2016年09月15日

(再読)海の見える理髪店 荻原浩

(再読)海の見える理髪店 荻原浩 集英社

 直木賞受賞作品です。再読します。

「海の見える理髪店」
 老齢の男性理髪店主とそこを訪ね歩いてたどり着いた男性グラフィックデザイナーは親子ですが、父親に離婚歴があって、一緒に暮らしていません。離婚の原因は父親の浮気とアルコールです。いうなれば、父親のわがままです。
 おそらく、母子家庭で苦労して育った息子が、人生の節目である結婚式を前にして、父親に会いに来たのです。結婚式に出席依頼をしたかったのですが、息子は言いだせません。お互いの気持ちの壁を越えられない山のような悲しい思い出があります。日本人独特の「身を引く文化」があります。作者が店主によくのりうつった良作です。

「いつか来た道」
対立と確執(美術教師の母親と美大に合格できない娘の不和)があった親子です。娘が家を出て26年、娘42歳の親子の再会時、母親は、ぼけています。さらに、車いすで立てない。母親は、結婚してはいけない人だった。こどもを産んではいけない人だった。虐待とも思えるこどもに対する攻撃は、子育てができない人だという証拠。
こういう母親みたいな人っている。過去に栄光あり。現在もたまになんとか会に顔を出し、まわりにちやほやされる。されど、認知症であるという現実がある。
娘は未婚だが、母親が嫌う男と5年間の同棲歴あり。男は絵描きをめざすヒモ生活だった。母親に対する意地で別れなかったが、流産をきっかけに別れた。物悲しい。
 「ありがとう」のひとことが言えない母親。自慢とプライドの固まり。いろんなものを捨てられない人。精神病みたいになってしまう少女の頃の娘。娘は、彼女がつくりだしたもうひとりの彼女に負担を押し付けて難局を切り抜ける。
 読みながら、「ああ、ここに老害がある」と思う。
 そんな母親を自分の原点だと思う娘、そして、いつかは、自分も母親のように認知症になるかもしれないと思う娘。娘の後ろにいるもうひとりは、事故死した姉ではなく、娘自身が創造したもうひとりの自分(仮想)かもしれない。

「遠くから来た手紙」
 主人公女性のオヤジさんの方言が、舞台が静岡なのに名古屋弁で、ちょっと身近すぎてつらかった。実母の「はい、おもたせ」は、「おまたせ」のような気がするのだが違うのだろうか。仕事で深夜帰りが続く夫を嫌って、東京から静岡の実家へ帰ってきた幼女連れの娘にオヤジさんが、「男が仕事で帰りが遅くて何が悪い」はごもっともです。
 幼児をかかえた専業主婦のストレスがあります。こどもを保育園に預けてパートでもしたほうが、母子ともに気晴らしができます。
 わからなかった単語として、「懐柔:かいじゅう。うまく扱って、自分の思い通りに従わせる」、もうひとつ「古希:数え70歳のお祝い」
 “もうすぐ東京駅、あなたまで15分”が良かった。
 ミステリーな内容ですが、読んでいるうちに、小学校4年生のときの国語で学んだ木馬の話を思い出しました。木馬がしゃべるのです。何時間か学んだあと、陽子先生(苗字は覚えていません)が、「木馬はしゃべったでしょうか?」と児童に聞いたらだれもしゃべったに手を上げなくて、先生は、「しゃべったのよ! 何時間、これを勉強したの」と怒ったのを思い出しました。木馬がしゃべるわけないじゃんと児童はしらけていました。でも、国語的には、しゃべったんだろうなあ。
 最後の二行には、ぐっときました。(涙がにじみました)。だれにもでも、こういうことってある。

「空は今日もスカイ」
 せつない作品です。
 児童虐待を柱にした福祉系の作品です。離婚母子の子である女子小学3年生佐藤茜(あかね)の海を見たい思いです。家族3人で海の家に行ったことが楽しい思い出です。その頃笑顔だった父親は、アル中になって離婚後事故死しています。
 おなじく、親(継父)から虐待を受けている男子養護学校小学6年生森島陽太(もりしまはるた)がいます。6年生と3年生はつるんで、ホームレスのブルーシートハウスで、一夜を明かします。幸せが見えません。
 心に残った表現として、「鳩の足取りで歩く」、「透明人間になりたい少年」、「S・L・O・W・S・T・E・P」
 こどもがもつ大人への不満があります。うわべだけの仲良しです。
 途中、不気味なシーンがあります。おばあさんが、2体のお地蔵さんに話しかけます。ふたりのこどもはすでに亡くなっていて、今は、お地蔵さまになっているのではないかと想像できます。でも、おばあさんのほうが認知症なのです。
 
「時のない時計」
 たとえば、ボクシングをしたことのない作家が、ボクシング小説を書く。あるいは、野球を知らない作家が野球の物語をつくる。文章を駆使して、本当じゃない空間をつくる。そういう、うまさが物書きにはあると思う。その能力が本作品に発揮されているかいないかは読んでもわかりませんでしたが、リアルです。
 父親からの形見分けの古い腕時計を89歳ぐらいの時計修理職人が修理するわけです。「時」とか「時間」とか「過去」を味わう作品でした。職人自身の人生、死んだ父親の意地、そして、時計をもちこんだ息子へのDNAの遺伝。家族同士の出会いと別れ、死別であり離別であった。人生は後悔で、悔いに耐えながら長生きを続けている苦悩があります。
 「時計の針を巻き戻したい」と思うことはない。定年前の予想外の人事異動に怒って辞表を叩きつけた息子です。高級時計だと思っていた腕時計が実は偽物だった。それでもそれをよしとするこれまでの長い時の流れがありました。
 本書の記述で言えば、職人は最後に再び「自分の時間の中に沈み込んでいった」のです。
 
「成人式」
 涙なくしては読めません。再読ですが、読み進めることすら苦しい。
 飲酒運転のトラックにひかれて、ひとり娘が亡くなります。両親の悲しみは深い。5年が経過しても娘の部屋はそのままにしてあります。そんな娘に成人式の着物のパンフレットが届きます。
 49歳の父と45歳の母は、羽織袴と振袖を着て、成人式の会場に向かいます。入場を断られます。
 涙なくしては読めません。亡くなった娘さんは、姿は見えないけれど、まだ両親のそばにいて、ふたりの気持ちを支えてくれていると思いたい。

 2016年5月21日記事 海の見える理髪店 荻原浩(おぎわら・ひろし) 集英社

短編6本です。
「海の見える理髪店」
 亡くなった高名な男優さんが通っていた理髪店を思い出します。理髪店がらみの作品として、奥田英朗(おくだ・ひでお)作「向田理髪店」のあとに読みました。
 わからなかった言葉として、「モビールチャイム:針金や糸で吊るされた素材がぶつかりあって鳴るチャイム」
 うまいなあ。毎日文章を書き慣れている人が書く文章です。
 店主は85歳、お客は、男性、グラフィックデザイナー。店主のおしゃべりが続きます。おしゃべりは続きますが、雰囲気は静かです。デザイナーは黙って店主の話を聞いています。デザイナーは、30歳前後でしょう。推理小説の一面をもった作品です。最後に、そういうことかと腑(ふ)に落ちました。

「いつか来た道」
 42歳女性の物語です。画家の母親と対立して家を出て16年ぶりの実家戻りです。73歳になった母親は認知症で、相手がだれだかわかっているよないないような状態です。
 この本は、過去を振り返って、しみじみとする短編集のようです。幻想的です。認知症になった過去に対立した母親と少女の頃に交通事故死した姉の幽霊だと思いますが、後ろからついてきます。後悔とか慈しみの味わいがある小説です。

「遠くから来た手紙」
 夫婦喧嘩をした江藤祥子さんが1歳2か月の遥香ちゃんを連れて静岡の実家へ帰ってきます。だけど、弟夫婦がいて、居場所がありません。
 不審なメールがスマホに届きます。
 なんというか、サラリーマン男子には、どうしても長時間労働の時期が40年間ぐらいのサラリーマン生活の中で、10年間ぐらいはあります。早朝に出て、深夜に帰宅。土・日もサービス出勤。単身赴任。そうやって努力しないと収入確保が大変だしある程度の出世もむずかしい。奥さん、家庭の世話ができないことをわかってあげてください。
 ラストはほろりときました。亡くなった祖父母が助けてくれました。

「空は今日もスカイ」
 途中、何が起こっているのだろう。
 小学校3年生女児が何でも英単語に言い変えるところがおもしろい。
 意味不明だった言葉として、「パラサイト:結婚適齢期を過ぎても結婚せずに実家で暮らす人」
 児童虐待、ホームレス、父親の酒乱、両親の離婚、障害児、社会福祉のお話でした。
 途中、作品依頼の話がなくなったような小説家の仕事話があったような。サラリーマンと違って、収入不安定な小説家の一面が出ていました。

「時のない時計」
 針が動かなくなった父親の形見の腕時計のお話です。街の時計屋さんがからんできます。自分にも類似体験があります。
 古臭い話ではあるけれど、胸にじんとくるものがありました。
 わからなかた単語として、「DIY用品:自分でつくって。Do it yourself.」
 ここでも知的障害をもって生まれたこどもさん、そして、早くに亡くなったお話が登場します。そのことに作者はなにかこだわりをもっておられます。

「成人式」
 泣けました。ぜひ、読んでほしい。
 思春期、父親と対立していた中学3年生の娘さんが、高校入学前の3月に交通事故死します。両親の苦悩は深い。そして、重い。「生きていてこそ」、思ったことです。作品の出来はすばらしい。

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