2009年05月06日

大阪府堺市の大仙陵(だいせんりょう)古墳(仁徳天皇陵)

大阪府堺市の大仙陵(だいせんりょう)古墳(仁徳天皇陵)

 名古屋駅から近鉄電車に乗り、奈良県の室生寺(むろうじ)、長谷寺(はせでら)、そして當麻寺(たいまでら)を見学したあと、さらに西へと向かい、南海電車に乗り換えて、大阪の堺で一泊してきました。
 社会科で教わった「仁徳天皇陵」がある街とは知らず、ただし今は「大仙陵古墳」と呼ぶとことを知りました。今読んでいる本は「秀吉の天下統一と高山右近の追放」ルイス・フロイス著、松田毅一・川崎桃太訳で、堺市が登場するので、同市を訪問したくなったのです。

 古墳の全貌を写真に入れることはむずかしく、まず、古墳の周囲半分ほどをお堀に沿って歩いたあと、博物館、茶室などを見学して、再び電車で「堺東」駅に戻り、最後に堺市役所21階の展望台から古墳を見下ろしました。ゴールデンウィークの休日であり、市役所はお休みだという先入観がありましたが、展望台部分は公開されており、ありがたかったです。展望台から見下ろした大仙陵古墳の写真です。





次の写真は、古墳の東北部にあった標識になります。





 紀伊半島を横断してきて、東海地区とは異なる関西人のおしゃべり好き文化に圧倒されました。電車の中では、夫婦でも親子でもよくしゃべる。券売機で切符を買っていると、隣の券売機で切符を買っているこどもたちが体をぶつけてくるぐらいに寄ってきたり、後ろでは、切符の買い方がわからないと嘆いている家族連れがいたりしました。にぎやかです。
 次の写真は、大仙古墳の正面になります。若葉がとても美しい。もう1600年前ぐらいから存在するわけですから、森の中には、1600年前から生息する動植物がいるような気がするのです。中に入ってみたいとも思いますし、どなたかに内部を調査・研究をしていただいて、その発表を聞きたいとも思うのです。





古墳南側の公園区域にあった博物館に立ち寄ってみました。
堺市は、刃物とか自転車が産業のようです。また、千利休(せんのりきゅう)さんとか与謝野晶子さんの生誕地でもあるそうです。このあと与謝野晶子文学館にも行ってみました。





博物館内の休息所から見えた外の風景です。塔は、あとで調べたら「堺市平和塔」という名称でした。





千利休の茶室にも立ち寄ってみました。
移築されたものなのか、もとからここにあるものなのかは知りません。









たしか「利休にたずねよ」というようなタイトルの本があったので、今度、読んでみるつもりです。
豊臣秀吉に死を強要されて亡くなっていますが、わたしには未知の世界です。


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