2012年03月18日

蜩ノ記(ひぐらしのき) 葉室麟(はむろりん)

蜩ノ記(ひぐらしのき) 葉室麟(はむろりん) 祥伝社

 蜩(ひぐらし、セミ)とは、戸田秋谷(しゅうこく)を指します。豊後羽根藩(ぶんごうねはん。大分県です。)に属する江戸時代中期の侍です。彼は藩主の側室に手を付けて、お咎め(とがめ)により山間部にて幽閉された状態で家族と一緒にひっそりと暮らしています。蜩(ひぐらし)は夏の終わりにカナカナカナと哀しげに鳴くセミです。彼に与えられた罰は10年後の切腹です。事件から10年後の8月8日に切腹することを命じられています。その間のお役目として、藩の歴史を記した由緒書を作成するのです。
 彼の監視役が壇野庄三郎です。22歳の侍です。彼もまた、城内で刃傷沙汰(にんじょうざた、刀を抜いて同僚を傷つけた)を起こして戸田の住む向山村に追いやられています。
 秋谷は由緒書完成の褒美(ほうび)に切腹を免れる期待があったのですが、罰を命じた藩主が亡くなってしまいました。罰を免除してくれる人物がいなくなった今、秋谷(しゅうこく)は、切腹するしかないのです。書中ではすでに7年が経過しています。
 蜩である秋谷が藩の由緒書きとは別に書く日記が「蜩の記」です。1年に1冊で今は7冊です。その部分の記述はほんの数行です。38ページまで読みました。感想を書き始めます。
 秋谷は30代半ば(なかば)から後半でしょう。妻子がいます。妻織江は病気です。娘が薫。このふたりは秋谷が切腹せねばならぬことを知っています。息子は10歳の少年郁太郎です。
文脈はなつかしい記述です。最近はこのような純和風の書き方を見かけなくなりました。文章に自然の光景が溶け込んでいます。
 不倫をした男に妻子がついてくるものだろうか。何か事情があるに違いない。
 なんでもかんでも切腹、連帯責任です。10年後の切腹は緊迫感を高めています。窮屈な武家社会です。生まれた血筋や身分で人生が制限されています。
(つづく)
 1週間が経過して読み終えました。
 秋谷(しゅうこく)は正義を貫く人でした。「誠」と言い替えてもよいでしょう。組織の幹部は彼のようなタイプの人間をどのように処遇したら組織の形態を維持することができて、繁栄させることができるのかを考えなければなりません。上層部にいるメンバーよりも下層部にいる人物のほうが、力量があるということはありがちなことです。
 書中では、幹部役職者と商人の癒着(ゆちゃく)により百姓が虐げられて(しいたげられている)という状況が描かれています。藩政改革の意志をもつ秋谷を排除・抹消するのか、敵は手の内に置けで重用(ちょうよう)するのかでむずかしい選択をしなければなりません。組織は外部からの力によって壊れるときよりも内部からの力で壊れるときのほうが圧倒的に多いのです。
 秋谷は潔く(いさぎよく)死んでいきました。武士の道を貫きました。惜しい人を亡くしました。優しく厳しい人でした。このようなことがあってはならないという「気持ち」を大切にしたい。
 最初から最後まで通してあることは「無実の罪」に対する抗議です。罪を犯していない人間を権力の力によって罪人にする。命まで奪ってしまう。作者は理不尽な行為に抗議しています。

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この記事へのコメント
「蜩ノ記」がラジオドラマで放送されます。
NHKfm青春アドベンチャー6月18日から全10話です。
Posted by 今井 at 2012年05月24日 09:20
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