2019年01月04日

男はつらいよ(第30作-第39作)DVD

男はつらいよ(第30作-第39作)DVD

「第30作 花も嵐も寅次郎」 1982年 昭和57年12月 沢田研二 田中裕子
 ジュリーと田中裕子さんはこの映画が縁で結婚したのだろうか。たまたま去年、公演を自らキャンセルして話題になった沢田研二さんも70歳になられました。この映画のときが、34歳です。
 冒頭から寅さんと家族のケンカの始まりで、おいちゃんの「出ていけ-」で、とらやを出て行ってしまう寅さんです。この頃、渥美清さん54歳で体力的に少し弱くなったような雰囲気があります。今回の寅さんは、沢田さんと田中さんの恋をとりもつキューピッド役です。
 公衆電話がなつかしい。先日はソフトバンクの携帯がつながらなくなって全国的に大騒ぎでした。
 前回の作品第29作で、いしだあゆみさんに言い寄られた寅さんが、沢田研二さんに言い寄られて困っている田中裕子さんにアドバイスを送ります。
 大分県別府鉄輪温泉(かんなわ)の風情を見ていると、全国の神社仏閣が果たしてきた役割は大きいと感じます。

「第31作 旅と女と寅次郎」 1983年 昭和58年8月 都はるみ
 冒頭付近、小学6年生満男の運動会。昔は、祖父母も含めた家族総出でこどもの運動会に行って、にぎやかにお昼の弁当を食べたものです。
 都はるみさん一色の映画ですが満足します。歌がうまい。いっぽうはるみさんは淋し気です。実生活でも、ふつうのおばさんに戻りたいと一時引退された記憶です。
 佐渡島へ失踪旅行です。洋画「ローマの休日」です。寅さんの慰めの言葉が胸に染みます。そして、とらやの面々が優しい。
 時代背景はウォークマンとか、バブル景気方向で、店舗のビル化とかです。博さんとさくらさんの住まいも2階建て線路わきのアパートから戸建に変わっています。
 歌詞の中で、「汽笛がひとりぼっちで泣いている」という文節は、なかなか出てくるものではありません。どなたの作詞かは知りませんが天才です。
 この頃はまだ街中で芸能人を見ることが少なかったので、とらやでのミニコンサートは画期的です。

「第32作 口笛を吹く寅次郎」 1983年 昭和58年12月
 出演者の若手のみなさんがまだ若いし、これからという感じもあります。杉田かおるさんは19歳ぐらい、中井貴一さんが22歳ぐらいで、竹下景子さんが30歳ぐらいです。
 映像を見ながらタイムマシンにのって過去へ行って来たような気分です。鉄道はJRではなくてまだ国鉄です。でっかいパソコンが出てきたときには感激がありました。自分もNECのPCなんとかという箱型のパソコンを買って使い始めましたが、映像はそれよりも前のもので、中学1年生ぐらいの吉岡秀隆さんがゲームをやろうとしています。
 こたつの上には年賀状がたくさんのっています。今どきは、虚礼廃止と高齢化で年賀状をやめる風潮になってきました。
 瀬戸内海のしまなみ海道には橋がかかって連絡船の廃止のニュースが看板に出ています。
 映画のほうは、電車での別れのシーンが2か所でてきます。電車の別れはつらい。今は、車や飛行機になって、電車も高速電車がたくさんあるし、携帯電話もあるし、昔ほどせつない別れはなくなりました。
 映画の内容は年を重ねるにつれ湿っぽさが出てきているのですが、とらさんの語りには相変わらず笑いが出ます。

「第33作 夜霧にむせぶ寅次郎」 1984年 昭和59年8月
 昭和44年のシリーズスタートから数えると15年が経過して、最初の頃のはちゃめちゃな勢いが弱まり、だんだん哀愁がただようようになってきました。渥美さん自身も、41歳から56歳になっています。
 中原理恵さんがなつかしい。佐藤B作さんがいます。渡瀬恒彦さんはかっこいいけれど一昨年亡くなりました。この映画には出ていませんが、シリーズに出てくる離婚されたけれど前妻の大原麗子さんも亡くなりました。いまから30年ぐらい前の映像です。ピンクの公衆電話、手書きの手紙、東亜国内航空の航空機、田舎だった北海道、いとんなことを、もう忘れかけています。
 中学1年生に入学した満男君(吉岡秀隆)は、映画に出てくる子役さんたちとはいえ、赤ちゃんの時から見ているので、大きくなったと感慨をもちます。

「第34作 寅次郎真実一路」  1984年 昭和59年12月
 古い映画を観ていると、映画を観ることは、タイムマシンに乗って過去へ行くことであり、なおかつ、登場している役者さんの未来がわかるわけで、「時間旅行」を実感します。
 旧式のパソコン、フェンダーミラーの車、がむしゃらに長時間労働をするサラリーマンの働き方改革は30年を経てようやく手をつけられようとしています。なにかを変えるためには簡単な事でも30年かかる実感があります。
 サラリーマンは気楽なようでつらいとか、家族がそろって食事をすることが珍しいとか、随所にサラリーマンをいたわるセリフが出てきます。証券会社のエリートサラリーマンである米倉斉加年さんはストレスでうつになってしまい、失踪してしまいます。この数年後にバブル経済が崩壊してあんたんたる平成時代がスタートします。
 認知症の義父もこの先の高齢者問題のさきがけ映像です。
 劇中会議シーンでのバナナの使い方が上手でした。

「第35作 寅次郎恋愛塾」 1985年 昭和60年8月
 中学生になった満男くんの将来の進路を話す父親の博さんはまじめです。
 子ども自身の人生ですから、こどもの思うとおりに進ませてやりたい。
 印刷会社で働く樋口可南子さんがこぼします。有給休暇があってもあるというだけで取得はしにくい。30年ぐらいが経過して、労働条件はずいぶん良くなりました。昔は、何年間も一日も有給休暇をとらない人がたくさんいました。
 キリスト教を耶蘇教と呼ぶ。(やそきょう)
 今回の映画はコミカルです。(おどけています)

「第36作 柴又より愛をこめて」 1985年 昭和60年12月
 たこ社長の娘あけみ(美保純)さんが夫婦仲がうまくいかなくて、伊豆下田へと家出します。たこ社長がモーニングショーで「帰ってきてくれ」と呼びかけます。
 あけみさんのだんなはまじめだけで魅力がありません。どうして結婚したのだろう。
 その先、式根島へあけみさんと寅さんが行き、壷井栄作二十四の瞳パターンが始まります。
 気持ちがほぐれます。栗原小巻さんはきれいです。

 映像のなかに、家庭があって、家族があります。
 川谷拓三さんは、このあと10年後ぐらいに癌で亡くなります。まだ50代でした。昔の映像を観ていると出演者の役者さんの未来がわかります。

 「車寅次郎」という人間の個性が浮き彫りになる映像でした。いい面とわるい面と合わせもち、哀愁と笑いと優しさがあります。
 正月雰囲気も良かった。

「第37作 幸せの青い鳥」 1986年 昭和61年12月
 <志穂美悦子さん、長渕剛さんの参加作品で、以前観たことがありますので、そのときの感想を書きます>
  鹿児島県から出てきた画家志望の長渕剛さんは、選考会が落選続きで自信喪失している。
 公衆電話の赤電話は今はもうない。携帯電話やスマホの時代です。
 劇中のセリフにある「汽車」もありません。車移動の時代です。
 寅屋でのおおぜいが、ちゃぶ台を囲んだ夕食風景は、気持が温まります。今は、各自バラバラで夕食を食べる個食の時代になりました。
 そんな暗い雰囲気はラストで盛り上がります。お見事でした。
 志穂美さんの九州弁がよかった。「九州とんこつラーメン」ということで、地方にある「特産品」って大事です。日本のどこにいっても通用する「特産品」の存在が生活を支えてくれることもあると納得しました。

「第38作 知床旅情」 1987年 昭和62年8月
 前回のロケ地は九州でしたが、今回はグーンと飛んで北海道です。
 三船敏郎さん10年後1997年に77歳で亡くなります。渥美清さんも9年後1996年に68歳で亡くなります。最初のほうのシーンで、病のせいか、やせられたように見えます。この映画では、最初の夢のシーンがありませんでした。
 父子家庭の娘さん竹下景子さんが父親三船さんの反対を押し切って結婚して東京へ行くのですが離婚して帰郷します。三船さんが怒ります。
 仮面夫婦みたいな寅さんによる「愛が冷めたのよ」解説、ほかに、社会問題として、中小企業の跡取り問題、高齢者の核家族もあるような雰囲気、大自然に対する愛情とふるさとへの愛着、映像のなかに当時の日本人の生活や思い出が広がっていました。

「第39作 寅次郎物語」 1987年 昭和62年12月
 母を訪ねて三千里パターンです。
 寅次郎と秀吉くんが失踪した秀吉君の母親を探す旅に出ます。
 和歌山は行ったことがありませんが、奈良吉野、三重県志摩は行ったことがあるので、ロケ地の場所に立ったことがあり、親近感をもちました。
 人間ってなんのために生きているのかなあというこどもの質問に寅さんが、「たまに生きていて良かったと思うことがあるから生きているんじゃないかな」というような趣旨で話があります(若干表現は違うのですが自分はそう受けとりました)


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