2021年09月12日

出川哲朗の充電バイクの旅 宮崎県都井岬から鹿児島県霧島神社

出川哲朗の充電バイクの旅 宮崎県都井岬から鹿児島県霧島神社 テレビ番組

 ゲストは前半が、磯山さやかさんで、後半が、ハライチの澤部佑さん(さわべ・ゆうさん)でした。
 澤部佑さんについては、先日、テレビ番組「鶴瓶の巷の噺(つるべのちまたのはなし)」で、相方の岩井勇気さんが話した、澤部佑さんから結婚すると告げられたときの話がおもしろかったです。
 澤部佑さんから、澤部さんが結婚するということを知らされず、いきなり区役所の入口に来るようにと呼び出されて、そこで婚姻届の証人を頼まれて、澤部佑さんご夫婦の婚姻届の証人欄に署名をして、さらに授かり婚で奥さんが妊娠していて、それまで岩井勇気さんは、澤部佑さんは女性体験がない人だと思っていたという爆笑話でした。

 ちゃんぽん屋さんの85歳の奥さんが、出川哲朗さんのことを知らなかったり、充電バイクの番組のことを知らなかったりしたところがおもしろかった。
 日本人約1億2600万人のうちの60代以上ぐらいの人たちは、昔ながらの暮らし方をしている感じがします。
 古い型のテレビを見て、いまだにダイヤル式の電話を使用して、スマホもパソコンも使わない生活です。
 国民のうちの先進的な暮らしをしている一部の人たちは、あれやこれや新生活への転換のことを言われますが、人間の暮らしはなかなか変われるものではありません。
 
 今回の番組では、こどもたちの姿がメインでした。小学校低学年から幼稚園年中・年少のこどもたちのにぎやかなようすに心がなごみました。
 NHKで放映されている鶴瓶さんの番組「鶴瓶の家族に乾杯」だと、市中に鶴瓶さんが出てくるとこどもたちは逃げますが、出川哲朗さんだと、こどもたちが、がんがん近づいてきます。こどもたちにとって、出川哲朗さんは、おもちゃみたいな存在になっています。

 「南蛮ハンバーガー(なんばんハンバーカー)」がおいしそうでした。
 お店で出会ったこどもたちが、「コケ集めをして遊んでいる」というのも楽しい。

 「柴犬専門店(しばいぬせんもんてん)」にいた生後40日ぐらいの子犬たちがとても可愛らしかった。

 通過地点で見つけた少年・少女ソフトボールチームと出川哲朗さん、磯山さやかさんとの打撃勝負です。
 よく訓練されたこどもたちで、日本人らしいチームワークの良さが光っていました。
 出川哲朗さんは、ちょっとバッティングの練習をしたほうがいい。小学生ピッチャーが投げるボールに、空振りばかりでは盛り上がりません。
 こどもたちにとってはいい思い出になりました。おもしろくて楽しかった。

 映像に、南九州らしい雰囲気がただよっていました。
 「出川さん、うちでスイカ食べようか」と声をかけてくれる男性がいます。
 高齢者クラブの役員をしておられるという男性のご夫婦も九州人らしいお人柄でした。
 奥さんがあずきバーを、出川哲朗さんと澤部佑さん熊谷ディレクターに勧めておられました。澤部佑さんは、家のお風呂に入ったあと、男性の赤いTシャツを借りて着ていました。
 
 ちびっ子たちの言動はおもしろい。

 澤部佑さんは「撮れ高(とれだか。いいシーンの意味らしい」と言いますが、意図的なことは狙わないでほしい。やらせのような加工された場面は見ていてわかります。自然なままの予想にないシーンが感動を呼びます。
 そういった真実のシーンとして「きみ恋卵」のシーンが良かった。道ばたに「卵自動販売機」がありました。珍しい。  

2021年09月11日

東野&岡村の旅猿 北陸満喫の旅 福井県・石川県

東野&岡村の旅猿 北陸満喫の旅 福井県・石川県 2021年4月放送分 hulu(フール― 動画配信サービス)

 福井駅前にある恐竜の立像が立派です。
 そして、また大雨です。(前回放映した番組「旅猿」も豪雨のように雨が降っていました。メッセンジャー黒田さんお勧めの淡路島の旅でした)
 今回のゲストは、持田香織さんです。

 めがねミュージアムでの「めが盛り(できるだけたくさんのめがねを顔にかけることを競う)」は初めて見ました。発想がいい。
 購入するために東野幸治さんが選んだご自身のめがねは、お顔に似合っていないような……

 福井県の岩壁東尋坊(とうじんぼう)です。高さは約25mで、こちらでもまた大雨が降っています。
 東尋坊は、自分も何度か訪れたことがある場所です。昔の仕事場は週休二日制ではなかったので、土曜日の昼過ぎに仕事が終わったあと、みんなで観光バスに乗って、一泊二日の団体バス旅行をすることがありました。
 夜は畳敷きの大広間で宴会、ステージ上でかくし芸大会とかゲーム、カラオケなどで盛り上がりました。今、そうことを企画したら、若い人たちはついてこないかもしれません。仕事の延長だからと手当の支給を求められそうです。
 昔はみんなお金がなくて、なかなか旅行に行けなかったので、年に1回か2回開催される観光バスで行く団体旅行が楽しみでした。
 職場で親睦会をつくって、現金で支給される給料日に、毎月集金積み立てをして、幹事を交代で担当して旅行に行っていました。
 福井県の東尋坊と永平寺はたいていセットで、観光地巡りのコースに入っていました。そのころはまだ、福井県立恐竜博物館はなかったと思います。

 雨の中、東野&岡村コンビと持田香織さんの三人は遊覧船に乗って、東尋坊の岩壁を見上げます。
 以前、テレビ番組「探偵ナイトスクープ」で、東尋坊の高い岩場から飛び込んで、さらに、岩壁を素手でつかんで上がってくる男性を見て驚きました。
 一日に何回も飛び込んだりして、万単位のものすごい回数にわたって飛び込んだというような内容でした。
 東尋坊は自殺の名所であり、びっくりしました。実際にテレビで崖から海に飛び込んで崖を元気よく這い上がってくる男性の映像を見て、人間ってすごいなあと思いました。
 ご本人はケロっとされていて、性格も明るくさっぱりした方でした。
 固定観念(自殺の名所である東尋坊の岸壁から飛び込んだら必ず死傷してしまう)を打ち破る番組内容でした。

 番組「旅猿」では、次は、福井恐竜博物館です。玩具「恐竜のたまご」は、うちも、近所にあるファッションセンターしまむらで数個買いました。孫たちもいっしょに恐竜のたまごを育てました。
 恐竜のお人形さんが生まれてきます。最初はかなり大きいサイズなのですが、日にちがたつと、水分が蒸発してしまうのか、ちっちゃくちぢんでしまいます。
 わたしが育てたたまごは「パラサウロロフス」という恐竜でした。かわいくはありません。カンガルーみたいで、さらにトカゲみたいで、ちょっと気持ち悪い。

 福井県のお料理がおいしい。越前ガニ、ガザエビというご当地だけでしか食べることができないエビ、やわらか牛肉ハンバーグ、ごちそうがいっぱいです。
 日本海に太陽が沈む夕映えの美しい食事場所でした。乾杯の音頭(おんど)「地球に乾杯、地球に感謝」が良かった。

 映像に出てきたあわら温泉の旅館には、昔、自分も泊ったことがあるような記憶が残っています。
 夜は、外に出て、大きな和太鼓を打つショーを観た覚えがあります。ただ、ちょっともうおぼろげな記憶です。

 翌朝の三國バーガーのお店でのやりとりに笑いました。セルフサービスで注文しなければならないのに、三人は芸能人の癖がついているのか、ずーっとテーブルのところで座ったままで、「水も出てこない。注文取りにも来ない」と不満そうにしてしゃべっていました。
 そのうちに、セルフサービスだとわかって、店員さんたちに「申し訳ない」と、にが笑いをしながら、ぺこぺこ頭を下げて、注文カウンターに向かっていました。

 以前の旅猿でメンバーが石川県を訪問したときに観ましたが、石川県の写真館の店主の方は、撮影上手で感心しました。おもしろい方です。腕は確かです。

 石川県金沢にある忍者寺には四十年ぐらい前に行ったことがあります。団体旅行の団体のうしろのほうからついて行き、館内説明は最初から聞く気がありませんでした。
 今回は映像を見ながらていねいな説明を聞いて、ほー、そうだったのかとこれまた感心しました。

 金沢おでんは、上品で美しいおでんです。

 東野&岡村コンビが挑戦した金箔(きんぱく)エステは、ツタンカーメン王の顔みたいになっていました。
 施術後は、たしかにお肌がつるつるテカテカになっていました。

 九谷焼のお店では、上等な陶器食器がきれいでした。
 東野幸治さんのご友人の還暦祝いで購入されたそうです。
 還暦(かんれき。60歳) 古希(こき。70歳) 喜寿(きじゅ 77歳) 傘寿(さんじゅ。80歳) 卒寿(そつじゅ 90歳) 親たちも長生きなので、自分もなんとか卒寿までは生きてみたい。

 謝罪のために泊まった旅館のあれこれです。(以前、東野幸治さんが宿泊日を間違えて電話予約をしてトラブルになった)
 おかみさんと担当の女性従業員さんのようすがおもしろく楽しかった。

 最後のティックトックというのは、自分はなんのことか知りません。番組内で、メンバー三人でゆっくり踊るしぐさをしながら撮影しましたが、映像の出来も良いとは思えず?(ハテナ)でした。

 写真館で撮影した三人の疑似家族写真の出来栄えが良かった。東野幸治さんが言うとおり店主の方の腕前は確かです。岡村隆史さんの自然な笑顔が生き生きとしていました。「金箔エステ(きんぱくエステ)」のあとに撮影してもらえばなお良かったという岡村隆史さんの言葉に、そのとおりだと納得しました。  

2021年09月10日

東野&岡村の旅猿 メッセンジャー黒田おすすめ大阪~淡路島の旅

東野&岡村の旅猿 メッセンジャー黒田おすすめ大阪~淡路島の旅 2021年4月放送分 hulu(フール― 動画配信サービス)

 大阪から淡路島というよりも、どしゃぶり雨のため、大阪はとばして、淡路島だけの一泊二日のロケでした。
 ちょううどこれを観る数日前に、2011年に放送された「太川陽介&えびすよしかずローカル路線バス乗り継ぎの旅」で、ゲストのいとうまい子さんも含めて、淡路島を訪問した映像を見たばかりだったので、ロケ地がかぶる(重なる)かと期待しましたが、別個の場所でした。

 自分は大阪の人間ではないので、メッセンジャーというお笑いコンビの黒田有(くろだ・たもつ)さんを観たのは初めてです。
 三重テレビの「ちゃちゃ入れマンデー」という番組は一度だけ観たことがあります。その番組に出ておられるようです。

 すごい豪雨です。
 淡路島では、雨がやんだときをねらって、玉ねぎ畑で新鮮なたまねぎを掘り出します。
 そのあと、白い巨大な仏像が出てきます。「世界平和大観音像」というそうです。壊れそうであぶないので、今年2021年に、取り壊し予定だそうです。高さが100mもあるそうです。
 洲本城(すもとじょう)へ向かいますが、東野&岡村さんたちはいやがります。いつもゲストの提案になかなか従わない東野&岡村コンビです。

 その後、ホテルの和室で一服してから温泉に入浴、入浴後おいしい夕食をとりました。伊勢海老、鯛のお刺身、淡路牛の陶板焼きもおいしそうです。
 玉ねぎも食べました。されど、食事中の三人はずっとけんかしているみたいで、それではせっかくのおいしい夕食がだいなしです。ごはんがまずくなります。
 メッセンジャーの黒田さんが岡村さんに向かって言います。「なぜそんなに(自分に対して)戦闘的なんだ」
 岡村さんはねちねちとけっこうむずかしい人です。「旅猿」は、いつもゲストいじめのような雰囲気になります。
 怒りだす黒田さんです。まあ、三人とも、口(くち。言葉づかい)が汚い。
 夕食後、そこの旅館には泊まらないと黒田さんが言った時には、観ているほうもびっくりしました。(たしか入浴も夕食も終わって、もう寝るばかりの状態でした)
 東野&岡村コンビは、そのことについて怒り狂っていましたが、そのあと黒田さんに宿泊場所として案内された豪華トレーラーハウスには、観ているほうも大満足しました。素晴らしい。されど、「旅猿」らしくはありません。もう貧乏旅だった「旅猿」は返ってきません。原点回帰はもう無理なようです。

 翌朝、黒田さんがつくった手打ちうどんがおいしそうでした。
 きれいに仕上がっていました。
 黒田さんのできるだけ自分がテレビに映っていたいという熱意が感じられたロケでした。  

2021年09月09日

出川哲朗の充電バイクの旅 高知県柏島から足摺岬

出川哲朗の充電バイクの旅 高知県柏島から足摺岬 地上波テレ東

 予定では、四万十川(しまんとがわ)のクルージング(乗船して川巡り)で終わるつもりだったのが豪雨のため中止となり、足摺岬あたりで断念しています。

 ゲストは、森三中で、順番は、村上和子さん、大島美幸さん、黒沢かずこさんの順で登場されました。
 狭い区域をドタバタしながらの移動でした。
 カッパを着ての充電バイク旅で、豪雨に打たれながらのお姿がお気の毒でした。

 足摺岬付近の映像は、先日、もう10年ぐらい前の映像になりますが「太川&えびすの路線バス乗り継ぎ人情旅」の再放送を観て楽しみました。

 充電バイクの旅のほうは、今回はいきなり、偶然、元プロ野球阪神タイガースの選手と出会ったところから始まりました。
 お互いに釣り船と移動用の船に乗っていて海上ですれ違い、その後交流を深めました。偶然の出会いは、出川哲朗さんやスタッフと縁があるとか、運をもっている証拠です。

 庶民が生の生活(なまのせいかつ)をしている場に入っていく姿がすごい。自然に人の輪に溶け込めるのは、ゲストさんを含めてのみなさんのお人柄です。
 お年寄りたちは、どうしてこんなところに有名な芸能人がいるのかとびっくりし、こどもたちは大喜びです。
 妊娠しているおなかの大きな女性には、出川哲朗さんが「安産になあれ」の祈願をします。
 「充電させてください」の依頼にOKを出していただけると、観ているほうにも「親切」が身に沁みます。(しみます。ありがとうございます)
 地元の方々は、コロナウィルス感染防止のために、みなさんきちんとマスクをされていて、まじめな人ばかりでした。
 タレントさんと一緒に写る写真は、庶民にとっては「宝物」です。

 充電バイクで移動中の山道には、野生のアジサイがいっぱい咲いていました。
 土砂崩れが心配になりそうな海岸沿いの細い道を青い海を見ながら前進していきます。
 
 なぜか「ぬた」にこだわる出川哲朗さんでした。
 高知県出身の女性タレントさんに勧められたというようなお話でした。(たぶん島崎和歌子さん)
 ぬた:葉にんにくが混ざった味噌だれ。

 「土佐ジロー」が産んだ卵のゆで卵をかかえた小学一年生の男の子が可愛い。
 体格が大きいので、三年生ぐらいに見えました。「土佐ジロー」というのは、地元のニワトリの品種だそうです。
 小学校は全校生徒が16人しかいなくて、彼が唯一の一年生だそうです。これからも健やかに(すこやかに)育ってほしい。

 海がきれいです。

 ジョン万次郎さんの記念館を訪問しました。
 中浜万次郎。江戸時代に土佐藩(高知県土佐清水市)で生まれた時は、漁師だったので、苗字はなかったと思うのです。
 あとから、出身地の地名「中浜」を名字にしたという記憶です。
 1827年生まれ。1898年(明治31年)に71歳で死没。
 14歳ぐらいからの10年間、24歳ぐらいまで国外で生活した。
 足摺岬沖で(あすずりみさきおき)、漁師として乗っていた漁船が遭難、漂流後、無人島にいた乗船員を助けてくれた米国捕鯨船の船長に世話になって、養子のように育ててもらい、ハワイ島やアメリカ合衆国で過ごす。いろいろあって、帰国後、英語通訳として、江戸幕府で働く。
 1860年咸臨丸に乗船。勝海舟を補佐する。(これまでに何冊かジョン万次郎さんの本を読みました。それぐらいのおぼろげな知識・記憶しかありません)あとは、土佐藩出身の坂本龍馬に米国のことを教えたそうです。

 大雨の中でカッパを着た格好(かっこう)で、充電バイクを運転していくのは大変です。
 最後はどういうわけか、雨があがり、空がきれいに晴れ渡りました。「ピーカン」です。
 四万十川(しまんとがわ)に行けたかもしれませんが、増水していてクルージングは(舟巡り)は無理だったことでしょう。  

2021年09月08日

大人は泣かないと思っていた 寺地はるな

大人は泣かないと思っていた 寺地はるな 集英社文庫

短編7本です。

「大人は泣かないと思っていた」
 農協職員独身32歳時田翼、彼の父親78歳時田正雄(妻とは11年前に離婚)のふたり暮らしに、お隣に住む80歳田中絹江がからみます。
 場所は、九州北部にある架空の地名で、田舎です。
 時田翼のひとり語りです。

 時田家の隣家に住む田中絹江が、時田宅の庭に生えているゆずの木の実をちぎって盗んでいくらしい。
 
(つづく)

 読み終えました。
 結婚して、最後まで夫婦として添い遂げることができなくて、離婚して、男と女は別れて生きる。
 夫婦の間にできた子どもや孫がいて、夫婦は、離婚はしているものの、かれらの親や祖母が老いて、老いた親族をみなければならない介護の話が子や孫に飛んでくる。
 人それぞれの人生ですが、夫婦として最後までたどりつけずに年老いて、老いてから流す涙はかなりつらい。とりかえしがつかない。

 たまにぼんやり考えることがあります。結婚しなくて、子どもがいなくて、孫もいなくて、そんなふうに、としをとった人たちは、としをとって、どんな感想をもつのだろう。
 なにかほかに、いちずに打ち込んだ道があった人もいるだろうし、そうでなかった人もいるだろう。ここまできたら、これでよかったとするしかない。この作品を読みながらそういうことまで考えました。

 この作家さんの特徴は、女性的な男性を描くところにあります。時田翼の得意なことはお菓子づくりです。以前読んだ同作者の本として「水を縫う」がありました。男子高校生が裁縫をします。

 自分の過去記憶とかぶる部分がありました。時田正雄もうちの父も九州男児です。むちゃくちゃなところがあります。まあ、昔はよくいた酒飲みおじさんですな。
 物語では、小学生の時田翼がピアノを習いたいといいます。父親から「男なら剣道か柔道だ」と叱責が返ってきます。小学生のわたしは、そろばんを習いたいと父に申し出ました。父は、「柔道を習うなら行かせてやる」と答えました。わたしは怒れて、「もういい!」となにも習いに行きませんでした。塾というところには行ったことがありません。

 物語は、時田翼の一人称ひとり語りで進行していきます。独特の雰囲気があります。
 序破急の流れです。先は予想しにくい。

 ガトーショコラ:チョコレートケーキ

「小柳さんと小柳さん」
 どうもこの短編集は、つながりがあるようです。前作の「大人は泣かないと思っていた」に出てきていた小柳レモンさんが出てくるようです。(小柳レモンは本名です。戸籍名です)
 
 一人称ひとり語りの方式で、今度は、語り手を小柳レモンさんに交代して物語は進みます。語り手を変えての事情説明です。登場人物各自がいろいろと事情をかかえています。
 
 マドレーヌ:フランス発祥の焼き菓子。貝殻模様
 
 読みながら頭に浮かんだこととして『あきらめる』ということ。
 そして、自分が職業人だった頃は『スピード』に追われていたということ。すぐそばにあるささやかなことに気づけなかったということ。だからリタイアしたいまは、ゆっくりいくのだ。パターンを変えるのだと思っていること。

 予定のルートをはずれると、その後の人生を生きるのは、けっこうつらい。

 カトラリケース:スプーン、フォーク、ナイフなどを入れるケース。ファミリーレストランとかのテーブルの上にある。
 クルー:船の乗務員。

「翼が無いなら跳ぶまでだ」
 時田翼ではない登場人物の時田鉄也32歳のひとり語りが続きます。作者が、時田鉄也にのりうつってしゃべらせます。
 結婚するかしないかの話です。32歳の時田鉄也が結婚したい相手の木原玲子が年上で35歳、さらにバツイチです。そこが、彼の両親がふたりの結婚に反対する理由になっています。
 そこに同級生である小学生時代の時田翼の思い出が重なってきて、なかなか複雑です。
 時田翼はいじめられていたけれど、いじめに負けて身を引く子どもではなかった。いじめられていてもまっすぐ前を向いていた。
 時田翼は、お菓子づくりが趣味で女性的ではあるけれど、強い人間というイメージがあります。
 時田翼は女性に優しい。職場の宴会で女性が酒席のお酌をして回ることが嫌いで、自分は出世して農協で部長になる。部長になって、男尊女卑の習慣を撤廃すると、同級生だった時田鉄也に強く主張します。
 その後、どたばた騒ぎになるわけですが、なんというか、理屈で整理整とんできない人間関係があります。親子とか、恋人とかとの関係です。人間は感情の生きものです。
 小さいといえば小さくてささやかな話なのですが、人間生活の基本の部分でもあります。
 この短編集においては、男がいばって女に苦しみや悩みを押し付けることに抗議する魂が感じられます。

「あの子は花を摘まない」
 白山広海のひとり語りです。彼女は、時田翼の母親です。離婚後、千夜子さんという人と若くない女性向けのファッションショップ㈱ベルを共同経営しています。

 ペールブルーのスカーフ:水色のスカーフ

 良かった文節として『夫は、気の小さい人だった。だからこそたくさんお酒を飲むし、すぐ怒鳴る』『女なんだからと言われる。女だから、なんだと言うの』

 女性が読む小説です。(白山広海は、家を出たかった。それは、家族を捨てるということを意味した。当時、息子は高校生になっていた。現在は32歳独身息子と78歳元夫がふたり暮らしをしている)
 ビジネスパートナーである千代子さんの言葉として『(離婚すれば)さっぱりするわよ』

  『同棲の発展的解消』

  『いろんな人を傷つけもしたし、迷惑をかけたもの。でも過去があっての、今のあたし』

「妥当じゃない」
 この章の部分は、「名作」に値します(あたいします。価値がある)
 ひとりの男をめぐってのふたりの女です。(おもしろい)ひとりは、結婚にあせる農協職員30歳の平野貴美恵で、この章のひとり語りを担当してくれます。ライバルは、小柳レモン22歳です。ただ、相手のカップルは、平野貴美恵をライバルとは思っていません。せつなさがあります。

 「結婚」というものは、頭の中をからっぽにして、「なにがなんでもこの人と、絶対にいっしょになるんだ」と思い込まないとなかなかできません。若い頃にそう思ったことがあります。平野貴美恵さんは、これまでにあったチャンスをそう思い込めなかったから逸してきました。

 以前、歳を重ねて未婚の人たちは、どんな感じなのだろうかと考えたことがあります。思いをめぐらせて、何歳になっても少年、少女の意識とか気持ちが残っているのだろうと考えました。いいとかわるいとかはありません。人それぞれの人生です。
 
 知らない態(しらないてい):外から見て、知っているのに知らない状態をつくる。ていは、これまで「体」と書くものだと思い込んでいました。体も態も両方使用していいそうです。

 平野貴美恵さんは、姉が離婚して、姉と小学一年生の甥(家業の跡取り息子)が実家に戻ってきたという事情で、両親から存在をうとまれ(遠ざけられる)、実家を出なければならない雰囲気に追い込まれています。だから平野貴美恵さんは「結婚」して、勝利宣言をするように実家を出たいのです。

 平野貴美恵さんのひとり語りには、夢をみるような希望があります。男を(結婚相手としての)商品として品定めをします。
 
 結婚するために結婚したい男性のこどもを妊娠するという手法を選ぶ女性もいます。
 (ただ、それでは、生まれてくるこどもさんがかわいそうです)

「おれは外套(がいとう。オーバーコート)を脱げない」
 今度は、時田鉄也の父親である時田義孝のひとり語りです。年齢は六十代ぐらいか。
 
 タバコとアルコールとギャンブルは、お金を失う行為です。お金だけではなく健康を損ねることもあります。

 すかしやがって:相手のご機嫌をとって、相手をこちらの思惑通りにさせる。
 
 恐ろしい話です。時田義孝のことではありませんが、結婚式の披露宴でハプニングが起こる予感です。
 とある女性が、恋敵(こいがたき。新婦)にそっと近づいて、(新婦と)ともだち関係になったのです。復讐するのか。女性の行為は徹底しています。

 人生の終わりに近づいて、今までのオレの人生はなんだったのかとか、オレはこれまで何をしてきたのかという哀愁がただよっています。
 奥さんの言葉がいい。『ねぇお父さん……長生き、しましょうよ』『あなた、今死んだら後悔するでしょう』時田義孝はタバコが原因で肺がんの宣告を受けそうなのです。死は案外近くにあるのです。

「君のために生まれてきたわけじゃない」
 最後に読む短編です。
 見事なラストシーンでした。
 いつか映像化されるかもしれません。
 
 肝心な部分を隠して読者に考えさせる手法の文章作品です。

 全体を通してのメッセージは、家族の目的は『お互いが支え合いながら生きていくこと』です。

 時田翼のアルコール依存症79歳の父親時田正雄が病院のベッドで寝ています。入院です。
 本文の文章を借りれば『過度の飲酒は、…… リストカットと変わらない』
 息子が何か食べたいものはないかと聞けば、父親からは「酒が飲みたい」という返事が返ってきます。
 肝臓に腫瘍ができていて(たぶん癌でしょう)もう父親の命は短い。
 
 『お前は遠くばっかり見過ぎる』と表現されるのが、時田翼の性格・個性です。

 何もしない。何もしないでこの世から消えていく。何もしないということは、まわりに迷惑をかけないということ。

 とりあえず、生きていればいい。

 「親の面倒を見るために生まれてきたわけじゃない」いろいろあります。

 登場人物がたくさんいて、これから続編がいくらでもできそうです。  

Posted by 熊太郎 at 07:47Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2021年09月07日

太川&えびすのローカル路線バス乗り継ぎ旅 高松から伊勢神宮

太川&えびすのローカル路線バス乗り継ぎ人情ふれあい旅 第11弾 香川県高松から三重県伊勢神宮 2012年4月放送分の再放送 BSテレ東

 ずいぶん昔に放送された番組ですが、観たのは初めてです。
 映像で、自分も訪れたことがあるところがたくさん出てきて楽しめました。
 四国高松駅、神戸しあわせの村、神戸三宮、奈良県生駒山、奈良市東大寺、伊賀上野市の忍者屋敷、三重県名張市赤目四十八滝、三重県伊勢神宮など、映像を見ながら、訪れたその時その時ごとの思い出がよみがえりました。各地を訪れた時の自分の年齢はそれぞれまちまちですが、自分の人生をふりかえるような気分で思い出にひたれました。

 ゲストのいとうまい子さんが観光に積極的で、このころはまだ、路線バスを乗りかえる待ち時間の間に、タクシーで観光をする余裕がありました。いとうまい子さんが観光にこだわるところが素敵でした。いとうまい子さんには感謝です。いとうまい子さんは、訪れた場所に足跡を残したいという願望があります。なんとしてもたこ焼き屋でたこやきを買うのだと、太川陽介さんを説き伏せて、コンニャク入りのたこ焼きを買って食べるシーンがありました。

 冒頭付近のバスの中で、あいかわらずのえびすよしかずさんが、太川陽介さんにいとうまい子さんのことを「歳はとっているけれど、すごく若いよ! こんな47(才)いない!!」と笑顔で声をかけます。いとうまい子さんは、笑ってごまかして、怒っているふうでもありませんでした。

 移動途中で、バス路線のことを地元の人にたずねるために、えびすよしかずさんといとうまい子さんが肩を並べながらラブホテルに入って行った後姿の映像にはびっくりしました。そのときの紅色(くれないいろの)夕映えがきれいでした。
 そのほかにも、えびすよしかずさんが、三人の宿泊場所交渉のためにタクシーから降りて、ひとりでホテルに入って行ったのですが、そこもラブホテルでした。「いゃー ここ、ラブホには見えないでしょ」にだれかが、「見えるでしょ!」って言い返していました。笑いました。

 鳴門海峡の「大鳴門橋」「明石海峡大橋」は人間が歩いて渡ることはできないということは知りませんでした。
 バスに乗るための小さな黄色いケーブルカーが可愛らしかった。
 
 あいかわらず、競艇場とかパチンコ屋とかが出てくると興奮しだすギャンブル好きなえびすよしかずさんですが、そこから10年が経過して、軽い認知症になってしまい、いまはもうギャンブルはしていないということを先日テレビで観ました。人生の未来とは、どうなるかわからないものです。

 瀬戸内海にある鳴門の渦潮の上あたりで、えびすさんが「この橋の下あたりで(渦潮が)やってるのかなあ?」太川陽介さんが「営業(活動)をしているわけじゃない」
 瀬戸内海の海と島の景色がきれいです。

 淡路島にあるファームパークにコアラがいるということは初めて知りました。画面をジーッと見て、内部が、名古屋市の東山動物園にあるコアラ舎と構造やレイアウトが似ていることに気がつきました。同じオーストラリア産なので類似の案で建物を建造したのかもしれません。
 ここでもえびすよしかずさんがいらぬことを言います。「(コアラがいると聞いて)死んでないかなあ」
 
 コマーシャルを入れて2時間番組です。コンパクトに上手にまとめてあります。てきぱきとしています。

 このころはまだ、宿泊場所で、太川陽介さんやゲストがいやがらせのようにえびすよしかずさんのベッドにダイビングするようにジャンプするということはしていなかったようです。えびすさんは自分が寝るベッドに他人が触れることを嫌います。

 神戸市内は1995年の阪神淡路大震災が起きた翌月に、仕事の関係で現地に行ったことがあります。荒廃した市街地を歩きながら、これは、復興するまでにどれぐらいの年数がかかるのだろうかとぼーぜんとしました。それから、10年後にひとり旅の日帰り旅行で同じ場所を歩いて見て回りました。新築の家や建物が並んでいました。そんな思い出があります。

 太川陽介さんは、バスの乗り継ぎにおいて「運」がある人だと思っていつもテレビを見ています。
 路線を間違えて、後戻りするシーンがありますが、それもまた人生のようです。うまくいかなかったら、後戻りして、もういちどそこからやり直せばいいのです。

 太川陽介さんが優しくて良かった。23時12分発のバスがあって、それに乗ろう!というようなことを太川陽介さんが提案したのですが、えびすよしかずさんといとうまい子さんが、思いとどまってくれと太川陽介さんにお願いして思いとどまってくれました。2021年の今だと、競争式乗り継ぎ番組になったので、思いとどまってくれないかもしれません。

 奈良東大寺には40代のころにたいへんお世話になりました。いろいろとゆきづまると大仏さんのお顔を見るために何度も東大寺まで足を運んでいました。自分は宗教に入っているわけではありませんが、とにかく巨大な大仏殿とこれまた大きな大仏さんを見上げていると、自然と気持ちが落ち着いてきて『よし!やろう!!』という意欲が湧いてきました。おかげで心がへし折れることなく50代も過ごすことができました。感謝しかありません。

 太川陽介さんのご親族の方が、高松市とたしか伊賀上野市で出ておられました。ローカル人情旅です。昭和時代の雰囲気があります。

 映像を見ていて、三人のメンバーは、路線バスでよく四国の高松から三重県内まで来ることができたなあと感心します。
 
 どこかのシーンで、太川陽介さんが「じゃあ、それ信じます!」と発声されたのが、気持ちよかった。

 飲食店で奥さんが「お父さんが(三人を車でホテルまで)送っていきます」と言われて、人情旅だとほろりときました。親切が一番です。

 ゴールは伊勢神宮です。今回の旅ではパワースポット(元気をもらえる場所)がいくつもありました。