2013年02月11日

光圀伝 冲方丁

光圀伝(みつくにでん) 冲方丁(うぶかたとう) 角川書店

 本屋大賞候補作6作品目の読書です。たいへん長い小説です。751ページのうちの340ページまで読んだところで感想を書き始めます。
 水戸光圀の生涯を記した小説です。作中のところどころに光圀本人が書いた「明窓浄机(めいそうじょうき)」があり、ひとつの項目を置いたあと、具体的な当時の様子が綴られています。内容は難しい。最後のページまでたどりつける人はそうそういないような気がします。理解不十分なまま読み進めています。
 作中の大部分は水戸光圀のひとり語りで、内容は自分自身がこれまでに為してきたことの肯定です。逐次、当時の有名人物の名前が出ますが、実質的な登場人物は光圀ひとりという構成です。67歳に達した光圀の手記であり、彼は自身の手で49人を殺害したとなっています。49人目は30年近くも連れ添って支えてくれた家老藤井紋太夫(もんだゆう)です。なぜ?という疑問からスタートしていますが、作品の中盤になった今もそのことには触れられていません。
 出自(しゅつじ、家柄、血統)へのこだわりがあります。光圀は本来、水子となる人間だった。(みずこ、堕胎した胎児)、その彼が小説の中盤では、自分の子を水子にしようとします。小説には非情さがあります。冒頭付近では、邦画「十三人の刺客(しかく、暗殺者)」で残虐な性質をもった殿様が思い出されます。人間の感情を押し殺して「鬼」になることが是(ぜ、許される・認められる)とされる世界です。とてもついていけません。
 家督相続をめぐるゴタゴタ話があります。光圀は実は三代将軍家光の子ではないかと思わせる気配がありましたが、中盤でそうではないことが判明します。この作品の源(みなもと)はどこにあるのか。前半の一方通行な文章は、まっしぐらに海へ向かっていく川の流れのようでした。ゲームシナリオのような印象も受けました。
 中国に関する書物を基礎にした問答話はむずかしい。その方面の知識がないので、書いてあることの意味をとれません。いっぽう明(みん)と清(しん)の戦争話で、日本も参加するか否かという事項については初耳で新鮮でした。
 「たかが世子だ(せいし、大名の跡継)」という言葉には唸りました。たしかに、たかがです。自力で得た地位ではありません。
 読みかけの今、光圀は25歳ぐらいです。光圀は水戸藩の史料を整理して蔵書の一覧をつくることに強い意欲をもっています。
 
(つづく) 

 読み終えて、後味のよいものではありませんでした。それは、最初と最後に殺人シーンがあるからです。刀による相手にとって安楽な殺し方の手法も書いてあったので、気持ちのいいものではありません。本の内容は、組織幹部となった人の心構えです。彼らは人を人とみない。人は、碁盤の上の碁石であり、将棋盤の上の駒です。「命」を「命」と思わない。目的を達成するためには冷酷非情です。それが「帝王学」のようです。家来も女性も商品です。この点で、今回の本屋大賞候補作「64」に登場する警察幹部職員に共通する意識があります。
 光圀が藤井紋太夫徳昭(もんだゆうなりあき)を殺害した理由は次のとおりです。紋太夫は光圀を尊敬していた。彼は光圀に徳川将軍になってほしかった。理由は、光圀の目が民の暮らしぶりを見ていたからです。温情ある藩主です。書中では「仁政(おもいやりのある政治)」と記されています。しかし、光圀は老いて隠居の身分となってしまった。次に紋太夫が考えたのは、水戸家から将軍を出す。次の藩主となった綱條を将軍に据(す)えることです。その先にあるのは、政権を朝廷に返還することでした。「大政奉還」です。徳川家は朝廷を支える立場になる。それを聴いた光圀は世の中が乱れることを阻止するために紋太夫を自らの手で亡き者としました。しかし、永い時を経て、紋太夫の将来構想は現実のものとなっています。光圀がとりくむ史書編纂は過去の歴史を未来予想図とする因果が含まれています。
 中盤のページに戻ってふりかえりです。
 光圀は「長男による血の承継(世継ぎの決定)」にこだわり続けます。目的は家督相続がもとになる親族内の内紛を治めて、ひいては組織と国家の安定を導くためです。そのために「義」という言葉が多用されます。義とは、中国の思想です。儒教に定めがあるようで、読みながら、義=倫理=道徳、人として行うことがあたりまえのことと自分なりに解釈しました。義を解くためには理論とか論理が必要です。(正直言って、めんどくさい。庶民の世界ではありません)義のために人を殺(あや)めることは、光圀の心のなかでは、是(ぜ、容認)なのです。
 当時の婚姻までに至る経過が記されています。○○家という組織を維持していくために、本人抜きで結婚相手が決定される政略結婚です。当事者同士は結婚式の日まで顔を合わせない。結婚しても側室(第2夫人以下)をもつことはあたりまえ。結婚しないで、側室だけもつこともあり。妻は子を産んでも、どうも子を育てている様子がない。男児を産み落とすためだけの女性という扱い。一般家庭の育児ではありません。西暦1600年代の乳幼児は病気で亡くなることが多いようで、書中でも複数の世継ぎとみられていたこどもさんたちが亡くなっています。
 壮年期(そうねんき、はたらきざかり)の光圀のまわりにはスーパーマンのような人物がたくさんいます。なかでも奥さんだった泰姫と読耕斎の存在は大きい。光圀に助言してくれるブレイン(脳)です。光圀は史書の編纂に情熱を注ぎます。歴史という書物のなかで、人物は死しても記録として生き続ける。その頃、最後に殺された紋太夫は、海の向こう(外国)を視野に入れた夢見る14歳でした。
 民への温情があることから「水戸の黄門さま」と呼ばれ、介三郎(すけさぶろう)こと佐々宗敦も登場します。史書編纂のため全国に調査員を派遣したのは介さんとなっています。(奈良県吉野にある吉水神社を訪れたおりに室内に介さんの足跡(そくせき)が記されていました。それらが、ドラマ水戸黄門のきっかけでしょう。
 書中では、戦乱の世が終息して何十年もが経過し、古い武士タイプの幹部武士が老いて亡くなって行きます。世代交代です。武力よりも文化、知力の世界へと徐々に転換する中、徳川家の政治活動もゆるみが出てきます。将軍の判断力はにぶり、将軍を支える幹部は将軍の言いなりになり、光圀いわく、「思考放棄」状態になります。そのなかで発令されたのが「生類憐みの令」となっています。周囲は「諦念(ていねん、あきらめ」です。ふと、今の時代と重なる部分があると考えました。光圀は、組織内のごたごたする様子を、増えすぎて共食いをするネズミにたとえています。
 いくつかの印象に残った部分などを記して終わります。
 必要もないのに追い腹を切らせてはならない。(光圀の言葉。切腹を意味します。君主が死んだからといって、後追いは厳禁です)
 中国・明国(みん)から日本に逃(のが)れてきた中国人朱舜水が示唆した日本の将来像として、「政教分離」、「公平な税制」、「大学制度(庶民参加の教育制度)」、「海外貿易」
 光圀の言葉で、大義とは人の苦しみを知り、喜びを見い出すこと。


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