2016年09月16日

海街diary(海辺の町の日記) 邦画 DVD

海街diary(海辺の町の日記) 邦画 DVD

 本映画を観る前に、鎌倉を舞台とした小説で、小川糸作「ツバキ文具店」を読みました。鎌倉市内、ツバキ文具店の店主で手紙の代書屋をしている雨宮鳩子27歳ぐらい独身は、母親が10代のときに未婚で産んだ子どもで、母親は祖母と対立して家を出ていき、祖母が鳩子を育てたという設定でした。それでも、祖母と鳩子は対立し、対立したまま、祖母は病死しています。
 本映画の途中で、登場人物男性が、「(和解のためには)時間が必要だった」と言います。自分も歳を重ねてきてその実感が湧きます。昔は言えなかった本音を今はあからさまに言えるようになりました。

 四人姉妹は父親が一緒ですが、三人目は母親が違います。その母親はもうこの世にいません。本人の責任ではない苦しみが存在します。

 純和風の家屋に住む4人です。昔の日本です。落ち着きます。不便ではあるけれど味わいがあります。縁側での会話は、コミュニケーションの場です。

 桜の花の白さが際立っています。美しい。
 びっくりしたのは、設定地山形県の鉄道駅が、栃木県日光市(昔は足尾町あしおまち)渡良瀬渓谷鉄道(わたらせけいこくてつどう)の駅だったことです。なつかしい。息子がまだ小学校4年生ぐらいの頃にふたりで乗りに行きました。
 冒頭の4姉妹の父親の葬儀場所家屋が、昔ドライブで行った長野県高遠桜の地(たかとお)にあった家屋に酷似していましたが、それは、別ものでした。

 リリー・フランキーさんが九州弁なのが、少し違和感があるのですが、鎌倉に移住する九州人もいるでしょう。
 すずの居場所探しの映画でもありますが、だれしも、自分の居場所を探している。

(その日の夕方 再鑑賞)
 実は、午前中に観たときはあんのじょう眠ってしまいました。なので、夕方近くにまた観ました。

 冒頭にある鉄道駅シーンは感涙でした。標高640米(メートル)の表示(小学校の先生がここは標高600mもあると教えてくれました)、それから駅名「かじかがわおんせん(かじか荘というところがありました)を見て、最初は、「通洞(つうどう)駅」かと思いましたが、線路が複線だったので、「足尾駅(あしおえき)」とすぐにわかりました。個人的な思い出です。その地で、小学校高学年の3年間ぐらいを過ごしました。冬は雪国でした。足尾駅へは、石炭をトラックの荷台に積むためにクラスみんなで積み込み作業をしに行ったことがあります。教室には、石炭を燃料としただるまストーブがありました。まさか、50年近く経過して、映画のシーンの中で駅舎を見るとは思いませんでした。嘘みたいです。廃線の危機も乗り越えて立派です。

 サービスなのか、長澤さんの長い足とか、グラマラスな肢体をみせびらかすシーンがたくさんあります。ありがとう。(長澤さんは、彼氏と思う男に金を貸して返してもらえません。そんな男とは付き合わないようにしましょう。)

 四姉妹のみなさんは、正座をして食事をとられます。姿勢がいいなあ。

 大竹しのぶさんと風吹ジュンさんは歳をとられました。若い頃の姿や顔を覚えているので隔世の感があります。同世代なのでしみじみします。人生の後半を迎えつつあります。
 
 姉妹たちは、言いたいことを言い合って、その光景を見ながら、いいなあとうらやましく思うのは、わたしだけではないでしょう。

 父親の不倫で家庭がくちゃくちゃになったのに、今、その長女も不倫している。不倫が遺伝しているというのは、ショックでした。

 冒頭付近に出てくる昆虫で、ウマオイみたいな虫はなつかしい。独り暮らしをしていた頃、からっぽの押し入れの下段にたくさんいました。彼らはジャンプして、押し入れの中段に頭を打ち付けていました。コーン、コーンと音が響いていました。

 作品全体をとおして、「気持ち」が大事なのだと思います。
 理屈づけできないことは、「終わったこと」とするしかないとも思います。

 鎌倉の四季がちりばめられていることから、年間を通して長期間の風景撮影があったことがうかがえます。いい作品でした。何度観ても泣けそうです。


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