2014年05月10日

よかたい先生 三枝三七子 2014課題図書

よかたい先生 三枝三七子(みえだみなこ) 学研 2014課題図書

 「よかたい」は、九州地方の方言で、「いろいろある、あるいは、いろいろあったでしょうけれど、自分は気にしていません。元気を出してください。」というような相手に対するやさしい声かけと励ましです。スポーツの試合をしているとき、選手にかけるドンマイに似ています。D'ont mind!です。
 「よかたい先生」は、2012年に76歳で亡くなった原田正純医師を指します。その生涯をメチル水銀の摂取が原因である公害病水俣病患者のために捧げた方です。
 この本は、原田医師の伝記として偉業を讃えながら、水俣病以外の公害病についても紹介し、人の命や生活を犠牲にしてまで利益を得ることの行為に対する抗議とか、公害病の患者を差別しない地域における人間関係づくりはどうしたらいいのかについて、問題点を提起しつつ、人は、社会のために働くのだという職業意識をもつことの大切さを説いています。
 読み終えたあと、最初のページに戻って、読書感想の経過をたどってみました。
 以前、同じ作者さんの「みなまたの木」を読んで感想文を書いたことがあります。最後に付け加えておきます。
 物語は、2006年夏、熊本県庁での出来事から始まります。ここで作者は、NPO法人(特定非営利活動法人)の方から、水俣病は、病気の問題だけではなく、社会的な問題も大きいと説明を受けます。読み手である職業人の自分の立ち位置からみると、ちょっとむずかしい事柄をはらんでいます。お話はこれから、大きな組織を責める内容になることが予測できるからです。それは、昨年大ヒットした小説そして映画化された「永遠の0(ゼロ)」とかドラマの主人公半沢直樹と合い通じるものがあります。個人と巨大な組織との壮絶な闘いです。
 この物語の後半で強調されますが、こと仕事となると、会社間におけるお互いの信頼関係を築くことがむずかしいのがビジネス社会です。常に猜疑心(さいぎしん。疑う心)を伴います。しかし、本のページにある文字から伝わってくる気持ちは、九州弁の効果もあって、あたたかい。
 原田正純医師は、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)7月1日の熊本大空襲を体験しておられます。そのときにお母さんを亡くされました。そのとき、原田さんが命乞いをするように助けを求めた日本兵は彼を拒否しました。彼に銃剣を向けて追い払いました。日本の兵隊は日本人を守ってくれない。日本の兵隊は兵隊である自分と組織を守る。
 されど、会社も同じです。いざというときは、社員やその家族を守れません。会社を維持していくためにいらなくなった社員を、涙をこられながらも切り捨てます。そんなことを原田さんは、「裏切られた。ショックだった」、その結果、もう大きな力を持つ人のすることを信じられなくなったと語っておられます。心にできた傷は治りません。
 孤独になって閉じこもりがちになった人を救うのも人です。原田さんの場合は、借家の大家さんがいい方でした。原田さんは救われました。困ったときに助けてもらうと、自分も困っている人がいたら助けてあげたいと思うようになります。
 物語は公害を離れて、人の生き方のことに着目しはじめます。「こうあるべきだ」ではなく、「どうあるべきか」を柱にして物事を考える。ただ、現実的には、「どうあるべきか」を追求すると、干されて生活費に困ることにつながります。ここがむずかしい。
 大学卒業後の原田医師の状況のところまで読み進めました。九州を中心にして運んできた物語は、水俣という一地方都市から、世界という空間にまで広がってきました。水俣では、謙虚であれという教えが披露されます。医師が患者を診ているのではなく、診させていただいておる。患者が医師を訪れるのではなく、医師が患者宅を訪れる。原田医師は最初、そのことに気づけませんでした。病気というものは、水俣病に限らず、「伝染する」ということが風評(うわさ)にのぼります。そして、人間は、差別したがります。自分はいい人と思っている人も思われている人も危機的状況に面したとき、不幸におちいっている人に対して冷たい態度をとります。それが人間です。この世に人間がいる限り、人間同士の差別はなくなりません。ただ、良心がある人は必ずいます。良心があっても意思表示をすることができないのが、人間の社会システムなのです。
 第3章「人よりもお金が大事なのか?」で、作者は厳しい側面にメスを入れます。「胎児性水俣病」という深刻な事実が前章から引き続いて記述されています。人間の体に入った化学物質は40年たっても消えていません。人間が生きている間中、メチル水銀は人間にとりついて離れません。原田医師は、「子宮は環境である」という言葉を残しています。子宮は、赤ちゃんが過ごす空間です。そこは、安全で快適な場所でなければなりません。
 72ページにある「職場の熊本大学で」という章を読みながら1冊の本を思い浮かべました。「勇気って何だろう」江川詔子著です。この本では、正直に会社や組織の不正を、勇気をもって内部告発された方たちのその後のことについて書いてあります。悲惨です。本人だけではなくて、家族も巻き込んで、転落の人生を味わっておられます。内部告発をした人やその家族・親族には仕返しという制裁が待ち受けているのです。公害を発生させた会社の人たちの中にも良心をもった社員さんはいたはずです。さらに、従業員の家族や親族にも公害病を発生した人がいたはずです。だれもが、水俣の海でとれた魚を食べていたと思うのです。加害者は一方的に加害者ではなかった。加害者であり被害者でもあったのです。そこに公害病の哀しさがあります。あたりまえのことをあたりまえにできないという人間社会がかかえる大きな悩みがあります。本書の後半で、そのことについて触れられています。あたりまえのことをあたりまえにできる社会システムの構築が望まれます。これまでの世代ができなかったことをこれからの世代に託したいのです。
 もうひとつの問題となる状況は、組織の人が変わる「人事異動」ということです。病気になった人には「人事異動」はありません。一生病気です。公害の原因をつくった組織の人間は人事異動で職場を変わっていきます。ときには、定年退職もあるでしょう。公害病と向き合うのは一時的な期間でしかありません。おのずから取り組む気持ちは薄れるでしょう。
 水俣病の不幸は、治療の手段がないことです。原田医師にだって治せないのです。だから、原因がわかっていて、直せない病気は、ニ度と発生させてはいけないのです。物語のなかでは、医師の治療をあきらめた患者さんが登場します。彼女は、庭に生えていたアロエ、ゆきのした、どくだみ、びわの葉、ふつ(よもぎ)、しそをもんで塩につけたり、せんじたりして飲みました。踊りも踊りました。意思と工夫でがんばりました。
 108ページに原田医師の大事な言葉があります。「戦後ぼくたちは便利さと引きかえに手ばなしたものがある。それは、心と頭ですよ。」
 亡くなっていった人たちからのメッセージが聞こえてきます。118ページでは、東日本大震災のことが書いてあります。あれだけおおぜいの人たちが亡くなって悲しい思いをされたというのに、政府は、原子力発電所をなくそうとしません。いますぐは無理だとしてもいずれはなくすという判断が正しい判断です。でも政府はそうしません。あわせて、戦争をしてはいけないのに、戦争ができる準備を整えています。未来をになう子ども達には、なぜだかよく考えてほしい。
 ひとつ書いておきたいことがあります。公害病と同じように今は気づかれていないことがあります。それは携帯電話依存病です。その使用頻度の高さは異様であり異常です。新種の病気です。何十年後かには、身体的にあるいは精神的に発病する人が出てくると思います。
 最後に、どのさし絵からも作者の優しさが伝わってきてほっとしました。


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