2009年12月01日

太宰治「斜陽館」

太宰治「斜陽館」

 パラパラと降る雨模様の中を車で五所川原市の金木町(かなぎ)へと向かいました。道路の左側には、日本海方向から吹付けるらしき雪から道を守るための防雪壁のようなものが続きます。津軽半島の先端である竜飛崎まではまだ遠い。行くことをあきらめました。そこにある青函トンネル記念館がもう10月10日までで、今シーズンは閉館になっていることを知りました。



 先日読んだ本のなかで登場人物の女性が、修学旅行で斜陽館に行ったけれど、ただ広いだけだったというセリフがありました。そんなことは言わないでほしい。遠路はるばる悪天候の中を来たのだから。
 おなかがすいていたので、見学する前に、道路を隔てて前にあった食堂で昼食をとりました。ほたて貝の貝殻を鍋代わりにして卵とじの形態の煮物と馬刺しを食べました。卵とじのほうは郷土料理らしく、翌朝のホテルの朝食でも提供されました。馬刺し、おいしかったです。



よく磨きこまれた床です。
奈良市で、志賀直哉氏の旧居を見学したことがあります。ここと同じく和洋折衷(せっちゅう)のお屋敷でした。明治・大正の財界・文化人宅は洋風であります。こちらのお宅の場合、金融業の窓口は洋風、家人、来客者宿泊用は和室・洋室、雇われ人たちは和室を使用したようです。









和室のふすまには「斜陽」の文字がありました。



文章の末尾、左下になります。



家の中を2周半ぐらいしました。少年太宰君の淋しさが伝わってきました。家の大きさと幸せの大きさは比例しません。
見学を終えてホテルに向かう途中の踏み切りで津軽鉄道を見かけました。
右側に見えるのが防雪のための壁です。



津軽は平野でした。見渡す限り自然の風景で、吉幾三さんの歌にあるようになにもないといえばなにもないところでした。


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