2022年05月31日
海を見た日 M・G・ヘネシー
海を見た日 M・G・ヘネシー/作 杉田七重(すぎた・ななえ)/訳 すずき出版
本のカバーにある文を読むと、孤児を扱った内容のようです。
ずいぶん、日常生活から離れた話題だなという第一印象でした。
非常に少ないケースについてのお話を読書感想文の課題図書にすることの是非(ぜひ。適切なのかそうでないのか)について、しばし思いにふけました。今回このパターンの選択で選ばれた本が多い。
ちょっと手間がかかる本に見えます。
自分は、物心(ものごころ)がついたこどものころから本読みが好きですが、読解力(どっかいりょく。本の内容を正しく把握して理解する)はたいしたことはありません。勘違いもけっこう多い。
力不足なので、メモをしたり、読み返したりして、ていねいに読むことを心がけています。
この本は読みこめるだろうか。ちょっと心配になってきました。
読書感想文を書くということは、とてもむずかしいことです。
だれもがすいすいと書けるわけではありません。むしろ、きちんと文章をかける人(こどもさんはとくに)のほうが少ない。
されど、本を読むことで、心が救われるということはあります。心の支えとなってくれる本との出会いもあります。そんなチャンスを失わないように、本のガイドブックとなるような文章をこどもたちに提供したいと思っています。
登場人物たちが、ひとりずつ、かわるがわる、一人称で自分語りをしながら、物語が進行していくシステムです。(まず、全体を1ページずつゆっくりめくりながら、最後のページまで到達してみました)。
ひとり語りのリレーパターンです。
アメリカ合衆国内の話です。
孤児たちが里親に預けられています。(作者あとがきに、ロサンゼルスの福祉制度で3万人ぐらいのこどもたちが里親制度を利用しているとありました)
役所もからんでいます。(ケースワーカー:ひとつひとつの事例のアドバイザー(助言者。支援者。良き方向へコントロールしてくれる人)のようなもの)
以下、ひとりのアメリカ合衆国への移民であるロシア人女性里親に預けられている孤児たちなどです。
クエンティン:男の子。もうすぐ11歳(237ページ)アスペルガー症候群がある。人と話すことがむずかしい。どう行動すればいいのか本人がわからなくなることがある。機械仕掛けの人形みたいな動きをする。ロボットのよう。
『ベビー・バック・リブ、ベビー・バック・リブ、ベビー・バック・リブ』としゃべる。ベビー・バックは、CM(シーエム。コマーシャル)に出てくるロースの骨付き肉のこと。あとは『ママ』と言う。『ママに会いたい』学校では、特別支援の先生が必要となる。『うち』『幌馬車隊』ともつぶやく。(ママの名前は227ページに『エマ・ノックス』とあります)
同じく里子(さとご)である同部屋のヴィクから『Q』と呼ばれる。
クエンティンは、服を着たまま、靴をはいたまま、二段ベッドの下で夜寝る二段ベッドの上には、ヴィクが寝ているが、ヴィクはいつもなにかぶつぶつしゃべっている。自分はスパイだ。活動中だという架空の空想物語を語り続けている。
クエンティンの家は『トーランス(カリフォルニア州ロサンゼルスにある都市。ロスアンジェルス群で一番安全な町らしい)メープル通り619番地』にある。母親が病気で、こどもの養育ができないらしい。(母親は、人を閉じ込めておく施設のようなところにいるらしい(トーランス・メモリアルという名称の病院でした))
ヴィク(ヴィクトリオ・キンテロ):11歳。小学5年生。里親のところにヴィクを迎えに来るかもしれない親の存在あり。
ヴィクは、自分は、アメリカ合衆国政府のもとで、8歳以下のスパイグループ(DEEC。デルタ・エリート・イーグル・コープス)に属してスパイとして(秘密情報を自分の組織に流す)働いていると思い込んでいる。上司の名前が、バクスター司令官。
父親は南米エルサルバドル出身で、現在は同国の刑務所で収監されている。(しゅうかん。入れられている)という設定で、ヴィクの頭の中で父親の存在がある。
エルサルバドルの公用語はスペイン語。
ヴィクは、ローガン通り小学校に通っている。(理由はわかりませんが、小学校には、中学二年生までが在学しているそうです)
薬を服用している。(ADHD:注意欠陥・多動性障害)
クエンティンをクエンティンのママに会わせるという強い意思をもつ。
ナヴェイア(ミス・パーカー(名字みょうじ)):のっぽの黒人の女の子。13歳。中学2年生。ヤングケアラーみたいに、自分の年下の孤児たち(血縁関係はない)のめんどうをみている。自分も孤児。ヴィクとマーラのめんどうをジェイダとみている。11年間で7軒引越した。(里親が変わった)
大学に行きたい希望が強い。大学に行くために、今はいろいろと我慢している。
将来の希望として、大学に入るまで里親ミセス・Kの家に居たい。奨学金をもらって、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に入学したい。医師になりたい(お金で苦労する生活とはさよならしたいからという理由もある)
高校は、ベルモント・ハイスクールに通うつもりである。
将来は自分の家を持つ。猫を飼う。
2歳で母が死去。父は不明。自分のことは自分でやるしかないと思っている。
去年の10月に今の里親ミセス・Kのところに来た。
代数(だいすう):数学の一分野(いちぶんや)。数の代わりに文字を使う。a、b、c、dとか、xとか、yとか。
パルクール:スポーツの種目? 走る、跳ぶ、登る。
ジェイダ:女子。弟あり。ナヴェイアの相棒。
マーラ:里子の小さな女の子。8歳(112ページに記事あり)ラテンアメリカ系の人種。目が大きい。黒い巻き毛がもじゃもじゃ。髪の毛が伸びている。ヴィクとは違う学校に通っている。静かな女の子。あまりしゃべらない。しゃべるときはスペイン語でしゃべる。
ブエノ?(スペイン語で、元気?)
以下、スペイン語です。
ドンデ・バイス?(どこへ行くの?)
マーラは、去年の9月に今の里親ミセス・Kのところに来た。
アズール(青色) アマリージョ(黄色) ロッホ(赤色)
数の1、2、3が、ウノ、ドス、トレス。
ドーラ:ドーラと一緒に大冒険の映画に出てくるおかっぱ頭(マッシュルームカット)の女の子。
ラ・エクスプロラドラ:冒険者
メ・グスタ・ドーラ・タンビエン:わたしもドーラが好き。
ノルテ:北
ラ・プラヤ:ビーチ(海の砂浜)
ポニス:子馬のポニー。マーラは、ポニーに乗りたい。
ポル・ファボール:お願い!
ピングイノス:ペンギン
ガ・ファス・デ・ソル:サングラス
ケ・パサ?:どうしたの?
テ・キエロ・ミ・ヴィクトリオ:愛してるわ、わたしのヴィクトリオ。
ミ・ファミリア:オレの家族
ミセス・K:ロシアからの移民。こどもたちの里親女性でロシア人。養母。正式な名は、ミセス・クズネツオフだが、言いにくいので、ミセス・Kとこどもたちには呼ばれている。けっこう歳をとっている。
クエンティンが言うには「への字口(くち)の女の人」
ロサンゼルス滞在歴20年。雇われ仕事をしている。勤務時間が不規則で長そう。
夫は亡くなった。夫の好物がミートローフだった。
こどもがほしかったが、夫との間に、こどもができなかった。こどもが好きだから里親になることを申し込んだ。
アリーヤー:孤児ではない。両親あり。美人。人気者。豪邸に住んでいる。家に巨大スクリーンのテレビがある。ケースワーカーのミズ・ジュディと仲良し。
ミズ・ジュディ:ケースワーカーになったばかり。クエンティンが言うには「くちピンクの人」
数ページ読んで、ふと思う。
親がいても、ひどい親のときがあって、そんな親ならいないほうがましというときもある。
ミセス・コルボーン:学校の用務員
マリオ:以前、里子としていた少年。14歳だった。ヴィックと同室だった。
レッドバインズ:赤いキャンディ。
ミスター・ペプルス:クエンティンが飼っていたペット、たぶん犬の名前。
(つづく)
タイトル『海を見た日』は、生まれて初めて海を見た日のことをいうのだろうか。(読み終えた時にわかったのですが、284ページに訳者のあとがきがあり、そこで原題の説明がなされています)
カバーにある英文タイトルらしきもの『The Echo Park Castaways』は、読み始めたいまのところ意味をとれません。エコーパークというのは場所の固有名詞「エコー公園」だろうか。Castawaysは、「捨て子」という意味にとりました。(18ページに、「このあたりエコーパーク」という文章が出てきました)エコーパークという地域に住む里親に預けられているこどもたちというのが、原題書名の意味なのでしょう。エコーパークは、ロサンゼルスの貧困地帯に属するそうです。(あとでわかりますが、夜はぶっそうです。酒とケンカ、カーレースで車がスピンしているそうです)
カバーには、浜辺を歩く4人の少年少女の姿があります。
後ろから二番目を歩いている背の低い髪の毛もじゃもじゃの女の子が、マーラでしょう。
一番後ろを歩く女の子が、のっぽの黒人の女の子であるナヴェイアでしょう。
さらにその前を歩く男子ふたりが、クエンティンとヴィクでしょう。どちらがだれということはわかりません。
ロサンゼルスのフォスターケア制度:里親制度。虐待する親からの分離。親が養育できないこどもの受け入れ。一時的な預かり。
五月のメモリアルデーまでは、白い服とか白いズボンは着てはいけないそうです。なんのこっちゃいな。(クエンティンの語りです)
五月のメモリアルデーとは何?:5月31日アメリカ合衆国戦没者追悼記念日。5月の最終月曜日が祝日になる。
(上を書いてからその後付け足した記事として:たまたまきょうがメモリアルデーであることを知りました。日本時間は5月31日火曜日朝です。アメリカ合衆国は、時差があるので、日本の5月30日夜から31日朝にかけてが、5月30日の昼間です。「米国株式市場は、本日はメモリアルデーなので休場です」という記事をたまたま目にしました)
セフォラ:フランスの化粧品・香水店
ヨーダ:映画「スター・ウォーズ」に登場する人物。
44ページ『裕福な家に生まれれば、安楽な人生が送れる』→裕福な家が永久に裕福であるという保障はありません。ぼーっとしていたら、財産はなくなってしまいます。
里親の分析・批評があります。
里親になるのは、①宗教にのめりこんでいる人 ②金目当ての人(役所から養育費が支給されるようです。だから、こどもを複数預かる。今だと、ひとり13万円ぐらい支給される) ③こどもが好きな人
ミュージカル「アニー」の原作:小さな孤児アニー
ウェルカムセンター:ちょっとよくわかりませんが、日本で言うところの「児童相談所」だろうかと想像しました。(279ページの作者あとがきに説明があります。ロサンゼルスにあった施設の名称だそうです。問題があって、2016年に閉鎖されたそうです。こどもを長期間とめおいたことがいけなかったそうです)
児童家庭サービス:これも役所の組織っぽい。
児童家庭センター:これも役所か。
49ページ付近を読んでいます。
悲しい思いをしているこどもたちの独り言(ひとりごと)が聞こえてきます。
だれかに聞いて欲しいのだろう。
読者に向けて、ぶつぶつつぶやいています。
ミス・マネーペニー:スパイ映画『007シリーズ』に登場する女性。
この物語をよりよく理解するためには、洋画『スター・ウォーズ』を観たことがある体験が必要です。
75ページ付近を読んでいます。
なかなか悲惨な状況が続きます。
オレゴン・トレイル:シュミレーション・ゲーム(仮想体験ゲーム)。アメリカ合衆国の西部開拓時代を素材にしたコンピューターゲーム。
2012年に映画館で観た洋画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を思い出します。脳に障害がある少年の物語でした。オスカー・シェル10歳が主人公という自分の鑑賞記録が残っています。
スロッピージョー:料理の名前。ひき肉にトマトソースとスパイスに味付けがしてある。
CIA(シーアイエー):アメリカ合衆国中央情報局。アメリカ合衆国の安全保障のために情報を収集・処理・分析する組織。
ドゥカティ:イタリアのオートバイメーカー
クエンティン、ヴィク、マーラ、ナヴェイアの4人は、クエンティンの母親が入院している病院をめざすことになりました。
路線バス、そして、地下鉄に乗ります。
グリンチ:アメリカ合衆国の児童向け絵本のキャラクター。緑色の体と顔をしている。
ドーラといっしょに大冒険:アメリカ合衆国の冒険映画。
ヒル・アンド・ファースト:地名。
ピットブル:犬。闘犬みたいで怖そうな犬(物語の中ではホームレスといっしょにいる犬。犬の名前が「ガス」)
(読みながらですが、知らない言葉が次々と出てきます。読づらくて、意味を調べることが大変なのですが、意味がわかるとお話の内容が見えてきて楽しい気分になります)
イングルウッド:ロサンゼルス南西部にある都市。
ホームレス:住居の無い人
マリポサ/ナッシュ駅:ロサンゼルスメトロの駅。ナッシュストリートとマリポサアベニューにある。
(つづく)
277ページあるうちの243ページまで読みました。
なかなかいい。
クライマックスは盛り上がります。(ここに内容は書きません)
外国作品です。映画化されるといいなと思いました。
まだ読み終えていませんが、今年読んで良かった一冊です。
結末はこれから読みます。
レドンドビーチ:ロサンゼルスにあるビーチ(砂浜海岸)
パブリック・リレーションズ:企業、団体、個人が、世論の支持を得られるように行う活動。
リヴィエラ・ヴィレッジ露天市:ビーチにある市場
チュロス:揚げ菓子。スペイン、ポルトガル、モロッコ、キューバなど、ラテンアメリカ各国で食べられている。
マカロニチーズ:ゆでたマカロニをチーズソースでからめたもの。
ジオード(晶洞石しょうどうせき):水晶にある空洞。
心に響いた言葉として、
(ナヴェイア)『わたしたちは、ひとりでやっていかないといけないの。だれもわたしたちのことはいらない……』
(ナヴェイアがヴィクに向かって)『それに、少なくともあんたの父親は生きている。わたしのお母さんは死んでいて、お父さんはだれかもわからない……』
(ナヴェイアがヴィクに言ってはいけなかった言葉として)『ねぇ、ヴィク、妄想(もうそう)の世界でずっと生きていくことはできないんだよ』
(クエンティンの笑いながら叫んだ言葉)『オナカスッキリ! ナヤミスッキリ!』
(ナヴェイア)『これが海。わたしの生きる世界に、こんなにも、こんなにも美しいものがあった……』
(ナヴェイア)『わたしたちのあいだをへだててた壁に、大きな突破口があいたような。』
(ヴィク)『かあちゃんはオレが赤ん坊のときに死んだ……(死んだ原因は出産時の難産にあるらしい)』そのあとの、亡き母を思うヴィクの語りにしんみりきます。(心にしみる)そして、6歳すぎの頃、父親も姿を消します。(ヴィクはそれから、仮想の世界で生きることにしたのです)
(ナヴィア)本当の親子じゃないから、里親の名前のスペル(アルファベットのつづり)を知らない。ほかに3人いる里子の誕生日も知らないというショックと嘆き。
(ナヴィア)『考え方を変えたの』
(ヴィク)『だれかに体を乗っ取られたような気がしたから……』
(ヴィク)『(里親の)ミセス・Kもすごくさみしいにちがいない。友だちや親戚もいない……』
(ヴィク)『“もっといいところ”なんてない。みんなここがいいんだ』
スター・ウォーズのタトゥイーンの宇宙港モス・アイズリーの酒場:そういうシーンがありました。
クエンティンが背負うリュックの隠しポケットの中から、病院で入院しているママが入れてくれた<緊急事態のときにつかう5ドル>が出てきました。
邦画『ALWAYS 三丁目の夕日』に似たようなシーンがありました。思い出すと泣けます。薬師丸ひろ子さんが演じるおかあさんが、小学生の息子である一平のセーターのひじつぎあてに、お守りを忍ばせてくれたシーンがありました。お守りの中には、いざというときに使うお金が入っていました。一平はそのお金でピンチを克服しました。
ヴィクは生まれてから一度も海を観たことがありません。(ゆえに、海を見た時に感動します)
集団の動きをコントロールしてきたナヴェイアの気持ちに変化が生まれます。『抑制、抑圧、否定』から『許容、許可、だめをやめる』です。
これはこうしなければならないというしばりをときます。
心にゆとりが生まれます。ふだんは、追われているような気分で生活をしていました。
気分がおだやかでリラックスしています。
海を見て、心が広くなりました。
ナヴェイアも海を見るのは生まれて初めてです。『これが、海』という頭の中での考えがあります。
(旅先で、美しい景色を見ると、今までがんばって生きてきて良かったと思うことがあります)
R2-D2:スター・ウォーズに出てくるロボットキャラクター。さまざまな機能を兼ね備えた優秀なロボット。キャタピラー付きの三本足で移動する。親友が人型ロボットのC-3PO(シースリーピーオー)
レイア姫:スター・ウォーズに出てくる女性キャラクター。
里子だったシルヴィアとアーニャは、ハイスクール入学と同時に里子の契約が切れた。
ナヴェイアはそのことを知らなかった。ナヴェイアの精神状態は不安定になります。
215ページからのヴィクの語りは、胸に深く刺さる内容です。
6歳の時、父親と一緒にガレージ(車庫)で暮らしていたから始まります。人間扱いされていない父子の生活がありました。血縁関係がある親族からも冷たくされます。
自分の読書歴を振り返ってみると、貧しきアメリカ合衆国の人たちはみな、カリフォルニア州を目指して移動します。
カリフォルニア州の豊かさを求めるのです。
『怒りの葡萄』スタインベック作品がありました。
シピティオ:トラブルメーカー(トラブルをつくる人)
スパニエル犬(けん):鳥猟犬(とりをとる猟犬りょうけん)の種類
ブラックパンサー:アメリカ合衆国の映画
読んでいて、クエンティンのママは自殺なのかと思いました。(違いました。本を読んでください)
親も里子(さとご)だった。
貧困の連鎖があります。
虐待された親は、自分の子を虐待する。
ふつう、親になると、自分が育てられたように子を育てます。
親のやり方がわからないという親は多い。
『ニューファミリー』をつくる。
自分が恵まれないこども時代を送るこどもは、自分がおとなになって、ちゃんとした自分の家族をつくろうと思い努力する。
ちゃんとやってくれない親に期待しても報われない。(むくわれない。いい結果にはつながらない)
親に捨てられた子は、親をすてるぐらいの気持ちでやっていけばいい。
そこまで思わせてくれる説得力があります。
(映画化されるといいな。邦画でもいい。日本人に置き換えてもいい)
『物語』が必要なこどもたちがいます。
恵まれない環境を一時的にでも忘れるために架空の世界へ逃げ込むための『物語』が必要なのです。
みんなは、みんなで、課題を克服しました。
仲良く暮らす。
協力して生活する。
血がつながっていなくても『家族』になる。
こどもには『未来』がある。
やりかたしだいで『未来』は明るくも暗くもなる。
作者からは、強いメッセージが発信されています。
血がつながっていなくても『家族になろうよ』です。
読み終えて、達成感と爽快感(そうかいかん)がありました。
中学生が本の内容を理解するには人生体験不足でしょう。
<役者あとがきから心に響いた文節として>
「house(ハウス)」と区別して「home(ホーム)」
ホームは、家族とともに安心して暮らし、くつろぎを与えてくれる場。
もうすぐ11歳になる男子であるクエンティンは、自閉症とされています。
同じく自閉症の青年の本を読んだことを思い出しました。
『跳びはねる思考 東田直樹 イースト・プレス』『自閉症の僕が跳びはねる理由 東田直樹 エスコアール』この二冊を思い出しました。
見た目は障害者なのですが、脳の中身は普通なのです。
読んだ時の自分のコメントが残っています。
<常識の枠を破って、世界観が広がる本です。会話ができない自閉症である著者が自らは意識をもっていることを証明しています。その知能レベルは高い。22歳同年齢の健常者以上です。奇跡を感じます。驚きました。
彼が使用しているのは、1枚のペーパーのような文字盤でした。アルファベットを指でさして意思表示をするのです。シンプルです。文字による会話の最後に必ず「おわり」が入ります。読書の途中からその「おわり」の部分は意識して読まないようにしました。そのほうが読みやすい。
こどもの頃は、つらくて苦しいことばかりだったとあります。挨拶は苦手でできない。
行動を自分でコントロールできない。フラッシュバック(突然過去の嫌だったことが脳によみがえる)で、体が勝手に跳びはねる。
ストレス解消法は乗り物に乗ること。時間と空間の感覚の旅ができるそうです。悲しいとか、つらいとかいう感情から解放されるそうです。
家族からの声かけは、光そのものだった。自身は、別の世界から現実の出来事を見ているような感覚がある。
カラオケが好き。会話はできなくてもカラオケはできる自閉症患者さんはいるそうです。彼は、音楽と文学の重要性を説きます。
心に残ったフレーズとして、「明日に希望を求めるのではなく、今日のやり直しを明日行う。」それから、「僕が流した涙と同じくらい、家族も泣いてくれた。」心優しい人です。類似集団にレッテルを張るのではなく、ひとりの個人としてみる。>
以前施設入所中の障害者多数を殺傷する事件がありましたが、東田直樹さんの本を読むと本当のことがわかるのです。(障害者の心の中にある風景と気持ち)
<原稿は、筆談、パソコンで作成されています。障害者が何を考えながら生活を送っているのかがわかる本です。病気で、意識、認識なく生きているという見方は間違っていることがわかります。書中にある言葉、見かけだけで判断しないでくださいが、胸に突き刺さります。何のために人としてこの世に生まれたのだろうという言葉も重い。感情がないのではなく、感情はある。知能が低いのではなく、知能はある。>
本のカバーにある文を読むと、孤児を扱った内容のようです。
ずいぶん、日常生活から離れた話題だなという第一印象でした。
非常に少ないケースについてのお話を読書感想文の課題図書にすることの是非(ぜひ。適切なのかそうでないのか)について、しばし思いにふけました。今回このパターンの選択で選ばれた本が多い。
ちょっと手間がかかる本に見えます。
自分は、物心(ものごころ)がついたこどものころから本読みが好きですが、読解力(どっかいりょく。本の内容を正しく把握して理解する)はたいしたことはありません。勘違いもけっこう多い。
力不足なので、メモをしたり、読み返したりして、ていねいに読むことを心がけています。
この本は読みこめるだろうか。ちょっと心配になってきました。
読書感想文を書くということは、とてもむずかしいことです。
だれもがすいすいと書けるわけではありません。むしろ、きちんと文章をかける人(こどもさんはとくに)のほうが少ない。
されど、本を読むことで、心が救われるということはあります。心の支えとなってくれる本との出会いもあります。そんなチャンスを失わないように、本のガイドブックとなるような文章をこどもたちに提供したいと思っています。
登場人物たちが、ひとりずつ、かわるがわる、一人称で自分語りをしながら、物語が進行していくシステムです。(まず、全体を1ページずつゆっくりめくりながら、最後のページまで到達してみました)。
ひとり語りのリレーパターンです。
アメリカ合衆国内の話です。
孤児たちが里親に預けられています。(作者あとがきに、ロサンゼルスの福祉制度で3万人ぐらいのこどもたちが里親制度を利用しているとありました)
役所もからんでいます。(ケースワーカー:ひとつひとつの事例のアドバイザー(助言者。支援者。良き方向へコントロールしてくれる人)のようなもの)
以下、ひとりのアメリカ合衆国への移民であるロシア人女性里親に預けられている孤児たちなどです。
クエンティン:男の子。もうすぐ11歳(237ページ)アスペルガー症候群がある。人と話すことがむずかしい。どう行動すればいいのか本人がわからなくなることがある。機械仕掛けの人形みたいな動きをする。ロボットのよう。
『ベビー・バック・リブ、ベビー・バック・リブ、ベビー・バック・リブ』としゃべる。ベビー・バックは、CM(シーエム。コマーシャル)に出てくるロースの骨付き肉のこと。あとは『ママ』と言う。『ママに会いたい』学校では、特別支援の先生が必要となる。『うち』『幌馬車隊』ともつぶやく。(ママの名前は227ページに『エマ・ノックス』とあります)
同じく里子(さとご)である同部屋のヴィクから『Q』と呼ばれる。
クエンティンは、服を着たまま、靴をはいたまま、二段ベッドの下で夜寝る二段ベッドの上には、ヴィクが寝ているが、ヴィクはいつもなにかぶつぶつしゃべっている。自分はスパイだ。活動中だという架空の空想物語を語り続けている。
クエンティンの家は『トーランス(カリフォルニア州ロサンゼルスにある都市。ロスアンジェルス群で一番安全な町らしい)メープル通り619番地』にある。母親が病気で、こどもの養育ができないらしい。(母親は、人を閉じ込めておく施設のようなところにいるらしい(トーランス・メモリアルという名称の病院でした))
ヴィク(ヴィクトリオ・キンテロ):11歳。小学5年生。里親のところにヴィクを迎えに来るかもしれない親の存在あり。
ヴィクは、自分は、アメリカ合衆国政府のもとで、8歳以下のスパイグループ(DEEC。デルタ・エリート・イーグル・コープス)に属してスパイとして(秘密情報を自分の組織に流す)働いていると思い込んでいる。上司の名前が、バクスター司令官。
父親は南米エルサルバドル出身で、現在は同国の刑務所で収監されている。(しゅうかん。入れられている)という設定で、ヴィクの頭の中で父親の存在がある。
エルサルバドルの公用語はスペイン語。
ヴィクは、ローガン通り小学校に通っている。(理由はわかりませんが、小学校には、中学二年生までが在学しているそうです)
薬を服用している。(ADHD:注意欠陥・多動性障害)
クエンティンをクエンティンのママに会わせるという強い意思をもつ。
ナヴェイア(ミス・パーカー(名字みょうじ)):のっぽの黒人の女の子。13歳。中学2年生。ヤングケアラーみたいに、自分の年下の孤児たち(血縁関係はない)のめんどうをみている。自分も孤児。ヴィクとマーラのめんどうをジェイダとみている。11年間で7軒引越した。(里親が変わった)
大学に行きたい希望が強い。大学に行くために、今はいろいろと我慢している。
将来の希望として、大学に入るまで里親ミセス・Kの家に居たい。奨学金をもらって、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に入学したい。医師になりたい(お金で苦労する生活とはさよならしたいからという理由もある)
高校は、ベルモント・ハイスクールに通うつもりである。
将来は自分の家を持つ。猫を飼う。
2歳で母が死去。父は不明。自分のことは自分でやるしかないと思っている。
去年の10月に今の里親ミセス・Kのところに来た。
代数(だいすう):数学の一分野(いちぶんや)。数の代わりに文字を使う。a、b、c、dとか、xとか、yとか。
パルクール:スポーツの種目? 走る、跳ぶ、登る。
ジェイダ:女子。弟あり。ナヴェイアの相棒。
マーラ:里子の小さな女の子。8歳(112ページに記事あり)ラテンアメリカ系の人種。目が大きい。黒い巻き毛がもじゃもじゃ。髪の毛が伸びている。ヴィクとは違う学校に通っている。静かな女の子。あまりしゃべらない。しゃべるときはスペイン語でしゃべる。
ブエノ?(スペイン語で、元気?)
以下、スペイン語です。
ドンデ・バイス?(どこへ行くの?)
マーラは、去年の9月に今の里親ミセス・Kのところに来た。
アズール(青色) アマリージョ(黄色) ロッホ(赤色)
数の1、2、3が、ウノ、ドス、トレス。
ドーラ:ドーラと一緒に大冒険の映画に出てくるおかっぱ頭(マッシュルームカット)の女の子。
ラ・エクスプロラドラ:冒険者
メ・グスタ・ドーラ・タンビエン:わたしもドーラが好き。
ノルテ:北
ラ・プラヤ:ビーチ(海の砂浜)
ポニス:子馬のポニー。マーラは、ポニーに乗りたい。
ポル・ファボール:お願い!
ピングイノス:ペンギン
ガ・ファス・デ・ソル:サングラス
ケ・パサ?:どうしたの?
テ・キエロ・ミ・ヴィクトリオ:愛してるわ、わたしのヴィクトリオ。
ミ・ファミリア:オレの家族
ミセス・K:ロシアからの移民。こどもたちの里親女性でロシア人。養母。正式な名は、ミセス・クズネツオフだが、言いにくいので、ミセス・Kとこどもたちには呼ばれている。けっこう歳をとっている。
クエンティンが言うには「への字口(くち)の女の人」
ロサンゼルス滞在歴20年。雇われ仕事をしている。勤務時間が不規則で長そう。
夫は亡くなった。夫の好物がミートローフだった。
こどもがほしかったが、夫との間に、こどもができなかった。こどもが好きだから里親になることを申し込んだ。
アリーヤー:孤児ではない。両親あり。美人。人気者。豪邸に住んでいる。家に巨大スクリーンのテレビがある。ケースワーカーのミズ・ジュディと仲良し。
ミズ・ジュディ:ケースワーカーになったばかり。クエンティンが言うには「くちピンクの人」
数ページ読んで、ふと思う。
親がいても、ひどい親のときがあって、そんな親ならいないほうがましというときもある。
ミセス・コルボーン:学校の用務員
マリオ:以前、里子としていた少年。14歳だった。ヴィックと同室だった。
レッドバインズ:赤いキャンディ。
ミスター・ペプルス:クエンティンが飼っていたペット、たぶん犬の名前。
(つづく)
タイトル『海を見た日』は、生まれて初めて海を見た日のことをいうのだろうか。(読み終えた時にわかったのですが、284ページに訳者のあとがきがあり、そこで原題の説明がなされています)
カバーにある英文タイトルらしきもの『The Echo Park Castaways』は、読み始めたいまのところ意味をとれません。エコーパークというのは場所の固有名詞「エコー公園」だろうか。Castawaysは、「捨て子」という意味にとりました。(18ページに、「このあたりエコーパーク」という文章が出てきました)エコーパークという地域に住む里親に預けられているこどもたちというのが、原題書名の意味なのでしょう。エコーパークは、ロサンゼルスの貧困地帯に属するそうです。(あとでわかりますが、夜はぶっそうです。酒とケンカ、カーレースで車がスピンしているそうです)
カバーには、浜辺を歩く4人の少年少女の姿があります。
後ろから二番目を歩いている背の低い髪の毛もじゃもじゃの女の子が、マーラでしょう。
一番後ろを歩く女の子が、のっぽの黒人の女の子であるナヴェイアでしょう。
さらにその前を歩く男子ふたりが、クエンティンとヴィクでしょう。どちらがだれということはわかりません。
ロサンゼルスのフォスターケア制度:里親制度。虐待する親からの分離。親が養育できないこどもの受け入れ。一時的な預かり。
五月のメモリアルデーまでは、白い服とか白いズボンは着てはいけないそうです。なんのこっちゃいな。(クエンティンの語りです)
五月のメモリアルデーとは何?:5月31日アメリカ合衆国戦没者追悼記念日。5月の最終月曜日が祝日になる。
(上を書いてからその後付け足した記事として:たまたまきょうがメモリアルデーであることを知りました。日本時間は5月31日火曜日朝です。アメリカ合衆国は、時差があるので、日本の5月30日夜から31日朝にかけてが、5月30日の昼間です。「米国株式市場は、本日はメモリアルデーなので休場です」という記事をたまたま目にしました)
セフォラ:フランスの化粧品・香水店
ヨーダ:映画「スター・ウォーズ」に登場する人物。
44ページ『裕福な家に生まれれば、安楽な人生が送れる』→裕福な家が永久に裕福であるという保障はありません。ぼーっとしていたら、財産はなくなってしまいます。
里親の分析・批評があります。
里親になるのは、①宗教にのめりこんでいる人 ②金目当ての人(役所から養育費が支給されるようです。だから、こどもを複数預かる。今だと、ひとり13万円ぐらい支給される) ③こどもが好きな人
ミュージカル「アニー」の原作:小さな孤児アニー
ウェルカムセンター:ちょっとよくわかりませんが、日本で言うところの「児童相談所」だろうかと想像しました。(279ページの作者あとがきに説明があります。ロサンゼルスにあった施設の名称だそうです。問題があって、2016年に閉鎖されたそうです。こどもを長期間とめおいたことがいけなかったそうです)
児童家庭サービス:これも役所の組織っぽい。
児童家庭センター:これも役所か。
49ページ付近を読んでいます。
悲しい思いをしているこどもたちの独り言(ひとりごと)が聞こえてきます。
だれかに聞いて欲しいのだろう。
読者に向けて、ぶつぶつつぶやいています。
ミス・マネーペニー:スパイ映画『007シリーズ』に登場する女性。
この物語をよりよく理解するためには、洋画『スター・ウォーズ』を観たことがある体験が必要です。
75ページ付近を読んでいます。
なかなか悲惨な状況が続きます。
オレゴン・トレイル:シュミレーション・ゲーム(仮想体験ゲーム)。アメリカ合衆国の西部開拓時代を素材にしたコンピューターゲーム。
2012年に映画館で観た洋画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を思い出します。脳に障害がある少年の物語でした。オスカー・シェル10歳が主人公という自分の鑑賞記録が残っています。
スロッピージョー:料理の名前。ひき肉にトマトソースとスパイスに味付けがしてある。
CIA(シーアイエー):アメリカ合衆国中央情報局。アメリカ合衆国の安全保障のために情報を収集・処理・分析する組織。
ドゥカティ:イタリアのオートバイメーカー
クエンティン、ヴィク、マーラ、ナヴェイアの4人は、クエンティンの母親が入院している病院をめざすことになりました。
路線バス、そして、地下鉄に乗ります。
グリンチ:アメリカ合衆国の児童向け絵本のキャラクター。緑色の体と顔をしている。
ドーラといっしょに大冒険:アメリカ合衆国の冒険映画。
ヒル・アンド・ファースト:地名。
ピットブル:犬。闘犬みたいで怖そうな犬(物語の中ではホームレスといっしょにいる犬。犬の名前が「ガス」)
(読みながらですが、知らない言葉が次々と出てきます。読づらくて、意味を調べることが大変なのですが、意味がわかるとお話の内容が見えてきて楽しい気分になります)
イングルウッド:ロサンゼルス南西部にある都市。
ホームレス:住居の無い人
マリポサ/ナッシュ駅:ロサンゼルスメトロの駅。ナッシュストリートとマリポサアベニューにある。
(つづく)
277ページあるうちの243ページまで読みました。
なかなかいい。
クライマックスは盛り上がります。(ここに内容は書きません)
外国作品です。映画化されるといいなと思いました。
まだ読み終えていませんが、今年読んで良かった一冊です。
結末はこれから読みます。
レドンドビーチ:ロサンゼルスにあるビーチ(砂浜海岸)
パブリック・リレーションズ:企業、団体、個人が、世論の支持を得られるように行う活動。
リヴィエラ・ヴィレッジ露天市:ビーチにある市場
チュロス:揚げ菓子。スペイン、ポルトガル、モロッコ、キューバなど、ラテンアメリカ各国で食べられている。
マカロニチーズ:ゆでたマカロニをチーズソースでからめたもの。
ジオード(晶洞石しょうどうせき):水晶にある空洞。
心に響いた言葉として、
(ナヴェイア)『わたしたちは、ひとりでやっていかないといけないの。だれもわたしたちのことはいらない……』
(ナヴェイアがヴィクに向かって)『それに、少なくともあんたの父親は生きている。わたしのお母さんは死んでいて、お父さんはだれかもわからない……』
(ナヴェイアがヴィクに言ってはいけなかった言葉として)『ねぇ、ヴィク、妄想(もうそう)の世界でずっと生きていくことはできないんだよ』
(クエンティンの笑いながら叫んだ言葉)『オナカスッキリ! ナヤミスッキリ!』
(ナヴェイア)『これが海。わたしの生きる世界に、こんなにも、こんなにも美しいものがあった……』
(ナヴェイア)『わたしたちのあいだをへだててた壁に、大きな突破口があいたような。』
(ヴィク)『かあちゃんはオレが赤ん坊のときに死んだ……(死んだ原因は出産時の難産にあるらしい)』そのあとの、亡き母を思うヴィクの語りにしんみりきます。(心にしみる)そして、6歳すぎの頃、父親も姿を消します。(ヴィクはそれから、仮想の世界で生きることにしたのです)
(ナヴィア)本当の親子じゃないから、里親の名前のスペル(アルファベットのつづり)を知らない。ほかに3人いる里子の誕生日も知らないというショックと嘆き。
(ナヴィア)『考え方を変えたの』
(ヴィク)『だれかに体を乗っ取られたような気がしたから……』
(ヴィク)『(里親の)ミセス・Kもすごくさみしいにちがいない。友だちや親戚もいない……』
(ヴィク)『“もっといいところ”なんてない。みんなここがいいんだ』
スター・ウォーズのタトゥイーンの宇宙港モス・アイズリーの酒場:そういうシーンがありました。
クエンティンが背負うリュックの隠しポケットの中から、病院で入院しているママが入れてくれた<緊急事態のときにつかう5ドル>が出てきました。
邦画『ALWAYS 三丁目の夕日』に似たようなシーンがありました。思い出すと泣けます。薬師丸ひろ子さんが演じるおかあさんが、小学生の息子である一平のセーターのひじつぎあてに、お守りを忍ばせてくれたシーンがありました。お守りの中には、いざというときに使うお金が入っていました。一平はそのお金でピンチを克服しました。
ヴィクは生まれてから一度も海を観たことがありません。(ゆえに、海を見た時に感動します)
集団の動きをコントロールしてきたナヴェイアの気持ちに変化が生まれます。『抑制、抑圧、否定』から『許容、許可、だめをやめる』です。
これはこうしなければならないというしばりをときます。
心にゆとりが生まれます。ふだんは、追われているような気分で生活をしていました。
気分がおだやかでリラックスしています。
海を見て、心が広くなりました。
ナヴェイアも海を見るのは生まれて初めてです。『これが、海』という頭の中での考えがあります。
(旅先で、美しい景色を見ると、今までがんばって生きてきて良かったと思うことがあります)
R2-D2:スター・ウォーズに出てくるロボットキャラクター。さまざまな機能を兼ね備えた優秀なロボット。キャタピラー付きの三本足で移動する。親友が人型ロボットのC-3PO(シースリーピーオー)
レイア姫:スター・ウォーズに出てくる女性キャラクター。
里子だったシルヴィアとアーニャは、ハイスクール入学と同時に里子の契約が切れた。
ナヴェイアはそのことを知らなかった。ナヴェイアの精神状態は不安定になります。
215ページからのヴィクの語りは、胸に深く刺さる内容です。
6歳の時、父親と一緒にガレージ(車庫)で暮らしていたから始まります。人間扱いされていない父子の生活がありました。血縁関係がある親族からも冷たくされます。
自分の読書歴を振り返ってみると、貧しきアメリカ合衆国の人たちはみな、カリフォルニア州を目指して移動します。
カリフォルニア州の豊かさを求めるのです。
『怒りの葡萄』スタインベック作品がありました。
シピティオ:トラブルメーカー(トラブルをつくる人)
スパニエル犬(けん):鳥猟犬(とりをとる猟犬りょうけん)の種類
ブラックパンサー:アメリカ合衆国の映画
読んでいて、クエンティンのママは自殺なのかと思いました。(違いました。本を読んでください)
親も里子(さとご)だった。
貧困の連鎖があります。
虐待された親は、自分の子を虐待する。
ふつう、親になると、自分が育てられたように子を育てます。
親のやり方がわからないという親は多い。
『ニューファミリー』をつくる。
自分が恵まれないこども時代を送るこどもは、自分がおとなになって、ちゃんとした自分の家族をつくろうと思い努力する。
ちゃんとやってくれない親に期待しても報われない。(むくわれない。いい結果にはつながらない)
親に捨てられた子は、親をすてるぐらいの気持ちでやっていけばいい。
そこまで思わせてくれる説得力があります。
(映画化されるといいな。邦画でもいい。日本人に置き換えてもいい)
『物語』が必要なこどもたちがいます。
恵まれない環境を一時的にでも忘れるために架空の世界へ逃げ込むための『物語』が必要なのです。
みんなは、みんなで、課題を克服しました。
仲良く暮らす。
協力して生活する。
血がつながっていなくても『家族』になる。
こどもには『未来』がある。
やりかたしだいで『未来』は明るくも暗くもなる。
作者からは、強いメッセージが発信されています。
血がつながっていなくても『家族になろうよ』です。
読み終えて、達成感と爽快感(そうかいかん)がありました。
中学生が本の内容を理解するには人生体験不足でしょう。
<役者あとがきから心に響いた文節として>
「house(ハウス)」と区別して「home(ホーム)」
ホームは、家族とともに安心して暮らし、くつろぎを与えてくれる場。
もうすぐ11歳になる男子であるクエンティンは、自閉症とされています。
同じく自閉症の青年の本を読んだことを思い出しました。
『跳びはねる思考 東田直樹 イースト・プレス』『自閉症の僕が跳びはねる理由 東田直樹 エスコアール』この二冊を思い出しました。
見た目は障害者なのですが、脳の中身は普通なのです。
読んだ時の自分のコメントが残っています。
<常識の枠を破って、世界観が広がる本です。会話ができない自閉症である著者が自らは意識をもっていることを証明しています。その知能レベルは高い。22歳同年齢の健常者以上です。奇跡を感じます。驚きました。
彼が使用しているのは、1枚のペーパーのような文字盤でした。アルファベットを指でさして意思表示をするのです。シンプルです。文字による会話の最後に必ず「おわり」が入ります。読書の途中からその「おわり」の部分は意識して読まないようにしました。そのほうが読みやすい。
こどもの頃は、つらくて苦しいことばかりだったとあります。挨拶は苦手でできない。
行動を自分でコントロールできない。フラッシュバック(突然過去の嫌だったことが脳によみがえる)で、体が勝手に跳びはねる。
ストレス解消法は乗り物に乗ること。時間と空間の感覚の旅ができるそうです。悲しいとか、つらいとかいう感情から解放されるそうです。
家族からの声かけは、光そのものだった。自身は、別の世界から現実の出来事を見ているような感覚がある。
カラオケが好き。会話はできなくてもカラオケはできる自閉症患者さんはいるそうです。彼は、音楽と文学の重要性を説きます。
心に残ったフレーズとして、「明日に希望を求めるのではなく、今日のやり直しを明日行う。」それから、「僕が流した涙と同じくらい、家族も泣いてくれた。」心優しい人です。類似集団にレッテルを張るのではなく、ひとりの個人としてみる。>
以前施設入所中の障害者多数を殺傷する事件がありましたが、東田直樹さんの本を読むと本当のことがわかるのです。(障害者の心の中にある風景と気持ち)
<原稿は、筆談、パソコンで作成されています。障害者が何を考えながら生活を送っているのかがわかる本です。病気で、意識、認識なく生きているという見方は間違っていることがわかります。書中にある言葉、見かけだけで判断しないでくださいが、胸に突き刺さります。何のために人としてこの世に生まれたのだろうという言葉も重い。感情がないのではなく、感情はある。知能が低いのではなく、知能はある。>
2022年05月30日
江戸のジャーナリスト 葛飾北斎 千野境子
江戸のジャーナリスト 葛飾北斎(かつしか・ほくさい) 千野境子(ちの・けいこ) 国土社
ジャーナリスト:社会問題について分析・研究・調査をして、なんらかのメッセージを発表する人。新聞・雑誌記者、編集者、放送記者、解説者など。
葛飾北斎(かつしか・ほくさい):浮世絵師。1760年-1849年。88歳没。(本書の冒頭では「九十歳」と記されています。太陰暦とか太陽暦の違いがあるのでしょう。あるいは数え年の関係かもしれません。生まれた時に1歳からスタートして、元旦のたびに1歳プラスしていく)
ペリーの来航1853年。明治維新1868年。1760年~1840年イギリスの産業革命。
1774年杉田玄白の「解体新書」。1821年ナポレオン51歳没。
1812年がナポレオンのロシア遠征。1789年ワシントン氏がアメリカ大統領就任。
東洲斎写楽(とうしゅうさい・しゃらく、浮世絵師。1763年-1820年)
ベートーベン1827年56歳没。1782年-1788年天明の大飢饉。
1787年-1793年寛政の改革。老中松平定信。1783年浅間山噴火。
1798年本居宣長(もとおり・のりなが)「古事記伝」。1802年十返舎一九(じっぺんしゃいっく)「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」
1807年イギリスがインド帝国をつくる。1808年間宮林蔵が樺太探検で間宮海峡を発見する。
1849年ショパン39歳没。1821年伊能忠敬(いのう・ただたか)の日本地図完成(本人は1818年没)。1837年大塩平八郎の乱。
1840年アヘン戦争(清国対イギリス)。1842年南京条約(なんきんじょうやく)香港島をイギリスに割譲(かつじょう)。
1842年滝沢馬琴(たきざわ・ばきん)「南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)」
1830年-1843年天保の改革。老中水野忠邦。1828年シーボルト事件(帰国時に日本地図を国外に持ち出そうとした。たぶん軍事的秘密に該当する禁止行為でしょう)
葛飾北斎『富嶽三十六景(ふがくひゃっけい。富士山の絵が36枚)』1831年-1834年。
歌川広重(うたがわ・ひろしげ)『東海道五十三次(とうかいどう53つぎ。次は宿場のことでしょう。浮世絵木版画』1833年。
1835年福沢諭吉誕生。1901年(明治34年)66歳没 学問のすすめ 慶応大学設立
1838年大隈重信誕生。1922年(大正11年)83歳没 早稲田大学設立
ポールセザンヌ 1839年-1906年 67歳没 フランスの画家
ルノアール 1841年-1919年 78歳没 フランスの画家
ゴッホ 1853年-1890年 37歳没 オランダの画家
マネ:1832年-1883年 51歳没 フランスの画家
モネ:1840年-1926年 86歳没 フランスの画家
シスレー:1839年-1899年 59歳没 フランス生まれのイギリス人画家
ピサロ:1830年-1903年 73歳没 フランスの画家
ドガ:1834年-1917年 83歳没 フランスの画家
葛飾北斎の影響を受けたという印象派の画家たちは、当時まだ三十代ぐらいだったそうです。フランスの画家たちが、日本の浮世絵師葛飾北斎の絵を真似たのです。
フランスやオランダのどの画家の絵も美しい。
当時の美術界は印象派を受け入れなかったそうです。
当時は、写真のような写実的な絵が好まれたのかと考えました。
行政が文化を圧迫する。
法律と芸術は対立の構図になることもあるのでしょう。
アール・ヌーボー:19世紀末から20世紀初頭、ヨーロッパで開花した国際的な美術運動。「新しい芸術」
ゴッホに妹さんがいたことは初めて知りました。
歌川広重:1797年-1858年 61歳ころ没 浮世絵『東海道五十三次』
喜多川歌麿(きたがわ・うたまろ):1753年-1806年 53歳ころ没 浮世絵美人画
シーボルト:1796年-1866年 70歳没 ドイツの医師、博物学者 長崎出島のオランダ商館の医師 1823年-1830年日本に滞在。(本人が27歳から34歳ぐらい)1859年再来日(本人が63歳ぐらい)、1862年帰国(66歳ぐらい)
10年ぐらいに前に読んだ本があります。『江戸参府紀行 ジーボルト 東洋文庫87 平凡社』
1840年 遠山の金さんが江戸町奉行になる。
以上は、時代背景がわかりやすくなるように、熊太郎作成の歴史ノート(鉛筆等の手書きで何十枚も書きためているノート)から拾ってみました。
この本の最後にも参考年表がついていました。
読み手の年齢によって感じ方が違ってくると思いますが、現在60代の自分からみると、葛飾北斎没後170年以上と本には書いてありますが、自分には100年ぐらい前のことのように思えます。自分が小学生のころに明治100年という祝い事があった記憶です。(明治100年は1968年(昭和43年)です)
大英博物館:イギリスロンドンにあります。いつか訪れてみたい。
葛飾北斎という人は、ヨーロッパの画家に斬新な画風で大きなショックと影響を与えたすごい人です。世界規模の有名な日本人です。肉筆画の天才芸術家です。ときに気が狂っているのではないかと思われるほど創作に打ち込んでいたに違いありません。(14ページに「画狂人(がきょうじん)」とあります。奇人、変人、謎の人でもあります)
この本では、ジャーナリストという扱いをされているようです。
どういうことだろう。
葛飾北斎の伝記(人生の記録)が始まるようです。
読みながら、感想を書き足していきます。
長野県の小布施(おぶせ)というところに葛飾北斎の美術館があるそうです。
自分は、先日、長野市にある善光寺にお参りに行ってきました。
小布施は、長野駅前にあった長野電鉄に乗って30分ほどで行けるそうです。
『北斎館』という美術館があるそうです。ずいぶんむかしに、愛知県から新潟県にバス旅行をしたおりに、小布施あたりでなにかを見学した覚えがありますがもうおぼろげな記憶です。思い出せません。
1842年葛飾北斎は83歳のときに小布施を訪れた。1844年85歳のときに『龍図』『鳳凰図』、そして、86歳で(数え年)『男浪図』『女浪図』を制作した。
80代に芸術の集大成のような結集があります。すごい。
本の内容は細かい話が続きます。
読んでいて、気に入った文節などです。
『……葛飾北斎という絵師の、冷めた(さめた)眼差し(まなざし)……』
葛飾北斎は、人間を観察して絵にする。
人間の多様性(個性)を否定しないと読み取れます。
そのあたりが本のタイトル「ジャーナリスト」につながるのでしょう。人を分析して、なんらかのメッセージを発する。
ものの見方として『鳥瞰図(ちょうかんず。空を飛ぶ鳥の目で見えた光景を図にする)』
もうひとつが『虫の目』で、細かいところをしっかり見る。
滝沢馬琴(たきざわ・ばきん):1767年-1848年。81歳没。読み本(よみほん)作者。『曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)』
経歴を拾って整理します。
1760年9月23日 現在の東京都墨田区亀沢で出生。
幼名は『時太郎』だった。6歳から絵を描くことに気持ちを集中させる資質、気質あり。
1778年。浮世絵師として一歩を踏み出す。数え年19歳で、人気浮世絵師の勝川春章(かちがわしゅんしょう)に弟子入りをする。歌舞伎役者の似顔絵、美人画、相撲絵、挿絵(さしえ)など。勝川春朗と名のる。三十代なかばまで続く。そのころ、娘阿栄(おえい。雅号は『応為(おうい)』誕生。
1794年か1795年、数えで35歳のときに、二代目俵屋宗理(たわらや・そうり)となる。光琳画法(こうりんがほう)の師匠であった。
私淑(ししゅく):師と仰ぐ人を慕いひそかに真似をして学ぶ。
地本問屋(じほんどんや):江戸で出版された本の問屋(とんや)
喜多川歌麿(きたがわ・うたまろ):1753年-1806年。浮世絵師。53歳ころ没。美人画
蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう):1750年-1797年。江戸時代の版元(はんもと。出版をする人)
1798年。俵屋宗理の名を門人(もんじん。同じ師匠の弟子。門下生(もんかせい))に譲った。(ゆずった)
次の雅号(がごう。本名ではない上品で美しく品格があるような呼び名)が『北斎辰政(ほくさい・ときまさ)』
1806年。雅号を『葛飾北斎』とする。47歳。
源為朝(みなもとのためとも):源頼朝(みなもとのよりとも)、源義経(みなもと・よしつね)のおじさん。
化政文化(かせいぶんか):江戸時代後期の文化。浮世絵、滑稽本(こっけいぼん。おもしろおかしい本)、川柳(せんりゅう。ユーモア短歌)、歌舞伎(かぶき)。町人文化。
1811年。52歳のころ、親友滝沢馬琴と仕事のやり方で話が合わず絶交する。
1812年。『北斎漫画(ほくさいまんが。絵本のようなもの)』の製作が名古屋でスタート。大きな達磨(だるま)を書いた話が書いてあります。たぶん、名古屋市中区にある本願寺名古屋別院というお寺さんでのことだと思います。
72歳で『富嶽三十六景』を作成した。
75歳で『富嶽百景』を作成した。
なんというか、老齢、高齢になって、ふつうは、技量や能力が衰えると思うのですが、葛飾北斎は逆に傑出した作品を生み出しています。天才です。
70代からが人生の本番です。勇気をもらいました。
江戸時代以降の人々の識字率(読み書き)の高さに関する記述が、自分には意外でした。
自分がこどものころには、読み書きができないお年寄りをときおり見かけました。
バスターミナルで迷っている人がいたら、字が読めない人かもしれないから、声をかけて案内してあげなさいと中学校の先生に言われたことがあります。
本は、おとなには、読みやすい文章です。
中学生には、歴史とか絵画の下地がないとわからないかもしれません。
葛飾北斎は、2回結婚して、2回死別しています。2回目の死別が69歳の時でした。(1828年)
それぞれ1男2女。
1回目の結婚:長男富之助。早世したもよう。長女は子どもを遺して死去した。その孫が問題児で北斎を悩ませた。次女は夭折(ようせつ。若いうちに死去)
2回目の結婚:次男(長男)養子に出す。三女(長女)お栄(おえい)雅号が『応為(おうい)』の天才肌の絵師(小説がドラマか映画で見た記憶があります)四女は早世したらしい。
家がごみ屋敷なのは、葛飾北斎に発達障害の部分があったのかもしれません。自分の興味があることは、何時間でもやる。興味が無いことはいっさいやらないという気質です。
江戸時代の平均寿命が三十歳前後だそうです。幼児の死亡率が高かった。
葛飾北斎は生涯で引っ越しをした回数が93回だそうです。
自分も引っ越しが多かったのですが、これまでに18回ぐらいです。
葛飾北斎と自分は似たところがあるのかもしれません。
葛飾北斎は、お酒はたしなまないが、ごく親しい人とはのむ。
以前読んだ脳科学の本に書いてあってことを思い出しました。天才はとにかく大量の製作物を長時間かけて多数つくる。大量につくった作品の中に光る一作がある。
江戸時代の『宵越しの金はもたない(よいごしのかねはもたない。お金はその日のうちに使い切る』の意味がわかりまし。江戸時代に銀行はない。家に大金をおいておくのはぶっそうだった。火事も多かったから紙幣は燃えるとパーになった。タンス預金はアウト。
幣衣(へいい):痛んで破れた衣類。
飯島虚心(いいじま・きょしん):明治時代の浮世絵研究者。美術史家。1841年-1901年(明治34年)享年61歳没。(きょうねん。天からさずかった命。数え年)
90年の生涯で生み出した作品が3万点以上だそうです。
漫画家の手塚治虫さんと葛飾北斎さんが重なるのです。
ふたりとも仕事人間です。
絵を描くことに集中した人生でした。
参勤交代制度のメリットが書いてあります。
人間の血管のように、体全体に血液(国全体の情報)が循環するのです。国外の情報(オランダを通じて)も行き交います。
葛飾北斎の絵が行き着く先には、ヨーロッパがあります。日本文化がフランスまで到達して交流が始まります。葛飾北斎がフランスの絵画界に良い影響を与えます。葛飾北斎が外交官のように思えます。ゆえにこの本のタイトル江戸のジャーナリストということになるのでしょう。絵を使っての日本の情報発信者兼外国の情報仕入れ者です。国際交流の架け橋のような存在です。
以前読んだ『キャパとゲルダ マーク・アロンソン&マリナ・ブドーズ・著 原田勝・訳 あすなろ書房』に出ていた戦争報道写真家のロバート・キャパとゲルダ・タロー(女性)の姿と葛飾北斎のイメージが重なります。
葛飾北斎は情報発信の鬼です。今だったらSNS(ソーシャルメディア・ネットワーク・システム)を自由自在に使いこなして、情報発信をすることでしょう。
葛飾北斎は、朝鮮半島からの交流使節団とも関わりをもっています。(朝鮮半島との交流は、古代、卑弥呼のっ時代とか大和朝廷の時代から付き合いがあったと思うのです)
琉球との関わりも出てきます。(沖縄県)
江戸時代に江戸に住んでいた人たちは胸がワクワクするようなことが次々とあったに違いありません。
葛飾北斎が、学者さんのように思えてきました。あくなき探求心があるのです。(飽きることがない。いつまでも)好奇心が強い。前向きで、とりあえず、やってみる。新し物好きです。エッチング(銅版画)への挑戦があります。自分は中学生のとき、冬になるとエッチングで枯れ木をほって版画にしていました。
カピタン:オランダの東インド会社が日本に商館の長。最高責任者。
狂歌本(きょうかぼん):社会風刺(ふうし。遠回しな批判)、こっけい(笑い)、皮肉(非難)を集めた江戸時代の本。
葛飾北斎の『東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)』:1804年-1818年
東海道五十三次という作品は、歌川広重だけのものだと思っていました。(歌川広重は、葛飾北斎より30歳以上年下)
旅行ガイドブックという位置づけの本で、複数の人たちが浮世絵を書いているそうです。
「マンガ」の力は大きい。
こどもさんにマンガを禁じる親ごさんがいますが、禁止しないほうがいい。
まんがに心を支えられるということは現実にあります。
平和な世の中です。
平和な時代に、文化が盛んになります。
名古屋と葛飾北斎の関わりが出てきます。
製造業の街である愛知県を始めとした中部地区です。文化・芸能は東京や大阪にかないません。
葛飾北斎の話で名古屋が出てくるのは意外でした。
1779年のこととして、ロシアとの接触があります。
ロシアが北海道はロシアのものだと主張する意識がかいま見える歴史上の出来事です。
イギリスも北海道に姿を現します。
熊太郎専用の歴史ノートを見ると、1843年から1852年に、イギリス、フランス、オランダ、アメリカ合衆国が来航して江戸幕府に開国、通商を求めています。ペリーの来航が1853年です。
オランダのライデンという地名が出ます。
アムステルダムの南西にあって、日本の博物館があるそうです。日本博物館シーボルトハウスとありました。
(ふと、日本はいつから「日本」になったのだろうかという疑問が生じました。調べたら西暦700年前後からだそうです。中国から見て、太陽が昇るところ(東側)だから日本なのだろうかと考えました)
『画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)』葛飾北斎自身がそう名のったそうです。すごい表現です。
版画から肉筆画へと変わっていったそうです。
『西瓜と包丁(すいかとほうちょう)』美しい絵です。
『椿と鮭の切り身』身近にあるものをなにげなく描写する。
ピカソ:1881年-1973年 91歳没
ピカソと葛飾北斎の絵画制作にかける情熱は似ていた。
芸術家にはスポンサー(資金等の援助者)が必要です。
芸術家は、収入面で不安定な職業です。
芸術家本人はお金に無頓着です。(むとんちゃく。関心がない。執着しない)
145ページにある葛飾北斎のスポンサー(支援者)だった長野県小布施(おぶせ)の大金持ちだった高井鴻山(たかい・こうざん 1806年-1883年)の漢詩が心にしみました。
漢詩では、葛飾北斎という人物は、うちに半年ほど滞在した。別れも告げずに立ち去った。くるときもふらりとやってきた。立ち去るときもなにも言い残していかなかった。自分の思うままに八十余年生きてきた人だ。貧乏とか富とか(とみ)名声とか、本人は気に留めていない。お金があろうがなかろうが、世間に媚びない(こびない。ごまをすらない。気に入られるようにごきげんをとらない)。ただひたすら絵を描くことが己の使命と思っている。そのようなことが書いてあるそうです。そうなりたいものです。
落款(らっかん):署名。印影。
ロシア人の関わり
セルゲイ・キターエフ:1864年-1927年 美術収集家
ベアタ・ヴォロノワ:1926年―2017年 学芸員
なになに人だからこういうふうだという先入観や決めつけはやめなければなりません。
ひとりひとりが個性をもった個人で、地球人です。
とにかく大量に作品をつくる。
長時間創作に打ち込む
さすれば、いい作品ができる。たぶん駄作もたくさん生まれる。
歴史の記録書を読むようでした。
人心というのは時代背景に押されて変化していく。
江戸時代の優秀な浮世絵は、明治維新後の外国文化こそ良きものという風潮に押されて衰退化していきます。
されど、本物は時代を越えて復活します。
ジャーナリスト:社会問題について分析・研究・調査をして、なんらかのメッセージを発表する人。新聞・雑誌記者、編集者、放送記者、解説者など。
葛飾北斎(かつしか・ほくさい):浮世絵師。1760年-1849年。88歳没。(本書の冒頭では「九十歳」と記されています。太陰暦とか太陽暦の違いがあるのでしょう。あるいは数え年の関係かもしれません。生まれた時に1歳からスタートして、元旦のたびに1歳プラスしていく)
ペリーの来航1853年。明治維新1868年。1760年~1840年イギリスの産業革命。
1774年杉田玄白の「解体新書」。1821年ナポレオン51歳没。
1812年がナポレオンのロシア遠征。1789年ワシントン氏がアメリカ大統領就任。
東洲斎写楽(とうしゅうさい・しゃらく、浮世絵師。1763年-1820年)
ベートーベン1827年56歳没。1782年-1788年天明の大飢饉。
1787年-1793年寛政の改革。老中松平定信。1783年浅間山噴火。
1798年本居宣長(もとおり・のりなが)「古事記伝」。1802年十返舎一九(じっぺんしゃいっく)「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」
1807年イギリスがインド帝国をつくる。1808年間宮林蔵が樺太探検で間宮海峡を発見する。
1849年ショパン39歳没。1821年伊能忠敬(いのう・ただたか)の日本地図完成(本人は1818年没)。1837年大塩平八郎の乱。
1840年アヘン戦争(清国対イギリス)。1842年南京条約(なんきんじょうやく)香港島をイギリスに割譲(かつじょう)。
1842年滝沢馬琴(たきざわ・ばきん)「南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)」
1830年-1843年天保の改革。老中水野忠邦。1828年シーボルト事件(帰国時に日本地図を国外に持ち出そうとした。たぶん軍事的秘密に該当する禁止行為でしょう)
葛飾北斎『富嶽三十六景(ふがくひゃっけい。富士山の絵が36枚)』1831年-1834年。
歌川広重(うたがわ・ひろしげ)『東海道五十三次(とうかいどう53つぎ。次は宿場のことでしょう。浮世絵木版画』1833年。
1835年福沢諭吉誕生。1901年(明治34年)66歳没 学問のすすめ 慶応大学設立
1838年大隈重信誕生。1922年(大正11年)83歳没 早稲田大学設立
ポールセザンヌ 1839年-1906年 67歳没 フランスの画家
ルノアール 1841年-1919年 78歳没 フランスの画家
ゴッホ 1853年-1890年 37歳没 オランダの画家
マネ:1832年-1883年 51歳没 フランスの画家
モネ:1840年-1926年 86歳没 フランスの画家
シスレー:1839年-1899年 59歳没 フランス生まれのイギリス人画家
ピサロ:1830年-1903年 73歳没 フランスの画家
ドガ:1834年-1917年 83歳没 フランスの画家
葛飾北斎の影響を受けたという印象派の画家たちは、当時まだ三十代ぐらいだったそうです。フランスの画家たちが、日本の浮世絵師葛飾北斎の絵を真似たのです。
フランスやオランダのどの画家の絵も美しい。
当時の美術界は印象派を受け入れなかったそうです。
当時は、写真のような写実的な絵が好まれたのかと考えました。
行政が文化を圧迫する。
法律と芸術は対立の構図になることもあるのでしょう。
アール・ヌーボー:19世紀末から20世紀初頭、ヨーロッパで開花した国際的な美術運動。「新しい芸術」
ゴッホに妹さんがいたことは初めて知りました。
歌川広重:1797年-1858年 61歳ころ没 浮世絵『東海道五十三次』
喜多川歌麿(きたがわ・うたまろ):1753年-1806年 53歳ころ没 浮世絵美人画
シーボルト:1796年-1866年 70歳没 ドイツの医師、博物学者 長崎出島のオランダ商館の医師 1823年-1830年日本に滞在。(本人が27歳から34歳ぐらい)1859年再来日(本人が63歳ぐらい)、1862年帰国(66歳ぐらい)
10年ぐらいに前に読んだ本があります。『江戸参府紀行 ジーボルト 東洋文庫87 平凡社』
1840年 遠山の金さんが江戸町奉行になる。
以上は、時代背景がわかりやすくなるように、熊太郎作成の歴史ノート(鉛筆等の手書きで何十枚も書きためているノート)から拾ってみました。
この本の最後にも参考年表がついていました。
読み手の年齢によって感じ方が違ってくると思いますが、現在60代の自分からみると、葛飾北斎没後170年以上と本には書いてありますが、自分には100年ぐらい前のことのように思えます。自分が小学生のころに明治100年という祝い事があった記憶です。(明治100年は1968年(昭和43年)です)
大英博物館:イギリスロンドンにあります。いつか訪れてみたい。
葛飾北斎という人は、ヨーロッパの画家に斬新な画風で大きなショックと影響を与えたすごい人です。世界規模の有名な日本人です。肉筆画の天才芸術家です。ときに気が狂っているのではないかと思われるほど創作に打ち込んでいたに違いありません。(14ページに「画狂人(がきょうじん)」とあります。奇人、変人、謎の人でもあります)
この本では、ジャーナリストという扱いをされているようです。
どういうことだろう。
葛飾北斎の伝記(人生の記録)が始まるようです。
読みながら、感想を書き足していきます。
長野県の小布施(おぶせ)というところに葛飾北斎の美術館があるそうです。
自分は、先日、長野市にある善光寺にお参りに行ってきました。
小布施は、長野駅前にあった長野電鉄に乗って30分ほどで行けるそうです。
『北斎館』という美術館があるそうです。ずいぶんむかしに、愛知県から新潟県にバス旅行をしたおりに、小布施あたりでなにかを見学した覚えがありますがもうおぼろげな記憶です。思い出せません。
1842年葛飾北斎は83歳のときに小布施を訪れた。1844年85歳のときに『龍図』『鳳凰図』、そして、86歳で(数え年)『男浪図』『女浪図』を制作した。
80代に芸術の集大成のような結集があります。すごい。
本の内容は細かい話が続きます。
読んでいて、気に入った文節などです。
『……葛飾北斎という絵師の、冷めた(さめた)眼差し(まなざし)……』
葛飾北斎は、人間を観察して絵にする。
人間の多様性(個性)を否定しないと読み取れます。
そのあたりが本のタイトル「ジャーナリスト」につながるのでしょう。人を分析して、なんらかのメッセージを発する。
ものの見方として『鳥瞰図(ちょうかんず。空を飛ぶ鳥の目で見えた光景を図にする)』
もうひとつが『虫の目』で、細かいところをしっかり見る。
滝沢馬琴(たきざわ・ばきん):1767年-1848年。81歳没。読み本(よみほん)作者。『曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)』
経歴を拾って整理します。
1760年9月23日 現在の東京都墨田区亀沢で出生。
幼名は『時太郎』だった。6歳から絵を描くことに気持ちを集中させる資質、気質あり。
1778年。浮世絵師として一歩を踏み出す。数え年19歳で、人気浮世絵師の勝川春章(かちがわしゅんしょう)に弟子入りをする。歌舞伎役者の似顔絵、美人画、相撲絵、挿絵(さしえ)など。勝川春朗と名のる。三十代なかばまで続く。そのころ、娘阿栄(おえい。雅号は『応為(おうい)』誕生。
1794年か1795年、数えで35歳のときに、二代目俵屋宗理(たわらや・そうり)となる。光琳画法(こうりんがほう)の師匠であった。
私淑(ししゅく):師と仰ぐ人を慕いひそかに真似をして学ぶ。
地本問屋(じほんどんや):江戸で出版された本の問屋(とんや)
喜多川歌麿(きたがわ・うたまろ):1753年-1806年。浮世絵師。53歳ころ没。美人画
蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう):1750年-1797年。江戸時代の版元(はんもと。出版をする人)
1798年。俵屋宗理の名を門人(もんじん。同じ師匠の弟子。門下生(もんかせい))に譲った。(ゆずった)
次の雅号(がごう。本名ではない上品で美しく品格があるような呼び名)が『北斎辰政(ほくさい・ときまさ)』
1806年。雅号を『葛飾北斎』とする。47歳。
源為朝(みなもとのためとも):源頼朝(みなもとのよりとも)、源義経(みなもと・よしつね)のおじさん。
化政文化(かせいぶんか):江戸時代後期の文化。浮世絵、滑稽本(こっけいぼん。おもしろおかしい本)、川柳(せんりゅう。ユーモア短歌)、歌舞伎(かぶき)。町人文化。
1811年。52歳のころ、親友滝沢馬琴と仕事のやり方で話が合わず絶交する。
1812年。『北斎漫画(ほくさいまんが。絵本のようなもの)』の製作が名古屋でスタート。大きな達磨(だるま)を書いた話が書いてあります。たぶん、名古屋市中区にある本願寺名古屋別院というお寺さんでのことだと思います。
72歳で『富嶽三十六景』を作成した。
75歳で『富嶽百景』を作成した。
なんというか、老齢、高齢になって、ふつうは、技量や能力が衰えると思うのですが、葛飾北斎は逆に傑出した作品を生み出しています。天才です。
70代からが人生の本番です。勇気をもらいました。
江戸時代以降の人々の識字率(読み書き)の高さに関する記述が、自分には意外でした。
自分がこどものころには、読み書きができないお年寄りをときおり見かけました。
バスターミナルで迷っている人がいたら、字が読めない人かもしれないから、声をかけて案内してあげなさいと中学校の先生に言われたことがあります。
本は、おとなには、読みやすい文章です。
中学生には、歴史とか絵画の下地がないとわからないかもしれません。
葛飾北斎は、2回結婚して、2回死別しています。2回目の死別が69歳の時でした。(1828年)
それぞれ1男2女。
1回目の結婚:長男富之助。早世したもよう。長女は子どもを遺して死去した。その孫が問題児で北斎を悩ませた。次女は夭折(ようせつ。若いうちに死去)
2回目の結婚:次男(長男)養子に出す。三女(長女)お栄(おえい)雅号が『応為(おうい)』の天才肌の絵師(小説がドラマか映画で見た記憶があります)四女は早世したらしい。
家がごみ屋敷なのは、葛飾北斎に発達障害の部分があったのかもしれません。自分の興味があることは、何時間でもやる。興味が無いことはいっさいやらないという気質です。
江戸時代の平均寿命が三十歳前後だそうです。幼児の死亡率が高かった。
葛飾北斎は生涯で引っ越しをした回数が93回だそうです。
自分も引っ越しが多かったのですが、これまでに18回ぐらいです。
葛飾北斎と自分は似たところがあるのかもしれません。
葛飾北斎は、お酒はたしなまないが、ごく親しい人とはのむ。
以前読んだ脳科学の本に書いてあってことを思い出しました。天才はとにかく大量の製作物を長時間かけて多数つくる。大量につくった作品の中に光る一作がある。
江戸時代の『宵越しの金はもたない(よいごしのかねはもたない。お金はその日のうちに使い切る』の意味がわかりまし。江戸時代に銀行はない。家に大金をおいておくのはぶっそうだった。火事も多かったから紙幣は燃えるとパーになった。タンス預金はアウト。
幣衣(へいい):痛んで破れた衣類。
飯島虚心(いいじま・きょしん):明治時代の浮世絵研究者。美術史家。1841年-1901年(明治34年)享年61歳没。(きょうねん。天からさずかった命。数え年)
90年の生涯で生み出した作品が3万点以上だそうです。
漫画家の手塚治虫さんと葛飾北斎さんが重なるのです。
ふたりとも仕事人間です。
絵を描くことに集中した人生でした。
参勤交代制度のメリットが書いてあります。
人間の血管のように、体全体に血液(国全体の情報)が循環するのです。国外の情報(オランダを通じて)も行き交います。
葛飾北斎の絵が行き着く先には、ヨーロッパがあります。日本文化がフランスまで到達して交流が始まります。葛飾北斎がフランスの絵画界に良い影響を与えます。葛飾北斎が外交官のように思えます。ゆえにこの本のタイトル江戸のジャーナリストということになるのでしょう。絵を使っての日本の情報発信者兼外国の情報仕入れ者です。国際交流の架け橋のような存在です。
以前読んだ『キャパとゲルダ マーク・アロンソン&マリナ・ブドーズ・著 原田勝・訳 あすなろ書房』に出ていた戦争報道写真家のロバート・キャパとゲルダ・タロー(女性)の姿と葛飾北斎のイメージが重なります。
葛飾北斎は情報発信の鬼です。今だったらSNS(ソーシャルメディア・ネットワーク・システム)を自由自在に使いこなして、情報発信をすることでしょう。
葛飾北斎は、朝鮮半島からの交流使節団とも関わりをもっています。(朝鮮半島との交流は、古代、卑弥呼のっ時代とか大和朝廷の時代から付き合いがあったと思うのです)
琉球との関わりも出てきます。(沖縄県)
江戸時代に江戸に住んでいた人たちは胸がワクワクするようなことが次々とあったに違いありません。
葛飾北斎が、学者さんのように思えてきました。あくなき探求心があるのです。(飽きることがない。いつまでも)好奇心が強い。前向きで、とりあえず、やってみる。新し物好きです。エッチング(銅版画)への挑戦があります。自分は中学生のとき、冬になるとエッチングで枯れ木をほって版画にしていました。
カピタン:オランダの東インド会社が日本に商館の長。最高責任者。
狂歌本(きょうかぼん):社会風刺(ふうし。遠回しな批判)、こっけい(笑い)、皮肉(非難)を集めた江戸時代の本。
葛飾北斎の『東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)』:1804年-1818年
東海道五十三次という作品は、歌川広重だけのものだと思っていました。(歌川広重は、葛飾北斎より30歳以上年下)
旅行ガイドブックという位置づけの本で、複数の人たちが浮世絵を書いているそうです。
「マンガ」の力は大きい。
こどもさんにマンガを禁じる親ごさんがいますが、禁止しないほうがいい。
まんがに心を支えられるということは現実にあります。
平和な世の中です。
平和な時代に、文化が盛んになります。
名古屋と葛飾北斎の関わりが出てきます。
製造業の街である愛知県を始めとした中部地区です。文化・芸能は東京や大阪にかないません。
葛飾北斎の話で名古屋が出てくるのは意外でした。
1779年のこととして、ロシアとの接触があります。
ロシアが北海道はロシアのものだと主張する意識がかいま見える歴史上の出来事です。
イギリスも北海道に姿を現します。
熊太郎専用の歴史ノートを見ると、1843年から1852年に、イギリス、フランス、オランダ、アメリカ合衆国が来航して江戸幕府に開国、通商を求めています。ペリーの来航が1853年です。
オランダのライデンという地名が出ます。
アムステルダムの南西にあって、日本の博物館があるそうです。日本博物館シーボルトハウスとありました。
(ふと、日本はいつから「日本」になったのだろうかという疑問が生じました。調べたら西暦700年前後からだそうです。中国から見て、太陽が昇るところ(東側)だから日本なのだろうかと考えました)
『画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)』葛飾北斎自身がそう名のったそうです。すごい表現です。
版画から肉筆画へと変わっていったそうです。
『西瓜と包丁(すいかとほうちょう)』美しい絵です。
『椿と鮭の切り身』身近にあるものをなにげなく描写する。
ピカソ:1881年-1973年 91歳没
ピカソと葛飾北斎の絵画制作にかける情熱は似ていた。
芸術家にはスポンサー(資金等の援助者)が必要です。
芸術家は、収入面で不安定な職業です。
芸術家本人はお金に無頓着です。(むとんちゃく。関心がない。執着しない)
145ページにある葛飾北斎のスポンサー(支援者)だった長野県小布施(おぶせ)の大金持ちだった高井鴻山(たかい・こうざん 1806年-1883年)の漢詩が心にしみました。
漢詩では、葛飾北斎という人物は、うちに半年ほど滞在した。別れも告げずに立ち去った。くるときもふらりとやってきた。立ち去るときもなにも言い残していかなかった。自分の思うままに八十余年生きてきた人だ。貧乏とか富とか(とみ)名声とか、本人は気に留めていない。お金があろうがなかろうが、世間に媚びない(こびない。ごまをすらない。気に入られるようにごきげんをとらない)。ただひたすら絵を描くことが己の使命と思っている。そのようなことが書いてあるそうです。そうなりたいものです。
落款(らっかん):署名。印影。
ロシア人の関わり
セルゲイ・キターエフ:1864年-1927年 美術収集家
ベアタ・ヴォロノワ:1926年―2017年 学芸員
なになに人だからこういうふうだという先入観や決めつけはやめなければなりません。
ひとりひとりが個性をもった個人で、地球人です。
とにかく大量に作品をつくる。
長時間創作に打ち込む
さすれば、いい作品ができる。たぶん駄作もたくさん生まれる。
歴史の記録書を読むようでした。
人心というのは時代背景に押されて変化していく。
江戸時代の優秀な浮世絵は、明治維新後の外国文化こそ良きものという風潮に押されて衰退化していきます。
されど、本物は時代を越えて復活します。
2022年05月27日
和紙のふるさと四季桜の里愛知県豊田市小原地区を訪ねる。
『和紙のふるさと、四季桜の里』今は愛知県豊田市内、昔は小原村(おばらむら)を訪ねる。
小原村と同じく2005年の市町村合併で、豊田市内になった足助町(あすけちょう)には、何度も足を運んだことがありますが、足助(あすけ)へ行く途中で見かける案内板『四季桜の里 小原(おばら)』へは行ったことがありませんでした。
行ったことがないところへ行ってみよう! ということで、夫婦で自家用車に乗って自宅から行ってみました。山の中にあって、車で1時間ぐらいの距離でした。
途中でおひるごはんを食べて、そのあと、次の写真にある『たまご村』で、カップコーヒーを買って、屋外においてあるベンチに座って飲みました。
この先にある小原地区の美術館を見学したあとの帰り道に、また『たまご村』に立ち寄って、卵とお野菜を買って帰りました。
美術館で、和紙のつくり方の展示とか、絵画ほかの工芸作品を見学しました。
自分は、もうずいぶん昔の若い頃に、和文タイプライターを使って、和紙に文章を打ち込む仕事をしていたことがあります。
活字を打ち間違えて、たまにやりなおしということで、新しい和紙に打ち直すことがあって、先輩から『(和紙は高価で)ただじゃないんだぞ! しっかり気持ちを入れて仕事をしろ!』と叱られたことを思い出しました。
和紙の美術館内で、いまいちど、展示内容を読んで、和紙をつくるのには、長い時間と手間がかかるということを再認識しました。
和紙を使った工芸作品はどれも美しく、ためいきがこぼれました。
とくに白を基調とした冬の樹木の風景画、そして、白い鷺草(さぎそう)の花の描写、加えて、暖色(だんしょく。オレンジ、赤色など)のお花の作品が気に入って、ながめていて時間が経つのを忘れました。
なにせ、静かでした。訪れてみて、なんといえばいいのか、コメントがみつからないのですが、山の中にある場所で、人はいないのも同然で、耳に届くのは、野鳥のさえずりぐらいで、とにかく、静かなのです。
ときおり、ウグイスの「ホーホケキョ」の声が聞こえていましたが、完ぺきにホーホケキョとは鳴けないようで、ホーホケ、ホーホケと繰り返し、練習するように鳴いていました。
自分の頭上に見えるのは、空いっぱいに広がる青空と流れる白い雲です。自分たちが、絵画の中にいるような気分になるのです。
視界の左右に広がるのは、緑一色です。若葉の時期を過ぎて、やや濃い緑色の風景です。森林浴をしているような気分になります。
晩秋になれば、四季桜の里ですから、白い桜の花と、赤や黄色の紅葉を同時に観ることができる光景が広がるのでしょう。
小原村と同じく2005年の市町村合併で、豊田市内になった足助町(あすけちょう)には、何度も足を運んだことがありますが、足助(あすけ)へ行く途中で見かける案内板『四季桜の里 小原(おばら)』へは行ったことがありませんでした。
行ったことがないところへ行ってみよう! ということで、夫婦で自家用車に乗って自宅から行ってみました。山の中にあって、車で1時間ぐらいの距離でした。
途中でおひるごはんを食べて、そのあと、次の写真にある『たまご村』で、カップコーヒーを買って、屋外においてあるベンチに座って飲みました。
この先にある小原地区の美術館を見学したあとの帰り道に、また『たまご村』に立ち寄って、卵とお野菜を買って帰りました。
美術館で、和紙のつくり方の展示とか、絵画ほかの工芸作品を見学しました。
自分は、もうずいぶん昔の若い頃に、和文タイプライターを使って、和紙に文章を打ち込む仕事をしていたことがあります。
活字を打ち間違えて、たまにやりなおしということで、新しい和紙に打ち直すことがあって、先輩から『(和紙は高価で)ただじゃないんだぞ! しっかり気持ちを入れて仕事をしろ!』と叱られたことを思い出しました。
和紙の美術館内で、いまいちど、展示内容を読んで、和紙をつくるのには、長い時間と手間がかかるということを再認識しました。
和紙を使った工芸作品はどれも美しく、ためいきがこぼれました。
とくに白を基調とした冬の樹木の風景画、そして、白い鷺草(さぎそう)の花の描写、加えて、暖色(だんしょく。オレンジ、赤色など)のお花の作品が気に入って、ながめていて時間が経つのを忘れました。
なにせ、静かでした。訪れてみて、なんといえばいいのか、コメントがみつからないのですが、山の中にある場所で、人はいないのも同然で、耳に届くのは、野鳥のさえずりぐらいで、とにかく、静かなのです。
ときおり、ウグイスの「ホーホケキョ」の声が聞こえていましたが、完ぺきにホーホケキョとは鳴けないようで、ホーホケ、ホーホケと繰り返し、練習するように鳴いていました。
自分の頭上に見えるのは、空いっぱいに広がる青空と流れる白い雲です。自分たちが、絵画の中にいるような気分になるのです。
視界の左右に広がるのは、緑一色です。若葉の時期を過ぎて、やや濃い緑色の風景です。森林浴をしているような気分になります。
晩秋になれば、四季桜の里ですから、白い桜の花と、赤や黄色の紅葉を同時に観ることができる光景が広がるのでしょう。
2022年05月26日
奇跡 林真理子
奇跡 林真理子 講談社
実録物(じつろくもの)の不倫物語だろうか。
前知識なしで読み始めました。
梨園の妻(りえんのつま)とは、なんのことだろう。梨園は「歌舞伎の世界」で、歌舞伎役者と結婚した女性を梨園の妻というそうです。例として、三田寛子さん、藤原紀香さん、故小林真央さん。
正式な夫(歌舞伎役者)とのあいだに、3歳の長男(貴博。初代「清之助」)もいるというのに、33歳の人妻が、52歳の写真家(フランスのパリと東京を往復する生活している男性)といい仲になります。とりあえず、35ページまで読みました。
(つづく)
テレビ番組『徹子の部屋』にときおり、歌舞伎役者さんのこどもたちがゲストで登場します。かわいい。
未来の歌舞伎役者となる運命として生まれてきて、たいへんでしょうが、そういう立場(後継ぎ)で生まれてくるお子さんはけっこう多い。運命を受け入れて、健やかに(すこやかに)育ってほしい。
歌舞伎役者の妻は、ふつうの奥さんとは思えない生活です。
家に家事をしてくれるお手伝いさんがいます。
男から見て、家庭に『妻』という存在はいらないのではないか。
凡人とは暮らし方が違います。
この本では、奥さんが浮気をしますが、現実社会では、だんなさんのほうが愛人をつくるパターンが多い。(このあと、読んでいったら、だんなさんも浮気をしていました。芸能界にいる夫婦の暮らし方の基本的なありようがおかしい)
ノンフィクション(実際にあったこと)のようなことが書いてありますが、自分は知らない芸能の世界です。実名で書いてあるとありますが、名前を読んでもわかりません。
田原博子:1997年27歳(既婚状態)のときに田原桂一(当時46歳。1951年京都生まれ)と出会う。6年後再会して、恋に燃え上がる。ふーむ。年齢差が19歳もあるのう。ふたりとも頭の中は少年少女なのか。田原桂一氏には離婚歴があるようです。
自分には理解しがたい世界です。
お金に余裕がある人たちです。
凡人は低賃金で生活費を稼ぐために、必死になって長時間労働に耐えながら働いています。
少し前に動画配信サービスで観た邦画『青春の門』で、杉田かおるさんの良かったセリフとして『結婚して、こどもを産んで育てて、人間ってそんなもんとちがうやろか』がありました。
凡人はふつう結婚するときに<この人とペアを組んで、苦しいことやつらいことがあったとしても、長い人生をこの人といっしょにがんばっていこう>と決心して、じっさいそのように生活していきます。相手にイヤなところがあったとしても、いいところもあるわけで、お互い(おたがい)そんなふうだから、互いをいたわりあって、優しくしあって毎日を送っていきます。喜怒哀楽を共有しながら思い出づくりをしつつ老いていきます。そして、最後がお葬式です。
本文に『愛しあった男と女』とあります。
愛し合うということは、苦労を共にして、たまにふたりで、幸せ気分を味わうことです。
怒られるかもしれませんが、この設定の場合、男の初期動機は、若い女性の体が目的だったのではなかろうか。
女性の33歳はまだ若い。男性は52歳ぐらいです。
女性のほうは、男には、お金がある。見た目がかっこいい。強引なところにひかれるということがあるのでしょう。まあからだの関係に溺れるということもあるのでしょう。
読んでいるとなんだか、金持ちの道楽のようです。(時間つぶしの遊び)
一部の女性というものは、そういうものだろうか。
快楽に溺れることで幸福感が芽生える。
男から見て、彼氏はいいかげんな男にしか見えない。
だんなと息子はどうなるんだ。(だけど、だんなも浮気をしている。なんだかむちゃくちゃです)
一芸に秀でた(ひいでた)人は、どこか変なところがあるに違いない。
まわりにいる人間がフォローしなければならない。(尻ぬぐい)
(つづく)
現実に存在する人たちのお話です。
ちょっとスキャンダラスです。いいのだろうか。(恥部をさらけだして名誉をけなす)
主人公である1970年千葉県香取市生まれ田原博子さん(作中では清十郎の元妻。同じく作中では貴博という名の初代清之助の母。舅(しゅうと。夫の父)が作中では清左衛門)から著者が聞き取りをしてつくった本なのでしょう。
女性ご本人が離婚されているから書けることでもあるのでしょう。
著者と田原博子さんは、こどもさんがらみのママ友であったというような記事もあります。
田原博子さんの再婚相手が、田原桂一さん(写真家、建築プロデューサー)という家系図のメモができあがりました。
田原桂一さんは、2017年(平成29年)に65歳で肺がんのためお亡くなりになっています。(81ページにそのころ三人で暮らしていた。田原さんが亡くなったとき、息子さんは17歳だったとあります。13年間3人で暮らされたそうです。本の中では息子さんは現在21歳です)
1995年 結婚
2000年 長男誕生
2002年 別居(夫の浮気が原因でしょう)
2013年 博子氏が歌舞伎役者と離婚。
2014年 田原桂一氏と結婚。
2016年 田原桂一氏の離婚した前妻が死去。
2017年 田原桂一氏死去。65歳。亡くなるまでの13年間、博子氏の長男も含めて三人で暮らす。
主人公女性の出身地である水郷の里千葉県香取市は、テレビの旅番組で何度も観ました。歴史ある情緒ただよういい風景の街だと感じました。
主人公は、いいところのお嬢さんとしてお生まれになっています。
文章を読んでいると、親や祖父母の愛情に満たされていなかったお子さんに思えます。
お金が一番優先という生活です。
名誉とプライド(誇り)が大事なのです。
アバンギャルド:革新的、先駆け。すでにあるものを否定して新しいものをつくり出して表現する。
親ががんこだと、こどもの心は壊れます。
両親は、がんこな人たちです。
娘は『商品』なのだろうか。
(全部を読み終えて思ったことです。娘さんもがんこです。親子そろってがんこなのは、親子だからでしょう)
主人公女性は、自分の家にいることがいやだったのではないか。
実家もそうだし、嫁ぎ先の婚家もそうなのでしょう。
実家にも婚家にも『自由』がありません。
いい娘、いい妻、いい母、いい嫁を演じられない。
主人公女性個人だけのことではなく、女性が社会で生きるときのむずかしさという女性問題を扱った作品という受け止め方をした55ページ付近です。
男が主人公女性を束縛(そくばく)から解放したという構図ですが、体(からだ)目当てという下心もなきにしもあらずの部分はあります。本音として、男女の関係は体の関係がベースということもあります。
東京會舘(とうきょうかいかん):大正11年創業。宴会場、結婚式場、レストランなどを経営する企業。
2004年、主人公は34歳です。
カルティエ:フランスの高級宝飾ブランド。宝石商の王
ドン・ペリニヨン:フランスで生産されるシャンパンの銘柄。『ドンペリ』
ディレクション:制作現場の総指揮・管理
宥める(なだめる):怒りや不安をやわらげ、穏やかになるようにする。
コモ湖:イタリア。ミラノの北、スイスの南。中学生のころに学校で習ったイタリアの北部にミラノ、トリノ、ジェノバという工業地帯があるということを思い出しました。
主人公女性の家庭が崩壊していきます。
夫も浮気をしているわけです。最悪です。
みんなストレスがたまっているのね。
歌舞伎役者の浮気はOKなのか。むかしは、そういう時代がありました。
歌舞伎界というのはいじめがある世界なのだろうか。まあ、どこでもあるのだけれど。
アンジュノワール:フランス語。黒い天使。田原桂一氏が関わったお店(総指揮、管理)。東京港区南青山骨董通り(こっとうどおり)にあった。
地頭(じあたま):生まれつきの頭の良さ。
歌舞伎界の家族は、日常生活を世間にさらされるような不自由な生活を送られています。
時間の流れがけっこう早い。
息子の清之助さんが14歳になりました。
セルリアンタワー能楽堂:渋谷駅から徒歩5分の位置にある。
2004年(平成16年)
木村伊兵衛賞:木村伊兵衛氏は、写真家。1901年(明治34年)-1974年(昭和49年)72歳没。賞の主催は朝日新聞社。新人写真家が賞の対象者。
鍵を握る田原桂一氏の言葉として『祈るというのは、光をとらえる行為なんですよ』
ちょっと自分にはピンとこない言葉です。写真家のセンス(感覚)なのでしょう。
ノエル:フランス語で、クリスマス。
アパレルメーカー:アパレル(衣料品)の企画、製造、卸し(おろし)、販売を行う会社
この本に書いてある恋愛ごとは、もう終わったことです。(過去のこと)
しあわせって、どういう状態にあることをいうのだろうと考えこんでしまいました。
最低限のこととして言えることは『生きていること』です。
物もお金も豊かです。
住んでいる家も広いという生活です。
でも、住んでいるのは、夫とは別居中の妻と夫の間に生まれた長男、妻の彼氏の三人です。
凡人には体験できない世界があります。
自家用ジェット機があります。
クルーズ船もあります。
ヨーロッパで過ごす期間も長い。
ワインと料理をおいしくいただく。
長男は母親の彼氏を「おじちゃん」と呼びます。
読み手の頭の中が壊れそうです。
うーむ。意識がついていけません。
それぞれの人生です。
血はつながってはいないけれど、妻の連れ子には優しい父親役を果たしている妻の彼氏です。母親よりも19歳年上の彼氏は、こどもから見れば、父というよりも祖父に近い年齢の男性です。
こどもにとっては、妻子の経済生活を維持してくれる必要な存在です。
こどもを守ってくれる保護者が必要です。
2010年(平成22年)になりました。
田原桂一氏は、パリを引き上げて帰国しました。
病気で亡くなるまであと7年です。
互いのあきらめ→落ち着き→静寂(せいじゃく。静かでひっそりしたようす)。法律上の主人公夫婦の関係の変化です。愛情の無い者同士がいっしょにいてもしかたがない。
主人公女性の両親は世間体(せけんてい)を気にします。
両親を責めることはできません。
よくある話です。
結婚するときはよく考えたほうがいい。
この人でいいのかとよく考えたほうがいい。
2013年(平成25年)になりました。主人公女性は離婚して、彼氏と再婚しました。女性の長男は中学二年生です。
2014年(平成26年)長男が15歳になる年(とし)です。どういうわけか『元服(げんぷく。奈良時代以降の儀式。成人扱いとなる)』ということにこだわっておられます。やはり歌舞伎界の人です。一般人は、元服にはこだわりません。
肺がんで歳若くして亡くなった彼氏のヘビースモーカーぶりについて書いてあります。
喫煙は自殺行為です。
今、同時進行で読んでいる本が『江戸のジャーナリスト 葛飾北斎 千野境子(ちの・けいこ) 国土社』です。葛飾北斎は数え九十歳まで生きました。できるだけたくさんの絵を描きたかったので、健康に気をつけていたそうです。飲酒はほとんどしなかったとあります。葛飾北斎師匠を見習ってほしい。
結婚披露パーティーの雰囲気部分を読みながら、なんともいえない虚無感がありました。(きょむ。なにもない)
利害関係者の集まりです。
ランバン:フランスのファッションブランド
ペニンシュラ:東京有楽町駅の近くにあるホテル
2016年(平成28年)-2017年(平成29年)終章へと向かいます。
写真家としては『光』にこだわる彼氏という印象をもちました。『白』と『黒』の世界です。
田中泯(たなか・みん):舞踏家。1945年(昭和20年)77歳(こないだの日曜日に大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場されたのでびっくりしました)
レッド・ブッダ・シアター:イギリスの実験芸術集団。主宰者は、ツトム・ヤマシタ。1947年生まれ。75歳。
オプジーボ:がん治療薬
決めゼリフの『桂一と博子は、“無敵”ですから』は、けっこうつらい。
ふたりは、なにものかといつも闘っていた。
本のタイトル『奇跡』は、内容とマッチ(合致)していないような読後感をもちました。
自分がタイトルを付けるなら『めぐり逢い』あるいは『めぐり逢い紡いで(めぐりあいつむいで)』です。
昔、大塚博堂さん(おおつか・はくどうさん)とか、布施明さんが歌っていた『めぐり逢い紡いで(めぐりあいつむいで)』という歌唱が頭の中に流れた読後感でした。大塚博堂さんもご病気で亡くなってしまいました。(1981年。昭和56年。37歳没 脳内出血)
ミシュラン:フランスのタイヤメーカー。ミュシュランガイドブックを発行している。
感情はアウトオブコントロール(58ページ):制御不能。手がつけられない。
後半になるにつれて、雰囲気をつくりあげていく文脈になりました。
物足りなさが残る読後感になりました。
2012年に読んだ同作者の『下流の宴(かりゅうのうたげ)』は、緻密(ちみつ。こまかい)でいい作品でした。読み終えて、つい比較してしまいました。
実録物(じつろくもの)の不倫物語だろうか。
前知識なしで読み始めました。
梨園の妻(りえんのつま)とは、なんのことだろう。梨園は「歌舞伎の世界」で、歌舞伎役者と結婚した女性を梨園の妻というそうです。例として、三田寛子さん、藤原紀香さん、故小林真央さん。
正式な夫(歌舞伎役者)とのあいだに、3歳の長男(貴博。初代「清之助」)もいるというのに、33歳の人妻が、52歳の写真家(フランスのパリと東京を往復する生活している男性)といい仲になります。とりあえず、35ページまで読みました。
(つづく)
テレビ番組『徹子の部屋』にときおり、歌舞伎役者さんのこどもたちがゲストで登場します。かわいい。
未来の歌舞伎役者となる運命として生まれてきて、たいへんでしょうが、そういう立場(後継ぎ)で生まれてくるお子さんはけっこう多い。運命を受け入れて、健やかに(すこやかに)育ってほしい。
歌舞伎役者の妻は、ふつうの奥さんとは思えない生活です。
家に家事をしてくれるお手伝いさんがいます。
男から見て、家庭に『妻』という存在はいらないのではないか。
凡人とは暮らし方が違います。
この本では、奥さんが浮気をしますが、現実社会では、だんなさんのほうが愛人をつくるパターンが多い。(このあと、読んでいったら、だんなさんも浮気をしていました。芸能界にいる夫婦の暮らし方の基本的なありようがおかしい)
ノンフィクション(実際にあったこと)のようなことが書いてありますが、自分は知らない芸能の世界です。実名で書いてあるとありますが、名前を読んでもわかりません。
田原博子:1997年27歳(既婚状態)のときに田原桂一(当時46歳。1951年京都生まれ)と出会う。6年後再会して、恋に燃え上がる。ふーむ。年齢差が19歳もあるのう。ふたりとも頭の中は少年少女なのか。田原桂一氏には離婚歴があるようです。
自分には理解しがたい世界です。
お金に余裕がある人たちです。
凡人は低賃金で生活費を稼ぐために、必死になって長時間労働に耐えながら働いています。
少し前に動画配信サービスで観た邦画『青春の門』で、杉田かおるさんの良かったセリフとして『結婚して、こどもを産んで育てて、人間ってそんなもんとちがうやろか』がありました。
凡人はふつう結婚するときに<この人とペアを組んで、苦しいことやつらいことがあったとしても、長い人生をこの人といっしょにがんばっていこう>と決心して、じっさいそのように生活していきます。相手にイヤなところがあったとしても、いいところもあるわけで、お互い(おたがい)そんなふうだから、互いをいたわりあって、優しくしあって毎日を送っていきます。喜怒哀楽を共有しながら思い出づくりをしつつ老いていきます。そして、最後がお葬式です。
本文に『愛しあった男と女』とあります。
愛し合うということは、苦労を共にして、たまにふたりで、幸せ気分を味わうことです。
怒られるかもしれませんが、この設定の場合、男の初期動機は、若い女性の体が目的だったのではなかろうか。
女性の33歳はまだ若い。男性は52歳ぐらいです。
女性のほうは、男には、お金がある。見た目がかっこいい。強引なところにひかれるということがあるのでしょう。まあからだの関係に溺れるということもあるのでしょう。
読んでいるとなんだか、金持ちの道楽のようです。(時間つぶしの遊び)
一部の女性というものは、そういうものだろうか。
快楽に溺れることで幸福感が芽生える。
男から見て、彼氏はいいかげんな男にしか見えない。
だんなと息子はどうなるんだ。(だけど、だんなも浮気をしている。なんだかむちゃくちゃです)
一芸に秀でた(ひいでた)人は、どこか変なところがあるに違いない。
まわりにいる人間がフォローしなければならない。(尻ぬぐい)
(つづく)
現実に存在する人たちのお話です。
ちょっとスキャンダラスです。いいのだろうか。(恥部をさらけだして名誉をけなす)
主人公である1970年千葉県香取市生まれ田原博子さん(作中では清十郎の元妻。同じく作中では貴博という名の初代清之助の母。舅(しゅうと。夫の父)が作中では清左衛門)から著者が聞き取りをしてつくった本なのでしょう。
女性ご本人が離婚されているから書けることでもあるのでしょう。
著者と田原博子さんは、こどもさんがらみのママ友であったというような記事もあります。
田原博子さんの再婚相手が、田原桂一さん(写真家、建築プロデューサー)という家系図のメモができあがりました。
田原桂一さんは、2017年(平成29年)に65歳で肺がんのためお亡くなりになっています。(81ページにそのころ三人で暮らしていた。田原さんが亡くなったとき、息子さんは17歳だったとあります。13年間3人で暮らされたそうです。本の中では息子さんは現在21歳です)
1995年 結婚
2000年 長男誕生
2002年 別居(夫の浮気が原因でしょう)
2013年 博子氏が歌舞伎役者と離婚。
2014年 田原桂一氏と結婚。
2016年 田原桂一氏の離婚した前妻が死去。
2017年 田原桂一氏死去。65歳。亡くなるまでの13年間、博子氏の長男も含めて三人で暮らす。
主人公女性の出身地である水郷の里千葉県香取市は、テレビの旅番組で何度も観ました。歴史ある情緒ただよういい風景の街だと感じました。
主人公は、いいところのお嬢さんとしてお生まれになっています。
文章を読んでいると、親や祖父母の愛情に満たされていなかったお子さんに思えます。
お金が一番優先という生活です。
名誉とプライド(誇り)が大事なのです。
アバンギャルド:革新的、先駆け。すでにあるものを否定して新しいものをつくり出して表現する。
親ががんこだと、こどもの心は壊れます。
両親は、がんこな人たちです。
娘は『商品』なのだろうか。
(全部を読み終えて思ったことです。娘さんもがんこです。親子そろってがんこなのは、親子だからでしょう)
主人公女性は、自分の家にいることがいやだったのではないか。
実家もそうだし、嫁ぎ先の婚家もそうなのでしょう。
実家にも婚家にも『自由』がありません。
いい娘、いい妻、いい母、いい嫁を演じられない。
主人公女性個人だけのことではなく、女性が社会で生きるときのむずかしさという女性問題を扱った作品という受け止め方をした55ページ付近です。
男が主人公女性を束縛(そくばく)から解放したという構図ですが、体(からだ)目当てという下心もなきにしもあらずの部分はあります。本音として、男女の関係は体の関係がベースということもあります。
東京會舘(とうきょうかいかん):大正11年創業。宴会場、結婚式場、レストランなどを経営する企業。
2004年、主人公は34歳です。
カルティエ:フランスの高級宝飾ブランド。宝石商の王
ドン・ペリニヨン:フランスで生産されるシャンパンの銘柄。『ドンペリ』
ディレクション:制作現場の総指揮・管理
宥める(なだめる):怒りや不安をやわらげ、穏やかになるようにする。
コモ湖:イタリア。ミラノの北、スイスの南。中学生のころに学校で習ったイタリアの北部にミラノ、トリノ、ジェノバという工業地帯があるということを思い出しました。
主人公女性の家庭が崩壊していきます。
夫も浮気をしているわけです。最悪です。
みんなストレスがたまっているのね。
歌舞伎役者の浮気はOKなのか。むかしは、そういう時代がありました。
歌舞伎界というのはいじめがある世界なのだろうか。まあ、どこでもあるのだけれど。
アンジュノワール:フランス語。黒い天使。田原桂一氏が関わったお店(総指揮、管理)。東京港区南青山骨董通り(こっとうどおり)にあった。
地頭(じあたま):生まれつきの頭の良さ。
歌舞伎界の家族は、日常生活を世間にさらされるような不自由な生活を送られています。
時間の流れがけっこう早い。
息子の清之助さんが14歳になりました。
セルリアンタワー能楽堂:渋谷駅から徒歩5分の位置にある。
2004年(平成16年)
木村伊兵衛賞:木村伊兵衛氏は、写真家。1901年(明治34年)-1974年(昭和49年)72歳没。賞の主催は朝日新聞社。新人写真家が賞の対象者。
鍵を握る田原桂一氏の言葉として『祈るというのは、光をとらえる行為なんですよ』
ちょっと自分にはピンとこない言葉です。写真家のセンス(感覚)なのでしょう。
ノエル:フランス語で、クリスマス。
アパレルメーカー:アパレル(衣料品)の企画、製造、卸し(おろし)、販売を行う会社
この本に書いてある恋愛ごとは、もう終わったことです。(過去のこと)
しあわせって、どういう状態にあることをいうのだろうと考えこんでしまいました。
最低限のこととして言えることは『生きていること』です。
物もお金も豊かです。
住んでいる家も広いという生活です。
でも、住んでいるのは、夫とは別居中の妻と夫の間に生まれた長男、妻の彼氏の三人です。
凡人には体験できない世界があります。
自家用ジェット機があります。
クルーズ船もあります。
ヨーロッパで過ごす期間も長い。
ワインと料理をおいしくいただく。
長男は母親の彼氏を「おじちゃん」と呼びます。
読み手の頭の中が壊れそうです。
うーむ。意識がついていけません。
それぞれの人生です。
血はつながってはいないけれど、妻の連れ子には優しい父親役を果たしている妻の彼氏です。母親よりも19歳年上の彼氏は、こどもから見れば、父というよりも祖父に近い年齢の男性です。
こどもにとっては、妻子の経済生活を維持してくれる必要な存在です。
こどもを守ってくれる保護者が必要です。
2010年(平成22年)になりました。
田原桂一氏は、パリを引き上げて帰国しました。
病気で亡くなるまであと7年です。
互いのあきらめ→落ち着き→静寂(せいじゃく。静かでひっそりしたようす)。法律上の主人公夫婦の関係の変化です。愛情の無い者同士がいっしょにいてもしかたがない。
主人公女性の両親は世間体(せけんてい)を気にします。
両親を責めることはできません。
よくある話です。
結婚するときはよく考えたほうがいい。
この人でいいのかとよく考えたほうがいい。
2013年(平成25年)になりました。主人公女性は離婚して、彼氏と再婚しました。女性の長男は中学二年生です。
2014年(平成26年)長男が15歳になる年(とし)です。どういうわけか『元服(げんぷく。奈良時代以降の儀式。成人扱いとなる)』ということにこだわっておられます。やはり歌舞伎界の人です。一般人は、元服にはこだわりません。
肺がんで歳若くして亡くなった彼氏のヘビースモーカーぶりについて書いてあります。
喫煙は自殺行為です。
今、同時進行で読んでいる本が『江戸のジャーナリスト 葛飾北斎 千野境子(ちの・けいこ) 国土社』です。葛飾北斎は数え九十歳まで生きました。できるだけたくさんの絵を描きたかったので、健康に気をつけていたそうです。飲酒はほとんどしなかったとあります。葛飾北斎師匠を見習ってほしい。
結婚披露パーティーの雰囲気部分を読みながら、なんともいえない虚無感がありました。(きょむ。なにもない)
利害関係者の集まりです。
ランバン:フランスのファッションブランド
ペニンシュラ:東京有楽町駅の近くにあるホテル
2016年(平成28年)-2017年(平成29年)終章へと向かいます。
写真家としては『光』にこだわる彼氏という印象をもちました。『白』と『黒』の世界です。
田中泯(たなか・みん):舞踏家。1945年(昭和20年)77歳(こないだの日曜日に大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場されたのでびっくりしました)
レッド・ブッダ・シアター:イギリスの実験芸術集団。主宰者は、ツトム・ヤマシタ。1947年生まれ。75歳。
オプジーボ:がん治療薬
決めゼリフの『桂一と博子は、“無敵”ですから』は、けっこうつらい。
ふたりは、なにものかといつも闘っていた。
本のタイトル『奇跡』は、内容とマッチ(合致)していないような読後感をもちました。
自分がタイトルを付けるなら『めぐり逢い』あるいは『めぐり逢い紡いで(めぐりあいつむいで)』です。
昔、大塚博堂さん(おおつか・はくどうさん)とか、布施明さんが歌っていた『めぐり逢い紡いで(めぐりあいつむいで)』という歌唱が頭の中に流れた読後感でした。大塚博堂さんもご病気で亡くなってしまいました。(1981年。昭和56年。37歳没 脳内出血)
ミシュラン:フランスのタイヤメーカー。ミュシュランガイドブックを発行している。
感情はアウトオブコントロール(58ページ):制御不能。手がつけられない。
後半になるにつれて、雰囲気をつくりあげていく文脈になりました。
物足りなさが残る読後感になりました。
2012年に読んだ同作者の『下流の宴(かりゅうのうたげ)』は、緻密(ちみつ。こまかい)でいい作品でした。読み終えて、つい比較してしまいました。
2022年05月25日
風の神送れよ 熊谷千世子
風の神送れよ 熊谷千世子(くまがい・ちせこ) くまおり純・絵 小峰書店
(本の帯情報から)
コロナ禍(コロナか。新型ウィルスコロナのわざわい。災難。不幸な出来事)と関係あり。
場所は、長野県南部、天竜川上流域(自分が行ったことがあるのは、飯田市とか、駒ケ根市とか伊那市があります。天竜川の川下りも体験があります。駒ケ根の千畳敷カールという雪が積もった場所、桜の名所である高遠城(たかとおじょう)の城跡にも行きました)
400年間続いている『コト八日行事(ことようかぎょうじ)』がある。疫病神(えきびょうかみ。厄災(やくさい。ふりかかってくる不幸な出来事)や伝染病をもたらすよくない神)である『コトの神』(風の神ともいう)をおはらいする。やくばらい:不幸の原因となるものを取り除く。
やくばらいの儀式をこどもたちが二日間かけて行うのが『コト八日行事』だそうです。
なかなかややこしそうです。
コト:神事(しんじ。神さまをまつる儀式) 八日:12月8日と2月8日が行事を行う日。
地理的には、伊那谷(いなだに)と呼ばれる地域で、中央高速道路沿いの山にはさまれた地域です。そして、天竜川が北から南へと流れています。
2010年にドライブで伊那谷地方(いなだにちほう)を訪れた時の記録が残っていたので、ここに落としておきます。
長野県の伊那地方(いなちほう)は、地図で言うと右が南アルプス(赤石山脈)、左が中央アルプス(木曽山脈)にはさまれた盆地なのですが、現地を実際に見てみると、ひらたい土地が広がっており、どことなく北海道の風景に似ています。
農林業の地域であろうと察します。地元の若者たちは、高校を卒業すると東京方面の関東地方に出て行く人が多かろうと推察しました。地元では仕事がなかなか見つからなさそうです。
走っている車のほとんどは長野県の松本ナンバーで、松本市はかなり北に位置していると思っていたので意外でした。
(本のカバーの裏に書いてある情報から)
流行病(はやりやまい):流行する病気。今回の物語の話題となる病気は、新型コロナウィルスによる発熱、呼吸困難、体調不良か。
昔は、治療薬、予防薬がなかったので、神さまに祈るしかなかった。
まずは、全体を1ページずつめくって、最後までいってみます。
途中、目についたことをメモします。
『コト念仏』コトの神を集めるときにとなえる念仏らしい。コトの神は、災難を連れてくる悪い神らしいから、集めて、だいじょうぶだろうか。
どうも、悪い神である『コトの神』を地区内にある各家から集めて、『ほうげん坂』という場所から村の外へ送り出すようです。節分の『鬼は外(そと)、福は内(うち)』みたいなものですな。儀式は、二日間かかるそうです。中学生ひとり、小学生8人、合計9人の地元のこどもたちで儀式を行います。
『コト念仏記録』これまで儀式に参加したこどもさんの字で書いてあるそうです。記録をとっておくことは大事です。いつどこでだれがなにをどうした。日記とか日誌みたいなものです。あとあと証拠になります。(読んでいくと、どうも儀式を行うためのマニュアル(手引き)のようです)
コト八日行事:2月7日と8日
場所は地区として『宇野原・うのはら・天竜川をはさんだ南側の斜面の高台にある。道路は静岡県に続いている。三十三体の観音像あり。
宇野原(うのはら。集落の名称):人口194人。家屋が63軒(本の中では、数が多いと表現されているのですが、都会に行くと、100メートル四方の区域に1000人ぐらいが暮らしていたりするので、多いという実感が湧きませんでした。都会には高層住宅ビルがたくさん建っています)
小学生が8人。中学生がひとり。合計9人。
東谷凌(ひがしだに・りょう):中学1年生。「コト八日行事」における頭取役。銀行の頭取(とうどり。組織でトップの役職)かと最初は勘違いしました。儀式の取りまとめ役でしょう。「神坂田(かみさかた)」というところに住んでいる。
杉浦優斗(ゆうと):この物語の主人公。小学6年生。背が高い。父親は車の部品をつくる工場で働いている。「明栄産業」という会社で働いている。
杉浦柊(しゅう):優斗の弟。小学3年生。
柚月(ゆづき):小学5年生。5年前、父親が事故死した。女子児童。
柚月の祖父が、土屋淳之介68歳で現在入院している。林業従事者らしく、木を切り倒しているときに木にはさまれて、腰と右足を骨折して、事故直後は意識不明だった。祖父は信心深く誠実な人。
『コト八日行事(ことようかぎょうじ)』では、儀式の会計を担当している。
読んでいての難点として、柚月(ゆづき)が、氏名のみょうじなのか、下の名前なのか、最初の内はわからず、とまどいました。たぶん下の名前なのでしょう。
葉菜(はな):柚月(ゆづき)の妹。この子の年齢と学年がわかりません。
小林宇希(こばやし・うき):神奈川県内からの転校生。5年生。わけありの様子。長めの髪。やせている。色白、無口、ふわふわ歩く。どうもこの子の言葉には、虚無感があります。(むなしい。無気力)物語に深く関わるのだろうかと推測しましたが、とくにからんできませんでした。母子で祖父を頼ってきた。父親は飲食店経営で神奈川に残っている。どうも飲食店のコロナ対応があるようです。
高橋雄三:土屋淳之介の知り合い。柚月の祖父である土屋淳之介の知り合い。神奈川県から小学校に転校してきた小林宇希(こばやし・うき)の祖父。
佳奈:小学4年生
波留(はる):この子のことがよくわかりません。年齢とか、学年とか、性別とか、どこの家の子なのかとか。波留は、みょうじなのか、下の名前なのか。たぶん下の名前なのでしょう。全般的にですが、同じ名前の人がこの国にいることに気を使っているのか、わかりにくい名前を意図的に設定してあるようですが、読みにくくて読み手への配慮になっていません。
儀式『コト八日行事』での役割の新兵(しんぺい。初めて参加する新人という意味)として、柊(しゅう)、航(わたる)、芽衣(めい)の3人。全員が小学3年生か。
自治会長が、白木屋さん。(行事のお世話役)
先生が、笹原先生。
柴犬(しばいぬ)の名前が「フウ」タイトル行事の風(かぜ)からとっているのでしょう。
幻の道祖神(まぼろしのどうそじん):道祖神は、村の外からくる悪霊を排除して、村を守る神。
『享保』『天保』:江戸時代の年号
『スペイン風邪』:世界的に流行したウィルス感染拡大する病気。1918年(大正7年)から1920年(大正9年)に大流行した。
174ページにある仏教の念仏は、般若心経(はんにゃしんぎょう)だろうかと思って調べました。(違うようです)
(つづく)
二回目の本読みを終了しました。
うーむ。わかりにくかった。
登場人物の『個』の性質が、集団との関わりをもつ部分がわかりにくかった。
宗教を扱っているので『神』が抽象的です。(実態が目に見えない)
なにかをするという動機付けと物語の中での受け手の理解がむずかしい。
読み手も感情移入が、しにくい世界です。
自分には合わない物語でした。
以下、読書の経過です。読みながらの感想になります。
朝寝坊するこどもは、あまり聞いたことがありません。いそうで、いません。こどもは早起きです。
厄病神(やくびょうがみ)、貧乏神を追い払うお話でしょう。
お話は、10月からスタートして、2月が『コト八日行事』という儀式の本番です。
二日間かけて、厄払いをする。(やくばらい。災難を避けるために祈る)一日目の午後にスタートして夜まで。二日目は早朝から儀式を行う。
こどもたちが集団になって、集落内の家をたずねて、念仏をとなえる。
雪が降る時期のこの地域です。
こどもさんたちだけでやる行事のように書いてあります。表向きはそうでしょう。おとなが関わり合いにならない行事はじっさいにはありません。義務教育期間中のこどもたちです。
自分の記憶を呼び起こしてみると、自分が小学校一年生のときに、父方の実家(農家)で暮らしていたのですが、家の敷地の角にお地蔵さんがあって、お地蔵さんにちなんだ儀式を祖母たちに言われるがまま、こどもたちでやった記憶があります。ごほうびが、新聞紙に包まれたお菓子でした。
神さまの「おはからい」:ものごとがうまく運ぶように神さまが手配してくださった。
ところどろこに『新型コロナウィルス感染拡大による災難』のことが書いてあります。
無理に関連づけてあるような印象があります。
コロナに打ち勝つのか、コロナと共存するのかというのも、病気相手の話であり、あいまいで、不確かなことです。神さまのことと重ねて、抽象的でぼんやりとしたお話でした。
生活センター:公民館のようなものだろうか。地域の住民が集まって会合やイベントを開く場所。
神さまはいるのかいないのかという論争があるのですが、わたしは「いる」と思って生活しています。神さまは目には見えませんが、祖先や自然の神さまに守られているという実感はあります。たとえば、運がいいとか悪いとかは、時間の経過の中で決まっていくものですが、ほんの数分ずれるだけで、幸運が訪れたり、不幸にみまわれたりすることがあります。
そして『祈り』には、わざわいをさけてくれる力があるという実感があります。
神さまという存在は、本当はいないのでしょうが、たぶんいるだろうと思って生活していくほうが、幸福がそばにいてくれるような気がします。いないと思うと、幸せが遠ざかっていくような気がします。
37ページから、冬になりました。学校はもうすぐ冬休みだそうです。
『航(わたる)』が、読んでいて、すんなり「わたる」と読めず、読みづらかった。全部にふりがなをふってもらうか、読みやすいほかの名前のほうがよかった。
地域活動の結束を保つために『行事』とか『祭り』は大切です。
儀式には、直径50センチほどの和太鼓を使用する。
寺社総代:信者、檀家の代表者
こどもさんには、わからないであろう言葉がいくつも出てきます。
気に入った文章として『どこを見ても山ばかりだ。その合間を縫うようにして(ぬうようにして)、民家の屋根が見える……道ばたの石や古い桜の木のひとつひとつに、神様はいるのかもしれない』
鈍色(にびいろ):濃い灰色
念仏と歌で、それぞれの家に住み着いているらしき厄病神(やくびょうがみ)『コトの神』を家の外におびきだす。
のりをつくる:自分がまだ小学一年生ぐらいのころは、七輪(しちりん。燃料は、たしか練炭(れんたん)という円柱形の炭でした)にかけた鍋で、冷たくなった飯(めし)をどろどろになるまで煮詰めて(につめて)のりをつくっていました。
神さまに関する儀式のお話は、『卑弥呼(ひみこ)』の時代を思い出します。卑弥呼が魏(ぎ。中国大陸にあった国)に使いを送ったのが、ふみだいくにせずが語呂合わせですから、西暦239年のことです。『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』に書いてあります。
おだちん:お金とか物とか。働いたことへの報酬(ほうしゅう)。行事のおだちんは、一軒あたり2000円のようです。けっこう高い。おだちんの食べ物として『コトウボタモチ』があります。
一番星:久しぶりに聞いた単語です。こどものころは、「いちばんぼーし、みーつけた」と言ってました。日が暮れてきて、最初に見える星です。輝きが強い『金星』であることが多い。自分は小学生の頃、金星に願いをかけることが多かったです。
軍配(ぐんばい):いまどきのお子さんは知らない言葉かもしれません。おすもうのとき、行司(ぎょうじ。審判役)が持っていて、勝った力士に軍配を向けます。
甲野山(かんのやま。神坂田地区のシンボル):架空の名称の山のようです。おじいさんふたりが、神さま出会ったことがある場所だそうです。
『白狐魔記(しらこまき) 斉藤洋 偕成社』シリーズを思い出しました。白いキツネと(この本では)白い柴犬(しばいぬ)で違いがあるのですが、神さまというものは、白い生き物にのりうつるということになっているのかも。
邪念(じゃねん):悪いことをたくらんでいる心。
背負子(しょいこ):自分が高校生の頃にクラブ活動で、コンクリートブロックを背負子に太くて平らなゴムバンドでくくりつけて、公園の階段を登ったり下りたりする訓練をしていたことを思い出しました。今やったら、たぶん持ち上げることすら断念することでしょう。腰痛とかぎっくり腰になりそうです。
墓誌(ぼし):石碑。墓石の隣に立てられて説明が彫ってある。先祖の名前。没年など。
印象に残った文章として『けっしてうしろを見てはならない』『こんばんコト申します(歌舞伎のようです)』
いなかゆえに、都会では考えられないようなプライバシー(人に知られたくない個人や家庭のこと)が行事を通じてあからさまにさらされてしまします。
幣束(へいそく):神さまへのおそなえもの。竹または木で紙をはさんである。
アクシデントが発生して、主人公の杉浦優斗(ゆうと)ががんばります。
ピンチに負けずにがんばる話です。
絆創膏(ばんそうこう):ばんそうこうは、今は使わない言葉になりました。バンドエイドのほうが身近です。
うーむ。こどもさんがこの物語を読んで感想文を書くのは、たいへんでしょう。
(本の帯情報から)
コロナ禍(コロナか。新型ウィルスコロナのわざわい。災難。不幸な出来事)と関係あり。
場所は、長野県南部、天竜川上流域(自分が行ったことがあるのは、飯田市とか、駒ケ根市とか伊那市があります。天竜川の川下りも体験があります。駒ケ根の千畳敷カールという雪が積もった場所、桜の名所である高遠城(たかとおじょう)の城跡にも行きました)
400年間続いている『コト八日行事(ことようかぎょうじ)』がある。疫病神(えきびょうかみ。厄災(やくさい。ふりかかってくる不幸な出来事)や伝染病をもたらすよくない神)である『コトの神』(風の神ともいう)をおはらいする。やくばらい:不幸の原因となるものを取り除く。
やくばらいの儀式をこどもたちが二日間かけて行うのが『コト八日行事』だそうです。
なかなかややこしそうです。
コト:神事(しんじ。神さまをまつる儀式) 八日:12月8日と2月8日が行事を行う日。
地理的には、伊那谷(いなだに)と呼ばれる地域で、中央高速道路沿いの山にはさまれた地域です。そして、天竜川が北から南へと流れています。
2010年にドライブで伊那谷地方(いなだにちほう)を訪れた時の記録が残っていたので、ここに落としておきます。
長野県の伊那地方(いなちほう)は、地図で言うと右が南アルプス(赤石山脈)、左が中央アルプス(木曽山脈)にはさまれた盆地なのですが、現地を実際に見てみると、ひらたい土地が広がっており、どことなく北海道の風景に似ています。
農林業の地域であろうと察します。地元の若者たちは、高校を卒業すると東京方面の関東地方に出て行く人が多かろうと推察しました。地元では仕事がなかなか見つからなさそうです。
走っている車のほとんどは長野県の松本ナンバーで、松本市はかなり北に位置していると思っていたので意外でした。
(本のカバーの裏に書いてある情報から)
流行病(はやりやまい):流行する病気。今回の物語の話題となる病気は、新型コロナウィルスによる発熱、呼吸困難、体調不良か。
昔は、治療薬、予防薬がなかったので、神さまに祈るしかなかった。
まずは、全体を1ページずつめくって、最後までいってみます。
途中、目についたことをメモします。
『コト念仏』コトの神を集めるときにとなえる念仏らしい。コトの神は、災難を連れてくる悪い神らしいから、集めて、だいじょうぶだろうか。
どうも、悪い神である『コトの神』を地区内にある各家から集めて、『ほうげん坂』という場所から村の外へ送り出すようです。節分の『鬼は外(そと)、福は内(うち)』みたいなものですな。儀式は、二日間かかるそうです。中学生ひとり、小学生8人、合計9人の地元のこどもたちで儀式を行います。
『コト念仏記録』これまで儀式に参加したこどもさんの字で書いてあるそうです。記録をとっておくことは大事です。いつどこでだれがなにをどうした。日記とか日誌みたいなものです。あとあと証拠になります。(読んでいくと、どうも儀式を行うためのマニュアル(手引き)のようです)
コト八日行事:2月7日と8日
場所は地区として『宇野原・うのはら・天竜川をはさんだ南側の斜面の高台にある。道路は静岡県に続いている。三十三体の観音像あり。
宇野原(うのはら。集落の名称):人口194人。家屋が63軒(本の中では、数が多いと表現されているのですが、都会に行くと、100メートル四方の区域に1000人ぐらいが暮らしていたりするので、多いという実感が湧きませんでした。都会には高層住宅ビルがたくさん建っています)
小学生が8人。中学生がひとり。合計9人。
東谷凌(ひがしだに・りょう):中学1年生。「コト八日行事」における頭取役。銀行の頭取(とうどり。組織でトップの役職)かと最初は勘違いしました。儀式の取りまとめ役でしょう。「神坂田(かみさかた)」というところに住んでいる。
杉浦優斗(ゆうと):この物語の主人公。小学6年生。背が高い。父親は車の部品をつくる工場で働いている。「明栄産業」という会社で働いている。
杉浦柊(しゅう):優斗の弟。小学3年生。
柚月(ゆづき):小学5年生。5年前、父親が事故死した。女子児童。
柚月の祖父が、土屋淳之介68歳で現在入院している。林業従事者らしく、木を切り倒しているときに木にはさまれて、腰と右足を骨折して、事故直後は意識不明だった。祖父は信心深く誠実な人。
『コト八日行事(ことようかぎょうじ)』では、儀式の会計を担当している。
読んでいての難点として、柚月(ゆづき)が、氏名のみょうじなのか、下の名前なのか、最初の内はわからず、とまどいました。たぶん下の名前なのでしょう。
葉菜(はな):柚月(ゆづき)の妹。この子の年齢と学年がわかりません。
小林宇希(こばやし・うき):神奈川県内からの転校生。5年生。わけありの様子。長めの髪。やせている。色白、無口、ふわふわ歩く。どうもこの子の言葉には、虚無感があります。(むなしい。無気力)物語に深く関わるのだろうかと推測しましたが、とくにからんできませんでした。母子で祖父を頼ってきた。父親は飲食店経営で神奈川に残っている。どうも飲食店のコロナ対応があるようです。
高橋雄三:土屋淳之介の知り合い。柚月の祖父である土屋淳之介の知り合い。神奈川県から小学校に転校してきた小林宇希(こばやし・うき)の祖父。
佳奈:小学4年生
波留(はる):この子のことがよくわかりません。年齢とか、学年とか、性別とか、どこの家の子なのかとか。波留は、みょうじなのか、下の名前なのか。たぶん下の名前なのでしょう。全般的にですが、同じ名前の人がこの国にいることに気を使っているのか、わかりにくい名前を意図的に設定してあるようですが、読みにくくて読み手への配慮になっていません。
儀式『コト八日行事』での役割の新兵(しんぺい。初めて参加する新人という意味)として、柊(しゅう)、航(わたる)、芽衣(めい)の3人。全員が小学3年生か。
自治会長が、白木屋さん。(行事のお世話役)
先生が、笹原先生。
柴犬(しばいぬ)の名前が「フウ」タイトル行事の風(かぜ)からとっているのでしょう。
幻の道祖神(まぼろしのどうそじん):道祖神は、村の外からくる悪霊を排除して、村を守る神。
『享保』『天保』:江戸時代の年号
『スペイン風邪』:世界的に流行したウィルス感染拡大する病気。1918年(大正7年)から1920年(大正9年)に大流行した。
174ページにある仏教の念仏は、般若心経(はんにゃしんぎょう)だろうかと思って調べました。(違うようです)
(つづく)
二回目の本読みを終了しました。
うーむ。わかりにくかった。
登場人物の『個』の性質が、集団との関わりをもつ部分がわかりにくかった。
宗教を扱っているので『神』が抽象的です。(実態が目に見えない)
なにかをするという動機付けと物語の中での受け手の理解がむずかしい。
読み手も感情移入が、しにくい世界です。
自分には合わない物語でした。
以下、読書の経過です。読みながらの感想になります。
朝寝坊するこどもは、あまり聞いたことがありません。いそうで、いません。こどもは早起きです。
厄病神(やくびょうがみ)、貧乏神を追い払うお話でしょう。
お話は、10月からスタートして、2月が『コト八日行事』という儀式の本番です。
二日間かけて、厄払いをする。(やくばらい。災難を避けるために祈る)一日目の午後にスタートして夜まで。二日目は早朝から儀式を行う。
こどもたちが集団になって、集落内の家をたずねて、念仏をとなえる。
雪が降る時期のこの地域です。
こどもさんたちだけでやる行事のように書いてあります。表向きはそうでしょう。おとなが関わり合いにならない行事はじっさいにはありません。義務教育期間中のこどもたちです。
自分の記憶を呼び起こしてみると、自分が小学校一年生のときに、父方の実家(農家)で暮らしていたのですが、家の敷地の角にお地蔵さんがあって、お地蔵さんにちなんだ儀式を祖母たちに言われるがまま、こどもたちでやった記憶があります。ごほうびが、新聞紙に包まれたお菓子でした。
神さまの「おはからい」:ものごとがうまく運ぶように神さまが手配してくださった。
ところどろこに『新型コロナウィルス感染拡大による災難』のことが書いてあります。
無理に関連づけてあるような印象があります。
コロナに打ち勝つのか、コロナと共存するのかというのも、病気相手の話であり、あいまいで、不確かなことです。神さまのことと重ねて、抽象的でぼんやりとしたお話でした。
生活センター:公民館のようなものだろうか。地域の住民が集まって会合やイベントを開く場所。
神さまはいるのかいないのかという論争があるのですが、わたしは「いる」と思って生活しています。神さまは目には見えませんが、祖先や自然の神さまに守られているという実感はあります。たとえば、運がいいとか悪いとかは、時間の経過の中で決まっていくものですが、ほんの数分ずれるだけで、幸運が訪れたり、不幸にみまわれたりすることがあります。
そして『祈り』には、わざわいをさけてくれる力があるという実感があります。
神さまという存在は、本当はいないのでしょうが、たぶんいるだろうと思って生活していくほうが、幸福がそばにいてくれるような気がします。いないと思うと、幸せが遠ざかっていくような気がします。
37ページから、冬になりました。学校はもうすぐ冬休みだそうです。
『航(わたる)』が、読んでいて、すんなり「わたる」と読めず、読みづらかった。全部にふりがなをふってもらうか、読みやすいほかの名前のほうがよかった。
地域活動の結束を保つために『行事』とか『祭り』は大切です。
儀式には、直径50センチほどの和太鼓を使用する。
寺社総代:信者、檀家の代表者
こどもさんには、わからないであろう言葉がいくつも出てきます。
気に入った文章として『どこを見ても山ばかりだ。その合間を縫うようにして(ぬうようにして)、民家の屋根が見える……道ばたの石や古い桜の木のひとつひとつに、神様はいるのかもしれない』
鈍色(にびいろ):濃い灰色
念仏と歌で、それぞれの家に住み着いているらしき厄病神(やくびょうがみ)『コトの神』を家の外におびきだす。
のりをつくる:自分がまだ小学一年生ぐらいのころは、七輪(しちりん。燃料は、たしか練炭(れんたん)という円柱形の炭でした)にかけた鍋で、冷たくなった飯(めし)をどろどろになるまで煮詰めて(につめて)のりをつくっていました。
神さまに関する儀式のお話は、『卑弥呼(ひみこ)』の時代を思い出します。卑弥呼が魏(ぎ。中国大陸にあった国)に使いを送ったのが、ふみだいくにせずが語呂合わせですから、西暦239年のことです。『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』に書いてあります。
おだちん:お金とか物とか。働いたことへの報酬(ほうしゅう)。行事のおだちんは、一軒あたり2000円のようです。けっこう高い。おだちんの食べ物として『コトウボタモチ』があります。
一番星:久しぶりに聞いた単語です。こどものころは、「いちばんぼーし、みーつけた」と言ってました。日が暮れてきて、最初に見える星です。輝きが強い『金星』であることが多い。自分は小学生の頃、金星に願いをかけることが多かったです。
軍配(ぐんばい):いまどきのお子さんは知らない言葉かもしれません。おすもうのとき、行司(ぎょうじ。審判役)が持っていて、勝った力士に軍配を向けます。
甲野山(かんのやま。神坂田地区のシンボル):架空の名称の山のようです。おじいさんふたりが、神さま出会ったことがある場所だそうです。
『白狐魔記(しらこまき) 斉藤洋 偕成社』シリーズを思い出しました。白いキツネと(この本では)白い柴犬(しばいぬ)で違いがあるのですが、神さまというものは、白い生き物にのりうつるということになっているのかも。
邪念(じゃねん):悪いことをたくらんでいる心。
背負子(しょいこ):自分が高校生の頃にクラブ活動で、コンクリートブロックを背負子に太くて平らなゴムバンドでくくりつけて、公園の階段を登ったり下りたりする訓練をしていたことを思い出しました。今やったら、たぶん持ち上げることすら断念することでしょう。腰痛とかぎっくり腰になりそうです。
墓誌(ぼし):石碑。墓石の隣に立てられて説明が彫ってある。先祖の名前。没年など。
印象に残った文章として『けっしてうしろを見てはならない』『こんばんコト申します(歌舞伎のようです)』
いなかゆえに、都会では考えられないようなプライバシー(人に知られたくない個人や家庭のこと)が行事を通じてあからさまにさらされてしまします。
幣束(へいそく):神さまへのおそなえもの。竹または木で紙をはさんである。
アクシデントが発生して、主人公の杉浦優斗(ゆうと)ががんばります。
ピンチに負けずにがんばる話です。
絆創膏(ばんそうこう):ばんそうこうは、今は使わない言葉になりました。バンドエイドのほうが身近です。
うーむ。こどもさんがこの物語を読んで感想文を書くのは、たいへんでしょう。
2022年05月24日
ハッピー ☆ アイスクリーム 加藤千恵
ハッピー ☆ アイスクリーム 加藤千恵 集英社文庫
リミックスバージョン:既存の作品を編集して新たな作品をつくりだす。
ショートショートのような短い作品に、短歌が織り交ぜてあります。
2000年ごろ、作者が17歳、女子高校生ころの作品です。
時が過ぎるのは早い。
内容は恋愛ものです。
『また雨がふる』
このタイトル部分を、雨が降る電車の中で読みました。
名古屋市内にある千種(ちくさ)という駅から長野駅に向かう特急しなの号の車内でした。長野市にある善光寺参りが夫婦旅の目的でした。乗り換えなしで長野駅まで3時間ぐらいです。
小説の雨の話と車窓の外の雨の光景がマッチしてなかなかいい雰囲気で本を読めました。
三角関係の状態で、女子高生の好きな相手が、自分の友だちの彼氏です。よくある設定です。まあ、まだ高校生の世界しか体験がない17歳ころの恋愛というのは、自然消滅していくことが多いので、失恋しても気にすることないのに、若いから、いろいろ気にします。
なんだか、悲しくなる話の流れでした。
『十八歳で夏』
16歳とか17歳というのは、長い人生の入口にもたどりついていないような年齢です。
受動的な若者が多い。
だれかになにかしてほしい。あるいは、いつでもどこでもだれかが自分のめんどうをみてくれるにちがいないという立場に、自分の身を置こうとする。
予備校でのお話です。大学進学へのこだわりがあります。
大学に行かないと幸せの約束がなされないのかという疑問が主人公にもあります。
現実の実態をみていると、大学を出ても働いていない人はいるし、年配の人だと義務教育だけでもちゃんと生活してきた人もいるし、高卒でも金銭的に豊かな人もいます。
自分は、大学生は、合法的な失業者だと思ったことが何度もあります。目的がなく進学してもむだな時間とお金の消費です。
人を判断するものさしのひとつとして、たばこを吸う人にいい人はいない。
21歳の自称ミュージシャンで喫煙者は危うい。(あやうい)
そんな人に、ほのかな恋心を抱く(いだく)登場人物の女子高生です。
だまされないでほしい。
『不幸な場所』
両親が不仲で夫婦ゲンカばかり、こどもである女子高校生は、親に嫌気(いやけ)がさしています。
夫婦仲が悪い両親のこどもになると、こどもは苦労します。
たいてい夫婦は、お金のことでケンカになります。家事の分担とか子育ての方向性でぶつかることもあります。浮気とか不倫もあるのでしょう。
夫婦だけでなく、双方の親きょうだいを含めた親族関係がからんでくると、こじれてけっこうつらい。人生は忍耐とあきらめだけど、開き直って喜劇に変えれば、笑顔になれるはずです。(参考として、先日読んだ本が『バカのすすめ 林家木久扇(はやしや・きくおう) ダイヤモンド社』でした。困難を「笑い」で克服します)
作品中のおもしろかった表現として「『たかだか』は、数学の先生のあだ名だ。(「たかだか」を連発するから)」
『いつか離す手』
アリー:(有田という男子の愛称:主人公女子高生の小杉さんが恋する相手です。(女子高生の小杉さんは、大学生の男に、都合のいいように体をもてあそばれる立場です。女子高生本人は恋に恋しているから、男にだまされていることに気づけません。人を信じすぎてはいけません)
女子高生は本気の恋、あるいは愛をもっていますが、相手の男子大学生の気持ちは、うそん気(うそんき)です。(本気じゃない)
女性は体を男性に安売りすると、むなしい結末が待っているというような暗示があります。
それとも、それもまた人生なのか。
『Today is the day.』
ひとりの女子高生の心の中の世界です。
やわらかい。
読みながら考えたことです。
民法の改正で、女性の結婚可能年齢が16歳から18歳に引き上げられました。
作品中では、16歳の女子高生である主人公が、失恋したので、高校を辞めて働こうとしています。
されど、16歳の人間を正式に雇ってくれるところは見つかりません。どこも断られます。
法律を含めて、社会では、女性を保護する(守る)ための18歳制限なのでしょう。
されど、18歳を過ぎたら、自己責任が重くのしかかる生活が始まります。
『自由』との引き換えです。テレビ番組『チコちゃんに叱られる』のように、ぼーっとしていると、転落してしまいます。
本の後半部は『短歌』です。
自分が気に入った一首です。(いっしゅ:短歌のいち作品)
『世界中の本や音楽買い占めてなんとか夜を乗り切らなくちゃ』
リミックスバージョン:既存の作品を編集して新たな作品をつくりだす。
ショートショートのような短い作品に、短歌が織り交ぜてあります。
2000年ごろ、作者が17歳、女子高校生ころの作品です。
時が過ぎるのは早い。
内容は恋愛ものです。
『また雨がふる』
このタイトル部分を、雨が降る電車の中で読みました。
名古屋市内にある千種(ちくさ)という駅から長野駅に向かう特急しなの号の車内でした。長野市にある善光寺参りが夫婦旅の目的でした。乗り換えなしで長野駅まで3時間ぐらいです。
小説の雨の話と車窓の外の雨の光景がマッチしてなかなかいい雰囲気で本を読めました。
三角関係の状態で、女子高生の好きな相手が、自分の友だちの彼氏です。よくある設定です。まあ、まだ高校生の世界しか体験がない17歳ころの恋愛というのは、自然消滅していくことが多いので、失恋しても気にすることないのに、若いから、いろいろ気にします。
なんだか、悲しくなる話の流れでした。
『十八歳で夏』
16歳とか17歳というのは、長い人生の入口にもたどりついていないような年齢です。
受動的な若者が多い。
だれかになにかしてほしい。あるいは、いつでもどこでもだれかが自分のめんどうをみてくれるにちがいないという立場に、自分の身を置こうとする。
予備校でのお話です。大学進学へのこだわりがあります。
大学に行かないと幸せの約束がなされないのかという疑問が主人公にもあります。
現実の実態をみていると、大学を出ても働いていない人はいるし、年配の人だと義務教育だけでもちゃんと生活してきた人もいるし、高卒でも金銭的に豊かな人もいます。
自分は、大学生は、合法的な失業者だと思ったことが何度もあります。目的がなく進学してもむだな時間とお金の消費です。
人を判断するものさしのひとつとして、たばこを吸う人にいい人はいない。
21歳の自称ミュージシャンで喫煙者は危うい。(あやうい)
そんな人に、ほのかな恋心を抱く(いだく)登場人物の女子高生です。
だまされないでほしい。
『不幸な場所』
両親が不仲で夫婦ゲンカばかり、こどもである女子高校生は、親に嫌気(いやけ)がさしています。
夫婦仲が悪い両親のこどもになると、こどもは苦労します。
たいてい夫婦は、お金のことでケンカになります。家事の分担とか子育ての方向性でぶつかることもあります。浮気とか不倫もあるのでしょう。
夫婦だけでなく、双方の親きょうだいを含めた親族関係がからんでくると、こじれてけっこうつらい。人生は忍耐とあきらめだけど、開き直って喜劇に変えれば、笑顔になれるはずです。(参考として、先日読んだ本が『バカのすすめ 林家木久扇(はやしや・きくおう) ダイヤモンド社』でした。困難を「笑い」で克服します)
作品中のおもしろかった表現として「『たかだか』は、数学の先生のあだ名だ。(「たかだか」を連発するから)」
『いつか離す手』
アリー:(有田という男子の愛称:主人公女子高生の小杉さんが恋する相手です。(女子高生の小杉さんは、大学生の男に、都合のいいように体をもてあそばれる立場です。女子高生本人は恋に恋しているから、男にだまされていることに気づけません。人を信じすぎてはいけません)
女子高生は本気の恋、あるいは愛をもっていますが、相手の男子大学生の気持ちは、うそん気(うそんき)です。(本気じゃない)
女性は体を男性に安売りすると、むなしい結末が待っているというような暗示があります。
それとも、それもまた人生なのか。
『Today is the day.』
ひとりの女子高生の心の中の世界です。
やわらかい。
読みながら考えたことです。
民法の改正で、女性の結婚可能年齢が16歳から18歳に引き上げられました。
作品中では、16歳の女子高生である主人公が、失恋したので、高校を辞めて働こうとしています。
されど、16歳の人間を正式に雇ってくれるところは見つかりません。どこも断られます。
法律を含めて、社会では、女性を保護する(守る)ための18歳制限なのでしょう。
されど、18歳を過ぎたら、自己責任が重くのしかかる生活が始まります。
『自由』との引き換えです。テレビ番組『チコちゃんに叱られる』のように、ぼーっとしていると、転落してしまいます。
本の後半部は『短歌』です。
自分が気に入った一首です。(いっしゅ:短歌のいち作品)
『世界中の本や音楽買い占めてなんとか夜を乗り切らなくちゃ』