2011年02月16日

◎キューポラーのある街 DVD

キューポラーのある街 DVD

 吉永小百合さん17歳の体当たりの演技が光ります。前半は彼女の弟、小学校6年生タカユキくんと在日朝鮮人であるさんちゃんたちの言動に笑わされます。明るいところがいい。ドリフターズの喜劇を見ているようです。社会問題を背景にしながら思うようにならない貧困暮らしと希望をめざして歩く人々の姿が濃厚に描かれます。まじめだけでは生きていけない生活環境があります。
 キューポラーは鉄の溶鉱炉のことで、昭和30年代初め、鋳物工場が多かった埼玉県川口市が舞台です。白黒映画ですが気になりません。音楽は力強い。
 なつかしいものがたくさん出てきます。過去へタイムトラベルした気分でした。テレビにはすもうの映像があり、ふとんをかぶって獅子舞ごっこ、世の中は義理人情の世界、親方の妾(めかけ)持ちはOK、社員はみな家族、アル中のオヤジと、頑固な職人気質、わんぱく坊主に朝鮮差別、こどもへの体罰とそろばんも買えない貧乏、お金がなくて修学旅行にいけない児童・生徒、定時制高校、狭い和室に子だくさん、労働組合活動と組合嫌い、女のくせにという言葉と月給2万円の収入。東西ドイツに北鮮・南鮮、伝書鳩の売り買いにトレパン、中卒で就職、高校への進学ができない。クーラーなしの夏と屋外の共同水道、新聞配達にアコーディオン伴奏の合唱、ビー玉と自動車が走っていない道路、100分間の映画ですが、とりこまれている項目は仔細に渡り感心します。政治色があることやアイドル的主役が男性グループに性的目的で襲われる場面があることから真剣な気持でつくられた映画であることが伝わってきます。
 中学校の先生は先生らしい。中学3年生ジュンの言葉、「高校へ行くよ。どんなことがあっても」は心に残りました。ときおり、鳥がコップの水を飲むおもちゃが映ります。たしか、小学校の教室に置いてありました。
 自分のために自分の未来は自分で決める。周囲のいろんな人たちが生き方を教えてくれた。希望をもって、自分の人生計画を建てて努力する。前向きな映画です。
 映画全体をとおして感じたことがあります。この60年間ぐらいで、自然が消えていった。豊かさと引き換えに失ったものがある。いいとも悪いとも評価できない。その後生まれた世代に昔のこどものような体験がもう永遠にできないことは気の毒です。
 ジュンの父親は仕事中に怪我をしたことが原因となって解雇されます。現代では、政治家や経営者が、徹底的に無駄をなくすと言う。昔は、すきま仕事があったように思う。勉強ができる人もできない人も雇用される場があり、障害者にはたとえ安価でも働く役割の場があったように思い出す。無駄は必要です。無駄がなくなる社会は、業務遂行において優れた人間だけが雇用される社会です。その人間も事故や病気で就労能力が低下すればお払い箱です。


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