2023年06月20日

ローカル線よくばり絶景旅 村井美樹が行く わたらせ渓谷鉄道

ローカル線よくばり絶景旅 村井美樹が行く わたらせ渓谷鉄道 新名所&穴場徹底満喫スペシャル BSテレ東京

 テレビ番組制作者の方たちにとっては、視聴者がどんな思いをもちながら制作された番組を観ているのかはわからないと思います。わたしは番組を『作品』としてとらえています。
 文学にしても歌曲にしても、作者の手元から『作品』が離れたときから『作品』はひとり歩きを始めます。『作品』の受け手は、受け手としての人生観をもちながら『作品』に歩み寄ります。
 だから、作者は、自分の手から『作品』を手放したときに『作品』とはサヨナラしたという気持ちをもったほうがいい。子どもの巣立ちみたいなものです。

 小学生の時に数年間わたらせ渓谷鉄道沿いにある町で生活したことがあります。
 映像を見ながらなつかしさにひたることができました。
 自分が住んでいたころは、わたらせ渓谷鉄道は『足尾線(あしおせん)』という名称で、蒸気機関車が走っていました。C-11だった記憶ですが、こどもの記憶なのであてになりません。
 山奥であり、冬は雪国でした。吹雪の中を蒸気機関車は力強く走っていました。線路の横に人が歩く狭い土の道があり、自分が歩いているすぐ横を機関車が通りすぎて行きました。寒かったけれど、マフラーを首にしっかり巻いて、激しく吹き荒れる白い吹雪のなか、白い息をはきながらまだ小さかった弟といっしょに歩いていた記憶が残っています。今思い出すとドラマチックな光景でした。映画の中のワンシーンみたいです。
 鉄道沿線が晩秋を迎えるころには、紅葉で美しい山々の景色がありました。
 日が短い暗い夕刻になると、黒い山影の上のほうに『金星』が輝いていました。強い光を放っていました。(はなっていました)
 映像でも出ていましたが、春は桜が美しかった。番組では、花桃(はなもも)の花が大量に咲いていていい景色でした。
 古い駅舎がいくつか出てきました。
 小学生だった自分が座っていた駅舎の中が映像に出てきて不思議な気分にひたりました。タイムトラベルです。たしか、野球のグローブを買いたくて、桐生(きりゅう)行きの列車を待合室でひとりで長いこと待っていました。

 成人してから3回、10年おきぐらいに昔住んでいたところを訪問しました。20代の時は友人たちと4人で訪れました。40代のときは、まだ小学生だった息子とふたり旅でした。50代になって妻とふたりで訪れました。
 駅のまわりや、住んでいた長屋(ながや)あたりは、人が減って、家も取り壊されてなくなって、昭和40年代(1965年代)ごろとは、ずいぶん風景が変わっていました。

 映像では紹介されませんでしたが、終着駅付近では、カモシカを見ることができるとか、ほかには、たしか、砂防ダムとか、学習センターがありました。
 自分が小学生だった時は、遠足での行程に『かじか荘』というところがありました。国民宿舎でした。山道をずーっと歩いて登っていきました。そこで飼われている猿を見た覚えがありますが、こどものころの記憶なので不確しかです。
 渡良瀬川(わたらせがわ)にそそぐ支流がいくつかあって、とてもきれいな清流でした。
 夏の川遊びが楽しかった。
 明治時代なかばから始まった公害問題のことは、引っ越しでその地域を離れて中学生になったときに知りました。
 自分が住んでいた時は、野生の動植物や川魚、樹木の若葉や紅葉した尾根などの自然、夕陽や星の美しさ、冬に長屋の屋根から雪が解けて水がたれてできた複数の太くて長い氷のつららなど、鉱毒による公害被害を感じるような場所ではなかったのでとても意外でした。
 夏は虫取り、冬は、手づくりのそりで斜面を降りたり、山の斜面でスキーをしたり、長屋(ながや)の間にある雪が凍った路上でスケートもできました。(車が少ない時代でした)こどもには楽しい土地でしたが、おとなにとっては、寒くて暮らしにくかったと思います。

 群馬県側には、草木ダムがあり、そばに『星野富弘美術館』があります。
 体育教師で体操に失敗して車いす生活になった星野富弘さんという障害者の方で、口にくわえた筆でお花の植物絵を描かれる人の作品が展示してある美術館でした。
 こちらの番組では、ここまで書いたことの紹介は、ありませんでした。
 それでもなかなかいい雰囲気の場所がいくつもありました。
 しょうゆ蔵の見学では、昔たしか神戸へ観光バス旅行をしたときに酒蔵を見学したことがあったなとか、この番組を観たときに読んでいた本が『ライスボールとみそ蔵と 横田明子・作 塚越文雄・絵 絵本塾出版』で、みそ蔵の話ですが、似ているなとかの思いつきがありました。
 
 わたらせ渓谷鉄道の車体の色は『あかがね色』で、昔、蒸気機関車が運んでいた『銅』の色だなとピンときました。あかがね色は『銅色』と書きます。

 『ながめ余興場』というところが、風情(ふぜい。味わい、たたずまい、雰囲気、ようす)がありました。昔の芝居小屋です。昭和12年に建てられたそうです。(1937年)
 福岡県の飯塚市に『嘉穂劇場(かほげきじょう)』というのがあるのですが、風情が似ています。こちらは昭和6年のオープンです。(1931年)
 どちらも鉱山開発で人とお金が集まりにぎわったので、娯楽としてできた劇場だと思います。

 走る鉄道の映像を見ながら不思議に思ったことがあります。
 線路は、がけ地みたいな地形のところを走ります。片方は山の斜面で、もう片方は段差があって、けっこう落差がある下りです。下ったところを渡良瀬川(わたらせがわ)が流れています。
 列車走行の映像を見ていて、地面が、あの重たい列車の車体を支え切れるのだろうかと心配になるのですが、ちゃんと計算してつくってあるのでしょう。

 季節的に、桜と菜の花の映像がきれいです。
 いいお天気で良かった。
 村井美樹さんも林家三平さんも健全な方なので、ほかのバラエティー旅番組と違って、波乱の出来事はありませんが、安心感のある旅でした。

この記事へのトラックバックURL

http://kumataro.mediacat-blog.jp/t151747
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません
上の画像に書かれている文字を入力して下さい