2022年09月13日
なぜ僕らは働くのか 学研プラス
なぜ僕らは働くのか 監修 池上彰 佳奈(マンガ) モドロカ(イラスト) 学研プラス
タイトルを見てとまどいます。
わたしはこれまでに、なぜ、自分が働くのかなどと考えたことがありません。
生活していくためにはお金がいります。
働かないとお金が入ってきません。
つまり、死んじゃいます。
死にたくありませんし、働かないという選択肢を考えたこともありません。
うちは、中学1年の初夏に父親が病気で急に亡くなってから、収入源となる大黒柱を失った貧乏な母子家庭になってしまいました。
お金ほしさで、中学2年14歳の時から、新聞朝刊配達のアルバイトを始めて、以降、歳をとって定年退職するまで、アルバイトやサラリーマンをしながら働き続けました。
この本の中の14歳男子は、中学受験に合格して私立中学校に入ってから不登校になって転校しています。学校に行かないのなら働けばいいのにという自分の考えは、今の時代ではこどもの権利擁護(けんりようご。守る。保護する)で批判されるのでしょう。
自分がこどもだったときには、こういうマニュアル本は見たことがありません。
おとなになってから見て読んだのは『13歳のハローワーク』でした。
データをさがしたら、そのときの感想メモが残っていました。
『13歳のハローワーク 村上龍 幻冬舎』 2003年発行
巻頭の著者の言葉には納得させられます。
これまでの日本経済、日本人の暮らしの変化をとらえながら、この世に楽な仕事はない。苦痛の代償が金銭だ。
自分にとってどんな苦痛だったら耐えられるかを基準にして仕事を選択しよう。
自分の適性に応じた仕事を探そうと呼びかけています。
著者は1日12時間、毎日、何年も文章を書いているそうです。
自分の定年退職後の感想です。
『世のため人のためと自分に言い聞かせながら長いことがまんして働いてきたけれど、ふりかえってみれば結局、お金のためだけだった』(ただ、結果的には社会貢献できたということはあります)
なにをするにしてもお金がいります。
衣食住にかかる生活費、こどもたちの教育費、住宅ローン、親の介護費用、自分たちの老後の費用、もろもろの必要経費がかかります。
お金のために人生の大部分を費やしました。
それは、それでいいと思っています。
「なぜ働くのか」と考えたことはありません。
こどものころは、両親や祖父母、親戚のおじさん、おばさん、ご近所の人たちなど、まわりにいるおとなたちを見て、人間は働くことがあたりまえだと思っていました。
みんな働いていました。小学生のときは、こずかい稼ぎで、近所の駄菓子屋のまわりの草むしりをして駄菓子屋(だがしや)のおじさんからごほうびに5円玉をもらって、その5円玉で、そのお店で、お菓子を買いました。
海辺近くの集落で暮らしたときは、中学校の授業が終わったあと、海の岩場でサザエやウニやワカメをとって、業者に売りにいく級友がいました。
わたしの中学生時代は、自分の趣味で、小鳥のジュウシマツを家で飼育しており、ジュウシマツは夫婦仲がいい小鳥で、どんどん卵を産んでヒナが育って、すぐ20羽ぐらいにはなるので、増えすぎたジュウシマツをデパートの小動物売り場や、街中のペットショップに売りに行っていました。もう半世紀ぐらい前のことになりますが、その当時で、1羽を120円で買い取ってくれました。受け取ったお金は、給食費や教材代の支払い、自分のこずかいにしていました。
高校の授業料とか修学旅行の積立金はバイト代と奨学金をあてました。
高校での長期休み期間中は、友人の父親の紹介を頼って、その友人といっしょに肉体労働の土方仕事(どかたしごと)をしていました。朝8時から夕方5時まで働いて、一日2800円ぐらいでした。
自分にとっては、働かないということは、どうやって食べていくのだろうかという疑問につながります。
半世紀ぐらい前は、こどもも大人も働いていました。こどもは、昔は労働力でした。義務教育だから働かないというのは、労働基準法とか児童福祉法などの法整備と世の中の人たちの意識がこどもは、だれもかれもが勉強、勉強、進学、進学となってからです。勉強しているから働かなくてもいいというのは、新しい世代の人たちの思考だと思います。
半世紀以上前の中学生は、農家のこどもは、田植えや稲刈りの時は学校を休んで家族と農作業をしていました。漁師のこどもは船をこいで沖に出て親の手伝いをしていました。
本の帯には、優良図書みたいな宣伝文句が並んでいます。
不思議です。
こういう本が必要な時代だということは、昔と比較して人間の気持ちのもち方が弱くなっているという証拠のような気がします。
前置きが長くなってしまいました。
読み始めます。
(1回目の本読み)
わたしは、実用書を読むときは、まず、1ページずつ、ゆっくり最後のページまでめくります。
おおざっぱな、流し読みです。
マンガストーリーやイラストの部分がたくさんあります。
こどもさん向けです。
不登校だったという中学2年生男子がいます。東京にある私立の進学校(中高一貫でしょう)から母親の実家がある広島県内の中学校に転校して、今は通学しているようです。
(わたしは不思議なことがあります。最近は、学校に行きたくないなら無理して行かなくていいんだよと言われています。そういうことを口にする他人は、自分に実害がないからそれでいいでしょうが、親は困ります。学校とつながりがあるうちは学校関係者に相手にしてもらえるでしょうが、学校を卒業してどこの組織ともつながりがなくなったら、そのあとは、永久に引きこもりになってしまう可能性があります)
この本には、私立中学校で不登校だったハヤトの両親がいます。
ハヤトのおばさんがいます。
ハヤトのおばあさんがいます。
ハヤトの友だちがいます。
おばあさんが飼っているねこがいます。
本屋の店長がいます。
『仕事』を解説する文章があります。
基本は『世のため人のため』です。
自分のことばかりを考えると、仕事を辞めたくなります。
仕事をすれば、必ず、自分はだれかの役に立っていることに間違いはありません。
もうひとつ付け加えると『仕事は楽で、給料が良くて、休みが多ければいい』とだけ思って働いていると不祥事(ふしょうじ。信頼失墜行為(しんらいしついこうい))につながります。
事件や事故が起きます。
『世のため人のため』という動機付けをしっかりして、法令やマニュアル(手引き)を守って、まじめに働くことが、自分の身を守る秘訣(ひけつ。コツ)です。
自分はおとなからこう教わりました。
仕事は、辞めてはいけない。
相手から辞めてくれと言われたら考える。でも、それでも辞めない。しがみつく。
そういう気持ちをもって働くのが仕事をするということだ。
(労働を提供して、お金をもらって、もらったお金を生活費にあてて、結婚して、家族をもって、こどもを育てて、命を代々つないでいく)
生き物の本能です。(生まれつきの行動様式)
『お金』の話が出ます。
本でのお話は、生涯獲得収入につながっていくと思います。
参考に、以前読んだ本をここに紹介しておきます。
『将来が見えてくる! 日本の給料&職業図鑑 Special 宝島社』
正社員である一般的なサラリーマンひとりの生涯獲得収入は、手取りだと2億円前後ぐらいに感じます。
生涯獲得収入を増やす秘訣は、無職の期間をできるだけ短くすることです。細く長く、線香花火のように稼ぐことです。打ち上げ花火のような人生を送ることは、恐怖感(スリル)を伴います。
大学を卒業していても無職の人はいます。
学歴があって、五体満足で、口が達者でも働けない人もいます。過去に何かを成し遂げたことがあるという実績がない人です。
長い人生を生きてきて、学歴は、資格が必要な一部の職種を除いて、あっても意味がないような気がしました。リタイアすると学歴はなんの意味もありません。(本の184ページに似たようなことが書いてありました。勉強ができるからといて、仕事ができるわけでもありません。仕事でけっこう稼いでいる大人でも、漢字の読み書きがおぼつかなかったり、計算がにがてだったりする人は多いです)
お金がほしかったら、共働きは必須です。
夫婦で協力してがんばらねばなりません。
こどもたちが大きくなって就職すると、家族全員が働いていて、世帯全体の合計収入がびっくりするほど大きくなる時期があります。
うーんとたくさんお金が欲しかったら、雇われ人ではだめです。
雇われ人は、税金を始めとして、社会保険料などをたくさん、長年とられ続けます。稼いでも稼いでも国家や自治体などにとられ続けます。かなりの額です。あわせて、家賃や住宅ローンも負担が重い。家賃や住宅ローンがなければ、生活費のやりくりはかなり楽になります。
自営業で社長という立場の経営者になって、人を使う側にならなければ大きなお金はもうかりません。
そのかわり、24時間365日、仕事のことが頭から離れません。広い人間関係も必要になります。必要なことには、たくさんお金をつぎ込まなければなりません。
ふつうは、自分が好きなことは仕事にしません。(本の79ページにそんなことが書いてありました)
好きなことは、仕事の合間の気晴らしのためにとっておきます。
お金のために自分ができることを仕事にします。
自分が好きなことを仕事にしている人は、たぶん、そのことだけしかできないから、そのことを仕事にしているのだと思います。一芸(いちげい。ひとつのこと)に秀でた(ひいでた)人は、一芸以外のことはできなかったりもします。
『適正』というものは、やってみないとわからないということはあります。
自分には向いていないと思っていたことが、やってみると、案外自分に向いていたということはあります。
(2回目の本読み)
「はじめに」で、中学生・高校生のためにこの本をつくりましたというメッセージがあります。
最後のほうには、おとなも読んでくださいというような文脈があります。
うーむ。ポイントをしぼったほうがいいのではないか。
おとなには、おとなが読むこのジャンルの本があります。自己啓発本とか、発達障害対策本とか。
最初に主人公ハヤトの挫折があります。
小学5年生から受験勉強を始めて、私立の中学校に合格したけれど、まわりは秀才ばかりでついていけず、不登校になった。東京から母親の実家がある広島県内に引っ越しして地元の中学校に通うことになった。母と祖母と叔母と4人ぐらいをしている。父は仕事のために東京に残った。
ちょっと暗い話です。
実家の家業を継ぐとか、もともと引き継ぐべき大きな財産がある家のこどもさんが、将来のために行くのが私立学校のような気がします。
単なるサラリーマンを目指すなら、私立学校へ行く必要もないような。お金がかかります。
大企業の幹部になっても、雇われ社員では、莫大な財産を手にすることはむずかしい。ほんの少数、ひと握りの人しか幹部になれる枠がありません。
競争は激しく厳しい。だれかひとりが笑うために陰ではおおぜいの人が泣きます。人を踏み台にして、のし上がるのです。
勉強も仕事もがんばりすぎて、メンタル病になったら残念です。
需要があるから(ニーズがあるから)サービスの提供があり、お金が動きます。
本には、職種のことがいろいろ書いてあります。
大きな組織には、いくつもの部署があり、それは、会社の業種が違っても同じパターンです。
事務職と技術職、営業職などがあります。
人事・労務管理を担当する:総務部とか総務課とか。
組織のお金を管理する:財務部とか経理課とか。
商品の販売を担当する:営業部とか。
技術開発を担当する:研究職とか。
福祉関係、建築・土木関係、交通、電気、水道・下水道、広報、いろいろありますが、業種が違っても裏方で組織を支えていく人たちの事務や技術の仕事のパターンは同じです。地味ですが必要な業務です。
機械、機器、輸送関係、農林水産業、建設、教育、政治、経済、観光、商業、法務、公務、各種管理業務、今思いつくのはそんな業種です。
本では『仕事を通じての人のつながり』が強調されています。
お金の話があります。
本には書いてありませんが『会社のお金を自分のポケットに入れてはいけません』
いわゆる横領(おうりょう。横取り)です。
現金を見ると、自分のポケットに入れたがる人がいます。ほかの人のお金です。罪になります。
ついでに、忠告としていくつか書いておきます。
セクハラ行為をしてはいけません。
とくに、男子の頭の中はエロでいっぱいです。
がまんしなければなりません。
今どきは、録画や録音がはやっています。証拠が残ります。
やばいです。
パワハラやいじめもやばい。自殺とつながると責任は重い。遺族に復讐されます。
相手が死に至らずとも、一生うらまれます。相手の人格(人間性)を否定しないことが自分の身を守ることにつながります。
個人情報の漏洩(ろうえい。もらす。流す)もアウトです。
仕事をしていると見たくもないけれど、顧客や社員という他人の情報が目に入ってくることがあります。家族構成とか、経済状態とか、そのことを外部に漏らすとトラブルにつながります。働く人には、守秘義務があります。
この本にはきれいごとしか書いてないので、出てくる人たちは善人だけです。
現実社会には、組織の外部にも内部にも、人をだまして、人からお金をまきあげる人がいます。
瞬間的につじつまの合う嘘をつける人がいます。
働くときには、注意しましょう。
法令や規則の範囲内にいることを心がけながら働きましょう。
自分自身の身を守るためです。お金がらみの贈収賄(ぞうしゅうわい。業者からたくさんのおこずかいをもらって、えこひいきをする)はよくあることです。
努力すれば安全な範囲内にいることができます。警察に捕まったら家族も泣きます。
本では『家計簿』の話が出ます。
自分のお金の管理ができない人は、会社のお金の管理はできません。
体験者として書くなら、住宅費における家賃の負担は重い。
家賃がないと家計はずいぶん楽になります。
分譲マンションより戸建てのほうが、住宅の維持費がかかりません。
分譲マンションは、住宅ローンに加えて、管理費、修繕積立金、駐車場代がかかります。けっこう大きな金額です。戸建ては、駐車場代はいりません。外壁塗装は10年過ぎぐらいのペースでやればいいです。大事に長く家を使う気持ちが節約の秘訣です。固定資産税は、家賃ほどの重い負担にはなりません。豪邸は別でしょうが。
この本では、人生の三大出費として『教育』『住宅』『老後』と示されています。
自分たちの祖父母世代は、義務教育だけで就職して、同じ戸建てに何十年間も住み、七十代後半で、病気で亡くなっていきました。両親世代はもっと長生きですが、似たようなパターンです。
結婚しない。こどもはもたない。親が所有している家に住み続けるとなれば、お金は残ります。さきほど提示があった『(こどもの)教育費』『住宅』の費用がいりません。ただ、自分自身の老後が心配です。加齢に伴って、自分で自分のことができなくなったらどうしょうという心配事が生まれます。自分が死んだあと、財産が残っても相続する人がいないとどうなるのだろう。わたしには、わかりません。
この本では『よくない働き方』が示されています。
長時間大量の仕事をさせられる。あるいは、する。
無意識に、ロボットのようになって、人間の感覚がなくなって、麻痺して(まひして)働き続ける。
廃人になってしまいます。(通常生活が送れなくなる)
ただ、世の中は『比較社会』ですから、それぐらい働いて、とびぬけた印象を上層部に与えないと、出世できないということはあります。(上層部のポスト(地位)に就く(つく)のは、つまりは、弱肉強食の生き残り合戦のような競争社会なのです。淘汰(とうた。ふるいにかけられて選別される)されていくのです。
『子育てをしながら働く夫婦』について書いてあります。
朝、散歩をしていると、保育園に行く親子連れを何組か見かけます。
ちびっこがママといっしょに歩いていたり、パパがこぐ自転車の後席シートに座っていたりします。車で保育園まで送迎しているファミリーもいます。午前7時から午前7時30分くらいの間によく見かけます。散歩をしながらちびっこに『がんばれ!』と心の中で声をかけます。お金を貯めるのには、苦労が伴うのです。(ともなう)
たいへんなのは、10年間ぐらいです。あとは、楽になります。熊太郎じいさんも給料が安かったので共働き子育て体験者です。
66ページに働く人の声があります。(ほかのページにもたくさん書いてあるのですが、ひとりの人が全部を書いたような文章パターンになっています。読んでいて変化がなく楽しめません)
コメントは、最初に、コメントする人の職業と年齢を示したほうが理解しやすいです。
この本では、働く人のコメントの最後にカッコ書きで職業と年齢が記されています。
全体的にこの本はこのパターンで、主従が逆転したレイアウトがされている印象がありました。
構成として、マンガが先にあると本当に読みやすいのだろうか。つくり手側の思い込みではなかろうか。情報がいっぱいあって、かつ重複していて読みにくかった。マンガと文章とイラスト部分はページを分けてもらったほうが見やすいし読みやすいです。
『章(しょう)』ごとに、まずマンガがあって、そのあとにイラストと文章説明があります。
中学生の職場体験があります。
中学生ぐらいだと、就職の話は、まだ遠い。
なんというか、働いて、税金を払う立場にならないと、働くということがどういうことなのか、なかなか理解しにくい。お金をもらって、稼いだお金を使わないと、働くという実感は湧きません。
中学生はまだこどもです。そういう点では、昔のように、まず実技(働く、家の手伝いをしてこずかいをもらう)をしながら本で学ぶという方法がわかりやすい。
おとなの世界で働いているこども(タレント、芸能人、ミュージシャン、ダンサー、棋士、モデル、スポーツ選手など)がいます。企業や団体組織のお金もうけの『広告塔』の役割を与えられることが多い。企業等の宣伝マンです。本人や周囲がしっかりしないと、相手のいいように利用されてしまいます。老若男女不特定多数の目にさらされて、さらし者にされてしまいます。ときに本人の心が壊れます。いいことばかりではありません。
スターとなるこどもたちは、人生の前半で、与えられた『人生の運』を使い果たしてしまう人たちです。
人生は山あり谷ありで長い。
最初に山を上りつめると、あとは下るだけです。できるだけゆるやかにくだったほうがいい。
健康管理が大事です。
きちんと三食食事をとって、睡眠も十分にとって、規則正しい生活を心がけます。
最近は入浴しない若い人が増えていますが、入浴はしたほうがいい。
喫煙はやめたほうがいい。喫煙は、職場でトラブルの原因になりやすい。社員も顧客も喫煙嫌いの人は多い。雇う側が喫煙場所を用意するのもたいへんです。後片付けや清掃をしてくれる人の人件費もかかります。
保育士の仕事が出ます。こどもが好きだから保育士になりたいそうです。
保育士は、子どもの命を預かるという非常に責任の重い仕事です。
一般的に、もめごとが起きたときにお金で解決できる仕事はまだ安心なほうの仕事です。
生きるか死ぬかで、サービスを提供する相手が亡くなったり、相手がケガをして、もうもとの体に戻せなくなったりすると、大変なことが起こります。
原因をつくった人は、一生その苦しさを背負って生きていくことになります。
物事を表面だけで見て、楽しげでお金になる仕事と判断することは誤りです。
(つづく)
161ページまで読みました。
なにかしら、内容についてですが、視点が反対ではなかろうか。
大多数の職を考えるのではなく、少数の職種を例示してあります。
人間には個性があるのに、標準的で無個性な、AI(エーアイ。人工知能)アンドロイドロボットをつくるようなニュアンス(感覚)の記述に思えます。教科書を読むようです。
この本は、ボリュームがありすぎます。
教科書として、4月から7月まで、一週間に1回か2回、授業で使用するような本になっています。
一般的には、第一次産業(農林漁業)、第二次産業(鉱工業、製造業、電気・ガス業、建設業)、第三次産業(小売業、サービス業)があって、大多数の国民は、その他おおぜいで働く職業で生活しています。
こちらの本では、マンガ家とか、スポーツ選手、医師、書店員(本屋も減少しています)、テレビ、インターネット関係、フリーランス(組織に所属しない労働者)、マスコミ関係、海外で働くなど、一般人があまり目指さないような職種について書いてあります。あわせて、精神論があります。精神論は大事ですが、繰り返し、何度も類似の記述が文章やイラスト、マンガで出てくると、もういいという気持ちになります。
さらに文章量が多くて、つくり手にとっての自己満足的な、ぶ厚い情報量の本になっています。読み手は読みつかれます。文字が多い。理屈が多いです。
仕事場における人間関係とか、マナー(礼儀作法)のことはあまり書いてありません。(後半に少し書いてありましたが、むしろその部分を最初にもってきてボリュームをふくらませたほうが現実的です)
転職すればいいというのは、雇用する側の人間にとっては、避けてほしいメッセージです。人ひとりとるのにも、多大な時間と経費、労力が注がれています。仕事の仕方を教育する前に仕事を辞められては、雇う側は途方に暮れてしまいます。基本はやっぱり3年間は同じところで働いて実績をつくることです。欠員になったあとの残されたメンバーの苦労を知らないから簡単に辞めることができるのでしょう。欠員者の仕事は残業で補うのです。
中高生に求めるのは、まずは、心身の健康管理です。
毎日の通勤には多大なエネルギーがかかります。
規則正しい生活習慣を日頃からつけていないと通勤ができません。
そして自身の家計が破たんしないような金銭管理の習慣づけです。
本にあまり出てこないのは、労働時間、労働条件、労働組合のことなどです。働くときの基盤はそれらにあります。(こちらも後半に多少の記述はありました)
抽象的で漠然とした(ばくぜんとした。広くてはっきりしない)夢の記述が続きます。
『お金』の話が出ます。
『お金』と『自分が自分のために自由に使える時間』と、両方大事です。
職場にいるのは善人ばかりではありません。
いじわるな人もいるし、変な人もいます。
複雑怪奇な人間関係の波を渡っていくには『技(わざ)』がいります。
自分で一生懸命考えて、失敗を繰り返しながら体で学んでいきます。
これではロボットになってしまうと思いながら読んでいたら、142ページで、本当のロボットが出てきたのでびっくりしました。
もう人間の店員はいらないのです。
昔を体験した人間なのでわかるのですが『電算化』は『人員削減』とセットで行われました。
便利になると喜んでいると、人間が働くポスト(自分が働く立場)が消えるのです。その仕事をしていた人たちはマシーン(機械)に仕事を奪われて給料がもらえなくなります。職を失うこともあります。
いいことばかりじゃありません。『共存』できることが大事なのです。
SDGsのことが書いてあります。2030年までに達成する目標。
ロシアとウクライナで戦争が始まって、石炭・石油エネルギー削減施策の実行も危うくなるような気がします。
まずは世界が『平和』でないといけないのです。
そして、AI(エーアイ。人口知能)は完ぺきではありません。過信しないほうがいい。
(つづく)
『人生100年時代の生き抜き方』がかいてあります。
これまでとこれからの比較図があります。
これからの仕事量が少ない。
老齢者には定年退職後も働けと言われているようです。対して若い世代には働きすぎるなというメッセージが見えます。もうくたびれ果てた年寄りに期待しないでほしい。
人づきあいが広いと負担も大きい。
親族を大事にしたほうがいい。血族、姻族を大切にします。助け合いがしやすい関係です。信頼関係も築きやすい。
14歳ぐらいの中学生男女は反抗期です。
自立するための反抗期です。
自分のことは自分のやりたいように自分でやりたい。
本の後半を読んでいると、親や教師など、おとなのいうことをよくきいて、しっかり勉強をして、いい子になりましょうという雰囲気を感じます。
『いい子』を演じると心が壊れます。素のままでいい。(すのままでいい)
186ページから、不登校のこどもさんに対するアドバイスがあります。
親から見ての一番の願いは、こどもが生きていることです。
小学生でも中学生でも高校生でも、親から見れば、勉強ができなくてもいいし、運動ができなくてもいいし、願いは、とりあえず生きていてほしいということです。
本来の人生のスタートは、二十歳を過ぎてからが本番です。それまでは、心身の準備時期です。学校でなにがあったかなんて関係ありません。
188ページにある『コミュニケーション能力とは?』のような部分を本の最初にもってきたほうがいいです。
たいていみんな、職場の人間関係で悩むからです。
仕事においては『立場で物を言う』ことが求められます。
自分の頭の中で思っていることと正反対のことを顧客に言わなければならないこともあります。
それがお金をもらうということです。
世の中は矛盾(むじゅん。理屈が通らない。筋が通らない)ばかりです。
192ページの『自分の人生に向き合おう』は、いいページです。
散歩をしながらひとりで、ああでもないこうでもないと考える作業は必要です。
マンガから続く最後付近は「自画自賛」が強すぎると感じました。
(3回目の本読み)
130ページに『幸せに働くってどういうこと? 仕事がうまくいく人 そうでない人』の項目があります。
職場で一番嫌われる人は、仕事をしない人です。
しなかった仕事は、ほかの人がしなければならなくなります。ほかの人にとっては『負担』となります。人の仕事をやってあげても、給料に反映されないこともあります。たいへん迷惑です。
承認欲求:いいねと言われたい気持ち
不登校の記事部分で思ったことです。
いじめを受けたから不登校になった。
なんとなく、行きたくなくなった。
そういうことを聞かされるとなんともいえない気持ちになります。
主体が自分ではないのです。人のせいにしているように聞こえるのです。
そうだねとは言えないのです。
いじめるやつには、こぶしをあげて立ち向かっていきます。
大声をあげて、相手に怒りを表現しないと、相手の攻撃はやみません。
自分を守るために戦います。(ウクライナの大統領のようにならねばなりません)
案外戦ってみると相手は弱かったということもあります。
いま思い出したのですが、自分が小学2年生のころ、同じクラスに、わたしを汚いとか、まぬけだとか、ばかにしていた男の子ふたり、女の子ふたりがいました。
体育の授業で、すもう場ですもうがあって、わたしはその4人全員に勝ちました。なんだこいつら、弱いじゃんか、と思いました。4人はわたしに負けて、いいわけばかりしていました。
行きたくないから行かないは、こどもです。
やりたくないからやらないというのは、こどもの行動です。
やりたくないことを、やらなければならないから、がまんしてやるのがおとなです。
悩む思春期を克服して、こどもはおとなになります。
タイトルを見てとまどいます。
わたしはこれまでに、なぜ、自分が働くのかなどと考えたことがありません。
生活していくためにはお金がいります。
働かないとお金が入ってきません。
つまり、死んじゃいます。
死にたくありませんし、働かないという選択肢を考えたこともありません。
うちは、中学1年の初夏に父親が病気で急に亡くなってから、収入源となる大黒柱を失った貧乏な母子家庭になってしまいました。
お金ほしさで、中学2年14歳の時から、新聞朝刊配達のアルバイトを始めて、以降、歳をとって定年退職するまで、アルバイトやサラリーマンをしながら働き続けました。
この本の中の14歳男子は、中学受験に合格して私立中学校に入ってから不登校になって転校しています。学校に行かないのなら働けばいいのにという自分の考えは、今の時代ではこどもの権利擁護(けんりようご。守る。保護する)で批判されるのでしょう。
自分がこどもだったときには、こういうマニュアル本は見たことがありません。
おとなになってから見て読んだのは『13歳のハローワーク』でした。
データをさがしたら、そのときの感想メモが残っていました。
『13歳のハローワーク 村上龍 幻冬舎』 2003年発行
巻頭の著者の言葉には納得させられます。
これまでの日本経済、日本人の暮らしの変化をとらえながら、この世に楽な仕事はない。苦痛の代償が金銭だ。
自分にとってどんな苦痛だったら耐えられるかを基準にして仕事を選択しよう。
自分の適性に応じた仕事を探そうと呼びかけています。
著者は1日12時間、毎日、何年も文章を書いているそうです。
自分の定年退職後の感想です。
『世のため人のためと自分に言い聞かせながら長いことがまんして働いてきたけれど、ふりかえってみれば結局、お金のためだけだった』(ただ、結果的には社会貢献できたということはあります)
なにをするにしてもお金がいります。
衣食住にかかる生活費、こどもたちの教育費、住宅ローン、親の介護費用、自分たちの老後の費用、もろもろの必要経費がかかります。
お金のために人生の大部分を費やしました。
それは、それでいいと思っています。
「なぜ働くのか」と考えたことはありません。
こどものころは、両親や祖父母、親戚のおじさん、おばさん、ご近所の人たちなど、まわりにいるおとなたちを見て、人間は働くことがあたりまえだと思っていました。
みんな働いていました。小学生のときは、こずかい稼ぎで、近所の駄菓子屋のまわりの草むしりをして駄菓子屋(だがしや)のおじさんからごほうびに5円玉をもらって、その5円玉で、そのお店で、お菓子を買いました。
海辺近くの集落で暮らしたときは、中学校の授業が終わったあと、海の岩場でサザエやウニやワカメをとって、業者に売りにいく級友がいました。
わたしの中学生時代は、自分の趣味で、小鳥のジュウシマツを家で飼育しており、ジュウシマツは夫婦仲がいい小鳥で、どんどん卵を産んでヒナが育って、すぐ20羽ぐらいにはなるので、増えすぎたジュウシマツをデパートの小動物売り場や、街中のペットショップに売りに行っていました。もう半世紀ぐらい前のことになりますが、その当時で、1羽を120円で買い取ってくれました。受け取ったお金は、給食費や教材代の支払い、自分のこずかいにしていました。
高校の授業料とか修学旅行の積立金はバイト代と奨学金をあてました。
高校での長期休み期間中は、友人の父親の紹介を頼って、その友人といっしょに肉体労働の土方仕事(どかたしごと)をしていました。朝8時から夕方5時まで働いて、一日2800円ぐらいでした。
自分にとっては、働かないということは、どうやって食べていくのだろうかという疑問につながります。
半世紀ぐらい前は、こどもも大人も働いていました。こどもは、昔は労働力でした。義務教育だから働かないというのは、労働基準法とか児童福祉法などの法整備と世の中の人たちの意識がこどもは、だれもかれもが勉強、勉強、進学、進学となってからです。勉強しているから働かなくてもいいというのは、新しい世代の人たちの思考だと思います。
半世紀以上前の中学生は、農家のこどもは、田植えや稲刈りの時は学校を休んで家族と農作業をしていました。漁師のこどもは船をこいで沖に出て親の手伝いをしていました。
本の帯には、優良図書みたいな宣伝文句が並んでいます。
不思議です。
こういう本が必要な時代だということは、昔と比較して人間の気持ちのもち方が弱くなっているという証拠のような気がします。
前置きが長くなってしまいました。
読み始めます。
(1回目の本読み)
わたしは、実用書を読むときは、まず、1ページずつ、ゆっくり最後のページまでめくります。
おおざっぱな、流し読みです。
マンガストーリーやイラストの部分がたくさんあります。
こどもさん向けです。
不登校だったという中学2年生男子がいます。東京にある私立の進学校(中高一貫でしょう)から母親の実家がある広島県内の中学校に転校して、今は通学しているようです。
(わたしは不思議なことがあります。最近は、学校に行きたくないなら無理して行かなくていいんだよと言われています。そういうことを口にする他人は、自分に実害がないからそれでいいでしょうが、親は困ります。学校とつながりがあるうちは学校関係者に相手にしてもらえるでしょうが、学校を卒業してどこの組織ともつながりがなくなったら、そのあとは、永久に引きこもりになってしまう可能性があります)
この本には、私立中学校で不登校だったハヤトの両親がいます。
ハヤトのおばさんがいます。
ハヤトのおばあさんがいます。
ハヤトの友だちがいます。
おばあさんが飼っているねこがいます。
本屋の店長がいます。
『仕事』を解説する文章があります。
基本は『世のため人のため』です。
自分のことばかりを考えると、仕事を辞めたくなります。
仕事をすれば、必ず、自分はだれかの役に立っていることに間違いはありません。
もうひとつ付け加えると『仕事は楽で、給料が良くて、休みが多ければいい』とだけ思って働いていると不祥事(ふしょうじ。信頼失墜行為(しんらいしついこうい))につながります。
事件や事故が起きます。
『世のため人のため』という動機付けをしっかりして、法令やマニュアル(手引き)を守って、まじめに働くことが、自分の身を守る秘訣(ひけつ。コツ)です。
自分はおとなからこう教わりました。
仕事は、辞めてはいけない。
相手から辞めてくれと言われたら考える。でも、それでも辞めない。しがみつく。
そういう気持ちをもって働くのが仕事をするということだ。
(労働を提供して、お金をもらって、もらったお金を生活費にあてて、結婚して、家族をもって、こどもを育てて、命を代々つないでいく)
生き物の本能です。(生まれつきの行動様式)
『お金』の話が出ます。
本でのお話は、生涯獲得収入につながっていくと思います。
参考に、以前読んだ本をここに紹介しておきます。
『将来が見えてくる! 日本の給料&職業図鑑 Special 宝島社』
正社員である一般的なサラリーマンひとりの生涯獲得収入は、手取りだと2億円前後ぐらいに感じます。
生涯獲得収入を増やす秘訣は、無職の期間をできるだけ短くすることです。細く長く、線香花火のように稼ぐことです。打ち上げ花火のような人生を送ることは、恐怖感(スリル)を伴います。
大学を卒業していても無職の人はいます。
学歴があって、五体満足で、口が達者でも働けない人もいます。過去に何かを成し遂げたことがあるという実績がない人です。
長い人生を生きてきて、学歴は、資格が必要な一部の職種を除いて、あっても意味がないような気がしました。リタイアすると学歴はなんの意味もありません。(本の184ページに似たようなことが書いてありました。勉強ができるからといて、仕事ができるわけでもありません。仕事でけっこう稼いでいる大人でも、漢字の読み書きがおぼつかなかったり、計算がにがてだったりする人は多いです)
お金がほしかったら、共働きは必須です。
夫婦で協力してがんばらねばなりません。
こどもたちが大きくなって就職すると、家族全員が働いていて、世帯全体の合計収入がびっくりするほど大きくなる時期があります。
うーんとたくさんお金が欲しかったら、雇われ人ではだめです。
雇われ人は、税金を始めとして、社会保険料などをたくさん、長年とられ続けます。稼いでも稼いでも国家や自治体などにとられ続けます。かなりの額です。あわせて、家賃や住宅ローンも負担が重い。家賃や住宅ローンがなければ、生活費のやりくりはかなり楽になります。
自営業で社長という立場の経営者になって、人を使う側にならなければ大きなお金はもうかりません。
そのかわり、24時間365日、仕事のことが頭から離れません。広い人間関係も必要になります。必要なことには、たくさんお金をつぎ込まなければなりません。
ふつうは、自分が好きなことは仕事にしません。(本の79ページにそんなことが書いてありました)
好きなことは、仕事の合間の気晴らしのためにとっておきます。
お金のために自分ができることを仕事にします。
自分が好きなことを仕事にしている人は、たぶん、そのことだけしかできないから、そのことを仕事にしているのだと思います。一芸(いちげい。ひとつのこと)に秀でた(ひいでた)人は、一芸以外のことはできなかったりもします。
『適正』というものは、やってみないとわからないということはあります。
自分には向いていないと思っていたことが、やってみると、案外自分に向いていたということはあります。
(2回目の本読み)
「はじめに」で、中学生・高校生のためにこの本をつくりましたというメッセージがあります。
最後のほうには、おとなも読んでくださいというような文脈があります。
うーむ。ポイントをしぼったほうがいいのではないか。
おとなには、おとなが読むこのジャンルの本があります。自己啓発本とか、発達障害対策本とか。
最初に主人公ハヤトの挫折があります。
小学5年生から受験勉強を始めて、私立の中学校に合格したけれど、まわりは秀才ばかりでついていけず、不登校になった。東京から母親の実家がある広島県内に引っ越しして地元の中学校に通うことになった。母と祖母と叔母と4人ぐらいをしている。父は仕事のために東京に残った。
ちょっと暗い話です。
実家の家業を継ぐとか、もともと引き継ぐべき大きな財産がある家のこどもさんが、将来のために行くのが私立学校のような気がします。
単なるサラリーマンを目指すなら、私立学校へ行く必要もないような。お金がかかります。
大企業の幹部になっても、雇われ社員では、莫大な財産を手にすることはむずかしい。ほんの少数、ひと握りの人しか幹部になれる枠がありません。
競争は激しく厳しい。だれかひとりが笑うために陰ではおおぜいの人が泣きます。人を踏み台にして、のし上がるのです。
勉強も仕事もがんばりすぎて、メンタル病になったら残念です。
需要があるから(ニーズがあるから)サービスの提供があり、お金が動きます。
本には、職種のことがいろいろ書いてあります。
大きな組織には、いくつもの部署があり、それは、会社の業種が違っても同じパターンです。
事務職と技術職、営業職などがあります。
人事・労務管理を担当する:総務部とか総務課とか。
組織のお金を管理する:財務部とか経理課とか。
商品の販売を担当する:営業部とか。
技術開発を担当する:研究職とか。
福祉関係、建築・土木関係、交通、電気、水道・下水道、広報、いろいろありますが、業種が違っても裏方で組織を支えていく人たちの事務や技術の仕事のパターンは同じです。地味ですが必要な業務です。
機械、機器、輸送関係、農林水産業、建設、教育、政治、経済、観光、商業、法務、公務、各種管理業務、今思いつくのはそんな業種です。
本では『仕事を通じての人のつながり』が強調されています。
お金の話があります。
本には書いてありませんが『会社のお金を自分のポケットに入れてはいけません』
いわゆる横領(おうりょう。横取り)です。
現金を見ると、自分のポケットに入れたがる人がいます。ほかの人のお金です。罪になります。
ついでに、忠告としていくつか書いておきます。
セクハラ行為をしてはいけません。
とくに、男子の頭の中はエロでいっぱいです。
がまんしなければなりません。
今どきは、録画や録音がはやっています。証拠が残ります。
やばいです。
パワハラやいじめもやばい。自殺とつながると責任は重い。遺族に復讐されます。
相手が死に至らずとも、一生うらまれます。相手の人格(人間性)を否定しないことが自分の身を守ることにつながります。
個人情報の漏洩(ろうえい。もらす。流す)もアウトです。
仕事をしていると見たくもないけれど、顧客や社員という他人の情報が目に入ってくることがあります。家族構成とか、経済状態とか、そのことを外部に漏らすとトラブルにつながります。働く人には、守秘義務があります。
この本にはきれいごとしか書いてないので、出てくる人たちは善人だけです。
現実社会には、組織の外部にも内部にも、人をだまして、人からお金をまきあげる人がいます。
瞬間的につじつまの合う嘘をつける人がいます。
働くときには、注意しましょう。
法令や規則の範囲内にいることを心がけながら働きましょう。
自分自身の身を守るためです。お金がらみの贈収賄(ぞうしゅうわい。業者からたくさんのおこずかいをもらって、えこひいきをする)はよくあることです。
努力すれば安全な範囲内にいることができます。警察に捕まったら家族も泣きます。
本では『家計簿』の話が出ます。
自分のお金の管理ができない人は、会社のお金の管理はできません。
体験者として書くなら、住宅費における家賃の負担は重い。
家賃がないと家計はずいぶん楽になります。
分譲マンションより戸建てのほうが、住宅の維持費がかかりません。
分譲マンションは、住宅ローンに加えて、管理費、修繕積立金、駐車場代がかかります。けっこう大きな金額です。戸建ては、駐車場代はいりません。外壁塗装は10年過ぎぐらいのペースでやればいいです。大事に長く家を使う気持ちが節約の秘訣です。固定資産税は、家賃ほどの重い負担にはなりません。豪邸は別でしょうが。
この本では、人生の三大出費として『教育』『住宅』『老後』と示されています。
自分たちの祖父母世代は、義務教育だけで就職して、同じ戸建てに何十年間も住み、七十代後半で、病気で亡くなっていきました。両親世代はもっと長生きですが、似たようなパターンです。
結婚しない。こどもはもたない。親が所有している家に住み続けるとなれば、お金は残ります。さきほど提示があった『(こどもの)教育費』『住宅』の費用がいりません。ただ、自分自身の老後が心配です。加齢に伴って、自分で自分のことができなくなったらどうしょうという心配事が生まれます。自分が死んだあと、財産が残っても相続する人がいないとどうなるのだろう。わたしには、わかりません。
この本では『よくない働き方』が示されています。
長時間大量の仕事をさせられる。あるいは、する。
無意識に、ロボットのようになって、人間の感覚がなくなって、麻痺して(まひして)働き続ける。
廃人になってしまいます。(通常生活が送れなくなる)
ただ、世の中は『比較社会』ですから、それぐらい働いて、とびぬけた印象を上層部に与えないと、出世できないということはあります。(上層部のポスト(地位)に就く(つく)のは、つまりは、弱肉強食の生き残り合戦のような競争社会なのです。淘汰(とうた。ふるいにかけられて選別される)されていくのです。
『子育てをしながら働く夫婦』について書いてあります。
朝、散歩をしていると、保育園に行く親子連れを何組か見かけます。
ちびっこがママといっしょに歩いていたり、パパがこぐ自転車の後席シートに座っていたりします。車で保育園まで送迎しているファミリーもいます。午前7時から午前7時30分くらいの間によく見かけます。散歩をしながらちびっこに『がんばれ!』と心の中で声をかけます。お金を貯めるのには、苦労が伴うのです。(ともなう)
たいへんなのは、10年間ぐらいです。あとは、楽になります。熊太郎じいさんも給料が安かったので共働き子育て体験者です。
66ページに働く人の声があります。(ほかのページにもたくさん書いてあるのですが、ひとりの人が全部を書いたような文章パターンになっています。読んでいて変化がなく楽しめません)
コメントは、最初に、コメントする人の職業と年齢を示したほうが理解しやすいです。
この本では、働く人のコメントの最後にカッコ書きで職業と年齢が記されています。
全体的にこの本はこのパターンで、主従が逆転したレイアウトがされている印象がありました。
構成として、マンガが先にあると本当に読みやすいのだろうか。つくり手側の思い込みではなかろうか。情報がいっぱいあって、かつ重複していて読みにくかった。マンガと文章とイラスト部分はページを分けてもらったほうが見やすいし読みやすいです。
『章(しょう)』ごとに、まずマンガがあって、そのあとにイラストと文章説明があります。
中学生の職場体験があります。
中学生ぐらいだと、就職の話は、まだ遠い。
なんというか、働いて、税金を払う立場にならないと、働くということがどういうことなのか、なかなか理解しにくい。お金をもらって、稼いだお金を使わないと、働くという実感は湧きません。
中学生はまだこどもです。そういう点では、昔のように、まず実技(働く、家の手伝いをしてこずかいをもらう)をしながら本で学ぶという方法がわかりやすい。
おとなの世界で働いているこども(タレント、芸能人、ミュージシャン、ダンサー、棋士、モデル、スポーツ選手など)がいます。企業や団体組織のお金もうけの『広告塔』の役割を与えられることが多い。企業等の宣伝マンです。本人や周囲がしっかりしないと、相手のいいように利用されてしまいます。老若男女不特定多数の目にさらされて、さらし者にされてしまいます。ときに本人の心が壊れます。いいことばかりではありません。
スターとなるこどもたちは、人生の前半で、与えられた『人生の運』を使い果たしてしまう人たちです。
人生は山あり谷ありで長い。
最初に山を上りつめると、あとは下るだけです。できるだけゆるやかにくだったほうがいい。
健康管理が大事です。
きちんと三食食事をとって、睡眠も十分にとって、規則正しい生活を心がけます。
最近は入浴しない若い人が増えていますが、入浴はしたほうがいい。
喫煙はやめたほうがいい。喫煙は、職場でトラブルの原因になりやすい。社員も顧客も喫煙嫌いの人は多い。雇う側が喫煙場所を用意するのもたいへんです。後片付けや清掃をしてくれる人の人件費もかかります。
保育士の仕事が出ます。こどもが好きだから保育士になりたいそうです。
保育士は、子どもの命を預かるという非常に責任の重い仕事です。
一般的に、もめごとが起きたときにお金で解決できる仕事はまだ安心なほうの仕事です。
生きるか死ぬかで、サービスを提供する相手が亡くなったり、相手がケガをして、もうもとの体に戻せなくなったりすると、大変なことが起こります。
原因をつくった人は、一生その苦しさを背負って生きていくことになります。
物事を表面だけで見て、楽しげでお金になる仕事と判断することは誤りです。
(つづく)
161ページまで読みました。
なにかしら、内容についてですが、視点が反対ではなかろうか。
大多数の職を考えるのではなく、少数の職種を例示してあります。
人間には個性があるのに、標準的で無個性な、AI(エーアイ。人工知能)アンドロイドロボットをつくるようなニュアンス(感覚)の記述に思えます。教科書を読むようです。
この本は、ボリュームがありすぎます。
教科書として、4月から7月まで、一週間に1回か2回、授業で使用するような本になっています。
一般的には、第一次産業(農林漁業)、第二次産業(鉱工業、製造業、電気・ガス業、建設業)、第三次産業(小売業、サービス業)があって、大多数の国民は、その他おおぜいで働く職業で生活しています。
こちらの本では、マンガ家とか、スポーツ選手、医師、書店員(本屋も減少しています)、テレビ、インターネット関係、フリーランス(組織に所属しない労働者)、マスコミ関係、海外で働くなど、一般人があまり目指さないような職種について書いてあります。あわせて、精神論があります。精神論は大事ですが、繰り返し、何度も類似の記述が文章やイラスト、マンガで出てくると、もういいという気持ちになります。
さらに文章量が多くて、つくり手にとっての自己満足的な、ぶ厚い情報量の本になっています。読み手は読みつかれます。文字が多い。理屈が多いです。
仕事場における人間関係とか、マナー(礼儀作法)のことはあまり書いてありません。(後半に少し書いてありましたが、むしろその部分を最初にもってきてボリュームをふくらませたほうが現実的です)
転職すればいいというのは、雇用する側の人間にとっては、避けてほしいメッセージです。人ひとりとるのにも、多大な時間と経費、労力が注がれています。仕事の仕方を教育する前に仕事を辞められては、雇う側は途方に暮れてしまいます。基本はやっぱり3年間は同じところで働いて実績をつくることです。欠員になったあとの残されたメンバーの苦労を知らないから簡単に辞めることができるのでしょう。欠員者の仕事は残業で補うのです。
中高生に求めるのは、まずは、心身の健康管理です。
毎日の通勤には多大なエネルギーがかかります。
規則正しい生活習慣を日頃からつけていないと通勤ができません。
そして自身の家計が破たんしないような金銭管理の習慣づけです。
本にあまり出てこないのは、労働時間、労働条件、労働組合のことなどです。働くときの基盤はそれらにあります。(こちらも後半に多少の記述はありました)
抽象的で漠然とした(ばくぜんとした。広くてはっきりしない)夢の記述が続きます。
『お金』の話が出ます。
『お金』と『自分が自分のために自由に使える時間』と、両方大事です。
職場にいるのは善人ばかりではありません。
いじわるな人もいるし、変な人もいます。
複雑怪奇な人間関係の波を渡っていくには『技(わざ)』がいります。
自分で一生懸命考えて、失敗を繰り返しながら体で学んでいきます。
これではロボットになってしまうと思いながら読んでいたら、142ページで、本当のロボットが出てきたのでびっくりしました。
もう人間の店員はいらないのです。
昔を体験した人間なのでわかるのですが『電算化』は『人員削減』とセットで行われました。
便利になると喜んでいると、人間が働くポスト(自分が働く立場)が消えるのです。その仕事をしていた人たちはマシーン(機械)に仕事を奪われて給料がもらえなくなります。職を失うこともあります。
いいことばかりじゃありません。『共存』できることが大事なのです。
SDGsのことが書いてあります。2030年までに達成する目標。
ロシアとウクライナで戦争が始まって、石炭・石油エネルギー削減施策の実行も危うくなるような気がします。
まずは世界が『平和』でないといけないのです。
そして、AI(エーアイ。人口知能)は完ぺきではありません。過信しないほうがいい。
(つづく)
『人生100年時代の生き抜き方』がかいてあります。
これまでとこれからの比較図があります。
これからの仕事量が少ない。
老齢者には定年退職後も働けと言われているようです。対して若い世代には働きすぎるなというメッセージが見えます。もうくたびれ果てた年寄りに期待しないでほしい。
人づきあいが広いと負担も大きい。
親族を大事にしたほうがいい。血族、姻族を大切にします。助け合いがしやすい関係です。信頼関係も築きやすい。
14歳ぐらいの中学生男女は反抗期です。
自立するための反抗期です。
自分のことは自分のやりたいように自分でやりたい。
本の後半を読んでいると、親や教師など、おとなのいうことをよくきいて、しっかり勉強をして、いい子になりましょうという雰囲気を感じます。
『いい子』を演じると心が壊れます。素のままでいい。(すのままでいい)
186ページから、不登校のこどもさんに対するアドバイスがあります。
親から見ての一番の願いは、こどもが生きていることです。
小学生でも中学生でも高校生でも、親から見れば、勉強ができなくてもいいし、運動ができなくてもいいし、願いは、とりあえず生きていてほしいということです。
本来の人生のスタートは、二十歳を過ぎてからが本番です。それまでは、心身の準備時期です。学校でなにがあったかなんて関係ありません。
188ページにある『コミュニケーション能力とは?』のような部分を本の最初にもってきたほうがいいです。
たいていみんな、職場の人間関係で悩むからです。
仕事においては『立場で物を言う』ことが求められます。
自分の頭の中で思っていることと正反対のことを顧客に言わなければならないこともあります。
それがお金をもらうということです。
世の中は矛盾(むじゅん。理屈が通らない。筋が通らない)ばかりです。
192ページの『自分の人生に向き合おう』は、いいページです。
散歩をしながらひとりで、ああでもないこうでもないと考える作業は必要です。
マンガから続く最後付近は「自画自賛」が強すぎると感じました。
(3回目の本読み)
130ページに『幸せに働くってどういうこと? 仕事がうまくいく人 そうでない人』の項目があります。
職場で一番嫌われる人は、仕事をしない人です。
しなかった仕事は、ほかの人がしなければならなくなります。ほかの人にとっては『負担』となります。人の仕事をやってあげても、給料に反映されないこともあります。たいへん迷惑です。
承認欲求:いいねと言われたい気持ち
不登校の記事部分で思ったことです。
いじめを受けたから不登校になった。
なんとなく、行きたくなくなった。
そういうことを聞かされるとなんともいえない気持ちになります。
主体が自分ではないのです。人のせいにしているように聞こえるのです。
そうだねとは言えないのです。
いじめるやつには、こぶしをあげて立ち向かっていきます。
大声をあげて、相手に怒りを表現しないと、相手の攻撃はやみません。
自分を守るために戦います。(ウクライナの大統領のようにならねばなりません)
案外戦ってみると相手は弱かったということもあります。
いま思い出したのですが、自分が小学2年生のころ、同じクラスに、わたしを汚いとか、まぬけだとか、ばかにしていた男の子ふたり、女の子ふたりがいました。
体育の授業で、すもう場ですもうがあって、わたしはその4人全員に勝ちました。なんだこいつら、弱いじゃんか、と思いました。4人はわたしに負けて、いいわけばかりしていました。
行きたくないから行かないは、こどもです。
やりたくないからやらないというのは、こどもの行動です。
やりたくないことを、やらなければならないから、がまんしてやるのがおとなです。
悩む思春期を克服して、こどもはおとなになります。
2022年09月09日
あしたのジョー 第一話二話三話 1970年(昭和45年)
あしたのジョー マンガ動画 第一話二話三話 1970年(昭和45年) 動画配信サービス
有名なマンガですが、自分はこどものときにも、おとなになってからも見たことはありません。
先日、フィンガーファイブのメンバーだった方が、気持ちがへこんだときに尾藤イサオさんが歌うあしたのジョーの主題歌を、ステージのそでで、生で(なまで)聴いて励みになったとインタビューで語られた記事を読んで観ることにしました。
尾藤イサオさんの歌唱は、闘志湧きたつ歌唱です。
たたけー たたけー たたけー
おいらにゃ
けものの 血がさわぐ
だけど
るるるーー
明日はきっと
何かある
明日はどっちだ
映像の初めに東京タワーの姿があります。
やはり、東京タワーは、東京のシンボル(象徴)です。
映像では、口笛のメロディーをバックに流したシーンが多い。
そういえば、口笛がかっこいいとされた昔がありました。
第一話「あれが野獣の眼だ!」のストーリーづくりはむずかしかったのではなかろうか。
ゆえに、口笛のシーンで、時間の枠を埋めたのではないか。
映像を観ていてピンとくるものがありました。
絵の中に『男はつらいね』という映画のポスターがでます。
邦画『男はつらいよ』寅さん役の渥美清さんを、久しぶりに思い出しました。
旅館での一泊料金が100円です。
先日観た番組「東野・岡村の旅猿」では、最近の旅として、ふたりは、タイ国で一泊400円の安宿に泊まりました。ふたりで800円です。そんなことも思い出しました。
映像の中には、段平(だんぺい)というアルコール中毒、お酒飲みのおじさんがいます。
これから、ジョーのトレーナーになる人です。
思い起こせば、昭和40年代ころは、酔っ払いのおじさんが、町のあちこちにいました。
中学校の先生のなかにも酒飲みがいて、酒臭い息を吐きながら授業をしている先生もいました。先生と生徒の父親が酒飲み仲間ということもありました。
生徒には、酒飲み人間の対応がじょうずな者もいました。
まあ、父親がお酒飲みというのはよくある話でした。
寒い冬の日です。
もう死語になった言葉として『流れ者』
そういえば、『東京流れ者』という歌がありました。
もうひとつの死語のようなものが『あばよ』最近は聞かなくなった言葉です。
そういえば研ナオコさんが歌った『あばよ』という曲がありました。
いい歌でした。
廃屋のような長屋が並んだ住宅地です。
じっさいそういう風景がありました。
今も残っているところもあると思います。
夜空がきれいです。
東京近郊でも、いなか風景はありました。
空が汚れていません。
「100円貸して、200円貸して」というような話が出てきます。
お金を貸したら返ってはきません。
学校を出て社会に出たとき、あんがい世の中の人たちは、いいかげんな人が多いと気づきました。
ウソをついて、人をだまして、自分や自分たちの仲間だけが得をすればいいという人がたくさんいます。
思い出してみれば、いっぱいだまされました。
こどもに、きれいごとだけを教えていたら、こどもの心は壊れてしまいます。
映像では、やくざ者も出てきます。
暴力とか、刃物とか、警察沙汰もあるし、少年院も出てきます。
そんな世界の中でも、自殺や殺人をせずに、たいてい人は、なんとか生きていくのです。
マンガとはいえ、内容は、ドキュメンタリーのようなドラマ調です。
立て 立て 立つんだジョー
「第二話 四角いジャングルに生きろ」「第三話 けものよ牙をむけ!」
まあ、ケンカばかりです。
手が出る、刃物が出る。危ない危ない。
パチンコ風景で、ギャンブルシーンもあります。
こどもたちが、たくさん出てきます。
第二次世界大戦、終戦後の浮浪児たちのようです。
ボクシングシーンを観ながら、ボクサーとして全盛期だったころの具志堅用高さん(ぐしけんようこうさん)を思い出しました。
最近は、具志堅さんは、たまに、出川哲朗さんとテレビ番組『充電させてもらえませんか!』で、充電バイクに乗って、おもしろおかしい旅をしておられます。
具志堅さんに、ボクサーだったときの鋭い眼光はもうありません。
なんだか、昭和50年代の頃の具志堅用高さんと現在の具志堅用高さんは別人のようです。
こんなにおもしろいキャラクターの人だとは予想もできませんでした。
ほかにも、輪島功一さんとか、ガッツ石松さんとかの雄姿を思い出します。
あしたのジョーのマンガのほうは、内容がちょっと暗くて、自分には合いませんでした。
有名なマンガですが、自分はこどものときにも、おとなになってからも見たことはありません。
先日、フィンガーファイブのメンバーだった方が、気持ちがへこんだときに尾藤イサオさんが歌うあしたのジョーの主題歌を、ステージのそでで、生で(なまで)聴いて励みになったとインタビューで語られた記事を読んで観ることにしました。
尾藤イサオさんの歌唱は、闘志湧きたつ歌唱です。
たたけー たたけー たたけー
おいらにゃ
けものの 血がさわぐ
だけど
るるるーー
明日はきっと
何かある
明日はどっちだ
映像の初めに東京タワーの姿があります。
やはり、東京タワーは、東京のシンボル(象徴)です。
映像では、口笛のメロディーをバックに流したシーンが多い。
そういえば、口笛がかっこいいとされた昔がありました。
第一話「あれが野獣の眼だ!」のストーリーづくりはむずかしかったのではなかろうか。
ゆえに、口笛のシーンで、時間の枠を埋めたのではないか。
映像を観ていてピンとくるものがありました。
絵の中に『男はつらいね』という映画のポスターがでます。
邦画『男はつらいよ』寅さん役の渥美清さんを、久しぶりに思い出しました。
旅館での一泊料金が100円です。
先日観た番組「東野・岡村の旅猿」では、最近の旅として、ふたりは、タイ国で一泊400円の安宿に泊まりました。ふたりで800円です。そんなことも思い出しました。
映像の中には、段平(だんぺい)というアルコール中毒、お酒飲みのおじさんがいます。
これから、ジョーのトレーナーになる人です。
思い起こせば、昭和40年代ころは、酔っ払いのおじさんが、町のあちこちにいました。
中学校の先生のなかにも酒飲みがいて、酒臭い息を吐きながら授業をしている先生もいました。先生と生徒の父親が酒飲み仲間ということもありました。
生徒には、酒飲み人間の対応がじょうずな者もいました。
まあ、父親がお酒飲みというのはよくある話でした。
寒い冬の日です。
もう死語になった言葉として『流れ者』
そういえば、『東京流れ者』という歌がありました。
もうひとつの死語のようなものが『あばよ』最近は聞かなくなった言葉です。
そういえば研ナオコさんが歌った『あばよ』という曲がありました。
いい歌でした。
廃屋のような長屋が並んだ住宅地です。
じっさいそういう風景がありました。
今も残っているところもあると思います。
夜空がきれいです。
東京近郊でも、いなか風景はありました。
空が汚れていません。
「100円貸して、200円貸して」というような話が出てきます。
お金を貸したら返ってはきません。
学校を出て社会に出たとき、あんがい世の中の人たちは、いいかげんな人が多いと気づきました。
ウソをついて、人をだまして、自分や自分たちの仲間だけが得をすればいいという人がたくさんいます。
思い出してみれば、いっぱいだまされました。
こどもに、きれいごとだけを教えていたら、こどもの心は壊れてしまいます。
映像では、やくざ者も出てきます。
暴力とか、刃物とか、警察沙汰もあるし、少年院も出てきます。
そんな世界の中でも、自殺や殺人をせずに、たいてい人は、なんとか生きていくのです。
マンガとはいえ、内容は、ドキュメンタリーのようなドラマ調です。
立て 立て 立つんだジョー
「第二話 四角いジャングルに生きろ」「第三話 けものよ牙をむけ!」
まあ、ケンカばかりです。
手が出る、刃物が出る。危ない危ない。
パチンコ風景で、ギャンブルシーンもあります。
こどもたちが、たくさん出てきます。
第二次世界大戦、終戦後の浮浪児たちのようです。
ボクシングシーンを観ながら、ボクサーとして全盛期だったころの具志堅用高さん(ぐしけんようこうさん)を思い出しました。
最近は、具志堅さんは、たまに、出川哲朗さんとテレビ番組『充電させてもらえませんか!』で、充電バイクに乗って、おもしろおかしい旅をしておられます。
具志堅さんに、ボクサーだったときの鋭い眼光はもうありません。
なんだか、昭和50年代の頃の具志堅用高さんと現在の具志堅用高さんは別人のようです。
こんなにおもしろいキャラクターの人だとは予想もできませんでした。
ほかにも、輪島功一さんとか、ガッツ石松さんとかの雄姿を思い出します。
あしたのジョーのマンガのほうは、内容がちょっと暗くて、自分には合いませんでした。
2022年09月08日
三十の反撃 ソン・ウォンピョン 訳:矢島暁子
三十の反撃 ソン・ウォンピョン 訳:矢島暁子(やじま・あきこ) 祥伝社
本屋大賞の翻訳小説部門の第1位作品です。
翻訳部門で表彰される作品は、ときに質が非常に高い作品に当たることがあるので、読むようにしています。
同作者の『アーモンド』は読みました。
正直、ピンとこなくて期待はずれでした。
脳みそのなかにある偏桃体(へんとうたい。アーモンド)がちょっとおかしい男子のお話だった記憶です。感情がないのです。人が殺されている場面を見ても無表情なのです。
さて、今回は、こちらの本を読みます。
韓国人の三十代女性の気持ちを書いてあるのだろうと予測して読み始めます。
近くて遠い国韓国です。
行ったことはあります。
もっと仲良くしたいのに、国と国同士は対立ばかりしています。
世代交代が待ち望まれます。
作者は、1979年(日本だと昭和54年)ソウル生まれです。
この作品は、2021年(令和3年)初版です。
数ページを読んで、これは、女性向けのエッセイだろうか(昔をふりかえりながら、心のままに頭に浮かんだことが書いてある)
「1988年生まれ」という項目から始まっています。日本だと昭和63年、翌年が平成元年です。
その当時の韓国大統領のことが書いてあります。盧泰愚(ノテウ)大統領です。その前が全斗煥(チョンドウファン)大統領でした。どういうわけか、韓国の大統領は退任後逮捕されてしまいます。不正蓄財とか権力の乱用をしたのか、自分を責める勢力への弾圧の責任を問われています。
陸上100m競争のカール・ルイスとかベン・ジョンソンの話が出ます。ソウルオリンピックは1988年でした。ベン・ジョンソンが1位でしたが、薬物使用(ドーピング)で勝利を取り消されています。
生れた時に、主人公女性の名前が、すったもんだあって『キム・チュボン』をやめて『キム・ジヘ』になっています。
『キム・ジヘ』は平凡な名前だそうで、学校ではクラスに何人もいて、本人『キム・ジヘ』さんが6人もいたそうです。
お顔は、メガネをかけるとDr.スランプのアラレちゃんみたいになるそうです。
主人公の勤務先が『DM(Diamant ディアマン ダイヤモンドではないそうです。セメント会社から出発して、建設、食品、化粧品、総合商社です)』
勤務先の上司が、ユ・チーム長です。主人公のキム・ジヘよりも11歳年上ですから、41歳ぐらいなのでしょう。(わたしはずっと、ユ・チーム長が男性だと思って読み続けていました。最後のほうのページで、ユ・チーム長が女性だとわかったときには、びっくりしました)
映画、演劇、音楽、食品などの文化事業を担当する所属として『ディアマンアカデミー』というという部署があるそうです。キム・ジヘはそこで働いています。
レンギョウ:小さな黄色い花。低木の落葉樹。
主人公のひとり語りが続きます。
30歳独身女性『キム・ジヘ』の語りです。
日記を読むようです。
カカオトーク:韓国のLINE(ライン)みたいなアプリケーションでしょう。
元D大学英文科教授として、パク・チャンシク教授という人が出てきます。
未成年者とのエロ行為で20年前に教授職を追われた。
執行猶予二年に処せられた。
再起に成功してベストセラー作家となった。
(つづく)
3章は『ジョンジンさん、私の親友』とあります。
ジョンジンさんは、架空の人です。実在しません。(透明人間)
主人公のキム・ジヘさんの恋人のような存在で、会社での仲間内からのうっとおしい誘いを断る時の口実にする人物です。
パク理事、ユン次長、キム部長、ユ・チーム長。
以上が、ディアマンアカデミーでの上司スタッフです。
キム・ジヘはインターンです。(日本のインターンとは制度が異なります)
親会社のDM(ディアマン)は、食品、映画事業に力を入れているそうです。
インターン:韓国の場合、非正規職員、営業職員らしい。正職員への道あり。契約社員のようなものか。この物語の場合、キム・ジヘは、インターンとしての採用が9か月経過しています。
ウォン:韓国の通貨。1ウォンが、0.102713円ぐらい。1万ウォンが、1027円13銭。
以前自分が韓国ソウルに行ったときのメモが残っています。(以下メモの一部『半島へ、ふたたび 蓮池薫 新潮社』を読んでから行きました)
『読む前は、日本との貨幣価値の比較がよくわかりませんでした。現在、1万ウォンが850円ぐらいです。蓮池さんがソウルに行かれた2008年2月頃は、1万ウォンが1120円ぐらいなので、ウォンのほうがずいぶん不利になっています。本に記述があるタクシー運転手の月収は、160万ウォンですから13万6000円になります。それが、労働者の一般的な月収のようです。』
インセンティブ:報奨金、奨励金などのようにやる気を出させるもの。外からの刺激。
カンタビーレ:表情豊かに歌うように。
イ・ギュオク:DM(ディアマン)の所属の一部であるディアマンアカデミーの新しいインターン(契約社員のようなもの)男性。ホッキョクグマのような大きな体。キム・ジヘと同い年の30歳。無名大学哲学科卒。定職についたことなし。(このあと主人公のキム・ジヘとからみながら、物語の骨格を築き上げていきます)
(ここで巻末にある訳者あとがきを読みました)
著者の言葉として『……(自分は)勤め人としてうまくやって行けそうにない』これと同様の印象を受けた作家さんが今年読んだ本でいたことを思い出しました。
読んだ本は『ねにもつタイプ 岸本佐知子 ちくま文庫』
OLをできない人はいます。作家向きです。
八八ウォン世代:韓国で、1997年のIMF危機以降大学を卒業して定職に着けず、非正規社員、アルバイト、インターンのわずかな収入で暮らす若い人たちのこと。88万ウォンは、約8万4000円。この物語の主役であるキム・ジヘさんは、八八ウォン世代だそうです。半地下の部屋で生活しているそうです。アカデミー賞受賞作品『パラサイト 半地下の家族』を思い出します。
さて、物語に戻ります。
鍵を握る主人公キム・ジヘと同い年(おそらく30歳)のインターン(実態は企業にとって都合のいいアルバイトのような職)イ・ギュオクが本音で相手とぶつかります。ひとり目は、アカデミーの講師であるパク教授。
PM2.5:微小粒子状物質。大気中に浮遊する。健康に影響がある。肺に入りやすい。気管支ほかの呼吸器系統に悪影響あり。肺がん、循環器系への影響もあり。中国大陸の大気汚染が原因。
本の中では、韓国のお天気として書かれているのですが、昨年九州地方へ用事があって行ったときには、地元の人たちが「PM2.5」のことを気にしていたので、ちょっと意外でした。中部地方では話題にはなりません。
イ・ギュオクによる「椅子の魔法」。教室の前にある椅子に座ると、自分に権威と力があると錯覚する。生徒側のたくさんある椅子に座ると力のないその他大勢になっていまう。前の椅子に座る人間に洗脳されてしまうというような解釈あり。心理をコントロールされてしまう。(なるほどと思いつつ。そうだろうかという思いもあります)
ウクレレ講座を受けることになったイ・ギュオクとキム・ジヘです。
小学生が3人、小学生の母親が2人、50代のおじさん、30代の男、イ・ギュオクとキム・ジヘ、合計9人の生徒です。
ウクレレの講師は、作曲・演奏を仕事とする中年男性です。
頭を使う話が続きます。
体を使う話は出てきません。
ウクレレ:弦が4本。弦はそれぞれ、ラ、ミ、ド、ソ。
作者は、韓国の低調な経済状態を表現したいのだろうか。
コ・ムインガン:ゴム人間。
ウクレレ講座が終わって、打ち上げという名目での、4人の飲み会です。
イ・ギュオクとキム・ジヘ(50代のおじさんから「ミスワイズ」というニックネームを付けられた)、50代のおじさん(名前は、ナム・ウンジュ。ふだんは「ナムン」。妻はトルコにベリーダンスを学びに行って帰ってこない。中学生の娘あり。娘が可愛い。娘の名前はジユル。ナムンおじさんはイベント会社で働いている。サンタやピエロのかっこうをする)と30代の男(名前は、コ・ムイン。やせっぽち。シナリオ作家。作品として「ゴム人間」)というメンバーです。
酸っぱい葡萄(すっぱいぶどう):自分に手の届かないものをけなすこと。
キーワードとして『価値観の転覆(てんぷく)』イ・ギュオクの言葉です。物事の判断基準をひっくりかえすということだろうか。
世の中の理不尽(道理に合わない。筋が通らない)とか不合理(論理的ではない)とか不条理(人の道に反する)とかと格闘して、価値観を転覆させるという趣旨のようです。
(つづく)
イ・ギュオクは、上司を攻撃します。
キム部長に厳しい指摘をします。
『屁(へ)をするな。げっぷをする時は…… 豚さんよ!』
いろいろありますが、キム部長の不潔な行為は、やまります。
キム・ジヘは、イ・ギュオク(がっしりとした肩、色白の顔、素朴で整った目鼻立ち)を尊敬しだします。
同い年で同じ時代を生きて来たから話が合います。
イ・ギュオクの名言が出ます。『観客がいなくては、誰も主人公になれません……』
イ・ギュオクからキム・ジヘに質問が飛びます。『…… ジヘさんが本当にやりたいことは何ですか?』
読んでいて、夢をかなえられない韓国社会が横たわっていると感じました。
キム・ジヘの夢は、小さくても価値のあるものを作り出すこと。(企画です)
(つづく)
学生運動のことが書いてあります。
日本でも昭和40年代にありました。
最後は国家権力に負けてしまうのですが。韓国も同様だったようです。
その結果、韓国の若者の意識は冷めた。(さめた)『……熱気はすぐに消える花火のようなものだと』という文章で表現されています。
108ページ付近を読んでいて、ふと、鷺沢萌(さぎさわ・もえ)さんというずいぶん前に自殺された父方祖母が韓国人の作家の方を思い出しました。
小説作品では在日韓国人を扱っていて、主人公は、日本人ではない。また、韓国人でもない。自分は、何者なのかと問い詰めていきます。
今読んでいるこの本で主人公は、韓国人である自分のことで悩んでいる。
グラフィティ:落書き芸術(本物語の場合「ぼくたちの中に住みついた権威に対する服従を打ち破る練習」)
バスキア:黒人アーティスト。1960年アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。1988年薬物過剰摂取により27歳で死去。
タキ183:ニューヨークの落書きのこと。
バンクシー:正体不明の路上アーティスト。
30代の男(名前は、コ・ムイン)が落書きをした文字が『無人(ムインと読むらしい。いない人として扱われる人のこと)』さらに発展して『舞人(ムイン)』
コ・ムインの言葉がいい。『……もう一度頑張って書いてみようと思います。ものを書いてこそ物書きですから』
ダビン:主人公キム・ジヘの女友だち。身長157cm42kg。中学生に見える外見。
仲良し5人組が、キム・ジヘ、ダビン(オーストラリアでのワーキングホリディ体験あり。農場で働いた。現在は、既婚、幼稚園に通う5歳の息子あり。夫は家事・育児をしてくれない)、ほかに、ジウォン、ユリ、ヘナが友だち仲間です。
知らなかったのですが、韓国では、16歳以上は住民登録証を常に携帯しなければならないそうです。
女性(ダビン)の幼い子育て事情がじょうずによく表現されていて驚きました。
未婚女性から既婚子持ちになった女性の心理状態の変化がリアルに文章化されています。女性は母親になったのです。
いろいろ世間のことに反発していた若い女性が(ダビン)が、結婚してこどもをもうけて、年齢を重ねて、保守的なおとなに変化しています。
韓国の英語教育のひとつとして『英語幼稚園』があるそうです。
こどもどうしのいじめがあるし、ママ友同士のいじめもあります。
たむろする女性たちは、たいてい悪口を言っているのでしょう。
既婚・子あり女性のダビンから、未婚のキム・ジヘの気持ちは離れていきます。
いる世界が違うので話が合いません。
ヒョノ:キム・ジヘの元カレらしい。
50代のおじさん(名前は、ナム・ウンジュ。ふだんは「ナムン」)の孤独が語られます。妻は外国で暮らしていて別居状態。学生の娘は家にいないのでしょう。
SNSを使って、自分ひとりの食事風景映像を外部へ流している。だれかが自分を見てくれているという感覚をもって、ひとりで食事をしている。
モッパン:韓国における動画システム。出演者の食事風景が配信で流れる。ナムンのネット上のニックネームが『ディアダディ(親愛なるおとうさんだろうか)』(日本にもいそうな人物像です)
ハン・ヨンチョル:韓国での有名人。俳優。実業家。ナムンおじさんの昔の知人。ナムンおじさんをだまして金もうけをした。
悪辣(あくらつ):情け容赦のない悪事をする。
並外れた能力をもつ悪人(彼のおかげで大きな利益を得る人たちから守ってもらえる悪人)は、社会で生き残ることができる。
マダム国会議員:タレント議員。おおぜいの中のひとり(一票)という価値がある。批判はあるが、なくすことはできない。
商圏(しょうけん):集客範囲。
読んでいて感じたのことは「ああ、ここにも『復讐心』がある」
人間を細かく観察する力がある文章です。感心します。
(つづく)
4人は(キム・ジヘ、ギュオク、ナムンおじさん、ムイン作家)、チームを組んで、社会に対する小さな反抗活動を開始します。
さしあたって、ナムンおじさんをだまして、今選挙に立候補している有名人になったハン・ヨンチョルに卵をぶつけて命中させました。
そのほかにもフラッシュモブ(突然集まってパフォーマンス(演技)をして、終わると解散する)のようなやりかたで、相手に対しての抗議活動を行います。攻撃対象相手は、営利主義者、従業員いじめをしている人間、権力を不当に使用している者などです。
軽犯罪にあたるのでしょうが、問題にする手間と時間と経費が相手の負担になります。だから相手は、やられ損です。(不謹慎ですが、おもしろい)ギュオクが主導しています。
ククス:韓国料理。ソーメン。
カルグクス:韓国料理。手打ちうどん。
ファンデーション:下地用化粧品
対立することが人間界の習わしです。習わし:ならわし。習慣。風習。
読んでいて思ったこととして、対立したあとの敗者はどうなるのか。
命題(めいだい):課題とか問題と自分はとられています。
韓国では、半地下の住宅とか部屋に住んでいることを人には知られたくないらしい。
ジファン:キム・ジヘの弟。大学進学はしなかった。工業高校を出て、自動車整備会社で働いて、営業社員をしている。ソウルからソウルの東にある別の都市(ウォンジュ市。原州市)へ引越して、自立し自活している。大学の人文系を出た人間を軽蔑している。大学を出ても働いていないと批判する。
なお、ふたりの父親は、タクシーの運転手をしていた。その後貯めたお金でいちご農場の持ち主になった。
『ジョブズは機械を人間に近づけようとして……』→この部分を読んで、逆のような気がしました。人間が機械の一部のようになってしまっています。機械に使われているのは人間のほうです。
レーシック:目の手術。角膜屈折矯正手術。
世知辛い(せちがらい):世渡りがむずかしい。
ふたつの命題があります。(考える事柄)
キム・ジヘは、長いものには巻かれて、安全な生活をしていくことが自分の生き方だと考えています。
キム・ジヘの弟は、まずは節約をして、金持ちになる。いい暮らしをする。結婚はしない。こどもはいらない。車と家を買って、旅行をして人生をエンジョイする。現実に賢く順応していく。
キム・ジヘの同僚であるギュオクは、現実を問題視して、ぶつかって亀裂を起こして、良い方向へと変革していこうという気合が感じられます。今のやり方をいったん破壊して、次のことを考えるパターンです。
キム・ジヘは、ただ、つらい気持ちになるだけです。
いい小説です。
味わいがあります。
仕掛けはありませんが、かみしめるたびに味が深くなる味わいがあります。
職場を去る人がいます。
一生懸命がんばったのにむくわれません。
表面は自主退職ですが、ほんとうは、退職勧告を受けたのです。
辞表を書かされたようなものです。
韓国国民の苦悩が記録されています。
韓国国民と海外の都市は、日本人よりも結びつきが強い印象があります。
国際的です。
移動が日本人よりも広い。
沖縄旅行をしたときに、沖縄の若い人たちの目は、東京かアメリカ合衆国に向いていますという説明を聞いたことがあります。
韓国の若い人たちの目もアメリカ合衆国やヨーロッパ諸国を向いているのでしょう。
キム・ジヘさんの過去の恋愛話が出ます。
相手は、ヒョノさんという男性です。
5年間付き合って別れました。
ヒョノさんは、転勤でイギリスへひとりで行ってしまいました。遠距離恋愛は無理でした。
彼が韓国へ帰国したらしい。(このあと、作者はこの話をどう進めていくのだろう。その後とくに動きはありませんでした。それも味わいがありました)
ゴン・ユン:テレビ番組に出ている有名人女性。キム・ジヘさんの職場であるアカデミーの新たな講師候補との面談があります。(あとで判明するのですが、この人は、13年前の過去において、学校で、キム・ジヘさんの天敵であった人物です)
どちらかが、どちらかを利用するだけの友人関係と呼ぶ行為は、利用されるキム・ジヘさんにとってはつらい。
ゴン・ユンさんに使い勝手のいい便利な人間扱いをされてきたキム・ジヘさんです。
キム・ジヘさんは、当時、ゴン・ユンさんのパシリ(相手の言いなりになる存在)とならねばならなかったのは、そうしないと自分が周囲から「関心をもたれない存在」になるからでした。
キム・ジヘさんとゴン・ユンさんは、韓国名では、同姓同名だそうです。ゴン・ユンさんがAという本来の存在で、「キム・ジヘ」とまわりから呼ばれ、キム・ジヘさんはBという呼称の存在で、周囲から名前ではなく『ビー』と呼ばれていたそうです。そして、キム・ジヘさんは、そのことが嫌ではあるけれど受け入れていたそうです。かなりつらい。
文章を読んでいると、人をじょうずにだました人間が、お金持ちになるパターンがあります。(つまり詐欺(さぎ。だましてお金を巻き上げる)
詐欺行為をじょうずに、巧妙に仕上げて、富を築く。
194ページ付近に、悪夢があります。
今年読んで良かった一冊です。
力作です。
(つづく)
読み終えました。
とても良かった。
韓国の人の意識なのか『作名所(さくめいしょ)』というところがページのところどころに出てきます。
お金を払うと名前を付けてくれるそうです。あかちゃんの名付けもあるし、おとなの名前の変更もあります。おとなは、通称名の設定なのでしょう。
ほかに、韓国では、刑務所から出所した人には、豆腐を食べさせる習慣があるそうです。
お隣の国のことでも知らないことがたくさんあります。
韓国では女性を熊や狐(きつね)にたとえるそうです。熊はおっとりしたタイプ、狐はよく気がきくタイプだそうです。
ずいぶんあとのページになって、ようやく知ってびっくりしたのですが、ユ・チーム長は女性でした。男性だと思いながら読んでいました。韓国の人の名前は日本人には性別がわからないこともあります。
いろいろあって、空中分解みたいに4人の仲間が分離していきます。
キム・ジヘは退職、転職を考えます。
いつまでも同じ場所に全員はいられないのです。
複雑です。
キム・ジヘとギュオクの恋愛関係は、始まりではなく、別れなのですが、終わりということでもありません。
『……頑張るのはもうたくさんです……』
『いつまでこんなふうに生きていくのかなと考えていました(自分の言いたいことが言えない。そんな自分を責める)』
『僕は矛盾の固まりです』
透明人間のジョンジンさんが、活躍します。
堂々としていないと、相手に押しつぶされてしまいます。
稀代(きたい):変わっている。不思議。世にもまれな。
チェット・ベイカー:アメリカ合衆国のジャズミュージシャン。トランペット奏者。ボーカリスト。
ア・カペラ:声楽だけの合唱、重唱。
コレクトマニア:収集に夢中になる人。
トム・クルーズの『七月四日に生まれて』:ベトナム戦争に従軍したアメリカ合衆国の若い男性のことを素材にした映画。
ナマケモノ休(ヒュー):家具を作る会社。代表者が、チェ・ジュヌウォン。「食べていくために」仕事をするということが嫌だそうです。遊ぶように生きたい。遊ぶように仕事をしたい。
ムインの映画シナリオ作品が盗作されて映画化されましたが、相手が大きな組織で、うやむやにごまかされてしまいました。 ムインは、自分は「いない人」扱いをされたと嘆きます。
『……何もせずに負けてしまうんですか』
騒ぎが起きます。
登場人物たちの行動範囲は狭いけれど、人間心理の広さや深さには広がりがあります。
小説です。
おもしろい。
傑作です。(けっさく:特別に優れている(すぐれている))
こちらの作品は、韓国の料理名がちょこちょこ出てくることが特徴です。
それから、ジャズの曲のことが出てきます。
ソンジ:牛の血を固めたもの。
シレギ:干した大根の葉
チェ・ゲバラ:革命家。キューバのゲリラ指導者。
『(おそらく韓国の社会でという意味をこめて)……成功するのはあまりにも難しいからなんだ……』
(あかちゃんというのは、不思議なもので、オギャーと生まれた途端、お金とか土地とか事業とか、たくさんの資産がくっついて生まれてくるあかちゃんがいれば、オギャーと生れたとたん、借金がくっついてくるあかちゃんもいます。作品では、格差社会を扱っています)
行き詰まりがあります。
透明人間である「ジョンジンさん」を見ることができるのは、心が優しい人だけだそうです。
本の中を旅した気分になれた優良な一冊でした。
ポートフォリオ:金融資産の組み合わせ。
3年間が経過します。
消えたこともあります。
新たに始まったこともあります。
大きな組織の上層部は、権力を使って、自分たちのいいように、状況をコントロールしていることがわかります。不正の隠蔽操作です。(いんぺいそうさ)
法令に精通していての、承知のうえでの法令違反があります。組織にとって、都合の悪いことは、お金で解決します。
最後のページも美しい終わり方で良かった。
人は、虹のように輝く塵(ちり)になるのです。
本屋大賞の翻訳小説部門の第1位作品です。
翻訳部門で表彰される作品は、ときに質が非常に高い作品に当たることがあるので、読むようにしています。
同作者の『アーモンド』は読みました。
正直、ピンとこなくて期待はずれでした。
脳みそのなかにある偏桃体(へんとうたい。アーモンド)がちょっとおかしい男子のお話だった記憶です。感情がないのです。人が殺されている場面を見ても無表情なのです。
さて、今回は、こちらの本を読みます。
韓国人の三十代女性の気持ちを書いてあるのだろうと予測して読み始めます。
近くて遠い国韓国です。
行ったことはあります。
もっと仲良くしたいのに、国と国同士は対立ばかりしています。
世代交代が待ち望まれます。
作者は、1979年(日本だと昭和54年)ソウル生まれです。
この作品は、2021年(令和3年)初版です。
数ページを読んで、これは、女性向けのエッセイだろうか(昔をふりかえりながら、心のままに頭に浮かんだことが書いてある)
「1988年生まれ」という項目から始まっています。日本だと昭和63年、翌年が平成元年です。
その当時の韓国大統領のことが書いてあります。盧泰愚(ノテウ)大統領です。その前が全斗煥(チョンドウファン)大統領でした。どういうわけか、韓国の大統領は退任後逮捕されてしまいます。不正蓄財とか権力の乱用をしたのか、自分を責める勢力への弾圧の責任を問われています。
陸上100m競争のカール・ルイスとかベン・ジョンソンの話が出ます。ソウルオリンピックは1988年でした。ベン・ジョンソンが1位でしたが、薬物使用(ドーピング)で勝利を取り消されています。
生れた時に、主人公女性の名前が、すったもんだあって『キム・チュボン』をやめて『キム・ジヘ』になっています。
『キム・ジヘ』は平凡な名前だそうで、学校ではクラスに何人もいて、本人『キム・ジヘ』さんが6人もいたそうです。
お顔は、メガネをかけるとDr.スランプのアラレちゃんみたいになるそうです。
主人公の勤務先が『DM(Diamant ディアマン ダイヤモンドではないそうです。セメント会社から出発して、建設、食品、化粧品、総合商社です)』
勤務先の上司が、ユ・チーム長です。主人公のキム・ジヘよりも11歳年上ですから、41歳ぐらいなのでしょう。(わたしはずっと、ユ・チーム長が男性だと思って読み続けていました。最後のほうのページで、ユ・チーム長が女性だとわかったときには、びっくりしました)
映画、演劇、音楽、食品などの文化事業を担当する所属として『ディアマンアカデミー』というという部署があるそうです。キム・ジヘはそこで働いています。
レンギョウ:小さな黄色い花。低木の落葉樹。
主人公のひとり語りが続きます。
30歳独身女性『キム・ジヘ』の語りです。
日記を読むようです。
カカオトーク:韓国のLINE(ライン)みたいなアプリケーションでしょう。
元D大学英文科教授として、パク・チャンシク教授という人が出てきます。
未成年者とのエロ行為で20年前に教授職を追われた。
執行猶予二年に処せられた。
再起に成功してベストセラー作家となった。
(つづく)
3章は『ジョンジンさん、私の親友』とあります。
ジョンジンさんは、架空の人です。実在しません。(透明人間)
主人公のキム・ジヘさんの恋人のような存在で、会社での仲間内からのうっとおしい誘いを断る時の口実にする人物です。
パク理事、ユン次長、キム部長、ユ・チーム長。
以上が、ディアマンアカデミーでの上司スタッフです。
キム・ジヘはインターンです。(日本のインターンとは制度が異なります)
親会社のDM(ディアマン)は、食品、映画事業に力を入れているそうです。
インターン:韓国の場合、非正規職員、営業職員らしい。正職員への道あり。契約社員のようなものか。この物語の場合、キム・ジヘは、インターンとしての採用が9か月経過しています。
ウォン:韓国の通貨。1ウォンが、0.102713円ぐらい。1万ウォンが、1027円13銭。
以前自分が韓国ソウルに行ったときのメモが残っています。(以下メモの一部『半島へ、ふたたび 蓮池薫 新潮社』を読んでから行きました)
『読む前は、日本との貨幣価値の比較がよくわかりませんでした。現在、1万ウォンが850円ぐらいです。蓮池さんがソウルに行かれた2008年2月頃は、1万ウォンが1120円ぐらいなので、ウォンのほうがずいぶん不利になっています。本に記述があるタクシー運転手の月収は、160万ウォンですから13万6000円になります。それが、労働者の一般的な月収のようです。』
インセンティブ:報奨金、奨励金などのようにやる気を出させるもの。外からの刺激。
カンタビーレ:表情豊かに歌うように。
イ・ギュオク:DM(ディアマン)の所属の一部であるディアマンアカデミーの新しいインターン(契約社員のようなもの)男性。ホッキョクグマのような大きな体。キム・ジヘと同い年の30歳。無名大学哲学科卒。定職についたことなし。(このあと主人公のキム・ジヘとからみながら、物語の骨格を築き上げていきます)
(ここで巻末にある訳者あとがきを読みました)
著者の言葉として『……(自分は)勤め人としてうまくやって行けそうにない』これと同様の印象を受けた作家さんが今年読んだ本でいたことを思い出しました。
読んだ本は『ねにもつタイプ 岸本佐知子 ちくま文庫』
OLをできない人はいます。作家向きです。
八八ウォン世代:韓国で、1997年のIMF危機以降大学を卒業して定職に着けず、非正規社員、アルバイト、インターンのわずかな収入で暮らす若い人たちのこと。88万ウォンは、約8万4000円。この物語の主役であるキム・ジヘさんは、八八ウォン世代だそうです。半地下の部屋で生活しているそうです。アカデミー賞受賞作品『パラサイト 半地下の家族』を思い出します。
さて、物語に戻ります。
鍵を握る主人公キム・ジヘと同い年(おそらく30歳)のインターン(実態は企業にとって都合のいいアルバイトのような職)イ・ギュオクが本音で相手とぶつかります。ひとり目は、アカデミーの講師であるパク教授。
PM2.5:微小粒子状物質。大気中に浮遊する。健康に影響がある。肺に入りやすい。気管支ほかの呼吸器系統に悪影響あり。肺がん、循環器系への影響もあり。中国大陸の大気汚染が原因。
本の中では、韓国のお天気として書かれているのですが、昨年九州地方へ用事があって行ったときには、地元の人たちが「PM2.5」のことを気にしていたので、ちょっと意外でした。中部地方では話題にはなりません。
イ・ギュオクによる「椅子の魔法」。教室の前にある椅子に座ると、自分に権威と力があると錯覚する。生徒側のたくさんある椅子に座ると力のないその他大勢になっていまう。前の椅子に座る人間に洗脳されてしまうというような解釈あり。心理をコントロールされてしまう。(なるほどと思いつつ。そうだろうかという思いもあります)
ウクレレ講座を受けることになったイ・ギュオクとキム・ジヘです。
小学生が3人、小学生の母親が2人、50代のおじさん、30代の男、イ・ギュオクとキム・ジヘ、合計9人の生徒です。
ウクレレの講師は、作曲・演奏を仕事とする中年男性です。
頭を使う話が続きます。
体を使う話は出てきません。
ウクレレ:弦が4本。弦はそれぞれ、ラ、ミ、ド、ソ。
作者は、韓国の低調な経済状態を表現したいのだろうか。
コ・ムインガン:ゴム人間。
ウクレレ講座が終わって、打ち上げという名目での、4人の飲み会です。
イ・ギュオクとキム・ジヘ(50代のおじさんから「ミスワイズ」というニックネームを付けられた)、50代のおじさん(名前は、ナム・ウンジュ。ふだんは「ナムン」。妻はトルコにベリーダンスを学びに行って帰ってこない。中学生の娘あり。娘が可愛い。娘の名前はジユル。ナムンおじさんはイベント会社で働いている。サンタやピエロのかっこうをする)と30代の男(名前は、コ・ムイン。やせっぽち。シナリオ作家。作品として「ゴム人間」)というメンバーです。
酸っぱい葡萄(すっぱいぶどう):自分に手の届かないものをけなすこと。
キーワードとして『価値観の転覆(てんぷく)』イ・ギュオクの言葉です。物事の判断基準をひっくりかえすということだろうか。
世の中の理不尽(道理に合わない。筋が通らない)とか不合理(論理的ではない)とか不条理(人の道に反する)とかと格闘して、価値観を転覆させるという趣旨のようです。
(つづく)
イ・ギュオクは、上司を攻撃します。
キム部長に厳しい指摘をします。
『屁(へ)をするな。げっぷをする時は…… 豚さんよ!』
いろいろありますが、キム部長の不潔な行為は、やまります。
キム・ジヘは、イ・ギュオク(がっしりとした肩、色白の顔、素朴で整った目鼻立ち)を尊敬しだします。
同い年で同じ時代を生きて来たから話が合います。
イ・ギュオクの名言が出ます。『観客がいなくては、誰も主人公になれません……』
イ・ギュオクからキム・ジヘに質問が飛びます。『…… ジヘさんが本当にやりたいことは何ですか?』
読んでいて、夢をかなえられない韓国社会が横たわっていると感じました。
キム・ジヘの夢は、小さくても価値のあるものを作り出すこと。(企画です)
(つづく)
学生運動のことが書いてあります。
日本でも昭和40年代にありました。
最後は国家権力に負けてしまうのですが。韓国も同様だったようです。
その結果、韓国の若者の意識は冷めた。(さめた)『……熱気はすぐに消える花火のようなものだと』という文章で表現されています。
108ページ付近を読んでいて、ふと、鷺沢萌(さぎさわ・もえ)さんというずいぶん前に自殺された父方祖母が韓国人の作家の方を思い出しました。
小説作品では在日韓国人を扱っていて、主人公は、日本人ではない。また、韓国人でもない。自分は、何者なのかと問い詰めていきます。
今読んでいるこの本で主人公は、韓国人である自分のことで悩んでいる。
グラフィティ:落書き芸術(本物語の場合「ぼくたちの中に住みついた権威に対する服従を打ち破る練習」)
バスキア:黒人アーティスト。1960年アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。1988年薬物過剰摂取により27歳で死去。
タキ183:ニューヨークの落書きのこと。
バンクシー:正体不明の路上アーティスト。
30代の男(名前は、コ・ムイン)が落書きをした文字が『無人(ムインと読むらしい。いない人として扱われる人のこと)』さらに発展して『舞人(ムイン)』
コ・ムインの言葉がいい。『……もう一度頑張って書いてみようと思います。ものを書いてこそ物書きですから』
ダビン:主人公キム・ジヘの女友だち。身長157cm42kg。中学生に見える外見。
仲良し5人組が、キム・ジヘ、ダビン(オーストラリアでのワーキングホリディ体験あり。農場で働いた。現在は、既婚、幼稚園に通う5歳の息子あり。夫は家事・育児をしてくれない)、ほかに、ジウォン、ユリ、ヘナが友だち仲間です。
知らなかったのですが、韓国では、16歳以上は住民登録証を常に携帯しなければならないそうです。
女性(ダビン)の幼い子育て事情がじょうずによく表現されていて驚きました。
未婚女性から既婚子持ちになった女性の心理状態の変化がリアルに文章化されています。女性は母親になったのです。
いろいろ世間のことに反発していた若い女性が(ダビン)が、結婚してこどもをもうけて、年齢を重ねて、保守的なおとなに変化しています。
韓国の英語教育のひとつとして『英語幼稚園』があるそうです。
こどもどうしのいじめがあるし、ママ友同士のいじめもあります。
たむろする女性たちは、たいてい悪口を言っているのでしょう。
既婚・子あり女性のダビンから、未婚のキム・ジヘの気持ちは離れていきます。
いる世界が違うので話が合いません。
ヒョノ:キム・ジヘの元カレらしい。
50代のおじさん(名前は、ナム・ウンジュ。ふだんは「ナムン」)の孤独が語られます。妻は外国で暮らしていて別居状態。学生の娘は家にいないのでしょう。
SNSを使って、自分ひとりの食事風景映像を外部へ流している。だれかが自分を見てくれているという感覚をもって、ひとりで食事をしている。
モッパン:韓国における動画システム。出演者の食事風景が配信で流れる。ナムンのネット上のニックネームが『ディアダディ(親愛なるおとうさんだろうか)』(日本にもいそうな人物像です)
ハン・ヨンチョル:韓国での有名人。俳優。実業家。ナムンおじさんの昔の知人。ナムンおじさんをだまして金もうけをした。
悪辣(あくらつ):情け容赦のない悪事をする。
並外れた能力をもつ悪人(彼のおかげで大きな利益を得る人たちから守ってもらえる悪人)は、社会で生き残ることができる。
マダム国会議員:タレント議員。おおぜいの中のひとり(一票)という価値がある。批判はあるが、なくすことはできない。
商圏(しょうけん):集客範囲。
読んでいて感じたのことは「ああ、ここにも『復讐心』がある」
人間を細かく観察する力がある文章です。感心します。
(つづく)
4人は(キム・ジヘ、ギュオク、ナムンおじさん、ムイン作家)、チームを組んで、社会に対する小さな反抗活動を開始します。
さしあたって、ナムンおじさんをだまして、今選挙に立候補している有名人になったハン・ヨンチョルに卵をぶつけて命中させました。
そのほかにもフラッシュモブ(突然集まってパフォーマンス(演技)をして、終わると解散する)のようなやりかたで、相手に対しての抗議活動を行います。攻撃対象相手は、営利主義者、従業員いじめをしている人間、権力を不当に使用している者などです。
軽犯罪にあたるのでしょうが、問題にする手間と時間と経費が相手の負担になります。だから相手は、やられ損です。(不謹慎ですが、おもしろい)ギュオクが主導しています。
ククス:韓国料理。ソーメン。
カルグクス:韓国料理。手打ちうどん。
ファンデーション:下地用化粧品
対立することが人間界の習わしです。習わし:ならわし。習慣。風習。
読んでいて思ったこととして、対立したあとの敗者はどうなるのか。
命題(めいだい):課題とか問題と自分はとられています。
韓国では、半地下の住宅とか部屋に住んでいることを人には知られたくないらしい。
ジファン:キム・ジヘの弟。大学進学はしなかった。工業高校を出て、自動車整備会社で働いて、営業社員をしている。ソウルからソウルの東にある別の都市(ウォンジュ市。原州市)へ引越して、自立し自活している。大学の人文系を出た人間を軽蔑している。大学を出ても働いていないと批判する。
なお、ふたりの父親は、タクシーの運転手をしていた。その後貯めたお金でいちご農場の持ち主になった。
『ジョブズは機械を人間に近づけようとして……』→この部分を読んで、逆のような気がしました。人間が機械の一部のようになってしまっています。機械に使われているのは人間のほうです。
レーシック:目の手術。角膜屈折矯正手術。
世知辛い(せちがらい):世渡りがむずかしい。
ふたつの命題があります。(考える事柄)
キム・ジヘは、長いものには巻かれて、安全な生活をしていくことが自分の生き方だと考えています。
キム・ジヘの弟は、まずは節約をして、金持ちになる。いい暮らしをする。結婚はしない。こどもはいらない。車と家を買って、旅行をして人生をエンジョイする。現実に賢く順応していく。
キム・ジヘの同僚であるギュオクは、現実を問題視して、ぶつかって亀裂を起こして、良い方向へと変革していこうという気合が感じられます。今のやり方をいったん破壊して、次のことを考えるパターンです。
キム・ジヘは、ただ、つらい気持ちになるだけです。
いい小説です。
味わいがあります。
仕掛けはありませんが、かみしめるたびに味が深くなる味わいがあります。
職場を去る人がいます。
一生懸命がんばったのにむくわれません。
表面は自主退職ですが、ほんとうは、退職勧告を受けたのです。
辞表を書かされたようなものです。
韓国国民の苦悩が記録されています。
韓国国民と海外の都市は、日本人よりも結びつきが強い印象があります。
国際的です。
移動が日本人よりも広い。
沖縄旅行をしたときに、沖縄の若い人たちの目は、東京かアメリカ合衆国に向いていますという説明を聞いたことがあります。
韓国の若い人たちの目もアメリカ合衆国やヨーロッパ諸国を向いているのでしょう。
キム・ジヘさんの過去の恋愛話が出ます。
相手は、ヒョノさんという男性です。
5年間付き合って別れました。
ヒョノさんは、転勤でイギリスへひとりで行ってしまいました。遠距離恋愛は無理でした。
彼が韓国へ帰国したらしい。(このあと、作者はこの話をどう進めていくのだろう。その後とくに動きはありませんでした。それも味わいがありました)
ゴン・ユン:テレビ番組に出ている有名人女性。キム・ジヘさんの職場であるアカデミーの新たな講師候補との面談があります。(あとで判明するのですが、この人は、13年前の過去において、学校で、キム・ジヘさんの天敵であった人物です)
どちらかが、どちらかを利用するだけの友人関係と呼ぶ行為は、利用されるキム・ジヘさんにとってはつらい。
ゴン・ユンさんに使い勝手のいい便利な人間扱いをされてきたキム・ジヘさんです。
キム・ジヘさんは、当時、ゴン・ユンさんのパシリ(相手の言いなりになる存在)とならねばならなかったのは、そうしないと自分が周囲から「関心をもたれない存在」になるからでした。
キム・ジヘさんとゴン・ユンさんは、韓国名では、同姓同名だそうです。ゴン・ユンさんがAという本来の存在で、「キム・ジヘ」とまわりから呼ばれ、キム・ジヘさんはBという呼称の存在で、周囲から名前ではなく『ビー』と呼ばれていたそうです。そして、キム・ジヘさんは、そのことが嫌ではあるけれど受け入れていたそうです。かなりつらい。
文章を読んでいると、人をじょうずにだました人間が、お金持ちになるパターンがあります。(つまり詐欺(さぎ。だましてお金を巻き上げる)
詐欺行為をじょうずに、巧妙に仕上げて、富を築く。
194ページ付近に、悪夢があります。
今年読んで良かった一冊です。
力作です。
(つづく)
読み終えました。
とても良かった。
韓国の人の意識なのか『作名所(さくめいしょ)』というところがページのところどころに出てきます。
お金を払うと名前を付けてくれるそうです。あかちゃんの名付けもあるし、おとなの名前の変更もあります。おとなは、通称名の設定なのでしょう。
ほかに、韓国では、刑務所から出所した人には、豆腐を食べさせる習慣があるそうです。
お隣の国のことでも知らないことがたくさんあります。
韓国では女性を熊や狐(きつね)にたとえるそうです。熊はおっとりしたタイプ、狐はよく気がきくタイプだそうです。
ずいぶんあとのページになって、ようやく知ってびっくりしたのですが、ユ・チーム長は女性でした。男性だと思いながら読んでいました。韓国の人の名前は日本人には性別がわからないこともあります。
いろいろあって、空中分解みたいに4人の仲間が分離していきます。
キム・ジヘは退職、転職を考えます。
いつまでも同じ場所に全員はいられないのです。
複雑です。
キム・ジヘとギュオクの恋愛関係は、始まりではなく、別れなのですが、終わりということでもありません。
『……頑張るのはもうたくさんです……』
『いつまでこんなふうに生きていくのかなと考えていました(自分の言いたいことが言えない。そんな自分を責める)』
『僕は矛盾の固まりです』
透明人間のジョンジンさんが、活躍します。
堂々としていないと、相手に押しつぶされてしまいます。
稀代(きたい):変わっている。不思議。世にもまれな。
チェット・ベイカー:アメリカ合衆国のジャズミュージシャン。トランペット奏者。ボーカリスト。
ア・カペラ:声楽だけの合唱、重唱。
コレクトマニア:収集に夢中になる人。
トム・クルーズの『七月四日に生まれて』:ベトナム戦争に従軍したアメリカ合衆国の若い男性のことを素材にした映画。
ナマケモノ休(ヒュー):家具を作る会社。代表者が、チェ・ジュヌウォン。「食べていくために」仕事をするということが嫌だそうです。遊ぶように生きたい。遊ぶように仕事をしたい。
ムインの映画シナリオ作品が盗作されて映画化されましたが、相手が大きな組織で、うやむやにごまかされてしまいました。 ムインは、自分は「いない人」扱いをされたと嘆きます。
『……何もせずに負けてしまうんですか』
騒ぎが起きます。
登場人物たちの行動範囲は狭いけれど、人間心理の広さや深さには広がりがあります。
小説です。
おもしろい。
傑作です。(けっさく:特別に優れている(すぐれている))
こちらの作品は、韓国の料理名がちょこちょこ出てくることが特徴です。
それから、ジャズの曲のことが出てきます。
ソンジ:牛の血を固めたもの。
シレギ:干した大根の葉
チェ・ゲバラ:革命家。キューバのゲリラ指導者。
『(おそらく韓国の社会でという意味をこめて)……成功するのはあまりにも難しいからなんだ……』
(あかちゃんというのは、不思議なもので、オギャーと生まれた途端、お金とか土地とか事業とか、たくさんの資産がくっついて生まれてくるあかちゃんがいれば、オギャーと生れたとたん、借金がくっついてくるあかちゃんもいます。作品では、格差社会を扱っています)
行き詰まりがあります。
透明人間である「ジョンジンさん」を見ることができるのは、心が優しい人だけだそうです。
本の中を旅した気分になれた優良な一冊でした。
ポートフォリオ:金融資産の組み合わせ。
3年間が経過します。
消えたこともあります。
新たに始まったこともあります。
大きな組織の上層部は、権力を使って、自分たちのいいように、状況をコントロールしていることがわかります。不正の隠蔽操作です。(いんぺいそうさ)
法令に精通していての、承知のうえでの法令違反があります。組織にとって、都合の悪いことは、お金で解決します。
最後のページも美しい終わり方で良かった。
人は、虹のように輝く塵(ちり)になるのです。
2022年09月07日
ねこは るすばん 町田尚子
ねこは るすばん 町田尚子(まちだ・なおこ) ほるぷ出版
表紙にあるのは、ちょっと怖そうな赤いねこです。
最初から最後まで、このねこの名前は出てきません。
部屋の隅にあるクローゼット(衣装ダンス)の観音開きの扉を開けて、ねこがタンスの中へと入っていきます。
『ナルニア国ものがたり』にこんなシーンがあったような。
タンスからナルニア国へ行けます。
ドラえもんとのび太が勉強机の引き出しからタイムマシンにのって未来や過去へ行くようでもあります。
空間移動の出口です。
木の幹の穴から別世界に出てくるのは『くまのぷーさん』を思い出します。
記憶がおぼろげですが、洋画『プーと大人になった僕』で、魔法の扉があるのが、樹木に開いた(あいた)ほら穴のような穴だった覚えです。
人間のまねをするねこです。
ねこは、理髪店に生きます。
理髪師ねこの表情がいい。
お客さんねこの毛をなめて毛並みを整えます。
次は本屋へ行きます。
絵本です。
文章は少ない。
現実社会では、街の本屋も少なくなりました。
いまはネットで注文が多いし、電子書籍もゆきわたりました。
自分は、週刊誌とか、旅行ガイドブック、マンガコミックなどは、毎月定額、無制限で利用可能な電子書籍で楽しんでいます。
(るすばん)ねこは、映画館にも行きます。
ねこは行きたいところがいっぱいあります。
好奇心旺盛な少年少女たちのようです。
今度は釣り堀です。
ねこだからお魚を食べたい。
釣り堀でマグロをねらっています。
淡水にマグロはいないでしょう。
マグロは釣れなかったので、ねこは、回転ずし店へ行きました。
ここまでくると、読み手は、次はおふろへ行こうぜという気分になります。
違いました。
おふろじゃなくて、バッティングセンターでした。
そして次はやっぱりおふろです。
壁には富士山がどでーんと構えている銭湯です。(せんとうです)
おふろはいいなあ。
リラックスできます。
ねこは、公園で牛乳パックの牛乳を飲んで、そろそろ帰ろうです。
公園じゃなくて、銭湯の更衣場所で、お風呂上りに、牛乳ビンからコーヒー牛乳をごくごくと飲むほうがおいしいのに。
ねこは公園のブランコに腰かけてパックから牛乳を吸っています。
そういえば、熊太郎じいさんが朝散歩をしていると、公園のブランコで延々とブランコをこいでいるたぶん知的障害のあるお兄さんを時々見かけます。
彼は、ずーっと勢いよくブランコをこぎ続けています。
彼はもしかしたらこの絵本に出てくるねこの化身かもしれません。
ねこは自分のやりたいことを全部やって、空間移動ができるらしき木の穴に入って行きました。帰宅です。
ねこが、自宅のクローゼットから出てきました。
時間が経過して、もう夜だそうです。
絵本の最後のページです。
家の玄関で、ちょこんと座っているねこの表情は、これまでとはまったく異なります。
小さくて可愛い。
これまでねこは、こわい顔をしていました。
今は、ご主人さまをお迎えするかわいらしい表情です。
こわいこわい。
ねこも人間と同じで、二重人格とか、外面(そとづら(がいい))とかあるみたいです。
そとづらがいい人は、家ではたいていやっかい者です。
このねこは、うちづらがいいねこです。
案外この絵本は、ホラー(恐怖話)です。
かわいらしい奥さんは、本当は怖い。
あるいは、優しく見えるだんなさんは、本当は怖い人かもしれないのです。
(夜中のこと)
ふと目がさめて、この絵本の最終ページが目に入りました。
(熊太郎じいさんのおふとんのまわりには、何冊かの本とかノート、資料やメモ、筆記用具がおいてあります)
最終ページにあるかわいらしいねこの絵を見て、描き方(えがきかた)しだいで、感情の状態をなんとでも表現できる絵画手法の怖さを感じました。
最終ページのねこは可愛い絵です。
いっぽう、絵本の表紙にいるねこは怖い。
どちらも同じねこです。(心の二面性を表現しています)
作者は、描画(びょうが)の技量が優れた(すぐれた)人です。
タイトルと中身が一致しないような気もします。
留守番をしているねこの一日の妄想(もうそう)を記してあるのだろうか。
一日(いちにち)を表現した作品を思い出しました。
『いちにち ひろたあきら 角川書店』
小魚が金魚鉢の中で一日、空想しているのです。
以前、病気で入院していた頃の自分を思い出すのです。
身動きできず、一日中天井を見上げながら、ああでもないこうでもないと空想ばかりをしていました。
表紙にあるのは、ちょっと怖そうな赤いねこです。
最初から最後まで、このねこの名前は出てきません。
部屋の隅にあるクローゼット(衣装ダンス)の観音開きの扉を開けて、ねこがタンスの中へと入っていきます。
『ナルニア国ものがたり』にこんなシーンがあったような。
タンスからナルニア国へ行けます。
ドラえもんとのび太が勉強机の引き出しからタイムマシンにのって未来や過去へ行くようでもあります。
空間移動の出口です。
木の幹の穴から別世界に出てくるのは『くまのぷーさん』を思い出します。
記憶がおぼろげですが、洋画『プーと大人になった僕』で、魔法の扉があるのが、樹木に開いた(あいた)ほら穴のような穴だった覚えです。
人間のまねをするねこです。
ねこは、理髪店に生きます。
理髪師ねこの表情がいい。
お客さんねこの毛をなめて毛並みを整えます。
次は本屋へ行きます。
絵本です。
文章は少ない。
現実社会では、街の本屋も少なくなりました。
いまはネットで注文が多いし、電子書籍もゆきわたりました。
自分は、週刊誌とか、旅行ガイドブック、マンガコミックなどは、毎月定額、無制限で利用可能な電子書籍で楽しんでいます。
(るすばん)ねこは、映画館にも行きます。
ねこは行きたいところがいっぱいあります。
好奇心旺盛な少年少女たちのようです。
今度は釣り堀です。
ねこだからお魚を食べたい。
釣り堀でマグロをねらっています。
淡水にマグロはいないでしょう。
マグロは釣れなかったので、ねこは、回転ずし店へ行きました。
ここまでくると、読み手は、次はおふろへ行こうぜという気分になります。
違いました。
おふろじゃなくて、バッティングセンターでした。
そして次はやっぱりおふろです。
壁には富士山がどでーんと構えている銭湯です。(せんとうです)
おふろはいいなあ。
リラックスできます。
ねこは、公園で牛乳パックの牛乳を飲んで、そろそろ帰ろうです。
公園じゃなくて、銭湯の更衣場所で、お風呂上りに、牛乳ビンからコーヒー牛乳をごくごくと飲むほうがおいしいのに。
ねこは公園のブランコに腰かけてパックから牛乳を吸っています。
そういえば、熊太郎じいさんが朝散歩をしていると、公園のブランコで延々とブランコをこいでいるたぶん知的障害のあるお兄さんを時々見かけます。
彼は、ずーっと勢いよくブランコをこぎ続けています。
彼はもしかしたらこの絵本に出てくるねこの化身かもしれません。
ねこは自分のやりたいことを全部やって、空間移動ができるらしき木の穴に入って行きました。帰宅です。
ねこが、自宅のクローゼットから出てきました。
時間が経過して、もう夜だそうです。
絵本の最後のページです。
家の玄関で、ちょこんと座っているねこの表情は、これまでとはまったく異なります。
小さくて可愛い。
これまでねこは、こわい顔をしていました。
今は、ご主人さまをお迎えするかわいらしい表情です。
こわいこわい。
ねこも人間と同じで、二重人格とか、外面(そとづら(がいい))とかあるみたいです。
そとづらがいい人は、家ではたいていやっかい者です。
このねこは、うちづらがいいねこです。
案外この絵本は、ホラー(恐怖話)です。
かわいらしい奥さんは、本当は怖い。
あるいは、優しく見えるだんなさんは、本当は怖い人かもしれないのです。
(夜中のこと)
ふと目がさめて、この絵本の最終ページが目に入りました。
(熊太郎じいさんのおふとんのまわりには、何冊かの本とかノート、資料やメモ、筆記用具がおいてあります)
最終ページにあるかわいらしいねこの絵を見て、描き方(えがきかた)しだいで、感情の状態をなんとでも表現できる絵画手法の怖さを感じました。
最終ページのねこは可愛い絵です。
いっぽう、絵本の表紙にいるねこは怖い。
どちらも同じねこです。(心の二面性を表現しています)
作者は、描画(びょうが)の技量が優れた(すぐれた)人です。
タイトルと中身が一致しないような気もします。
留守番をしているねこの一日の妄想(もうそう)を記してあるのだろうか。
一日(いちにち)を表現した作品を思い出しました。
『いちにち ひろたあきら 角川書店』
小魚が金魚鉢の中で一日、空想しているのです。
以前、病気で入院していた頃の自分を思い出すのです。
身動きできず、一日中天井を見上げながら、ああでもないこうでもないと空想ばかりをしていました。
2022年09月06日
わたしはあかねこ サトシン・作 西村敏夫・絵
わたしはあかねこ サトシン・作 西村敏夫・絵 文溪堂
絵本自体のタイトルは『あか』の部分が赤色文字となっています。
本の帯を見ると『NHKの番組「72時間」』に出ましたと書いてあります。
そうかと思い出しました。
たしか東京方面にある絵本屋さんに来たお客さんの、たぶん男性の方がこの絵本を買われていたシーンがありました。ちょっとだけ思い出しました。
(1回目の本読み)
アンデルセンの『みにくいアヒルの子』みたいに、一匹だけほかとは違う赤い猫がいじめにあって、でも、最後は幸せになる物語だろうか。(ちがっていました。いじめはありません。赤い猫は赤いままです。みにくいアヒルの子のように、白鳥にはなりませんでした。されど、話づくりの下地として、アンデルセン作品に対するオマージュ(尊敬)はあるような気がします)
読んでいる途中から、話のオチはどうするのだろうかと考え始めました。
オチ:印象に残る結末。
絵が温かい。
肖像画のようでもあります。
猫の目玉が可愛い。
(2回目の本読み)
おとうさん(黒色)とおかあさん(白色)、2匹のねこから、5匹の子ねこが生まれました。
そのうち4匹は、体のおけけ(毛)が、両親からの遺伝で、白や黒の色ですが、1匹だけは赤い色をした猫です。
両親も兄弟姉妹も赤い色をした毛並みにびっくりしました。
読んでいる自分の予想として、赤い色の猫は、自分と同じ赤い色の猫を探して、見つけ出して、仲間になって、よかったよかったのシャンシャン結末を迎えるのではないか。(はずれました)
赤い猫は、いじめられることはありませんが、同情はされます。
かわいそうだと思われます。
同情されるのは、かえって、みじめです。
むかしドラマで有名なセリフがありました。
『同情するなら金(かね)をくれ!』小学生の女の子がきつい目つきをしながら、何度もくりかえし、金をくれ!と叫ぶように発声しました。
『家なき子』というドラマでした。
こちらの本の中にいる、猫たちは、とりあえず家はあるようです。
猫たちが、家の中の廊下を歩いています。
赤い猫は、自分の体の色が赤いことで、悩んだり、めげたりはしません。
気持ちがへこむこともありません。
『これがわたしという猫』なのです。自信に満ちた態度があります。
まわりは、赤い色の猫を白色か黒色の猫にしようとします。
見た目の色を変える。整形みたい。
赤い猫本人は、白猫になるのも黒猫になるのも望んでいません。
周囲の圧力は、人間界でいえば『人間の標準化』があります。
大昔の軍事教育のようです。
戦争で働いて、お国のためになる人間を育てるのです。戦死するかもしれない人間を育成するのです。戦死してもやむをえないとするのです。洗脳です。(意思をコントロールする)
戦闘ロボットをつくるようなものです。
現代社会だと、会社のために尽くすアンドロイドロボットをつくるようなものです。『社畜(しゃちく)』と呼ばれています。『過労死』日本人は働きすぎて死ぬというのは、外国人から見るとびっくりすることだという話を聞いたことがあります。
体の色を変える手法がいくつも紹介されます。
絵本の内容が、ちょっと、りくつっぽいかな。
赤い猫は、家出をしました。
こういうパターンは、人間界にもあります。
自分で、自分が住むところを見つけるのです。
自分にとって、快適な場所を見つける旅に出るのです。
『自立』とか『自活』です。
そして、出会いがあります。
赤い猫が、だれと出会ったのかは、ここには書きません。
自分と同じ色をした赤い猫には出会いません。
違うようで、同じなのです。
発想が豊かです。
最後の絵も良かった。
お空に虹がかかっています。
(作者さんの経歴を読んで)
作者のサトシンという方の経歴に『専業主夫』があって、楽しい気持ちになれました。
2011年(平成23年)初版。2022年(令和4年)22刷の絵本です。
絵本自体のタイトルは『あか』の部分が赤色文字となっています。
本の帯を見ると『NHKの番組「72時間」』に出ましたと書いてあります。
そうかと思い出しました。
たしか東京方面にある絵本屋さんに来たお客さんの、たぶん男性の方がこの絵本を買われていたシーンがありました。ちょっとだけ思い出しました。
(1回目の本読み)
アンデルセンの『みにくいアヒルの子』みたいに、一匹だけほかとは違う赤い猫がいじめにあって、でも、最後は幸せになる物語だろうか。(ちがっていました。いじめはありません。赤い猫は赤いままです。みにくいアヒルの子のように、白鳥にはなりませんでした。されど、話づくりの下地として、アンデルセン作品に対するオマージュ(尊敬)はあるような気がします)
読んでいる途中から、話のオチはどうするのだろうかと考え始めました。
オチ:印象に残る結末。
絵が温かい。
肖像画のようでもあります。
猫の目玉が可愛い。
(2回目の本読み)
おとうさん(黒色)とおかあさん(白色)、2匹のねこから、5匹の子ねこが生まれました。
そのうち4匹は、体のおけけ(毛)が、両親からの遺伝で、白や黒の色ですが、1匹だけは赤い色をした猫です。
両親も兄弟姉妹も赤い色をした毛並みにびっくりしました。
読んでいる自分の予想として、赤い色の猫は、自分と同じ赤い色の猫を探して、見つけ出して、仲間になって、よかったよかったのシャンシャン結末を迎えるのではないか。(はずれました)
赤い猫は、いじめられることはありませんが、同情はされます。
かわいそうだと思われます。
同情されるのは、かえって、みじめです。
むかしドラマで有名なセリフがありました。
『同情するなら金(かね)をくれ!』小学生の女の子がきつい目つきをしながら、何度もくりかえし、金をくれ!と叫ぶように発声しました。
『家なき子』というドラマでした。
こちらの本の中にいる、猫たちは、とりあえず家はあるようです。
猫たちが、家の中の廊下を歩いています。
赤い猫は、自分の体の色が赤いことで、悩んだり、めげたりはしません。
気持ちがへこむこともありません。
『これがわたしという猫』なのです。自信に満ちた態度があります。
まわりは、赤い色の猫を白色か黒色の猫にしようとします。
見た目の色を変える。整形みたい。
赤い猫本人は、白猫になるのも黒猫になるのも望んでいません。
周囲の圧力は、人間界でいえば『人間の標準化』があります。
大昔の軍事教育のようです。
戦争で働いて、お国のためになる人間を育てるのです。戦死するかもしれない人間を育成するのです。戦死してもやむをえないとするのです。洗脳です。(意思をコントロールする)
戦闘ロボットをつくるようなものです。
現代社会だと、会社のために尽くすアンドロイドロボットをつくるようなものです。『社畜(しゃちく)』と呼ばれています。『過労死』日本人は働きすぎて死ぬというのは、外国人から見るとびっくりすることだという話を聞いたことがあります。
体の色を変える手法がいくつも紹介されます。
絵本の内容が、ちょっと、りくつっぽいかな。
赤い猫は、家出をしました。
こういうパターンは、人間界にもあります。
自分で、自分が住むところを見つけるのです。
自分にとって、快適な場所を見つける旅に出るのです。
『自立』とか『自活』です。
そして、出会いがあります。
赤い猫が、だれと出会ったのかは、ここには書きません。
自分と同じ色をした赤い猫には出会いません。
違うようで、同じなのです。
発想が豊かです。
最後の絵も良かった。
お空に虹がかかっています。
(作者さんの経歴を読んで)
作者のサトシンという方の経歴に『専業主夫』があって、楽しい気持ちになれました。
2011年(平成23年)初版。2022年(令和4年)22刷の絵本です。
2022年09月02日
なまえのないねこ 竹下文子・文 町田尚子・絵
なまえのないねこ 竹下文子(たけした・ふみこ)・文 町田尚子(まちだ・なおこ)・絵 小峰書店
(1回目の本読み)
ねこの名前と聞いてすぐに思い浮かぶのが『イッパイアッテナ』の世界です。
それぞれの人が、一匹のねこに、思い思いの名前をつけるから、一匹の猫の名前が複数になるのです。
たしか、ねこ自身が、ほかのねこに自分を紹介するとき、自分の名前は『イッパイアッテナ』と紹介するのです。
『ルドルフとイッパイアッテナ 斉藤洋(さいとう・ひろし) 講談社』シリーズ化されています。
さて、こちらの絵本です。
有名な絵本ですが、読むのは初めてです。
ねこと親しいわけではありませんが、毎朝の散歩で、森の中にいる、のらねこたちとすれ違います。
よく見かけるのらねこが何匹かいます。
散歩をするねこ好きの年寄りたちは、思い思いに勝手に名前を付けてねこを呼んでいます。
名前を呼ばれたねこは返事もします。ニャーだかミャーだか声が返ってきて、まるで人間とねこが会話をしているような空気のときもあります。
「まる」とか「ぶーちゃん」「みーちゃん」「Qちゃん(きゅうちゃん)」「シロ」とか名付けています。
自分はねこに対しては、愛想(あいそ。好感をもたれる態度)が悪いので、ねこは自分を無視します。わたしは、ねこでも人でも、お互いに負担をかけ合わない関係でいたいのです。
ねことのそんな縁(えん。つながり)を感じて読み始めました。
ねこ目線(低い位置)の絵がいい。
視界の角度や広がりが新鮮です。
絵本ですから、短時間で読み終わりました。
今年読んで良かった一冊です。
心優しい絵本でした。良かった。
(2回目の本読み)
ぶ厚い表紙をめくると、裏に、たくさんのねこが描いて(かいて)あります。
ねこの絵がいっぱいです。(このときは、気づけなかったのですが、何回かページをめくっているうちに、裏表紙に同じ絵が描いてあって、全部のねこに銀色文字で、名前が書いてあることに気づきました。少しびっくりしました。いろんな名前があるものだなと感心しました)
さて、読み進めます。
なまえのないねこが、なまえのあるねこたちのいるところを巡ります。
最初のねこが、靴屋のねこです。
商品の靴が入れてある紙箱の山に隠れて、店の中をのぞいているなまえのないねこです。
靴屋のねこの「レオ」は顔がちょっとこわい。
ライオンという意味の「レオ」です。
ページをめくりながら、こっそりかくれているなまえのないねこの姿を探すことが、ちびっことの楽しい読み聞かせになるでしょう。
なまえのないねこは、本屋の外からお店の中をじーっと見つめています。
本屋のねこのお名前は、ここではパスしておきます。
次は、八百屋のねこです。
「チビ」という名前ですが、成長して、デッカちゃん(でかい)みたいな太って大きなねこになっています。
チビという名前と体の大きさが一致しません。
おそば屋のねこには、おそば料理の名前が付けられています。
おもしろい。
パン屋のねこ二匹には、児童文学「アルプスの少女ハイジ」に出てくる登場人物の名前が付けられています。
ねこの名前ではありませんが、ヤギ飼いがペーターで、ヤギが「ユキちゃん」だったことを思い出しました。
大きな犬が「ヨーゼフ」でした。なつかしい。まだ自分がおとなになる前に、熱心にテレビのマンガ劇場を見ていました。
喫茶店のねこは、名前がふたつあるそうです。
やっぱりな。「イッパイアッテナ」です。
お寺のねこは、長生きするように「じゅげむ」だそうです。
落語の寿限無(じゅげむ)ですな。
緊急事態発生時に名前が長いと名前を読んでいるうちに状況が悪化するような気がするのですが、縁起としては縁起がいい名前なのでしょう。(縁起(えんぎ):ものごとの良い悪いのきざし、まえぶれ)
初めて、ねこどうしの会話が出ました。
お寺の白いねこと、なまえのないねことの会話です。
描画に風情があります。
油絵のカンバス(布目調)に絵が描いてあるような絵本です。
なまえのないねこが、自分のことを「ぼくは」と言ったのでびっくりしました。これまで、わたしは、なまえのないねこは、女子のねこだと思いこんでよんでいました。ねこは、男の子でした。
さあ、終わりが近づいてきました。
犬のワンちゃんたちにも名前があります。
お花屋のお花たちにも名前があります。
でも、なまえのないねこには、なまえがありません。
雨降りの絵が出てきました。
なまえのないねこは、木製ベンチイスの下で雨宿りをしています。
人間とねこの存在・立場・状況が、人間心理として重なります。
『孤独』があります。ひとりぼっちです。
歌手八代亜紀さんが唄う(うたう)演歌『雨の慕情(あめのぼじょう)』のような景色です。
ひとぼっちのなまえのないねこに話しかけてきた女の子がいました。
女の子は、赤い傘をさして、しゃがんで、ベンチの下にいるなまえのないねこに話しかけてきました。おなかがすいていないかいと声をかけてくれました。
救世主現る(きゅうせいしゅあらわる)です。
このお話の肝(きも。ポイント)になる部分が最後に出てきますが、ここに書くのはやめておきます。
最後付近にある見開き2ページと、最後の1ページでは、胸がジンときます。
なまえのないねこには、すてきな、おなまえが、つきました。
そして、そばに、女の子のお母さんがいます。
なんというか、競争社会ではない、気持ちが落ち着ける空間が、人間には必要だと感じたのです。
いい絵本でした。
読み終えて深く考えたことがあります。
1965年ころ、昭和40年代は、効率が優先された社会でした。
『早く、安く、楽に、正確に』が求められて『現状維持は後退だ』とはっぱをかけられました。
勢いについてくることができない者は、基本的には切り捨てで、とりあえず置き去りです。
資本主義は、一部の富む人と、多数のこきつかわれる人を生みました。(低賃金で、永年(ながねん)長時間労働を強いられる(しいられる))
民主主義はいつも『自分たちとあいつら』という対立構図を生みました。人間関係は、ぎすぎすした競争勝利第一主義でした。
歳をとってきて、疲れて、ふと、ふりかえれば、これでよかったのだろうかと思うこともあります。
そんな下地がある気持ちでこの絵本を読むと胸にじんと湧き出てくるものがあります。やっぱり『優しい心』が一番大事なんじゃないだろうかと。
秋に用事があって、九州地方の親せきのうちへ行きますが、絵本好きなちびっこがいるので、プレゼントでもっていく何冊かの絵本のなかに、この絵本も加えることにしました。
(1回目の本読み)
ねこの名前と聞いてすぐに思い浮かぶのが『イッパイアッテナ』の世界です。
それぞれの人が、一匹のねこに、思い思いの名前をつけるから、一匹の猫の名前が複数になるのです。
たしか、ねこ自身が、ほかのねこに自分を紹介するとき、自分の名前は『イッパイアッテナ』と紹介するのです。
『ルドルフとイッパイアッテナ 斉藤洋(さいとう・ひろし) 講談社』シリーズ化されています。
さて、こちらの絵本です。
有名な絵本ですが、読むのは初めてです。
ねこと親しいわけではありませんが、毎朝の散歩で、森の中にいる、のらねこたちとすれ違います。
よく見かけるのらねこが何匹かいます。
散歩をするねこ好きの年寄りたちは、思い思いに勝手に名前を付けてねこを呼んでいます。
名前を呼ばれたねこは返事もします。ニャーだかミャーだか声が返ってきて、まるで人間とねこが会話をしているような空気のときもあります。
「まる」とか「ぶーちゃん」「みーちゃん」「Qちゃん(きゅうちゃん)」「シロ」とか名付けています。
自分はねこに対しては、愛想(あいそ。好感をもたれる態度)が悪いので、ねこは自分を無視します。わたしは、ねこでも人でも、お互いに負担をかけ合わない関係でいたいのです。
ねことのそんな縁(えん。つながり)を感じて読み始めました。
ねこ目線(低い位置)の絵がいい。
視界の角度や広がりが新鮮です。
絵本ですから、短時間で読み終わりました。
今年読んで良かった一冊です。
心優しい絵本でした。良かった。
(2回目の本読み)
ぶ厚い表紙をめくると、裏に、たくさんのねこが描いて(かいて)あります。
ねこの絵がいっぱいです。(このときは、気づけなかったのですが、何回かページをめくっているうちに、裏表紙に同じ絵が描いてあって、全部のねこに銀色文字で、名前が書いてあることに気づきました。少しびっくりしました。いろんな名前があるものだなと感心しました)
さて、読み進めます。
なまえのないねこが、なまえのあるねこたちのいるところを巡ります。
最初のねこが、靴屋のねこです。
商品の靴が入れてある紙箱の山に隠れて、店の中をのぞいているなまえのないねこです。
靴屋のねこの「レオ」は顔がちょっとこわい。
ライオンという意味の「レオ」です。
ページをめくりながら、こっそりかくれているなまえのないねこの姿を探すことが、ちびっことの楽しい読み聞かせになるでしょう。
なまえのないねこは、本屋の外からお店の中をじーっと見つめています。
本屋のねこのお名前は、ここではパスしておきます。
次は、八百屋のねこです。
「チビ」という名前ですが、成長して、デッカちゃん(でかい)みたいな太って大きなねこになっています。
チビという名前と体の大きさが一致しません。
おそば屋のねこには、おそば料理の名前が付けられています。
おもしろい。
パン屋のねこ二匹には、児童文学「アルプスの少女ハイジ」に出てくる登場人物の名前が付けられています。
ねこの名前ではありませんが、ヤギ飼いがペーターで、ヤギが「ユキちゃん」だったことを思い出しました。
大きな犬が「ヨーゼフ」でした。なつかしい。まだ自分がおとなになる前に、熱心にテレビのマンガ劇場を見ていました。
喫茶店のねこは、名前がふたつあるそうです。
やっぱりな。「イッパイアッテナ」です。
お寺のねこは、長生きするように「じゅげむ」だそうです。
落語の寿限無(じゅげむ)ですな。
緊急事態発生時に名前が長いと名前を読んでいるうちに状況が悪化するような気がするのですが、縁起としては縁起がいい名前なのでしょう。(縁起(えんぎ):ものごとの良い悪いのきざし、まえぶれ)
初めて、ねこどうしの会話が出ました。
お寺の白いねこと、なまえのないねことの会話です。
描画に風情があります。
油絵のカンバス(布目調)に絵が描いてあるような絵本です。
なまえのないねこが、自分のことを「ぼくは」と言ったのでびっくりしました。これまで、わたしは、なまえのないねこは、女子のねこだと思いこんでよんでいました。ねこは、男の子でした。
さあ、終わりが近づいてきました。
犬のワンちゃんたちにも名前があります。
お花屋のお花たちにも名前があります。
でも、なまえのないねこには、なまえがありません。
雨降りの絵が出てきました。
なまえのないねこは、木製ベンチイスの下で雨宿りをしています。
人間とねこの存在・立場・状況が、人間心理として重なります。
『孤独』があります。ひとりぼっちです。
歌手八代亜紀さんが唄う(うたう)演歌『雨の慕情(あめのぼじょう)』のような景色です。
ひとぼっちのなまえのないねこに話しかけてきた女の子がいました。
女の子は、赤い傘をさして、しゃがんで、ベンチの下にいるなまえのないねこに話しかけてきました。おなかがすいていないかいと声をかけてくれました。
救世主現る(きゅうせいしゅあらわる)です。
このお話の肝(きも。ポイント)になる部分が最後に出てきますが、ここに書くのはやめておきます。
最後付近にある見開き2ページと、最後の1ページでは、胸がジンときます。
なまえのないねこには、すてきな、おなまえが、つきました。
そして、そばに、女の子のお母さんがいます。
なんというか、競争社会ではない、気持ちが落ち着ける空間が、人間には必要だと感じたのです。
いい絵本でした。
読み終えて深く考えたことがあります。
1965年ころ、昭和40年代は、効率が優先された社会でした。
『早く、安く、楽に、正確に』が求められて『現状維持は後退だ』とはっぱをかけられました。
勢いについてくることができない者は、基本的には切り捨てで、とりあえず置き去りです。
資本主義は、一部の富む人と、多数のこきつかわれる人を生みました。(低賃金で、永年(ながねん)長時間労働を強いられる(しいられる))
民主主義はいつも『自分たちとあいつら』という対立構図を生みました。人間関係は、ぎすぎすした競争勝利第一主義でした。
歳をとってきて、疲れて、ふと、ふりかえれば、これでよかったのだろうかと思うこともあります。
そんな下地がある気持ちでこの絵本を読むと胸にじんと湧き出てくるものがあります。やっぱり『優しい心』が一番大事なんじゃないだろうかと。
秋に用事があって、九州地方の親せきのうちへ行きますが、絵本好きなちびっこがいるので、プレゼントでもっていく何冊かの絵本のなかに、この絵本も加えることにしました。