2015年01月12日

満願 米澤穂信

満願(まんがん) 米澤穂信 新潮社

 6本の短編集です。1本50ページぐらいです。1本ずつ、読書の経過をふりかえります。
「夜警」
 23歳交番勤務の巡査が殉職するお話です。この短編を読み始めて、すべての短編が警察小説だと勘違いしました。別の作家さんで、以前そのような作品を読んだことがあり先入観をもってしまいました。この本に収められている短編は、人間の底辺に流れている、ふだん、表面には出てこない心理を深く描写する内容の推理小説です。同作者の「インシテミル」を読んだことがありますが、同作品とは筆致が異なると思いました。物語の長さから言って、ビジネスマンが出張で移動手段として利用する新幹線の中で読むことを想定してあるのだとも思いました。読み手の対象者は、警察官を始めとした公務員、海外出張・海外勤務の経験がある商社マンと始めとしたビジネスマンでしょう。このあと読む短編も含めて、作品群は秀逸です。ただ、あえて、読まねばならぬ小説とは感じませんでした。内容はいずれも暗い。読みながら鬱屈(うっくつ、心がふさぐ)した雰囲気が続きます。内容に重厚さはあるものの、心は晴れない。最後の1行まで読んで、“うまい!”と感嘆しつつも、されど、生々しいと顔をそむけました。
「死人宿」
 私立大学事務員を退職して山奥の温泉宿で仲居をしている佐和子と証券会社勤務の私(男性)のお話です。ふたりは、2年前まで恋人同士だった。死にたい人が訪れる温泉宿です。不気味な物語です。娯楽小説です。読んでいる途中にひらめいたのは、「(遺書は)本当に遺書なのか」という疑問でした。細かやかで適切な情景描写の文章が続きます。いっぽう、シンプルな構成が光ります。95ページ、これで終わっていいのか…
「柘榴(ざくろ)」
 夫に不満があって、夫を手にかける妻の話かと思って読み始めましたが、状況は、そんなに簡単なものではありませんでした。ふたりの娘、夕子と月子がからんで、独特な世界観が広がっていきます。ひとりずつの思いが、章を変えながら語られていく手法は、女性作家の作品でよく見かけました。作者はその手法に挑んでいます。ふたりの娘は、なぜ、ぐうたらな父親をかばうのか。そこがポイントでした。読み終えたとき、ふーっ、こういうことってあります。
「万灯(まんとう)」
 仕事のためなら殺人も辞さないという仕事人間の話だろうかと思いながら読み始めました。東南アジアに拠点をもつ井桁商事で働く男性伊丹氏のお話で、昭和54年から56年ぐらいの出来事となっています。場所はバングラディッシュ国です。凡人にとっては、ここまでしなければならないのかというほどの開発交渉ぶりです。途中、仕事のために、結婚はしない、親戚づきあいも避けるというような人生の過ごし方の記述があります。会社が家で、社員が家族。そういう人も実際にいます。お金と自己顕示欲を満たせるところが本人の「居場所」です。老後には「孤独」が待っているような気がします。短編全編を通じて、きれいな話は出てきません。超えてはいけない一線を超えてしまう人がいます。伊丹氏は、もうどうにもならない場面を迎えたと、だからなにをしてもいいと、判断を誤ります。長い人生を歩んできて思うのは、もうだめだは、まだいけるという瞬間です。いかようにでも選択枝は広がります。あきらめないほうがいい。本作品は力作です。
「関主」
 伊豆の山奥に関ヶ原の戦いが起こる前にあったとされる関所のお話です。歳伝説をからめて、スリラーぽい仕上げです。読み始めで、主人公は、死に招かれるという予感が生まれます。不気味でした。
「満願」
 借金取りを殺した殺人犯鵜川妙子を巡る弁護士藤井の考察です。たんねんに積み重ねたプロット(たくらみ、企画)の成果です。鵜川妙子のセリフ「天はきっと見ていますよ」がよかった。「矜持(きょうじ)」自分を誇る気持ち、もよかった。作品の中心にある柱でした。出来すぎた女房に旦那が苦しむという表現がよかった。鵜川妙子のような人はいても、数は少ない。彼女に対する距離感はありました。鵜川夫婦の馴れ初めは書いてありませんが、読み手として考えてみます。それとも見合い結婚だったのか。

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