番組の編集者。男尊女卑の扱いをされることに対して、強い対抗心をもっている。

 救いようがない状況が続きます。
 うーむ。
 これでいいのだろうか。
 誇張がありすぎるような。
 人間はここまで悪いものではないと思いたい。

 印象に残った言葉として『逃げなさい』『おかあさんは、かみさまはいるといっていた。』『勝ち負けが全てでした。負けたら死ぬ、くらいの感じだった。』人に助けを求めることは「負け」という定義が提示されます。

 フィンランドの「夜が明ける」とは、どういう状態だろうか。
 白夜を思い浮かべてしまいます。
 それでも日の出はあるに違いない。

 主人公がこれまで働いてきて、稼いだお金はどこに消えたのだろう。

 うーむ。解決には至っていないような終わり方です。
 消化不良でした。
 自分の読み落としかもしれませんが、最後まで、主人公の名前は出てこなかった記憶です。
 どうなのか。主人公の氏名は出した方がいいし、そのほかの登場人物については、氏(名字みようじ)だけで、下の名前がなかったりして、読みながら、人物を身近に感じられませんでした。

 自分でがんばらなきゃ、だれも助けてくれないのが、人間界の基本です。
 努力しているから、助けてやろうという人が現れるのです。
 
 規定の『枠(わく)』の中にいないと人生が不幸になるという書き方がしてあります。そうだろうか。
 自分は老齢者なので、若い人たちとは考えが異なります。経験で物事を考える年齢です。
 同じ事象でも、受け止め方で、悲劇にも喜劇にもなります。気持ちの持ち方次第です。
 自分がこどもだったころの祖父母や両親の生き方が思い出されます。戦争体験者です。貧困体験者でもあります。たくましかった。畑を耕して、自給自足をするように衣食住の生活を送っていました。トラブルやハプニングが起こっても、くそくらえ!というガッツでのりきっていました。困難を困難と思わない人たちでした。
 貧乏とか貧困であることは、全面的に『不幸なこと』ではありません。
 『自分が自由に使える時間が少ないこと』が不幸です。

(その後)
 今、2022年4月27日水曜日なんですが、今、読んでいるのが、『バカのすすめ 林家木久扇(はやしや・きくおう) ダイヤモンド社』で、その本の感想文をつくりつつ、感想文の一部をここに転記しておくことにしました。
 戦争体験者の心のもちようです。

 (「バカのすすめ」の)36ページに、第二次世界大戦のとき、(林家木久扇(はやしや・きくおう)さんが)小学校一年生の時の東京大空襲体験が書いてあります。
 一晩で10万人の人たちが空襲で亡くなったそうです。悲惨です。
 夜空にはアメリカの爆撃機、空襲警報が鳴って、大火災が発生して、夜なのに空が明るい。
 自分も若い頃に、空襲体験者の話を聞いたことがあります。爆弾が落ちてくる中をぴょんぴょん飛び跳ねながら逃げたということでした。驚いたのは、空襲が終わったあと、落ちていた爆弾を拾った。今、庭にその爆弾があるよということを聞いて爆弾を見せてもらいました。爆弾の中身はからっぽで空洞でしたが、何本もありました。また、その人だけではなくて、別の複数の人たちの庭にも大小いろいろな形の爆弾が置いてあって、たいそうびっくりしました。みなさん、たくましい。人間はばかになって、開き直れば強い。悲劇が喜劇にすら転換します。大切なことは、生きていることです。
 37ページに『何が起きても、あの空襲のときに比べたら、こんなものは何でもないという思いがあったから、(癌になったとき精神的に)落ち込まずに済んだ』とご本人の言葉があります。  

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2022年04月04日

第三の人生は、後半へ続く! キートン山田

第三の人生は、後半へ続く! キートン山田 潮出版社

 自分がファンであるテレビ番組太川陽介&えびすよしかずのローカル路線バス乗り継ぎ人情旅で、ナレーションを担当されていた方なので、読んでみることにしました。ちびまる子ちゃんのナレーションの方でもあります。

 『人生100年時代』というキャッチフレーズは、先日読んだえびすよしかずさんの『死にたくない 一億総終活時代の人生観』という本にも書いてありました。
 第一の人生が『独身時代』第二の人生が『仕事と子育て』第三の人生が『仕事をすることをやめたあとから、あの世にいくまで』です。項目を見ながら考えると、昔の人生のパターンです。女性はまた違ったパターンになるのでしょう。
 今どきは、第一の独身時代で人生を終わる人もいます。第二の人生の途中に、相方と別れて、第二の2というような枝分かれの人生を歩む人もいます。
 できることなら、すんなり、一、二、三とはいきたい。
 忍耐と努力が必要です。山あり谷ありを乗り越えたあと『報われた(むくわれた)』という実感が体内に湧くことがあります。

 ページをめくります。
 『炭鉱町の少年』という項目があります。自分も小学生ぐらいまでは炭鉱町を転々としたことがあるので親しみが湧きました。半世紀ぐらい前は、石炭から石油へのエネルギー革命の時代ですから、炭鉱の閉山に伴って、全国各地を転々と転職、転校をくりかえした人たちは多かったと思います。
 もうひとつは『養子』という項目です。養子は一般的によくあった話です。兄弟姉妹の子どもがたくさんの家族構成の家が多かった。いっぽう、こどもがいないとか、後継ぎになる男の子がいないという家庭もままありました。次男・三男以下は、養子の対象となるこどもでした。
 キートン山田さんの場合は、養母が母親の妹さんで、叔母さんです。
 わたしも、自分があかちゃんだったときは、実母の妹さん(叔母さん)が、わたしの世話をしていたと聞いたことがあります。ただ、自分自身には記憶はありません。
 
 北海道にある現在むかわ町(昔は穂別町)というのは、恐竜である『むかわ竜』を思い出します。キートン山田さんの育った土地だそうです。

 五右衛門風呂(ごえもんぶろ)には、自分もこどもの頃に入ったことがあるのでなつかしい。
 浴槽の底は熱いので板を踏んで入るのですが、かなり怖かった思い出があります。
 このころの父親像は、お酒飲みで、ばくち打ちというのが一般的でした。家族は迷惑していました。親が酒飲みだとこどもは苦労します。
 まあ、おおらかというか、自由というか、なんでもありの時代です。著者は、まだ5歳なのに小学校に入れられています。昭和26年、第二次世界大戦が終わって6年後です。(でも学力がついていけず、きちんと6歳で入学し直しています)

 水道がまだなかった時代は、自分も体験しました。
 井戸とか、山の湧き出る水をくみに行って、家でためて使っていました。

 この半世紀で、日本人の暮らし方は、急速に変化したことがわかるお話の内容です。

 買い物は、『通い帳(かよいちょう)』でした。自分は『ちょうめん』と読んでいました。
 指定されたお店にいくと、つけ(あと払い)で買い物ができました。通い帳に買ったものの品名と値段が記録されていました。親の給料日のあとに、お店の人が自宅に集金に来ていました。

 かなりひどいビンボー暮らしを体験されています。自分も貧乏でしたが、自分よりもひどい。

 自分が養子であること、仕事が成功したあと、奥さんが浮気していたことがわかって、奥さんと浮気相手との仲を認めるような形で離婚したこと、32歳年下の自分のこどもと同じような年齢の女性と再婚されたことなど、自分をさらけだされるような形で、この自伝をつくりあげられています。
 人生の記録を残したいという気持ちが伝わってきました。

 自分が有名になって、養親であるお酒飲みでマージャン好きのおとうさんが喜んでおられたというお話には、ほろりとくるものがありました。

 楽しみが映画だった。
 そこから、劇団とか、俳優とか、声優に興味をもった。
 
 東京オリンピックがあって、高度経済成長期があった。
 世話やきが好きな人がたくさんいました。
 著者は『人とのよきつながり運』があります。
 
 56ページにある格言めいた言葉が気に入りました。『厚い壁 破ってみれば 意外にも 薄かったなと自信が持てた』
 自分たちは、学校の先生たちに、そんなふうでは、社会に出てからやっていけないぞとさんざん学校でおどされました。
 社会に出たら驚きました。なんだ、いいかげんな人ばっかりじゃないか。だいじょうぶだ。自分はちゃんとやっていけそうだと自信が湧きました。
 世の中は、誤解と錯覚でできあがっているのです。まずは、本当だろうかと疑って、自分の目と耳で事実を確かめたほうがいい。

 お金がない話が出てきます。
 長い人生を送っていると、お金のない時期とお金のある時期を体験することがあります。
 お金のない時期には、めげずに、耐えるのです。
 人生は、終わってみれば、プラスマイナスゼロでよし、と思っています。

 『あきらめなければ夢はかなう』
 『人間にはだれにでも、その人にしかできない使命がある』

 さし絵がやわらかくて、ほんわかして、いいかんじでした。
 ただ、絵が描いてあるページの場所がときに、読みを中断させる位置にあることで、文章を読みづらい面がありました。

 おおぜいの中で認めてもらうためには、人とは違う面を出して、目立つようにしなければなりません。
 『下手でもいいから、生活感のある人間臭いしゃべりをする』
 『名前をアメリカ合衆国の喜劇役者バスター・キートンからとって、キートン山田に変えた』
 『決めゼリフが「後半へ続く」』
 ローカル路線バス乗り継ぎの旅:2007年~2013年
 ちびまる子ちゃん:1990年~2021年

 さくらももこさんの思い出話があります。(2018年(平成30年)53歳没)
 さくらももこさんの本は何冊も読みました。なかなか楽しい内容でした。
 漫画家さんは、若くしてご病気で亡くなる方が多いので、激務なのでしょう。集中力を欠かさずに長時間漫画を書き続けておられるのだと思います。

 本を読んでいて感じたことです。
 まじめすぎてがんこなところがあるような方という印象です。マラソンとか富士山登山に挑戦とか。75歳を人生とか生活の区切りに考えているとか。
 若い奥さんとの生活は、夫婦というよりも『仲間』という感じがしました。60歳で結婚式。相手は28歳とあります。

 最後にある実績一覧は、仕事とはいえ、大量です。
 自分もコツコツと少しずつ積み上げていくことが好きなタイプなので、著者と似たような性格があるのだろうと思いました。  

Posted by 熊太郎 at 07:01Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2022年03月28日

そして旅にいる 加藤千恵 

そして旅にいる 加藤千恵 幻冬舎

 お笑いコンビオードリーの若林正恭さんの本を読んだ時に書いてあったお名前です。若林正恭さんは、西加奈子さんと加藤千恵さんとお酒を飲むことがあるそうです。読んだ本の書名は『ナナメの夕暮れ』文春文庫です。
 西加奈子さんの本は何冊か読みました。加藤千恵さんという方は知らないので、この本を読み始めました。

 旅行記、エッセイ(随筆)だと思っていました。
 行き先が、ハワイ(自分は行ったことがない。いつかは行きたい)、千葉市にある動物公園(用事があって何度も行きました)、香港(行ったことはありませんが、もう1990年代までの香港を見ることは無理なようです。1997年に英国から中国に返還)、北海道(二度行ったことがあります)、大阪(行ったことはありますがあまり縁がありません)、伊豆(何度か行きました)、ニュージーランド(行ったことはありません。たぶん行くことはないでしょう)、ミヤンマー(軍事政権が民主政治に圧力をかけて、たいへんなことになっています)

 自分が知っている場所の記事が出てきたらと楽しみに読み始めましたが、なんだか、ようすがおかしいのです。
 だいぶ読んでからわかりました。この本は、旅行ガイドブックではないのです。
 小説、とくに、男女の恋愛小説です。
 短編が8本おさめられているわけです。
 2019年初版の単行本です。

第1話 約束のまだ途中 ハワイ
 まだ若かったころの自分が『ハワイ貯金』という貯金をしていたことを思い出しました。
 貧困生活だったため新婚旅行でハワイに行けなかったことが後悔としてあって、少しずつ貯金をして、結婚10周年記念で家族そろってハワイ旅行に行こうと決心しました。
 毎週1000円ずつ、郵便局へ行って、ATMで通帳に入金を続けました。ボーナスのときは、多めに入金しました。かなり長い年数、そうやって貯金を続けました。
 二人目のこどもが生まれた時に、育児休業制度が始まりました。共働きをしていた妻が、1年間育児休業を取得することにしました。制度ができた当時は、休みはとれても、給料は無給でした。それまで貯めていた『ハワイ貯金』を全部生活費で消費しました。以来、いまだにハワイの土地を踏んだことがありません。
 そんなことを思い出してから、この短編を読み始めました。

 出だしはこの記述で始まります。
 『長年のあこがれだったハワイは、行くと決めてしまえば、さほどたいへんな道のりではなかった。』羽田→ホノルル便です。
 主人公の旅の目的は、主人公の友だちである弥生さんの結婚式への参加です。
 小学生のときの約束があるのです。
 親しい女子ふたりで、おとなになったら、ハワイに行こう!
 弥生:主人公の小学校同級生。夫になる男性は、28歳。
 本編の主人公女子:南 25歳。人見知り。
 弥生と南の共通の友だちらしき女子ふたり:どういうわけか、名前の表記が出てきません。

 読んでいると、場面が急に、ハワイになったりします。
 逆に、場面が突如、区立図書館になったりもします。

 隠れた情報として、弥生の夫になる人のおばあちゃんが癌で入院している。

 ほろ苦い(にがい)高校時代の思い出話があります。
 芝原くんが登場しますが、詳細は、ここには書きません。

 短編の内容は、自分の娘よりも若い世代のことがらだと感じながら読んでいます。
 平和です。
 女友だち同士の友情が美しく描かれていました。
 さわやかです。

第2話 冬の動物公園で
 天貝倫太(あまがい・りんた):主人公の男友だち。
 わたし(吉村):主人公女性。天貝倫太とは、高校一年生から5年間の付き合いがありますが、恋人同士ではありません。
 コツメカワウソ(千葉市動物公園にいたか、記憶がありません。有名な動物で思い出すのは、レッサーパンダ、ライオン、フクロテナガザル、キリンなどです)
 
 天貝倫太から吉村に対する突拍子(とっぴょうし。とんでもなく、その場の雰囲気を読まない言動)もない言葉があります。
 恥ずかしくて、ここには書けません。まあ、エロいことです。
 吉村さんは、天貝倫太のどこがいいのだろう。

 コツメカワウソの存在はなんなのだろう。

 片思いのさびしさ、つらさが伝わってきました。

第3話 見えないものを受け取って 香港
 羽田空港、キャセイパシフィック航空、ラウンジで食べたタンタンメン。豪華なビジネスクラスの航空機席。入社4年目、7月上旬の旅です。
 理佐:加賀の女友だち。
 加賀(わたし):女性。
 史嗣(ふみつぐ):わたしの元カレ。別れた。飛行機嫌い。
 
 なにかしら、上品な世界です。
 男女のことも、ふわふわとした空想の世界のような感じがします。
 異性に関する考えが絵空事のような。(えそらごと。美化や誇張で現実的ではない)
 男が女に優しすぎる。いまどきは、こんな男ばかりなのだろうか。

 失恋をなぐさめるための旅行だったわけか。

第4話 冬には冬の 北海道
 11ページの短い作品です。
 
 姉:妹よりも4歳年上。
 妹:主人公。

 姉と妹の北海道旅行です。
 羽田空港→旭川空港。旭山動物園。旭川駅。札幌。

 ラム肉。

 姉妹という女子の世界です。
 姉は、婚約者と北海道に来るつもりだったそうです。されど、男は浮気をしておりました。それも何人もと。

 読み終えて、人は、なんのために旅行をするのだろうかと考えました。
 ストレス解消。
 好奇心(知らない世界を知りたい)
 現実逃避(現実から離れて、非日常の別世界を体験する)
 おいしいものを食べる。
 交流を深める。
 思い出づくり

第5話 神様に会いに行く 大阪
 オードリーの若林正恭さんとの意識の共通点が見られます。
 神様とは、芸術家岡本太郎作品、大阪万博のときの『太陽の塔』です。
 若林正恭さんは、太陽の塔をイメージして、オードリー春日さんのイメージをつくったと彼の本で読んだことがあります。

 さて、こちらの短編です。東京から藤崎さんが、りょうさんに会いに行きます。
 藤崎さん:りょうさんの友人。男性。
 りょうさん:正体不明の長髪の男。出だしでは東京居住。靴のかかとを踏んづけて歩く。彼女あり。彼女は藤崎さんのことを「康ちゃん(こうちゃん)」と呼ぶ。本名は、両部康希(りょうべ・こうき)
 水野絵美香に対するひとつひとつの受け答えをまともにしてくれないという個性あり。音楽バンド活動をしている。仕事はデザイン会社で働いている。
 水野絵美香:主人公。服飾ブランドのアトリエで働くインターンとして、藤崎さんに世話になった。りょうさんとは、3年前女子大生の三年生の時に出会った。
 
 太陽の塔から「お告げ(おつげ。アドバイス)」があるのです。
 太陽の塔には、気持ちが挫折(ざせつ。くじける)したときの救いがあるのです。

 過去と現在がいつの間にか交錯(こうさく。入り混じる)しながら進行することが、この短編集の特徴です。

 ちょっと書きにくいことを書いてみます。(このあと本の最後まで読み続けて気づいたのは、自分が男性だから以下、感じたことなのだろうという推定です)
 人心の把握が浅いような感じがします。
 自分だけの世界を文章で表現してあります。
 おっさんに恋をしたらしき主人公の女子大生だったころから社会人になった現在です。おっさんは、彼女が、気楽に話ができる相手です。
 だけど、ものすごく好きなわけではない。
 なんだろう。
 人間がしゃべっているように見えません。
 進行のしかたとして、「柱(はしら。項目)」がしゃべっているような感覚をもちました。

第6話 パノラマパーク パノラマガール 伊豆
 複数の登場人物が、順番に、自分の気持ちを語る形式文章です。語る人物が、いったり、きたりはあります。
 佐田麻友香:主人公女子。彼氏は大塚くん。
 児玉里瀬(・りせ):表情が変わらないタイプ。身長170cm。ショートカット。第一印象は怖い。猫のようにつりあがった目。唇は上下とも薄い。彼氏はいない。今回の旅行先静岡伊豆を提案した。
 高校の卒業旅行として、伊豆半島を旅する女子ふたりです。
 いずっぱこ:伊豆箱根鉄道。ふたりは、静岡県の三島からスタートします。伊豆パノラマパークという所へ自分は行ったことがないと思って読み始めましたが、ロープウェイがあるということで、乗った記憶がよみがえり、たぶんずいぶん若い頃に短時間だけ立ち寄ったことがあると思い出しました。
 
 ジオラマボーイ パノラマガール:マンガ。岡崎京子作品

 わたしは、たぶん、児玉里瀬が、大塚君と過去に付き合っていたという秘密が隠されているとして読んでいましたが、意表をつかれました。(予想外の展開に驚かされました)

 そうか。びっくりしました。
 そうか。そういうこともあるわいな。
 
 『どうしよう。どうしようどうしょう。』
 佐田麻友香は、とても迷います。

 うーむ。
 結論になっているような、なっていないような。
 なっていないようなグレーゾーンです。
 女子高でならよくある一時的な現象だと、何かで耳にしたことがあります。心配ないと。

第7話 さかさまの星 ニュージーランド
 自分が読んでいて感じる違和感は、自分が男性だからだろうということが、ここまで読んできてわかりました。
 女性の心の中はなかなか複雑なのです。どっちつかずなのです。
 この本は、女性向けの恋愛短編集です。
 おしゃれ、おいしい食事、スイーツとか、旅行、恋、女同士の関係、そして結婚前の状態など。

 紘美(ひろみ)+佑一(背が高くて180cm以上ぐらいでモデル体型。目は二重でくっきりしている)が、カップル
 (主人公わたし)朋乃(ともの)フリーライター27歳+和春(かずはる)が、カップル
 調和がとれたように見える四角関係が維持されています。

 テカポ:ニュージーランドにある夜空の星が美しいところだそうです。ニュージーランド南島にテカポ湖があります。(いらぬことですが、自分の体験だと、灯りが少ない日本の田舎に行けば、夜はどこも満点の星が輝いているのが見えます)

 なにかしら、かしこまっていて、行儀のいい交際です。
 結婚前の(あるいは、まだ結婚を約束していない男女の)ふたつのカップルがニュージーランド旅行をしています。自由な恋愛観があります。
 年配になった自分の世代が若かったころには考えられない行動です。そんなことをしたら、親族一同から責任を求める批判を集中砲火のように浴びせられたことでしょう。

 表向きは、健全に見える人間関係があります。
 本当は、心のうちに、相手の不幸を祈る自分の欲求を抑えている状態があるのです。

第8話 優しい国 ミヤンマー
 この本の中で、一番好きな短編になりました。
 自分の生活とも重なる部分があるからでしょう。
 『三月のはじめに父が逝った。六十歳だった。』から始まります。半年という短い余命宣告を受けた癌でした。
 人生はお金じゃありません。人生は時間です。生きていなきゃ、お金はあっても使えません。
 
 文章表現のしかたとして、事象から、一歩距離をおいた書き方をすることが、この作家さんの特徴です。
 
 オードリー若林正恭さんのキューバ行きの話しと重なります。若くして、病気で亡くなったお父さんは、キューバへ旅に行くことを希望されていました。
 本編の場合は、癌で亡くなったお父さんは、ミヤンマーへ行きたかった。娘がその夢を果たします。

 月と六ペンス:サマセット・モーム作品。

 父は小説家を目指していたが、電機メーカーで経理の仕事をしていた。(たぶん小説家になる活動をしようとして、早期退職をしたのだけれど、思いがけず癌があることが判明してしまい、命を落とすところにまで至ってしまった)

 火葬後の遺骨拾いのお話が出ます。
 のどのあたりにある仏さまに似た骨が紹介されます。
 自分は去年二回斎場での骨拾いを体験しました。
 まだあと、何回か体験して、最後は自分が焼かれたあと拾ってもらう立場になるのでしょう。
 読み終えてやはり、この作品が一番良かった。  

Posted by 熊太郎 at 06:28Comments(0)TrackBack(0)読書感想文