2020年04月17日

それでも空は青い 荻原浩

それでも空は青い 荻原浩 角川書店

 好みの作家さんです。
 タイトルから内容を想像しました。「それでも空は青い」から、この人生を生きていこう。
 7本の短編で、1本が40ページ前後です。

「スピードキング」
 スピードボールを投げるプロ野球のピッチャーになった同級生とプロ野球選手になる夢をもっていた主人公の自分とを重ね合わせながら栄枯盛衰を描きだします。主人公は35歳になりました。 読んでいると、過去は良かった。現在はそうではないと、なにか、みじめな気持ちになっていく内容です。

 主人公の10歳に成長したこどもが主人公を救ってくれます。ラストのセリフに輝きがありました。

 半世紀前は、町内のあちこちに野球やキャッチボールをするおとなやこどもがたくさんいました。いまはもう見かけません。遠い昔話を読むようです。時代は変化しました。

 主人公の車が日産スカイラインからファミリータイプの三列シートバンに変化したのも時代の変化を表しています。

「妖精たちの時間」
 高校同窓会のひとときを文章にした作品です。
 高校3年生のクラス会です。卒業後20年が経過しました。
 20年前、妖精の姿を見ていた女子が桜井瑛子さん、オーストラリアからの帰国者女子です。主人公が、敏腕商社マンから転落、離婚した槙田(まきた)くんです。ふたりに、ほのかな恋心がただよいますが、現実は、複雑で厳しい。

 文章表現のうまさが光ります。「自分の現在地(時代の流れの地点)をみんなに知ってほしい」、「自慢話をする人間は人の話を聞かない」、「狭い階段を、過去を遡るように一歩ずつ降りる」、「目の前からいなくなった人間は、最初からいなかったみたいに忘れちゃう」

 高校時代、仲間外れといういじめがあります。
 若い頃、人を壊してしまった罪悪感が残る作品でした。
 調べた単語などとして、「収斂:しゅうれん。ひとつにまとまる」、「女バス:女子バスケット部」

「あなたによく似た機械」
 前半には強い関心をもちました。こういうことって現実にある。いい素材を下地にした短編ができあがると期待しました。しかし、後半で、失速しました。

 妻のひとり語りです。結婚も就職のひとつ。ところが、35歳の夫は自分の両親の言いなりで、機械のように動く。彼は、無口です。
 繊細な文章が続きます。
 交通事故の話。PTSD、うつ病の話。そして、ネジの話。
 書いてあるのは古いタイプの夫婦像です。
 途中で気づきます。妻のほうが、ロボットじゃないのか。
 設定は未来ではなくて「現実」で、登場人物は、機械ではなくて、「人間」で、じゅうぶんこのパターンは成立できます。生身の人間でとおしたほうが、味わいの深い作品になっていました。

 体重が重たいのは、機械だからかと、読後に気づきました。

「僕と彼女と牛男のレシピ」
 読み終えて、物語のなかだけの理想だと思いました。もしかしたら、うまくやれる男性もいるのかもしれませんが、とてもむずかしい。牛男というのは、妻の連れ子のことです。主人公がめざしていることは、とてもむずかしい。

 7才年上の女性にほれてしまった上林康祐(かみばやし・こうすけ)さん28才です。彼女はバツイチで、小学2年生の息子さんがいます。

 上林さんの職業であるカクテルづくりの話が続きます。なんだろう。この作家さんの文章についてマンネリ化があります。数年前と変化のない文章の雰囲気が伝わってきます。いくらいい文章でも、新鮮味や独創性が感じられず飽きてくることがあるのかも。一人称の語りがそう感じさせるのかも。
 それでもよかった表現として、「(僕と彼女と彼女の子どもが並んで)惑星直列」、「人間だって動物だからね」、「もし、将来自分のこどもができても(彼女の連れ子を愛せるか)」、「練習は嘘をつかない」

タンブラー:コップ。シリンダー型のグラス
海綿骨様仮骨:骨折治療で出てくる単語

「君を守るために、」
 ミステリー、謎、秘密として、前半は興味深く読み、これからどういう展開にもっていくだろうかと、次の展開が読めなかったのですが、進むにつれ、あまりおもしろくなく、関心は落ち込みました。それでも、最後はきちんとまとめられて、作品としてしっかり完成していると受け止めました。

 ひとり暮らしの若い女性がペットの犬をスマホで見るために部屋に見守りカメラを設置しますが、その映像でベッドの上に男性の裸足が写り込みます。男は何者なのか。

 ショート・ショートのイメージをもちながらひねりを楽しみに読んでいました。ちょっと裏切られた感じです。

 調べた言葉として、「箪笥:たんす」、「共布:ともぎれ。ともぬの。作成した衣服と同じ布。補修用の布」

 新聞記事に、自殺した一般人の名前は出さないと思う。

「ダブルトラブルギャンブル」
 あまりおもしろくなかったのですが、最後はきれいにまとめてありました。
 ふたごの男性19才のお話です。ふたりが、入れ代わり立ち代わりしながらメリットを引き寄せるのです。
 ドッペルゲンガー:自分で自分を見る幻覚
 対照型で進行していく方式です。いかようにでも話を広げることができる設定です。
 「ピーナッツパーク」は、ふたごを連想させます。

「人生はパイナップル」
 7本の短編のなかで、この作品が一番良かった。今年読んで良かった1冊になりました。素材は、「高校野球」で、サッカーやラグビーが流行っている現在にしては古いのですが、じんと胸が熱くなる長い歴史がありました。魂がこもっていました。

 孫が亡くなった人生の恩師となる台湾生まれの父方祖父のことを語ってくれます。泣けてくるようなじいちゃんの思い出話です。

 台湾に旅行したことがあるので、雰囲気を想像することができました。パイナップルのお話では、沖縄で見たパイナップル畑を思い出しながら読みました。

 じいちゃんは、嫌われ者だった。祖父は、ほらふきじいさんとばかにされています。孫である主人公の浜野奏太もじいちゃんがにがてだった。でも、ともだちがいない主人公の遊び相手は、じいちゃんしかいなかった。

 祖父が、小学一年生の奏太には、野球の才能があると断定したところから、ふたりの二人三脚の暮らしが始まります。

 「教育」について、深く考えさせられました。育むとか、育てるという部分についてです。自信をもたせて、胸を張って生きていけるように、孫を人として仕上げていく。
 台湾で曾祖父が事業として育てていたパイナップルを反戦主張へとつなげていく。

 良かった表現などとして、「パイナップルは、(まんなかに穴があいているので)からっぽだ。だが、輪はつながっている」、「答えは自分で考えろ」、「(国籍は関係ない)なにじんだろうが、野球がうまい人間は人から尊敬される」、「自分の頭で考えることができない馬鹿になってはいけない(なんでも人に答を求めるな)」、「みんなじいちゃんのおかげだ」、「好きなことと、うまくいくことはべつだ」、「(戦闘機の機銃掃射を受けて)それでも空は青かった」、「自分のことは自分で決める。そうすれば、失敗しても後悔はしない」


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