2012年07月23日

ぼくがきょうりゅうだったとき

ぼくがきょうりゅうだったとき まつおかたつひで ポプラ社

 表紙の絵を見るときょうりゅうの中にいる少年の顔に元気がない。孤独感が伝わってくる。おかあさんは母親ではなく姉のようだ。犬の存在は何だろう。ペットというよりも玩具のようだ。
 きょうりゅうのパジャマを着ていただけで、同年齢のこどもたちどころか、ネコもカラスもトンボまでが逃げている。少年は嫌われ者なのか。少年自身がつぶやくとおりかれは「ひとりぼっち」です。
 夕暮れ時、ブランコのまわり、やはり「悪」が近づいてくる。恐竜たちの目ははちゅう類でおそろしい。感情のない目をしています。書中のセリフは、「さびしいんだろ。おもしろいところがあるよ。ぼくたちのせかいへいこう」というような趣旨です。犬がやめよう、逃げようと警告しているのに少年はきょうりゅうたちについていきます。
 恐竜世界の絵は、どこかで見たような配置・彩色です。途中、縦置きに変わる絵は見にくい。川を泳いで渡ってくるティラノザウルスはおぼれているようです。彼らの頭の上に石を落として殺すのは暴力の肯定です。また、問題の解決を暴力で果たしています。
 きょうりゅうの世界に異質なクジラがいたり、一方通行の道路標識があったり、最後の足は象の足であり、違和感がありました。
 救いになるのは、これはゲームで、恐竜たちはすべてパジャマを着た少年少女たちだったというオチです。ひとりぼっちの少年を元気づけるために周囲にいる人間たちが協力したのです。きょうりゅうの服がなくても遊べる子どもになりましょう。


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