2012年06月07日

乱反射 貫井徳郎


乱反射 貫井徳郎(ぬくいとくろう) 朝日新聞出版

 516ページの長編です。ネタばれになりますが、冒頭から数十ページは、書いてあることの趣旨がわかりかねます。読み継ぐために、ネタを知っていた方が読みやすい作品です。
 新聞記者加山聡さん32歳の息子健太くん2歳が、強風で倒れた街路樹の下敷きになって死にます。聡さんと奥さんの光恵さんふたりは半狂乱になります。涙が枯れません。現代日本人の権利の主張を基礎にしたマナー(礼儀)とモラル(道徳・倫理)の欠如を問う問題作です。
健太くんが事故死したのは、地域住民にマナーとモラルが欠如していたからです。3人家族の未来を失った加山さん夫婦は、健太くんの事故死と因果関係のあった人々のエゴ(自分のことしか考えない)、わがまま、自分勝手に闘いを挑みます。でも負けてしまうのです。だれも謝ってくれません。マナーやモラルの欠如は、犯罪ではないのです。そして亡くなった健太くんはもう生き返りません。やられ損です。
 わたしの読書経過を追ってみます。冒頭付近で加山さんが生ごみを捨てることにこだわります。なぜなのか、作品の最後にわかります。以下、健太くんを死なせた人々です。犬の散歩で糞の始末をしなかった三隅幸造(定年退職後、家族のつまはじきにあい犬を飼い出す。)、救急車の受け入れを断った救急病院のアルバイト医師久米川治昭。空(す)いているからという理由で、軽症なのに救急診療を利用する大学生安西寛。街路樹伐採反対活動を発案し、造園業者による街路樹の診断を妨害した暇つぶしに市民活動を行う主婦田丸ハナ50代。三隅幸造の犬の糞を始末しなかった市役所道路管理課の小林麟太郎25歳。犬の糞が怖くて、街路樹診断ができなかった石橋造園で働く潔癖症の安達道洋。運転が下手なのに大きな高級車を買って、車庫入れができず、車を道路に放置して、救急車の進行を妨(さまた)げた榎田克子21歳。幼い健太くんの世話で忙しい母親加山光恵さんに高齢者介護を強要した義母。以上の個人に法人とか議員、親族がからまっています。貧富の差とか姉妹間差別もあります。
描写とセリフの言い回し、文章表現、すべてがうまい。構成に関しては登場人物が多すぎる。メモをしていかないと誰が誰かわからなくなります。事故関係者のひとりに30年間道路の拡幅に反対してただひとり立ち退きを拒否していた男性河島氏75歳がいます。彼のために「安全な道路づくり」は行き詰っていました。章のつくりは、その河島氏が病死するまでが、「-44」で始まり、彼が死ぬ章が「0」、その後「1」から章が始まり「37」で終章を迎えます。
 本作品の内容はあまりにもリアル(現実にある)で、身を引いてしまいます。新聞の人生相談を読んでいるようでもあります。ほかに、法人や組織内からの内部告発的なものもあります。278ページ付近。どろどろとした内容になりそう。心地よいものではない。早く読み終えたい。343ページ付近。救いのない展開を作者はこれからどうやって救うのか。34年前、自動車学校で教官に教わったことを思い出しました。交通事故はひとりが交通違反をしても事故にはならない。ふたりが交通違反をしたときに事故になる。本作品の場合、多数の人たちのマナー・モラルの欠如がタイトルどおり乱反射して、幼児の命が奪われたのです。ここまで読んで、「安全」を確保するためには、立場の弱い者を基準にして物事を決めれば、事故は発生しないと悟りました。本作品の場合、立場の弱いものは、健太くん2歳であり、ベビーカーを押していた母親の光恵さんです。407ページ付近。健太くんの父親加山聡さんは関係者ひとりひとりを追い詰めていくけれど、最後にたどりつくのは自分自身になるだろう。嫁姑の関係を整理できなかった彼の責任問題に彼自身はまだ気づいていない。(作品では触れられていません。)
 人間は自分を守るために平気で嘘をつく生き物です。だれも加山さん夫婦に謝らない。本作品はいつか映画化・ドラマ化されるかもしれませんが、後味のいい内容にはなりにくい。鑑賞者自身・視聴者自身が加害者になるでしょう。現代人の特質と病癖がいくつか記述されていて心に響きました。170ページ、義務を果たさず権利を主張する。462ページ、待っていても気持ちの整理はつかない。気持の整理は自分でつける。それに付随して、覚悟を決めて親子・きょうだいの縁を切るという言葉も思いつきました。476ページ、豊かな日本は自分たちがつくったと威張って下の世代を責める高齢者。救いようのない現状があります。本作品は、日本民族の衰退化を暗示しています。

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