2019年08月09日

種をまく人

種をまく人 ポール・フライシュマン あすなろ書房

 こういう本があることを知りました。今年読んで良かった1冊です。
 ひとりずつが証言をしながらリレーで物語をつむいでいく。以前、推理小説で読んだことがある形式だと思い出しました。この本は、こどもさん向きでも大丈夫です。ひとりの証言が短い。全員で11人ですが、全体のページは92ページですから、ひとりあたり、8ページ程度で、すんなり読めます。すんなり読めますが、文章が、ていねいでやさしくて、美しい。上質です。
 移民社会アメリカ合衆国を表している内容です。スラムのゴミ捨て場に豆の花が咲き、野菜類が育ちます。それとともに多国籍人種の民族の交流が始まります。みな、貧しい。
 小さな豆粒を最初に植えたのは、9歳のベトナム人女の子キムでした。父親は死んでもうこの世にはいません。キムは父親が死んでから8か月後に生まれたので、死んだ父親もキムを知りません。植えた豆粒には願いがこめられています。亡くなった父親はベトナムでお百姓をしていた。豆を上手に育てたら空の上にいる父親が自分に気づいてくれるかもしれない。キムが種を廃墟に植える様子を賃貸住宅ビルの3階にある部屋からたまたま見たのが、ルーマニア人のアナです。そうやってお話が続いていきます。
 舞台はアメリカ合衆国オハイオ州クリーヴランドです。エリー湖の南、カナダ国境付近です。時代設定は、1980年代ぐらいに思えます。

 子どもの頃に読んだ「ジャックと豆の木」を思い出しました。

 移民で構成される社会は、単一民族が多く暮らす島国日本育ちには実感が薄いかも。

 おもしろい。うまくできている構成です。

 畑地は市有地なのでしょう。違法ですが、小説です。

 「水コンテスト」を開催。

 「命」について考える。まもなくこの世を去ろうとしている老人が、芽が出て、この世に到着したばかりの幼い植物たちを見守る。「親心」

 16歳妊娠中のメキシコ人マリセーラの記述は異質です。あかちゃんなんか嫌い。赤ん坊なんかほしくない。それなのに妊娠してしまった。流産したい。リオーナという黒人女子がマリセーラに黄色い花アキノキリンソウをあげます。それは、お産を楽にする薬草です。自然界の命は、太陽と雨と季節で動いている。人間も自然の一部。マリセーヌは、あかちゃんなんか死んじゃえばいいとは思わなくなりました。

 インド人のコメントとして、インドのデリーは暑い。じゅうたんには、川、滝、花壇、小鳥など、砂漠の民が夢見るものがすべて織り込まれている。じゅうたんは、どこへでも持っていける「庭」

 ポーランド人は、ニンジンの芽を間引くことができない。第二次世界大戦中のドイツの強制収容所を思い出す。ユダヤ人の大量虐殺です。体の強い者と弱い者に分けて二列に並べて、弱い者はガス室に送られて殺された。

 みんなで持ち寄ってバーベキューをする。無料で与えることを否定する利益優先のルールを破る。

 黒人の語りとして、解放奴隷のこと。1859年に自分の祖先は、はるかな長距離を歩いて、その土地で暮らし始めた。かれらは、「種となった人たち」です。タイトルと重なります。

 生活保護をもらえても、もらうだけの生活は物悲しい。自分で食べ物をつくろうという気持ち。

 調べたこととして、「ライマメ:インゲンマメ」、「アキノキリンソウ:キク科の黄色い花」、「三丁・四丁:距離の単位。一丁は約109メートル」

 印象に残ったフレーズなどとして、「子どもが導く」、「人生には変えられないものが山ほどある」、「どうにもならないことを一日中考えているより、畑をつくろう」、「伯父さんはグァテマラにいたときは長老だったけれど、ここでは、言葉も通じず、子どもと同じ」、「種は伯父さんにとっては、なつかしい友だちだった」、「伯父さんは赤ん坊からまた一人前の男に戻った」、「マリファナよりもカボチャを植えよう」、「畑には、黒人、白人、中央アメリカ人、東洋人がいる」、「種を植えている女の子が、春の最初のツバメに見えて、心の中がぱあっと明るくなった」

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