2018年06月18日

ぞうれっしゃがやってきた 小出隆司

ぞうれっしゃがやってきた 小出隆司(こいで・たかし) 岩崎書店

 昔からあるお話です。こどもの頃、学童向け雑誌の記事で読んだ記憶が残っています。
 本のカバーの絵をながめていて、本当にぞうの背中に小学生がのったのだろうかと疑問が湧きました。しらべたところ、乗った人たちの声がありました。すごいなー。ぞうのせなかの毛がチクチクして痛かったそうです。

 第二次世界大戦末期、空襲で、動物園が破壊されると、猛獣が街に逃げ出して、人間に被害を与える。その前に、動物を毒殺、射殺してしまう。人間の勝手さが表れています。
 ただ、捨てる神あれば拾う神ありです。人情ばなしになりますが、動物を守ろうとする人たちも現れます。

 戦争が終わって、日本で生き残ったぞうは、名古屋市にある東山動物園に2頭しかいない。大きなぞうを列車にのせて全国を回ることはできない。逆に、小学生たちを列車に乗せて全国から東山動物園に呼ぶ。
 国とか、自治体とか、鉄道会社とか、教育機関とか、いろいろな組織の協力があって、たくさんのひとたちの力を合わせる意識が合体してできたことです。調整役に走った人たちも多かったことでしょう。

 ぞうにのったことがある人たちの話では、戦後、そのことを忘れていたそうです。ぞうの背中に乗った当時は小学校低学年のようですから無理もありません。それでも、なにかのきっかけで記憶が呼び起こされています。それが感謝につながっています。感謝の連鎖が未来にも続くといい。

 ぞうのなまえは、アドン、キーコ、エルド、マカニーです。サーカスで芸を披露して働いていましたが、東山動物園に売られました。戦時中にそのうちの2頭キーコとアドンは餓死するように死んでしまいます。
 人情もので、見て見ぬ振りがあります。むかしはそれがとおりましたが、いまは、非難される時代です。残念ですがしかたがありません。

 平和であることを願い求める。

 戦争をすると、弱い者にしわよせがいく。

 名古屋市の空襲は、1940年(昭和20年)3月12日、3月19日、5月14日、6月9日あたりが激しかった記憶です。若い頃、もういまは超高齢者になられた先輩から、爆弾の雨の中を逃げ回ったと聞いた記憶があります。

 この本を読んでいて思ったことは、国は国民を守るためにある。なのに動物園の関係者が、「ひこくみんめ」と言われるのはおかしいのではないか。

 ぞうさん、ぞうさん、おはながながいのねという歌を久しぶりに思い出しました。

 1983年初版で、2017年現在39刷もされているロングセラー本です。


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