都知事失格 舛添要一

2017年07月25日

Posted by 熊太郎 at 18:46│Comments(0)TrackBack(0)読書感想文
都知事失格 舛添要一 小学館

 こういう本は売れるのだろうかと疑問をもちつつも買ってみました。表面上のこととは別にして、裏事情を知りたい。謹慎1年を経る中で書かれた本です。

 スピンというしおりがわりの本のひもがありません。経費節約だろうか。
 印税が彼の手に入るとなれば、購入を控える人も多いでしょう。

 読み始めましたが、「今さら」感があります。
 弁解したいのでしょうが、時代は、はるか先へ行ってしまっています。

 当時、普通とは違う。そいう感覚がありました。
 
 ただ、幾人かの政治家たちの向こうには、選んだ都民の姿があります。
 無関心層も見えます。

 驚いたことは、歴代知事は週に2、3回しか都庁へ出勤していなかったということです。だから、議員に力が偏ったということはあります。都職員が議員にこういうことを都議会で質問してほしいと「質問調整」をしています。
 また、歴代都知事は全国の知事会議に出席していなかったそうです。都知事って、何なのだろう。
 
 「志(こころざし)」って、何だろう。
 それを妨げるものが、権力闘争なのか。

 印象に残った表現や趣旨として、「マスコミの活動は、金のため」、「マスコミに公平・公正はない」、「劇場型の政治手法をとるリーダーは、パフォーマンスにエネルギーをそそぐ。関心のないテーマには、見向きもしない」、「恒産なくして恒心なし:安定した心を保つには、安定した収入・財産がいる」

 全体的にマスコミ批判に終始します。

 韓国に対する記述があるあたりから、つまらなくなりました。
 自身の公金の使い方に関しては、ほとんど記事がありませんでした。
 金銭管理に無頓着だったということは、公金優先、私費あとからという固定意識があったからでしょう。

 お酒を飲まない政治家って、案外多いと感じ、意外でした。

 中盤以降は、行政が発行した施策のガイドブックを読んでいるようでした。

 たてつづけに実績の列挙が続きます。人生の集約本のようでもあります。
 よく出る言葉が、「レガシー:遺物」

 「吐き出す」本でした。
 自己顕示欲、主張欲の塊です。


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