2014年06月15日
(再読)恋歌 朝井まかて
(再読)恋歌 朝井まかて 講談社
以前読んだのですが、意味をとれませんでした。
腑に落ちないものがあって、再度手にとりました。
読み終えてみれば力作でした。中身は濃い。
復讐を巡る物語です。
やったら、やりかえされる。
報復は繰り返されるのが常ですが、この物語では、ストップします。
許容があります。
心理探求は深い。
以下、再読の経過です。
人物相関図を紙にメモしながら本を読みました。
昔の言葉がむずかしい。
わたしには、この小説を理解できるだけの学力がない。
支離滅裂ですが、落ち着いた、品のある文章が続きます。
ふたつのシーンが混在します。
現代といっても、明治37年ころ。
この頃の登場人物が、語り手の本名三宅龍子(ペンネームが花圃<かほ>)歌人です。夫は、雑誌の主宰者でいまは、欧米諸国を漫遊中。子ども5人に女中もいるお金持ち夫人です。
もうひとつの時代が江戸末期、舞台は水戸藩、登場人物が、江戸の宿屋池田屋の娘、登勢です。水戸藩の林忠左衛門以徳(もちのり)に嫁ぎます。
ふたつの時代をつなぐ人物が、一人目が、池田屋の娘登勢のその後である歌塾「萩の舎(や)」の主宰者中島歌子(花圃からみて「師の君(きみ)」、二人目が、中川澄(篠突く君(きみ))です。
冒頭部と終盤部、そして、中間地帯に花圃の言葉、それ以外に師の君中島歌子の江戸末期の思い出が綴られています。
前回読んだときほどの設定に対する抵抗感は湧きませんでした。名家一族の雲の上のような暮らしぶりです。侯爵とか華族とか、庶民には縁がありません。
以下、わかりにくい言葉などです。
「尊王攘夷」討幕運動の合言葉。徳川幕府を倒し、朝廷を立て、諸外国を排除するで、いいのだろうか。理解しているようで理解しにくい言葉です。
水戸様の御家中は「尊王攘夷」の急先鋒とは、意外です。徳川幕府を守る立場と思う。桜田門外の変では、開国方向の意思をもっていた井伊直弼大老を襲っています。
「御公儀(おかみ)」政府、幕府を指すのでしょう。水戸の武士は、怒りぽい、理屈っぽい、荒っぽいとあります。後半の仕返し部分を読んでいるとねちっこい(粘り)も加わります。茨城県民は嫌だろうなあ。殺し合いをしてまでの<こだわり>って何なのだろう。
「天狗党」と「諸生党」水戸藩内が内乱となったグループ分け。この小説では、1864年(明治維新が1868年)、筑波山で起こった天狗党の乱が描かれています。天狗党は敗者になるのですが、同党の武士とその家族は悲惨な状況におかれ命を落としていきます。しかし、時代の経過は残酷で、次には諸生党の関係者が同様に過酷な運命をたどっていきます。血で血を洗う闘争で、水戸藩は失うものばかりでした。天狗党は尊王攘夷、諸生党は徳川幕府の継続がその意思だったのでしょう。近代国家となる明治政府までの道のりをみると、国というものは、内戦を経ないと民主化ができないのだろうかという推論にまで達します。
「よかろう様」、「烈公」が徳川斉昭(なりあき1800-1860)徳川慶喜の父。よかろう様も烈公も徳川斉昭藩主を指すと受け取れるのですが、よくわかりませんでした。激しい気性の小四郎は血気盛んな闘争心の塊なのですが、命を賭してまでやるべきことなのだろうかと首をかしげました。民の貧しい暮らしが理由のひとつにあげられているのですが、貧しいなら貧しいなりに生きていけるものです。合わせて、登勢の世話をしていた爺の清六さんが参戦するのですが、年齢的に無理があります。体力、視力など、衰えることを身をもって知る今日この頃です。
最後のどんでん返しは見事でした。
以下は、愚痴です。
文章の塊(かたまり)に切れ目がなくて、読みにくかった。
池田屋の娘登勢は、林忠左衛門以徳(もちのり)を慕うのですが、ふたりのシーンは少ない。登勢は、以徳の見た目に惚れたとしか、惚れた理由が見つからない。そんなことってあるのだろうか。たぶん、そんなこともあるのだろう。登勢が17歳ぐらいのときのことでした。暑中では、はしかのようなものと登勢の母親の言葉があります。
武士の敵対する武士の家族に対する行為が残虐です。仕返しを恐れてが理由なのでしょうが、事実は違うのではないかとさえ思わせる記述内容です。ただ、読後、ネットで調べてみるとやはり残酷だったようです。ちょっと信じられません。うらむ。憎むの部分が克明です。
そして、自分に能力がないので、短歌の意味は、とれませんでした。
最後に、前回の感想です。日々多忙ななかでの読書であることを言い訳にして、この小説を理解して感じるには、十分な前知識と長い時間を要します。
恋歌 朝井まかて 講談社
読み始めて数ページがたち、「しまった」という気持ちになる。苦手な分野です。自分には高尚すぎるのです。序章と終章に花圃(かほ)という女性が登場します。彼女がある人の手記を発見したようです。これが明治36年(1903)のことです。第一章から第五章までが、ある人「中島歌子」の手記です。いわゆる高貴なひとたちの物語です。茨城県水戸藩が母体です。江戸幕府崩壊時期の過去が書かれています。抗争や内紛のなかで生きた女性のお話です。
「師の君」がだれなのか自分が理解できないあたりから、あきらめて、速読に入りました。挿入されている和歌の意味もとれません。他の人たちの感想を読みました。評価は高いのですが、どれも似たりよったりで、コピーを読んでいるようでした。
女性の思いを寄せる人のことよりも時代の変化の時期について考えました。200年間さげすまれ続けてきた地方の人たちが、外国登場の時期に合わせて、権力復権闘争をした。今ある権力に寄りすがるものはすがるし、倒そうとするものは必死です。
以前読んだのですが、意味をとれませんでした。
腑に落ちないものがあって、再度手にとりました。
読み終えてみれば力作でした。中身は濃い。
復讐を巡る物語です。
やったら、やりかえされる。
報復は繰り返されるのが常ですが、この物語では、ストップします。
許容があります。
心理探求は深い。
以下、再読の経過です。
人物相関図を紙にメモしながら本を読みました。
昔の言葉がむずかしい。
わたしには、この小説を理解できるだけの学力がない。
支離滅裂ですが、落ち着いた、品のある文章が続きます。
ふたつのシーンが混在します。
現代といっても、明治37年ころ。
この頃の登場人物が、語り手の本名三宅龍子(ペンネームが花圃<かほ>)歌人です。夫は、雑誌の主宰者でいまは、欧米諸国を漫遊中。子ども5人に女中もいるお金持ち夫人です。
もうひとつの時代が江戸末期、舞台は水戸藩、登場人物が、江戸の宿屋池田屋の娘、登勢です。水戸藩の林忠左衛門以徳(もちのり)に嫁ぎます。
ふたつの時代をつなぐ人物が、一人目が、池田屋の娘登勢のその後である歌塾「萩の舎(や)」の主宰者中島歌子(花圃からみて「師の君(きみ)」、二人目が、中川澄(篠突く君(きみ))です。
冒頭部と終盤部、そして、中間地帯に花圃の言葉、それ以外に師の君中島歌子の江戸末期の思い出が綴られています。
前回読んだときほどの設定に対する抵抗感は湧きませんでした。名家一族の雲の上のような暮らしぶりです。侯爵とか華族とか、庶民には縁がありません。
以下、わかりにくい言葉などです。
「尊王攘夷」討幕運動の合言葉。徳川幕府を倒し、朝廷を立て、諸外国を排除するで、いいのだろうか。理解しているようで理解しにくい言葉です。
水戸様の御家中は「尊王攘夷」の急先鋒とは、意外です。徳川幕府を守る立場と思う。桜田門外の変では、開国方向の意思をもっていた井伊直弼大老を襲っています。
「御公儀(おかみ)」政府、幕府を指すのでしょう。水戸の武士は、怒りぽい、理屈っぽい、荒っぽいとあります。後半の仕返し部分を読んでいるとねちっこい(粘り)も加わります。茨城県民は嫌だろうなあ。殺し合いをしてまでの<こだわり>って何なのだろう。
「天狗党」と「諸生党」水戸藩内が内乱となったグループ分け。この小説では、1864年(明治維新が1868年)、筑波山で起こった天狗党の乱が描かれています。天狗党は敗者になるのですが、同党の武士とその家族は悲惨な状況におかれ命を落としていきます。しかし、時代の経過は残酷で、次には諸生党の関係者が同様に過酷な運命をたどっていきます。血で血を洗う闘争で、水戸藩は失うものばかりでした。天狗党は尊王攘夷、諸生党は徳川幕府の継続がその意思だったのでしょう。近代国家となる明治政府までの道のりをみると、国というものは、内戦を経ないと民主化ができないのだろうかという推論にまで達します。
「よかろう様」、「烈公」が徳川斉昭(なりあき1800-1860)徳川慶喜の父。よかろう様も烈公も徳川斉昭藩主を指すと受け取れるのですが、よくわかりませんでした。激しい気性の小四郎は血気盛んな闘争心の塊なのですが、命を賭してまでやるべきことなのだろうかと首をかしげました。民の貧しい暮らしが理由のひとつにあげられているのですが、貧しいなら貧しいなりに生きていけるものです。合わせて、登勢の世話をしていた爺の清六さんが参戦するのですが、年齢的に無理があります。体力、視力など、衰えることを身をもって知る今日この頃です。
最後のどんでん返しは見事でした。
以下は、愚痴です。
文章の塊(かたまり)に切れ目がなくて、読みにくかった。
池田屋の娘登勢は、林忠左衛門以徳(もちのり)を慕うのですが、ふたりのシーンは少ない。登勢は、以徳の見た目に惚れたとしか、惚れた理由が見つからない。そんなことってあるのだろうか。たぶん、そんなこともあるのだろう。登勢が17歳ぐらいのときのことでした。暑中では、はしかのようなものと登勢の母親の言葉があります。
武士の敵対する武士の家族に対する行為が残虐です。仕返しを恐れてが理由なのでしょうが、事実は違うのではないかとさえ思わせる記述内容です。ただ、読後、ネットで調べてみるとやはり残酷だったようです。ちょっと信じられません。うらむ。憎むの部分が克明です。
そして、自分に能力がないので、短歌の意味は、とれませんでした。
最後に、前回の感想です。日々多忙ななかでの読書であることを言い訳にして、この小説を理解して感じるには、十分な前知識と長い時間を要します。
恋歌 朝井まかて 講談社
読み始めて数ページがたち、「しまった」という気持ちになる。苦手な分野です。自分には高尚すぎるのです。序章と終章に花圃(かほ)という女性が登場します。彼女がある人の手記を発見したようです。これが明治36年(1903)のことです。第一章から第五章までが、ある人「中島歌子」の手記です。いわゆる高貴なひとたちの物語です。茨城県水戸藩が母体です。江戸幕府崩壊時期の過去が書かれています。抗争や内紛のなかで生きた女性のお話です。
「師の君」がだれなのか自分が理解できないあたりから、あきらめて、速読に入りました。挿入されている和歌の意味もとれません。他の人たちの感想を読みました。評価は高いのですが、どれも似たりよったりで、コピーを読んでいるようでした。
女性の思いを寄せる人のことよりも時代の変化の時期について考えました。200年間さげすまれ続けてきた地方の人たちが、外国登場の時期に合わせて、権力復権闘争をした。今ある権力に寄りすがるものはすがるし、倒そうとするものは必死です。
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