2012年06月07日

病院で死ぬということ 山崎章郎


病院で死ぬということ 山崎章郎(ふみお) 文春文庫

 単行本は90年10月発行で、もう21年前の出版になりますが、文庫は12刷でよく売れています。前書きでは、みじめな思いを味わいながら癌で死んでいった人についてのメッセージで心にしみます。
 人間は必ず死にます。どんな死に方を選択するのか。それとも自分で選択はできないのか。本の内容は現役医師に対する攻撃なのかと思える部分もあります。それとも医師である自分への自戒なのか。読み進めてみます。
 安らかな死を迎えるホスピスについて推奨されています。事例の内容は冷酷なタッチ(筆致)で書かれています。読んでいて、病気にはなりたくない、入院はしたくない。食生活と運動に心がけようという気持ちになります。
 書中の何箇所かで書かれていますが、わたしも自分の家で死を迎えたい。自分が働いて得たお金で買った土地に建てた自宅で、家族に囲まれてあの世へ旅立ちたい。著者は、癌である患者に癌の告知をせず、たとえば、胃ガンを胃かいようと偽り、治療を続けていくことには限界があると訴えています。嘘をつくためにもっとたくさんの嘘をついていかなければならない。そのうち本人に本当の病名を悟られる。決定的なことは、本人はもう助からない。そんなときの延命治療のむなしさについても書かれてあります。
 著者は、人間の尊厳を尊重したい。ごみのようには死なせたくないと主張しています。わたしは、癌の告知はむつかしいと思う。わたし自身は、告知されたくありません。
 著者は真面目な人です。本の途中にある南極へ船医として赴任したお話は興味深い。
夫婦で別々の病院に入院して、長期間お互いに会えない。もしかしたら、もうこの世で会えないという事例で、入院中の妻が別の病院に入院中の夫に手紙を書くのですが、病(やまい)の悲しさが伝わってきます。
 この本では、医学会の秘密の部分が書かれていると思うのです。ここまで書いていいものかという気もしたのです。
 読み終えてみて、自分自身の死よりも、自分の親の死をどのようなかたちで迎えたらいいのかと考えさせられた本でした。


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