2022年01月25日

メーター検針員テゲテゲ日記 川島徹

メーター検針員テゲテゲ日記 川島徹 三五館シンシャ フォレスト出版

 電力会社の下請けで、電気メーターの数値を記録するお仕事です。
 たまに女性職員さんの姿を見かけます。
 制服を着て、電子ボックスみたいな小型の機器に数値を入力して、プリンターで結果が出て、郵便ポストに投函されていきます。
 コンピューター管理が進んで、いずれはなくなる職だと記事を読んだことがあります。
 こちらの本では、鹿児島県にお住まいの年配男性の体験記が書いてあります。検針員を退職されてから、十年ぐらいが経過しています。
 『(お金のためだけではなくて)だれかのためになっている』ということが働く支えです。世のため人のために勤労があるのです。

 戦争ドラマ『コンバット』はなつかしい。
 家にテレビがなかったので、友だちの家でドラマを友だちと見ていました。(1962年から1967年の放送。昭和37年から昭和42年。自分たちは、白黒テレビで見ていました)
 関連して『ローハイド』という西部劇のようなカウボーイたちの番組があったこともかすかに思い出しました。

 500ルーメン:光の束の範囲。明るさ。自分は「ルクス」のほうが身近です。

 メーター数値検査のやり方とか、やりやすさ、むずかしさで、鹿児島特有の地形とか町の成り立ちがけっこう影響してきます。

 天文館:鹿児島市内にある繁華街、飲食街、飲み屋街がある地域らしい。検針はやりやすいそうです。

 それなりの苦労がありますが、この仕事の場合は、毎日の接客業務の苦しさ、つらさはないと感じながら読み進めています。
 組織内部の人間関係、とくに上司との関係が従業員のストレスになっています。

 文章が読みにくいと感じるのはなぜだろう。
 文章の末尾の雰囲気から、文章が、自分の心に向けて書いてあると感じました。内向きな書き方の文章なのです。
 メッセージが、自分に対するもので(自分の気持ちを納得させるため)、外部に対するものではないので、読み手としての自分は読みにくいことに気づきました。(その後、改善されていきました)

 従業員である人間は、大きな機械の中にある一個の歯車の扱いです。上層部から下部に対する非人間的な対応があります。
 あわせて、人間は商品扱いです。
 資本主義のよくないところです。
 使用する者と使用される者との上下関係があります。

 関係者が読むと怒られそうなことも書いてあります。
 ひどい目に遭った(あった)ので、仕返しのための復讐劇の一面がありますが、十年が経過しており時効なのでしょう。
 関係者は退職したり、もしかしたらすでに亡くなっていたりする方もいるのでしょう。
 結局、一番長生きをした人が、人生の成功者ではなかろうかと思えるのです。

 魂がった:たまがった。九州の方言。驚いた。

 検針は、ときに命がけになります。
 台風で暴風雨の中での検針、高所の検針、さすがに、「大雨暴風警報」発令時は、検針はやってはいけないというようなルールがあると思うのですが、わかりません。

 対象者のお宅は、ひとりで生活している人が多い。高齢者です。
 もしかしたら、家の中で亡くなっているかもしれない。
 ありそうな話です。

 ペットの犬も飼育を放棄されています。
 首輪と鎖でつながれたまま放置されています。
 動物を虐待する人もいれば、本には書いてありませんが、こどもや年寄りを虐待する人もいます。
 なにかしら、人間の底辺の生活を見るようです。
 
 検針場所で背後から、突然大型犬に吠えたてられて(ほえたてられて)、自分も瞬間的に犬になって吠え返して難を逃れたということが書いてあります。これをM1グランプリでの漫才のネタにできないだろうかと思いつきました。

 いい文章があります。『親がやさしいと子どもは素直に育つ。(親が)厳しすぎたり、夫婦仲が悪いと子どもの気持ちはゆがんでしまうが、皮肉なことに芸術家はそうした環境から出てくることが多い気がする』あたっています。
 もうひとつ『(労働条件が)底辺すぎる。これ以下はないと思えば、なんでもやれる』
 そして『まぁ、この仕事もね。食うためには仕方ないからね』
 
 東京にある外国資本の日本支社で、高給待遇の役付きで働いていた著者です。
 物書きになりたいという夢があって、退社されて、鹿児島に帰郷されています。
 時間はかかりましたが、この本を出版されたので、堂々と作家を名乗れます。
 いい会社を辞めてからの経過話を読んでいると、読み手である自分の胸に、しみじみと伝わってくるものがあります。

 ふだん、街中で、一流大学を目指して塾通いをしているこどもたちの集団を見ると、きみたちの未来に何があるのかと問いたくなることがあります。
 学歴にとらわれず、自分の好きなことをして稼ぐことができたら、なかなかいい人生です。

 書き手の力量として、ふつうの人は、自分が体験したことしか書けません。ホンモノの作家は、体験したことがないことも書けます。ちょっと詐欺的(さぎてき)でもあります。

 細かなお金の話がけっこうきつい。電話代を自己負担する何十円、何百円の不満があります。
 検針1件40円、月10万円の収入ですから、細かい金額でも働くほうにとって自己負担させられることは、死活問題なのです。

 検針途中で出くわした犬とかヘビとかカエルの話は、生き物が、検針員の立場と重なる部分もあり、味わい深いものがありました。みな、死と向き合っていたのです。

 検針をするときの機器のパスワードが機器本体に貼り付けてあったというエピソードには目を丸くしました。まさか、本体にパスワードが張り付けてあるとは思わないから、それは、パスワードだと思われないからいいのだという断定的な上司の屁理屈(へりくつ。無理なこじつけ)にもびっくりしました。
 読んでいて、金もうけ第一主義の資本主義が、ゆきづまりを迎えているという感想をもちました。
 普通の常識をもつ人間が、労働環境についていけないところまで、仕事のしかたが変わりました。
 理不尽、不条理、理屈が通らない。それでもその場しのぎで乗り切って、働いて給料をもらいます。
 検針員の立場は、権力関係において、負ける立場です。資本主義では、組織の上層部にいる一部の人間が儲かって、指示を受ける側の人間は(低賃金で)奴隷のような扱いを受けて働きます。無理な労働の見返りに、社会保障が充実していればいいのですが、検針は、大手電力会社からの委託契約で、雇用関係も検針員がひとり社長のような立場で、発生した予定外の費用は、自腹を切らされることが多く、不安定な立場です。
 読んでいると、主婦からのクレームがあります。昔、自分自身も、「主婦」という立場の人は、組織に所属して働くことの苦労をまったくご存じないと嘆いたことがあるのを思い出しました。
 
 テゲテゲやらんな:宮崎、鹿児島の方言。肯定的に、適当でいいよ。だいたいでいいよ。反対の意味で、いいかげんとかだらしないと言うときも使うそうです。

 オートロックマンション訪問時の苦痛が書いてあります。
 ふと、昔の出来事を思い出しました。オートロック付きのマンションに住んでいたことがあります。ある日、敷地の奥の植え込みにある壁、廊下との境界にある1m50cmほどの高さがある壁にしがみついて、壁をまたがるようにして登っているおばあさんがいました。
 不審者だと思ったら、上階に住むマンションの居住者でした。
 オートロックって、防犯上の意味があるのだろうかと疑問をもちました。

 最終的には、作家を目指して転職した著者は夢をかなえています。
 読み終えてみれば、この本は、作家を目指している人のためのアドバイス書物でした。
 まあ『作家』というものは、自己申告の自称で社会的に通用するものであり、収入の有無は問われないのでしょう。自称『作家』で無収入の年金生活者というのも、優雅でけっこういいポジションだと思います。

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