2016年05月04日

アカガミ 窪美澄

アカガミ 窪美澄(くぼ・みすみ) 河出書房新社

 好みの作家さんです。今年度ある程度ヒットする作品ではなかろうかという期待を込めて読み始めました。
 少子高齢化社会の今、結婚しない、子どもが生まれない現状を打破するために、本来個人の自由である恋愛・結婚・出産を日本国国家が管理していく制度が出来たようです。時は、西暦2030年です。舞台は東京です。
 登場人物のひとりはまず、ワタシ(名前は「ログ」)と名のるアメリカ西海岸帰りの国家公務員女性で、業務として「性」を扱う仕事をしています。彼女が担当する対象者が、「ミツキNo.224番」で25歳、介護職、2005年東京生まれ、自殺未遂歴ありです。彼女の両親は10歳のときに離婚、母子家庭のマンション暮らしです。本人は、感情の動きをなくしています。
 アカガミとは、第二次世界大戦中の召集令状ですが、本件の場合義務ではなく、希望者となっています。「教習所に行く」と表現されています。

 読み始めに考えたこと。女性の生き方のパターンが昔は、主にふたつあった。①ママになる。②女性管理職優先枠を活用して出世する。今はこれに加えて、③結婚しない。子どもを産まない。歳をとっていく。だけど、③は男性にも共通する。

 読んでいる途中で思い出したこと。昔先輩が言った。(自殺願望者について)死にたい奴は死ねばいい。そのとき(自殺を)くいとめることができても、以降で、再度の自殺行為をとめることはできない。

印象的だった部分として、「(ミツキ小学校低学年の頃)父は仕事に忙殺されるようになった。(家族をしていると、そういう時期がある。)」、「恋をしなさい」、「番い:つがい。男女ペア」

わからなかった言葉として、「ミトン:毛布だろうか。親指だけが分かれている手袋でした。」

(つづく)

 名前がまぎらわしいのですが、ミツキにあてがわれる男性の名がサツキです。ふたりはなかなか「(書中で)まぐわい(性行為)」に及べません。珍しい。未来はセックスレスの世界です。現代人から見ると性欲がないことが不思議です。まぐあうことは義務です。

 群像劇を期待していましたが、ふたり劇です。ミツキとサツキの会話が延々と続きます。精神障害者同士のやりとりをみているようです。哲学的です。人はなぜ子を産み育てるのか。なぜ、まぐあいをするのか。つがいになるのか。気持ちがいいから、本能だからという答えは出てきません。人間が弱い。愛とか種の保存という継続の発想がありません。自殺の記事は散見されます。母親と娘の普通ではない関係があります。支え合いに見えますが、実際は「依存」です。3世代同居の家族構成を推奨しているようにもとれます。いまどき、同居はむずかしい。近居が限界です。
 かれらは、自分と家族の衣食住の生活保障を得るためにアカガミに応募したのです。

 178ページ付近、本の帯にある「衝撃の結末」が気になり始めました。東京都内の移動経路からなんとなく結末が見えてきました。

(読み終えて)
 独特です。好き嫌いが分かれる作品でしょうが、自分にとっては、「中庸(ちゅうよう。中間点)」です。

(さらに数分が経って)
 ああ、だから、「アカガミ」なんだ。すっきりしました。

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