2016年12月28日

蜜蜂と遠雷 恩田陸

蜜蜂と遠雷 恩田陸 幻冬舎

 夕方から読み始めて、今は午後11時過ぎで、70ページまできました。全体で507ページ、一ページが二階建てみたいな二段の固まりになっているので、1000ページぐらいある作品ですが、もしかしたら、これから徹夜状態で読み終わるかもしれません。

 登場人物は、「日本国内芳ケ江(よしがえ)国際ピアノコンクール」で競い合うピアニストたちです。モスクワ、パリ、ミラノ、ニューヨークと持ち回りで開催されるコンクールで、プロへの登竜門と位置付けられているようです。

風間塵(かざま・じん)16歳:養蜂家の息子。亡ユウジフォン=ホフマンという有名音楽家の推薦状付き。なにやら凄腕らしい。善と悪が共存しているような演奏という個性設定です。タイトルの蜜蜂は彼を指すのでしょう。

栄伝亜夜(えいでん・あや)20歳:天才少女ピアニストだったが、13歳のときに母が急死してからピアノ演奏ができなくなった。

高島明石(たかしま・あかし)28歳:妻子持ち。楽器店で働くサラリーマン

マサル19歳:ペルーの日系三世 ジュリアード音楽院

彼らをとりまく審査員たちがいますが、ここには書きません。

 本のカバーがきれい。風間塵の家が養蜂家だから、蜂たちが飛び交う草原の色合いのイメージがあります。
 
 コンクールで欲しいのは、「スター(見つけたときの感動が、「あの瞬間」。その点で、風間塵がスター候補第1号です。)」とあります。「技術は最低限の条件」ともあります。日本に対する批判として、「均一化を求める日本人」があります。

「ジレンマ:ふたつの板挟み」、「アップライトピアノ:弦を縦に張ったピアノ。対してグランドピアノ」、「パンクチュアル:時間に正確」

コンクールに対する批判があります。嘘あり? 所属の力関係が受賞や参加資格に影響する。どこか、しらけたような雰囲気がただよっています。夢がない。

(つづく)

 断続的な睡眠をとりながら、合間にこの本を読む。朝を迎えましたが、まだ、320ページ付近です。あと、180ページぐらい。

 「芳ケ江」という土地はどこにあるのか。架空の地域のようです。

 絵空事だと思うのです。
 コンクールに挑戦する各ピアニストの設定に無理があります。
 ピアノをもたない少年に始まって、練習期間にブランクがあるピアニストが2名います。それでも、すごい演奏をしてくれるのです。ブランクは退化です。ありえない。
 ヒーローを求めるマンガのような期待があります。物語の中では、それがかないます。創作です。つくり話です。

 音楽と文学の対比があります。お金がかかる、かからない。受賞にあたり、なにかしらのコネとか、事務所の力がいる。この本では、音楽のことを書きながら、実は、文学賞のことをいっているような秘密が含まれています。権威に依存した部分があります。
 コンクールは不条理とあります。評価することの意味を問う作品なのでしょう。評価する者の経験と評価能力を問う部分もあります。そして、評価とはかかわりなく、ヒット、成功する人物は存在する。その人物こそ、「音楽の神さまに愛された人」である。そのためには、才能あるもの同士は、競い合うのではなく、協力し合う。そういうメッセージがこめられた作品です。

 喫煙を容認するような記述はちょっと。音楽家は、芸術を高めるためには何をしてもいいという誤解があるような気がします。

 単調ではある。規則正しく進行していく。障害物のないハッピー路線です。
 音楽を聴きながら、音楽を文学に転換していく。スポーツを文学に転換することもある。それが文学の基本であり、一種、詐欺行為的な部分もある。そうやって、感動をつくりだしていく。

気に入った文節として、「折り合いをつける」

(つづく)

 午前10時半、あと、100ページぐらいのところまできました。流し読みです。ページが大量であること、自分の好みとはずれていることから、スピーディな読み方にしました。記述は濃厚で、ピアノ演奏状態を感動的な状態にもっていく文章運びは素晴らしい技術をもっておられるのですが、読み手はこれだけ長いとさすがに読み疲れます。音楽ではなく、文学を堪能したと思いたい。

「音楽を連れ出す。(音楽業界以外にも広げるという意味に取り、途中、華道の話が出てくるのだろうと理解しました。)」

風間塵の存在を指して、「ギフト」(贈り物)。反対言葉として、「災厄(さいやく)」とありますが、あまりみかけない漢字なので、最初は読めませんでした。災い(わざわい)でよかったのではないか。

「あたしの音楽がようやく始まる」、亜夜の言葉がいい。
「音楽家でいたい。音楽家でありたい」、高島の言葉もいい。
「僥倖(ぎょうこう):思いがけない幸運」

(つづく)

 午前11時20分、読み終えました。昨夕からですから、いっき読みでした。書中では、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールの演奏を「一気呵成(いっきかせい)ひといきに文章を書きあげること。仕事を成し遂げること」とありますが同様です。

「フィボナッチ数列:イタリアの数学者フィボナッチにちなむ。自然界にある数列。均整がとれた美しさの比率」


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