2021年08月19日
めっきらもっきら どおんどん 長谷川摂子
めっきらもっきら どおんどん 長谷川摂子(はせがわ・せつこ)・作 ふりや なな・画 福音館書店
ゆうれいのおはなしだろうか。表紙に不気味な黒い影の絵が描いてあります。
オオカミのようにも見えるし、ヘビのようにも見えます。
男の子のまわりにだれもいません。
男の子は、ひとりぼっちのようです。
男の子の名前は「かんた」だそうです。
かんたは、孤独に負けないように大きな声を出して歌います。
絵本は、1985年の作品です。いまから36年ぐらいまえです。
「めっきらもっきら どおんどおん」は、かんたが歌う歌の歌詞のなかに出てくる言葉です。呪文(じゅもん)のようです。
じゅもん:儀式で唱える(となえる)となにかが出て来たり、何かが起こったりする。
天狗(てんぐ。鼻が長くて高い妖怪)でも出てくるのだろうか。
天狗は出てきませんが、別のものが、みっつも出てきました。びっくり。
「もんもんびゃっこ」と「しっかかもかか」と「おたからまんちん」という妖怪たちです。ちょっと怖い。
だけど、妖怪たちはおもしろい。見た目は怖くても中身は優しい。
絵がリアルで素敵です。
横向きの絵本が縦になって、高さが感じられる絵です。
シーンは、三日月の夜のなわとびごっこになりました。
これはおもしろい。楽しい。
夢が広がります。
いい絵本でした。
今年読んで良かった一冊になりました。
ゆうれいのおはなしだろうか。表紙に不気味な黒い影の絵が描いてあります。
オオカミのようにも見えるし、ヘビのようにも見えます。
男の子のまわりにだれもいません。
男の子は、ひとりぼっちのようです。
男の子の名前は「かんた」だそうです。
かんたは、孤独に負けないように大きな声を出して歌います。
絵本は、1985年の作品です。いまから36年ぐらいまえです。
「めっきらもっきら どおんどおん」は、かんたが歌う歌の歌詞のなかに出てくる言葉です。呪文(じゅもん)のようです。
じゅもん:儀式で唱える(となえる)となにかが出て来たり、何かが起こったりする。
天狗(てんぐ。鼻が長くて高い妖怪)でも出てくるのだろうか。
天狗は出てきませんが、別のものが、みっつも出てきました。びっくり。
「もんもんびゃっこ」と「しっかかもかか」と「おたからまんちん」という妖怪たちです。ちょっと怖い。
だけど、妖怪たちはおもしろい。見た目は怖くても中身は優しい。
絵がリアルで素敵です。
横向きの絵本が縦になって、高さが感じられる絵です。
シーンは、三日月の夜のなわとびごっこになりました。
これはおもしろい。楽しい。
夢が広がります。
いい絵本でした。
今年読んで良かった一冊になりました。
2021年08月18日
どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2
どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2 宮口幸治 新潮新書
『ケーキの切れない非行少年たち』は読みました。かなり衝撃を受けましたが納得できました。できない脳をもって生まれた人間もいるのです。その本を読んだときの感想は、最後に付け足しておきます。
第一章で項目を並べて、あとは、項目ごとに対応を解説する章に飛べるそうです。
第二章:頑張るということ
第三章:欲求のこと
第四章:やる気を奪う言葉や振る舞いの例
第五章:頑張る動機付けの素材
第六章:支援者の葛藤とスイッチの入れ方
第七章:保護者のみなさまに対してのメッセージ
第八章:支援者同士のいさかい
著者は積極的ですが、読み手はそこまで前向きな気持ちには至りにくい。どうすることもできないことを考える作業に思えるのです。
脳の働きを変化させることは他者にはむずかしい。本人自身が気づかないと本人の脳を変えることはできそうにありません。脳の管理は自己管理です。
まわりにいる他人は、基本的には、ギャラが発生しないと動かないとか動けない、現実的な対応があります。
世代の差による意識の持ち方の差があります。自分の世代は、頑張る世代でした。だから最近の頑張らない風潮には違和感があります。不可解です。これまで「努力・忍耐・根性」で生き抜いてきました。間違ってはいなかったと思います。
近頃は、自らの意志で転落していくことを適切なことだとする考え方があります。歯がゆさを感じることもあります。
されど、もう終わったことです。リタイアした身としては、傍観者の立場でながめるだけです。新しい時代は新しい人たちでつくるものです。
満員電車に耐えて通勤するお話が出てきます。
読んでいて思い出したことがあります。スポーツ選手が引退する時にそれまでの功績を讃えることがあります。
亡くなったプロ野球の監督さんがおっしゃっていました。『自分たちプロ野球選手よりもサラリーマンのほうが大変な生活を送られていると思います。』というものでした。
たしかに、満員電車で毎日のように通勤して、体力を使って、精神力も使って、40年間ぐらいは働き続けます。一日の拘束時間もとても長い。本書にある言葉を借りると『困難に耐えながら我慢してやりぬく』のが全国のサラリーマンの姿です。
頑張りつくした人に『(もう)頑張らないで』とは言えるけれど、これまで頑張ったことがない人に『頑張らないで』とは言えないとあります。同感です。
『通常、人は何をするにしても、努力して頑張らないと生きていけないのです……』これもまた同感です。
思うに、仕事場で一番嫌われる人は、仕事をしない人です。その人がしない仕事は、ほかの人がしなければならなくなるからです。
仕事をしない人の仕事を請け負って仕事が増えても給料は同じです。相手の給料が減るわけでもありません。仕事をしない人はかなり嫌われます。仕事をしているふりをする人も同様に嫌われます。仕事場でのいじめの原因にもなります。だから、自分に割り当てられた仕事はしなければならないのです。
昔は、『石の上にも三年と教わりました』なにかを始めたら最後まで辞めない。自分から辞めるとはけして言わない。辞めるときは、相手から辞めてくれと言われたときに考える。ただ、それでも辞めない。辞めさせられるまで辞めない。そんな意識をもって仕事や学業に取り組むことが基本でした。それでも、無理を続けて、体を壊して、やむなく辞めるということはありました。
本書では、いまどきの大卒新卒は、三年以内に三割が会社を退職するとあります。なんともコメントのしようがありません。昔は、辞めると食べていけなくなるから辞めることを我慢しました。今は、仕事を辞めても食べていける環境があるのでしょう。
新しい形態の仕事であれば周囲から認められるということがあります。要はお金をゲットできれば承認されるのです。本書では、eSports(eスポーツ)が紹介されています。YouTuber(ユーチューバー)も該当するのでしょう。
一時的に大金を手にすることだけでは人生は成り立っていきません。病気や老後に備えて公的保険に加入して保険料を納めておかなければなりません。いつまでも若いままの心身を保つことはできないのです。
スポーツが苦手なこどもさんのお話が出ます。人にはそれぞれ得意・不得意があります。
その部分を読んでいて思いついたことがあります。飲酒や飲酒を伴う会が苦手な人もいます。新型コロナウィルス感染拡大防止の対応のなかで、仕事場での飲酒の機会が減ったり、なくなったりしたことで、ほっとしている人もいます。それなのにテレビでは、アルコール提供制限のことを、何度もけしからんという趣旨で報道していました。アルコールを飲めない人からすると不可解です。
思うだけで、自分にはできるとする。でも努力はしないからできない。なのに、できない自分をイメージできない。堂々巡りがあります。
支援者がブレーキになることもあるそうです。いろいろあります。
支援者は『ああそうだな』とあいづちを打つだけでいい。否定してはいけない。
この世に人類がいる限り、解決できない課題に感じます。支援者は疲れて、相手に距離を置いて、最後には相手から離れていきそうです。本人がその気にならなければ本人は変わらない。
引きこもりでも自分が好きなことにはエネルギーを注ぐことはできる。引きこもりでも音楽コンサートには行ける。
自分に負担がこない仕事相手ならそれも許せるでしょう。負担がくる場合は、都合の悪い時だけひきこもりになる仕事相手を許せないでしょう。許すことができない人間は、音楽コンサートに行く仕事相手に、自分勝手な人間だとレッテルを張るでしょう。(人格の格付けをする)
現実と夢の区別ができない。マンガやドラマや映画や小説の中の成功話が自分にもあてはまると勘違いする。
名言が記してあります。『子どもの心の扉の取っ手は内側にしかついていない』
頑張れない人は:嘘をつく人。約束を破る人。問題行動を頻繁にする人。謝らない人。支援者に暴言を吐く人とあります。いいところがありません。
ふつう、完ぺきな人はいないわけで、夫婦とか友人関係においても相手のイヤな面は見るわけで、それでもいっしょにいるのは、相手になにかひとつでも尊敬できる部分があるからです。ほかのイヤな面は目をつぶることができるのです。(容認できる。許せる)
それぞれがもつ人間の脳の性質によって、どうしても変われない行動パターンがあります。変われない行動を変われない行動としてあきらめるしかないこともあります。
好感をもたれる方法として:親切な人であること。
人間関係が苦手だという人は:挨拶をしない人。お礼を言わない人。自己中心的な言動をする人。マナーが悪い人。いつも悪口を言っている人。ブスッとしている人。
そういう人って、実際にいます。だから、人が離れていきます。努力をしないのに、自分は人間関係が苦手だと言っている。
書かれていることを実際にやるのは『修行』のように感じました。
的を射ている言葉として、『偉そうにしている人は人望が薄い』
本の後半部分を読んでいて思ったことです。
自分も小学校低学年の頃は、頑張れないこどもだったのではなかろうか。もう半世紀以上昔のことなので、忘れかけていました。たしか、小学校三年生ぐらいまでの学校の通信簿は、五段階評価で『2』と『3』が半分ずつぐらいでした。通信簿をもって頭の上で振り回しながら、自分で、2-3-2-3-2-3-3と歌いながら家の台所でぐるぐる回って、母親に向かって、あっはっはーと笑っていた覚えがあります。小学4年生ぐらいから勉強すると知識が増えて、テストでいい点数がとれることが嬉しくて、自然と頑張れるようになりました。
うつに苛まれる(さいなまれる)教師や医師の方のお話があります。
たしかに、どちらが患者なのかわからない精神科ドクターとか、ケースワーカーさんなどがいそうです。ミイラ取りがミイラになってしまうことがある過酷な仕事です。(自分も病気になってしまう)
(2019年2月のときの感想メモ 「ケーキの切れない非行少年たち」)
ケーキの切れない非行少年たち 宮口幸治(みやぐち・こうじ) 新潮新書
売れている本です。児童精神科医、医療少年院勤務歴ありの著者です。
これから読み始めます。非行の原因に迫る内容です。意外な理由があるというメッセージがあるようです。
読み始める前に、タイトルから、ケーキをだいたい同じ分量の三等分に切って分ける能力がないこどもたちと理解します。学力がないのかあるのかわかりませんが、ものの分量の感覚がない脳の病気のような状態だろうと推測します。
「認知機能:記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断」に問題があるそうです。
病院では、根本的には治せない。投薬治療だけしかできないとのこと。
(つづく)
図の模写ができない。
ふまじめとかやる気がないとかの性格・資質ではなく、もともと能力がない。
非行行為をした理由を説明する力が本人にない。
深刻な雰囲気です。
外見ではわからない。むしろ弱々しくて、線が細い。ふだんは、おとなしく、無口。人なつこい面あり。あいさつはできる。
九九ができない。日本地図が理解できない。日本国首相の名前が言えない。日本国首相の名前が、「オバマ」という返答にはあぜんとしました。学校では、いない者として扱われていたのではないかと読みながら思ってしまいます。不登校、暴力、万引きが始まります。
今年読んで良かった1冊になりそうです。ぜひ、読んでほしい1冊です。
犯罪被害者はたまりません。やられ損です。補償も期待できません。非行行為が実行される前に、加害者予備群に対して、粘り強い「教育」が必要であると説いておられます。
非行少年たちが見ている風景は、事実とは異なる。彼らに彼らが見えている事象の絵を書いてもらうと事実とは異なっていることがわかる。
こどものころの本人たちはだんだん周囲から忘れられた存在になっていく。
人間の能力は、読み書き計算から始まることがわかります。そうすると、乳幼児期の絵本の読み聞かせは重要です。「見る・聞く」が重要とあります。
以前、殺人行為をしたこどもの親の手記を読んだことがあります。こども本人に理由を何度たずねても、「人を刺してみたかった」という言葉がくりかえし返ってくるだけで、根本的な理由がわからず、とほうにくれたというものでした。この本を読むと、その理由が見えてきます。
殺人、暴力、盗み、詐欺、契約不履行や未払い、不作為、中毒、そういうことをすると、自分や親族があとさきどうなるのかを考えず、感情のままに不可解な行為をして、周囲に損害を与えてもケロッとしている人がいます。本人には、いけないことをしてしまったという自覚も理解もありません。心からの謝罪もありません。同じ事が繰り返されます。この世には、そういう人が、いくらか存在するということを理解して対応をしていかなければならないと気づかせてくれる本です。
高学歴だからといって、認知度も高いわけではないようです。ペーパーテストを解く力と認知度は比例していないようです。
読んでいると、人間というのは、むずかしい生き物だと思えてきます。
刑務所が福祉施設のようになっているそうです。
「ほめる」、「話を聞いてあげる」は、その場限りの対応でしかない。
勉強ができない子は、勉強ができるようにしてあげなければならない。
人間は不完全な生き物で、自分自身と他人の不完全な部分を許せる人間になることが、平和につながると理解しました。
読んでいて気づいたことがあります。それは、「鏡」です。神社に行くと鏡がまつられています。自分の姿を見なさいということだと思います。本では、とある駅のホームの壁に鏡が設置された。それまで続いていた飛び込み自殺が減ったとあります。鏡で、自分の姿を見て、自分が今なにをしようとしているのかを脳で理解できたとき、人間は自分の行動にブレーキをかけることができる。自分で自分をなんとかしようと思う気持ちの芽生えが期待できます。たとえば、殺人行為をしようとしている人の目の前に鏡があって、鏡に自分の姿が大きく映し出されているのを見たとき、行為を思いとどまることができる気がします。
犯罪心理学とか、犯罪者行動学の本でした。犯罪防止のために、また犯罪者の矯正のためにどうしたらいいのかを考える本です。
犯罪が起こる原因が脳の損傷にあるようです。考えてみれば、同じような恵まれない悲惨な家庭環境で育ったとしても全員が犯罪者になるわけではありません。たいていの人はがんばっています。
印象的だった言葉の趣旨などとして、「少年院版特別支援学校」、「苦手なことをそれ以上させないという行為は危険」、「更生しての社会復帰は不可能ではない」、「非行少年たちは、学ぶこと、認められることに飢えている」、「気持ちにブレーキをかけるトレーニング」、「わかったふりをしている」
調べた言葉などとして、「騙し取る:だましとる」、「自尊感情:自分を適切に評価して受け入れて自分を好きになる感情。自信」、「(少年)鑑別(所):かんべつ。よく調べて、種類、性質を見分ける」
『ケーキの切れない非行少年たち』は読みました。かなり衝撃を受けましたが納得できました。できない脳をもって生まれた人間もいるのです。その本を読んだときの感想は、最後に付け足しておきます。
第一章で項目を並べて、あとは、項目ごとに対応を解説する章に飛べるそうです。
第二章:頑張るということ
第三章:欲求のこと
第四章:やる気を奪う言葉や振る舞いの例
第五章:頑張る動機付けの素材
第六章:支援者の葛藤とスイッチの入れ方
第七章:保護者のみなさまに対してのメッセージ
第八章:支援者同士のいさかい
著者は積極的ですが、読み手はそこまで前向きな気持ちには至りにくい。どうすることもできないことを考える作業に思えるのです。
脳の働きを変化させることは他者にはむずかしい。本人自身が気づかないと本人の脳を変えることはできそうにありません。脳の管理は自己管理です。
まわりにいる他人は、基本的には、ギャラが発生しないと動かないとか動けない、現実的な対応があります。
世代の差による意識の持ち方の差があります。自分の世代は、頑張る世代でした。だから最近の頑張らない風潮には違和感があります。不可解です。これまで「努力・忍耐・根性」で生き抜いてきました。間違ってはいなかったと思います。
近頃は、自らの意志で転落していくことを適切なことだとする考え方があります。歯がゆさを感じることもあります。
されど、もう終わったことです。リタイアした身としては、傍観者の立場でながめるだけです。新しい時代は新しい人たちでつくるものです。
満員電車に耐えて通勤するお話が出てきます。
読んでいて思い出したことがあります。スポーツ選手が引退する時にそれまでの功績を讃えることがあります。
亡くなったプロ野球の監督さんがおっしゃっていました。『自分たちプロ野球選手よりもサラリーマンのほうが大変な生活を送られていると思います。』というものでした。
たしかに、満員電車で毎日のように通勤して、体力を使って、精神力も使って、40年間ぐらいは働き続けます。一日の拘束時間もとても長い。本書にある言葉を借りると『困難に耐えながら我慢してやりぬく』のが全国のサラリーマンの姿です。
頑張りつくした人に『(もう)頑張らないで』とは言えるけれど、これまで頑張ったことがない人に『頑張らないで』とは言えないとあります。同感です。
『通常、人は何をするにしても、努力して頑張らないと生きていけないのです……』これもまた同感です。
思うに、仕事場で一番嫌われる人は、仕事をしない人です。その人がしない仕事は、ほかの人がしなければならなくなるからです。
仕事をしない人の仕事を請け負って仕事が増えても給料は同じです。相手の給料が減るわけでもありません。仕事をしない人はかなり嫌われます。仕事をしているふりをする人も同様に嫌われます。仕事場でのいじめの原因にもなります。だから、自分に割り当てられた仕事はしなければならないのです。
昔は、『石の上にも三年と教わりました』なにかを始めたら最後まで辞めない。自分から辞めるとはけして言わない。辞めるときは、相手から辞めてくれと言われたときに考える。ただ、それでも辞めない。辞めさせられるまで辞めない。そんな意識をもって仕事や学業に取り組むことが基本でした。それでも、無理を続けて、体を壊して、やむなく辞めるということはありました。
本書では、いまどきの大卒新卒は、三年以内に三割が会社を退職するとあります。なんともコメントのしようがありません。昔は、辞めると食べていけなくなるから辞めることを我慢しました。今は、仕事を辞めても食べていける環境があるのでしょう。
新しい形態の仕事であれば周囲から認められるということがあります。要はお金をゲットできれば承認されるのです。本書では、eSports(eスポーツ)が紹介されています。YouTuber(ユーチューバー)も該当するのでしょう。
一時的に大金を手にすることだけでは人生は成り立っていきません。病気や老後に備えて公的保険に加入して保険料を納めておかなければなりません。いつまでも若いままの心身を保つことはできないのです。
スポーツが苦手なこどもさんのお話が出ます。人にはそれぞれ得意・不得意があります。
その部分を読んでいて思いついたことがあります。飲酒や飲酒を伴う会が苦手な人もいます。新型コロナウィルス感染拡大防止の対応のなかで、仕事場での飲酒の機会が減ったり、なくなったりしたことで、ほっとしている人もいます。それなのにテレビでは、アルコール提供制限のことを、何度もけしからんという趣旨で報道していました。アルコールを飲めない人からすると不可解です。
思うだけで、自分にはできるとする。でも努力はしないからできない。なのに、できない自分をイメージできない。堂々巡りがあります。
支援者がブレーキになることもあるそうです。いろいろあります。
支援者は『ああそうだな』とあいづちを打つだけでいい。否定してはいけない。
この世に人類がいる限り、解決できない課題に感じます。支援者は疲れて、相手に距離を置いて、最後には相手から離れていきそうです。本人がその気にならなければ本人は変わらない。
引きこもりでも自分が好きなことにはエネルギーを注ぐことはできる。引きこもりでも音楽コンサートには行ける。
自分に負担がこない仕事相手ならそれも許せるでしょう。負担がくる場合は、都合の悪い時だけひきこもりになる仕事相手を許せないでしょう。許すことができない人間は、音楽コンサートに行く仕事相手に、自分勝手な人間だとレッテルを張るでしょう。(人格の格付けをする)
現実と夢の区別ができない。マンガやドラマや映画や小説の中の成功話が自分にもあてはまると勘違いする。
名言が記してあります。『子どもの心の扉の取っ手は内側にしかついていない』
頑張れない人は:嘘をつく人。約束を破る人。問題行動を頻繁にする人。謝らない人。支援者に暴言を吐く人とあります。いいところがありません。
ふつう、完ぺきな人はいないわけで、夫婦とか友人関係においても相手のイヤな面は見るわけで、それでもいっしょにいるのは、相手になにかひとつでも尊敬できる部分があるからです。ほかのイヤな面は目をつぶることができるのです。(容認できる。許せる)
それぞれがもつ人間の脳の性質によって、どうしても変われない行動パターンがあります。変われない行動を変われない行動としてあきらめるしかないこともあります。
好感をもたれる方法として:親切な人であること。
人間関係が苦手だという人は:挨拶をしない人。お礼を言わない人。自己中心的な言動をする人。マナーが悪い人。いつも悪口を言っている人。ブスッとしている人。
そういう人って、実際にいます。だから、人が離れていきます。努力をしないのに、自分は人間関係が苦手だと言っている。
書かれていることを実際にやるのは『修行』のように感じました。
的を射ている言葉として、『偉そうにしている人は人望が薄い』
本の後半部分を読んでいて思ったことです。
自分も小学校低学年の頃は、頑張れないこどもだったのではなかろうか。もう半世紀以上昔のことなので、忘れかけていました。たしか、小学校三年生ぐらいまでの学校の通信簿は、五段階評価で『2』と『3』が半分ずつぐらいでした。通信簿をもって頭の上で振り回しながら、自分で、2-3-2-3-2-3-3と歌いながら家の台所でぐるぐる回って、母親に向かって、あっはっはーと笑っていた覚えがあります。小学4年生ぐらいから勉強すると知識が増えて、テストでいい点数がとれることが嬉しくて、自然と頑張れるようになりました。
うつに苛まれる(さいなまれる)教師や医師の方のお話があります。
たしかに、どちらが患者なのかわからない精神科ドクターとか、ケースワーカーさんなどがいそうです。ミイラ取りがミイラになってしまうことがある過酷な仕事です。(自分も病気になってしまう)
(2019年2月のときの感想メモ 「ケーキの切れない非行少年たち」)
ケーキの切れない非行少年たち 宮口幸治(みやぐち・こうじ) 新潮新書
売れている本です。児童精神科医、医療少年院勤務歴ありの著者です。
これから読み始めます。非行の原因に迫る内容です。意外な理由があるというメッセージがあるようです。
読み始める前に、タイトルから、ケーキをだいたい同じ分量の三等分に切って分ける能力がないこどもたちと理解します。学力がないのかあるのかわかりませんが、ものの分量の感覚がない脳の病気のような状態だろうと推測します。
「認知機能:記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断」に問題があるそうです。
病院では、根本的には治せない。投薬治療だけしかできないとのこと。
(つづく)
図の模写ができない。
ふまじめとかやる気がないとかの性格・資質ではなく、もともと能力がない。
非行行為をした理由を説明する力が本人にない。
深刻な雰囲気です。
外見ではわからない。むしろ弱々しくて、線が細い。ふだんは、おとなしく、無口。人なつこい面あり。あいさつはできる。
九九ができない。日本地図が理解できない。日本国首相の名前が言えない。日本国首相の名前が、「オバマ」という返答にはあぜんとしました。学校では、いない者として扱われていたのではないかと読みながら思ってしまいます。不登校、暴力、万引きが始まります。
今年読んで良かった1冊になりそうです。ぜひ、読んでほしい1冊です。
犯罪被害者はたまりません。やられ損です。補償も期待できません。非行行為が実行される前に、加害者予備群に対して、粘り強い「教育」が必要であると説いておられます。
非行少年たちが見ている風景は、事実とは異なる。彼らに彼らが見えている事象の絵を書いてもらうと事実とは異なっていることがわかる。
こどものころの本人たちはだんだん周囲から忘れられた存在になっていく。
人間の能力は、読み書き計算から始まることがわかります。そうすると、乳幼児期の絵本の読み聞かせは重要です。「見る・聞く」が重要とあります。
以前、殺人行為をしたこどもの親の手記を読んだことがあります。こども本人に理由を何度たずねても、「人を刺してみたかった」という言葉がくりかえし返ってくるだけで、根本的な理由がわからず、とほうにくれたというものでした。この本を読むと、その理由が見えてきます。
殺人、暴力、盗み、詐欺、契約不履行や未払い、不作為、中毒、そういうことをすると、自分や親族があとさきどうなるのかを考えず、感情のままに不可解な行為をして、周囲に損害を与えてもケロッとしている人がいます。本人には、いけないことをしてしまったという自覚も理解もありません。心からの謝罪もありません。同じ事が繰り返されます。この世には、そういう人が、いくらか存在するということを理解して対応をしていかなければならないと気づかせてくれる本です。
高学歴だからといって、認知度も高いわけではないようです。ペーパーテストを解く力と認知度は比例していないようです。
読んでいると、人間というのは、むずかしい生き物だと思えてきます。
刑務所が福祉施設のようになっているそうです。
「ほめる」、「話を聞いてあげる」は、その場限りの対応でしかない。
勉強ができない子は、勉強ができるようにしてあげなければならない。
人間は不完全な生き物で、自分自身と他人の不完全な部分を許せる人間になることが、平和につながると理解しました。
読んでいて気づいたことがあります。それは、「鏡」です。神社に行くと鏡がまつられています。自分の姿を見なさいということだと思います。本では、とある駅のホームの壁に鏡が設置された。それまで続いていた飛び込み自殺が減ったとあります。鏡で、自分の姿を見て、自分が今なにをしようとしているのかを脳で理解できたとき、人間は自分の行動にブレーキをかけることができる。自分で自分をなんとかしようと思う気持ちの芽生えが期待できます。たとえば、殺人行為をしようとしている人の目の前に鏡があって、鏡に自分の姿が大きく映し出されているのを見たとき、行為を思いとどまることができる気がします。
犯罪心理学とか、犯罪者行動学の本でした。犯罪防止のために、また犯罪者の矯正のためにどうしたらいいのかを考える本です。
犯罪が起こる原因が脳の損傷にあるようです。考えてみれば、同じような恵まれない悲惨な家庭環境で育ったとしても全員が犯罪者になるわけではありません。たいていの人はがんばっています。
印象的だった言葉の趣旨などとして、「少年院版特別支援学校」、「苦手なことをそれ以上させないという行為は危険」、「更生しての社会復帰は不可能ではない」、「非行少年たちは、学ぶこと、認められることに飢えている」、「気持ちにブレーキをかけるトレーニング」、「わかったふりをしている」
調べた言葉などとして、「騙し取る:だましとる」、「自尊感情:自分を適切に評価して受け入れて自分を好きになる感情。自信」、「(少年)鑑別(所):かんべつ。よく調べて、種類、性質を見分ける」
2021年08月17日
ネブラスカ DVD
ネブラスカふたつの心をつなぐ旅 DVD 2013年日本公開アメリカ映画
アメリカ合衆国ネブラスカ州:合衆国中西部にある州。州都は、リンカーン
アメリカ合衆国モンタナ州:映画の主人公家族が住むところ。老いた認知症ぽい父親と次男が、ネブラスカ州の州都であるリンカーンを目指します。リンカーンにある会社の事務所で、一億円ぐらいがもらえる抽選くじの当選金を受け取るためですが、それは詐欺的行為であり、当選はしていません。でも、ぼけた父親は宝くじが当たっていると言い張るのです。
人間の嫌な面が出てくる映画です。
されど、最後はさわやかな気持ちで観終えることができました。
今年観て良かった一本です。
認知症のような高齢者男性が高速道路を歩いていて、パトカーの保安官に止められるところから始まります。
オール白黒映像です。
高齢者男性がウディで、80代の年齢に見えます。妻も同じぐらいです。デヴィッドが次男で、長男がロスです。タイトルにあるふたつの心というのは、父親のウディと次男のデヴィッドだと思います。
老害とも思える言動がある高齢者男性のウディですが、それでも、自分の実父だからめんどうをみないわけにはいかない次男のデヴィッドがいます。高齢者介護の苦悩があります。
長男ロイはニュースキャスターをしていて、少々別世界の人となっています。対して、次男のデヴィッドは、同棲をしていたらしいのですが、相手の女性がデヴィッドに愛想をつかして家を出て行ったというさえない境遇です。
老父のウディは入れ歯をはずしてどこかへやってしまいます。入れ歯は、線路のそばで発見されます。そこでひともんちゃく。自分の入れ歯じゃない。いややっぱり父さんのだ。とりとめもないやりとりです。(会話や議論がまとまらない)
息子と父親のふたり旅です。映画を観ている自分は、もっと年をとれば、父親の立場になります。
もらえもしない一億円ぐらいの宝くじ当選金です。息子は、ネブラスカ州にある都市リンカーンの今回の件を企画した雑誌会社事務所まで父親と行って、くじははずれだと言われて、父親にあきらめてもらうつもりで付き添います。でも、老父のウディは大金をもらえると信じ切っていて、旅の途中で出会うなつかしい親族や過去の仕事仲間だった人たちに一億円を受け取りに行くとしゃべってしまいます。次男が必死に否定しますが、それを聞いたみんなは信じてくれません。トラブルが起こり続けます。暴力がからんだケンカにもなります。あの時貸した金を「当選金で返せ」です。
父親の過去をたどる旅でもあります。
こどもをつくることはできても、こどもをちゃんと育てられるかは別の話です。
父親はアルコール依存症だった。アルコールで脳みそをやられたんじゃないか。
三十年間ぐらい交流が乏しかった人たちとの再会があります。
父親も息子も、親戚一族も昔の仕事仲間も生活は豊かではありません。アメリカ合衆国の一面があります。人々がありもしない当選金一億円目当てにたかりにきます。息子は困ります。
妻(次男にとっては母)による今はもう死んだ人たちの話が延々と続きます。お墓を見ながら話が続きます。
それを聴きながら、自分は、人間が今も生きているという「奇跡」を感じました。
長い人生を生きていると、たぶんだれしも複数回、死にそうになったり、場合によっては、殺されそうになったりしていると思います。
歳をとると、たまに、今、ここで、自分が生きているということは「奇跡」ではないだろうかと思うことがあります。病気や事故、事件や自然災害で、命を失うことはけして珍しくはありません。この世は危険だらけです。
映像に出てくる人たちの話で、日本車メーカーの話がたまに出ます。あとは、おおぜいで、ソファーセットやテーブルに座って、一台のテレビ映像をみんなで観ています。スポーツ番組観戦ですが、だれしも黙って観ています。やることがないから、お金がないから、ただ、みんなでテレビ映像をぼーっとながめている。むなしい。せつない。なにもない。これもアメリカ合衆国の現実です。経済が低い位置で横ばいだったのでしょう。いまもなおトランプ氏に寄せる期待が大きいことも理解できます。
ほかにすることがなかったから酒を飲んだ。
朝鮮戦争に派遣された話(1950年から1953年。昭和25年から同28年)。戦争で人生の流れがおかしくなった。
ふと考えたのですが、第二次世界大戦が一方的な敗戦というあのような終わり方をしなければ、日本も若者に対する徴兵制度が今も残されていたのではないか。
おばあさんがひんぱんに下ネタ話をたくさんするので笑えました。
ウソ話もありますが、深刻にならずに楽しいほら話です。
老いた父親は、友人・知人からお金を借りたり、資金を援助してもらったりしたのに、返済をしていません。債権者がいっぱいいます。でも、お金を貸した方は、(老いた父親)相手が貧乏だからとあきらめていた様子です。
されど、本人が、みんなに大金が当たったと言うのです。だけど、老いた父親は頭がぼけているのです。
だれかがだれかをねたんでいる。
だれかがだれかをうらんでいる。
栄光を手にすると過去に素行が悪かった人間は狙われる。陥れられる(おとしいれられる)
自分と同じレベル(所得水準)にいるときだけの仲良し関係です。
人間のもつ厳しさが表現されます。
次男が、何度も宝くじには当たっていないと父親への金銭貸主たちに説明しても、彼らは次男の言葉を信用してくれません。
それどころか、認知症らしい父親は、債権者に「都合してやってもいいぞ」と返答してしまいます。
(昔、四十年ぐらい前ですが、そんなシーンをドラマ「北の国から」で見たことがあります。笠智衆(りゅうちしゅう)さん演じる老人が「山を売ればいい」と言いました。そんな山は老人の借金を返済するために、もうとっくの昔に売り払っていてどこにもないのです。それでも、老人は認知症だから自覚がないのです。「なにを言っているんだ。山はある」彼の頭の中には、いつまでたっても山はあるのです)
アメリカ合衆国のこのような時代を背景にして、トランプ政権が誕生したのだと理解できます。2017年1月から2021年1月がトランプ大統領の任期でした。映画には他国の資本に侵食されて自分たちの仕事を失ったアメリカ合衆国民の悩める暮らしがあります。(この部分を書いて読み返しているときに、次回の大統領選では、トランプ氏が復活して当選するかもしれないと感じるものがありました。アメリカ経済の景気は良くなるのでしょう。不死身の男という伝説ができあがるかもしれません。対抗馬がいるとは思えない現在の状況ですので、再びトランプ大統領が誕生する可能性はあると今は素直に感じます)
映画のシーンでは、広大な土地にぽつんぽつんと家が建っています。
金(カネ)、金、金の話が続きます。
世の中には、いじわるな人がいっぱいいます。
これまで、友だちだと思っていた人が、いじわるな人だったりもします。(それでも、次男は、みんなは老父にお金を貸してくれた。人情に厚かった彼らを責めることもできませんといいます)複雑な気持ちがあります。
金の貸し借りをすると友情は壊れます。
運転免許がないのに老父は新車のトラックがほしいと言います。若い時からの夢だったそうです。トラックはドラマの後半に向かって、伏線になっていきます。
高齢者は、行き詰まると眠ります。
ネブラスカ州都リンカーンの会社事務所で、女性事務員が「この抽選番号ははずれです」「せっかくここまできてくれたので、帽子かクッションをプレゼントします」
老父は、帽子をもらいました。
それでも、最後は、さわやかな終わり方をしました。
今年観て良かった一本です。
アメリカ合衆国ネブラスカ州:合衆国中西部にある州。州都は、リンカーン
アメリカ合衆国モンタナ州:映画の主人公家族が住むところ。老いた認知症ぽい父親と次男が、ネブラスカ州の州都であるリンカーンを目指します。リンカーンにある会社の事務所で、一億円ぐらいがもらえる抽選くじの当選金を受け取るためですが、それは詐欺的行為であり、当選はしていません。でも、ぼけた父親は宝くじが当たっていると言い張るのです。
人間の嫌な面が出てくる映画です。
されど、最後はさわやかな気持ちで観終えることができました。
今年観て良かった一本です。
認知症のような高齢者男性が高速道路を歩いていて、パトカーの保安官に止められるところから始まります。
オール白黒映像です。
高齢者男性がウディで、80代の年齢に見えます。妻も同じぐらいです。デヴィッドが次男で、長男がロスです。タイトルにあるふたつの心というのは、父親のウディと次男のデヴィッドだと思います。
老害とも思える言動がある高齢者男性のウディですが、それでも、自分の実父だからめんどうをみないわけにはいかない次男のデヴィッドがいます。高齢者介護の苦悩があります。
長男ロイはニュースキャスターをしていて、少々別世界の人となっています。対して、次男のデヴィッドは、同棲をしていたらしいのですが、相手の女性がデヴィッドに愛想をつかして家を出て行ったというさえない境遇です。
老父のウディは入れ歯をはずしてどこかへやってしまいます。入れ歯は、線路のそばで発見されます。そこでひともんちゃく。自分の入れ歯じゃない。いややっぱり父さんのだ。とりとめもないやりとりです。(会話や議論がまとまらない)
息子と父親のふたり旅です。映画を観ている自分は、もっと年をとれば、父親の立場になります。
もらえもしない一億円ぐらいの宝くじ当選金です。息子は、ネブラスカ州にある都市リンカーンの今回の件を企画した雑誌会社事務所まで父親と行って、くじははずれだと言われて、父親にあきらめてもらうつもりで付き添います。でも、老父のウディは大金をもらえると信じ切っていて、旅の途中で出会うなつかしい親族や過去の仕事仲間だった人たちに一億円を受け取りに行くとしゃべってしまいます。次男が必死に否定しますが、それを聞いたみんなは信じてくれません。トラブルが起こり続けます。暴力がからんだケンカにもなります。あの時貸した金を「当選金で返せ」です。
父親の過去をたどる旅でもあります。
こどもをつくることはできても、こどもをちゃんと育てられるかは別の話です。
父親はアルコール依存症だった。アルコールで脳みそをやられたんじゃないか。
三十年間ぐらい交流が乏しかった人たちとの再会があります。
父親も息子も、親戚一族も昔の仕事仲間も生活は豊かではありません。アメリカ合衆国の一面があります。人々がありもしない当選金一億円目当てにたかりにきます。息子は困ります。
妻(次男にとっては母)による今はもう死んだ人たちの話が延々と続きます。お墓を見ながら話が続きます。
それを聴きながら、自分は、人間が今も生きているという「奇跡」を感じました。
長い人生を生きていると、たぶんだれしも複数回、死にそうになったり、場合によっては、殺されそうになったりしていると思います。
歳をとると、たまに、今、ここで、自分が生きているということは「奇跡」ではないだろうかと思うことがあります。病気や事故、事件や自然災害で、命を失うことはけして珍しくはありません。この世は危険だらけです。
映像に出てくる人たちの話で、日本車メーカーの話がたまに出ます。あとは、おおぜいで、ソファーセットやテーブルに座って、一台のテレビ映像をみんなで観ています。スポーツ番組観戦ですが、だれしも黙って観ています。やることがないから、お金がないから、ただ、みんなでテレビ映像をぼーっとながめている。むなしい。せつない。なにもない。これもアメリカ合衆国の現実です。経済が低い位置で横ばいだったのでしょう。いまもなおトランプ氏に寄せる期待が大きいことも理解できます。
ほかにすることがなかったから酒を飲んだ。
朝鮮戦争に派遣された話(1950年から1953年。昭和25年から同28年)。戦争で人生の流れがおかしくなった。
ふと考えたのですが、第二次世界大戦が一方的な敗戦というあのような終わり方をしなければ、日本も若者に対する徴兵制度が今も残されていたのではないか。
おばあさんがひんぱんに下ネタ話をたくさんするので笑えました。
ウソ話もありますが、深刻にならずに楽しいほら話です。
老いた父親は、友人・知人からお金を借りたり、資金を援助してもらったりしたのに、返済をしていません。債権者がいっぱいいます。でも、お金を貸した方は、(老いた父親)相手が貧乏だからとあきらめていた様子です。
されど、本人が、みんなに大金が当たったと言うのです。だけど、老いた父親は頭がぼけているのです。
だれかがだれかをねたんでいる。
だれかがだれかをうらんでいる。
栄光を手にすると過去に素行が悪かった人間は狙われる。陥れられる(おとしいれられる)
自分と同じレベル(所得水準)にいるときだけの仲良し関係です。
人間のもつ厳しさが表現されます。
次男が、何度も宝くじには当たっていないと父親への金銭貸主たちに説明しても、彼らは次男の言葉を信用してくれません。
それどころか、認知症らしい父親は、債権者に「都合してやってもいいぞ」と返答してしまいます。
(昔、四十年ぐらい前ですが、そんなシーンをドラマ「北の国から」で見たことがあります。笠智衆(りゅうちしゅう)さん演じる老人が「山を売ればいい」と言いました。そんな山は老人の借金を返済するために、もうとっくの昔に売り払っていてどこにもないのです。それでも、老人は認知症だから自覚がないのです。「なにを言っているんだ。山はある」彼の頭の中には、いつまでたっても山はあるのです)
アメリカ合衆国のこのような時代を背景にして、トランプ政権が誕生したのだと理解できます。2017年1月から2021年1月がトランプ大統領の任期でした。映画には他国の資本に侵食されて自分たちの仕事を失ったアメリカ合衆国民の悩める暮らしがあります。(この部分を書いて読み返しているときに、次回の大統領選では、トランプ氏が復活して当選するかもしれないと感じるものがありました。アメリカ経済の景気は良くなるのでしょう。不死身の男という伝説ができあがるかもしれません。対抗馬がいるとは思えない現在の状況ですので、再びトランプ大統領が誕生する可能性はあると今は素直に感じます)
映画のシーンでは、広大な土地にぽつんぽつんと家が建っています。
金(カネ)、金、金の話が続きます。
世の中には、いじわるな人がいっぱいいます。
これまで、友だちだと思っていた人が、いじわるな人だったりもします。(それでも、次男は、みんなは老父にお金を貸してくれた。人情に厚かった彼らを責めることもできませんといいます)複雑な気持ちがあります。
金の貸し借りをすると友情は壊れます。
運転免許がないのに老父は新車のトラックがほしいと言います。若い時からの夢だったそうです。トラックはドラマの後半に向かって、伏線になっていきます。
高齢者は、行き詰まると眠ります。
ネブラスカ州都リンカーンの会社事務所で、女性事務員が「この抽選番号ははずれです」「せっかくここまできてくれたので、帽子かクッションをプレゼントします」
老父は、帽子をもらいました。
それでも、最後は、さわやかな終わり方をしました。
今年観て良かった一本です。
2021年08月16日
やさいさん ツペラツペラ
やさいさん tupera tupera ツペラツペラ 亀山達也と中川敦子によるユニット 学研プラス
自分にとっては、かなり好みの立体しかけ絵本です。
畑仕事は、かんたんそうですが、そうでもありません。
じっさいに畑仕事をやったことがないとわかりません。
先日見たテレビ番組「出川哲朗の充電バイクの旅」では、ゲストの若槻千夏さんが静岡県大井川鉄道周辺の旅で、『お茶って葉っぱだったんですね』と返答されたので、びっくりしました。木の実だと思っていたそうです。コーヒー豆のようなイメージだろうか。
里芋のはっぱは大きな傘のようで特徴があります。傘みたいにしてもって、ポーズを決めて写真を撮ることもありました。
半世紀以上昔の話です。
農家だった父方の祖母が人糞を桶に入れて、そこに大きな葉っぱを何枚かかぶせて、人糞が桶から外に飛び散らないようにして、ふたつの桶を天秤棒にぶら下げて、天秤棒のまんなかの位置で棒を肩にかけて、畑までゆっくり歩いて行きました。15分ぐらいは歩いたという記憶です。
小学一年生だった自分はそんな祖母の背中を見ながら後ろからついていきました。
畑に到着すると、祖母は、ひしゃくで肥を(こえを)すくって、畑にまいていました。
中学一年生の時は、夏から秋にかけて稲刈りを手伝いました。のこぎりの歯のような鎌で、イネの根っこ付近から切り取ります。腰が痛くてつらかった。
隣のたんぼでは、稲を機械で順番に刈り取っていて、うらやましいと思ったことがあります。
稲を刈っていると、アカハラというイモリが、手元あたりによく出てきました。
絵本では、畑の土から手が出ています。
作物でないことはわかります。
もぐらさんの登場です。
たまねぎさんの力強いお顔が好きです。
紫色のさつまいもがきれい。
よいしょーと地面から抜いて、おいしいやきいもになるかなー
だいこんさんの右側にいる小さなみみずさんがかわいい。
最後は、かごいっぱいに作物がとれました。
読み終えて、満足しました。
自分にとっては、かなり好みの立体しかけ絵本です。
畑仕事は、かんたんそうですが、そうでもありません。
じっさいに畑仕事をやったことがないとわかりません。
先日見たテレビ番組「出川哲朗の充電バイクの旅」では、ゲストの若槻千夏さんが静岡県大井川鉄道周辺の旅で、『お茶って葉っぱだったんですね』と返答されたので、びっくりしました。木の実だと思っていたそうです。コーヒー豆のようなイメージだろうか。
里芋のはっぱは大きな傘のようで特徴があります。傘みたいにしてもって、ポーズを決めて写真を撮ることもありました。
半世紀以上昔の話です。
農家だった父方の祖母が人糞を桶に入れて、そこに大きな葉っぱを何枚かかぶせて、人糞が桶から外に飛び散らないようにして、ふたつの桶を天秤棒にぶら下げて、天秤棒のまんなかの位置で棒を肩にかけて、畑までゆっくり歩いて行きました。15分ぐらいは歩いたという記憶です。
小学一年生だった自分はそんな祖母の背中を見ながら後ろからついていきました。
畑に到着すると、祖母は、ひしゃくで肥を(こえを)すくって、畑にまいていました。
中学一年生の時は、夏から秋にかけて稲刈りを手伝いました。のこぎりの歯のような鎌で、イネの根っこ付近から切り取ります。腰が痛くてつらかった。
隣のたんぼでは、稲を機械で順番に刈り取っていて、うらやましいと思ったことがあります。
稲を刈っていると、アカハラというイモリが、手元あたりによく出てきました。
絵本では、畑の土から手が出ています。
作物でないことはわかります。
もぐらさんの登場です。
たまねぎさんの力強いお顔が好きです。
紫色のさつまいもがきれい。
よいしょーと地面から抜いて、おいしいやきいもになるかなー
だいこんさんの右側にいる小さなみみずさんがかわいい。
最後は、かごいっぱいに作物がとれました。
読み終えて、満足しました。
2021年08月15日
てんこうせいはおはなしやさん
てんこうせいはおはなしやさん 北川チハル・作 武田美穂・絵 金の星社
「てんこうせい」ということばにひかれて読みました。自分は小学校も中学校も転校体験たくさんありです。いろいろありました。いまは平和です。
絵は、以前読んで楽しんだ「となりのせきのますだくん」「ますだくんのランドセル」が思い出されます。優しい作品です。
こちらの「てんこうせいのおはなしや」さんも心優しい作品となっています。
主人公のいいだゆうやくんは、小学一年生か二年生ぐらいに思えます。二学期によそから転校してきました。
いいだゆうやくんにからんむのが、みおさんです。ひっこみじあんでおくびょうなところがあります。
いいだゆうやくんは、小説家の卵なのでしょう。お話づくりが好きな男の子です。
転校生というものは孤独です。お互いを知りあっている集団の中に入っていくのには、たいへんさがつきまといます。
いいだゆうやくんはがんばります。だけど、からまわりします。
まわりの人がついてきてくれません。
いいだゆうやくんは、うそつきとよばれます。されど、そもそもお話づくりは、うそづくりです。ほら話は人類の文化です。世の中にある人間関係というものは、誤解と錯覚で成り立っているのです。
そんなゆうやくんに近づくみおさんは、ゆうやくんが好きなのでしょう。自分と同じ孤独の影を肌で感じるのでしょう。
いいだゆうやくんも内心、みおさんの気持ちがわかるのでしょう。年齢は小さくても恋愛感情は芽生えます。
この物語は、ラブストーリーなのです。
星や川や太陽の夕映えや水や、いろいろな自然の風景を愛する作品でもあります。
お話を聴いたことへの代金が「感想」です。ほんもののお金でなくていいのです。
お話は、聞いてくれる人がいるからつくるということもあります。
お話づくりのコツ(秘訣。要点。やり方)を教えてくれるいいだゆうやくんです。
いいだゆうやくんがお話づくりをはじめたきっかけ話があります。
『おかあさんの 目、空より 遠いんだ』
その部分を読んで、以前読んだ年配女性が書かれた読書感想文を思い出しました。
まだ幼かった娘さんが、毎晩同じ話ばかりの本を読んでくれとせがんだそうです。こどもがたいして興味をもつような内容ではなかったのに、どうしてその本ばかりを読んでくれと言うのか不思議だったそうです。それから長い時が流れて、おとなになった娘さんにふとそのことを話されたそうです。娘さんは、一番文章が長い本だった。できるだけ長く親の声を聞いていたかったと答えられたそうです。
夕日の風景絵がとてもきれいです。
「てんこうせい」ということばにひかれて読みました。自分は小学校も中学校も転校体験たくさんありです。いろいろありました。いまは平和です。
絵は、以前読んで楽しんだ「となりのせきのますだくん」「ますだくんのランドセル」が思い出されます。優しい作品です。
こちらの「てんこうせいのおはなしや」さんも心優しい作品となっています。
主人公のいいだゆうやくんは、小学一年生か二年生ぐらいに思えます。二学期によそから転校してきました。
いいだゆうやくんにからんむのが、みおさんです。ひっこみじあんでおくびょうなところがあります。
いいだゆうやくんは、小説家の卵なのでしょう。お話づくりが好きな男の子です。
転校生というものは孤独です。お互いを知りあっている集団の中に入っていくのには、たいへんさがつきまといます。
いいだゆうやくんはがんばります。だけど、からまわりします。
まわりの人がついてきてくれません。
いいだゆうやくんは、うそつきとよばれます。されど、そもそもお話づくりは、うそづくりです。ほら話は人類の文化です。世の中にある人間関係というものは、誤解と錯覚で成り立っているのです。
そんなゆうやくんに近づくみおさんは、ゆうやくんが好きなのでしょう。自分と同じ孤独の影を肌で感じるのでしょう。
いいだゆうやくんも内心、みおさんの気持ちがわかるのでしょう。年齢は小さくても恋愛感情は芽生えます。
この物語は、ラブストーリーなのです。
星や川や太陽の夕映えや水や、いろいろな自然の風景を愛する作品でもあります。
お話を聴いたことへの代金が「感想」です。ほんもののお金でなくていいのです。
お話は、聞いてくれる人がいるからつくるということもあります。
お話づくりのコツ(秘訣。要点。やり方)を教えてくれるいいだゆうやくんです。
いいだゆうやくんがお話づくりをはじめたきっかけ話があります。
『おかあさんの 目、空より 遠いんだ』
その部分を読んで、以前読んだ年配女性が書かれた読書感想文を思い出しました。
まだ幼かった娘さんが、毎晩同じ話ばかりの本を読んでくれとせがんだそうです。こどもがたいして興味をもつような内容ではなかったのに、どうしてその本ばかりを読んでくれと言うのか不思議だったそうです。それから長い時が流れて、おとなになった娘さんにふとそのことを話されたそうです。娘さんは、一番文章が長い本だった。できるだけ長く親の声を聞いていたかったと答えられたそうです。
夕日の風景絵がとてもきれいです。
2021年08月14日
東野&岡村の旅猿 奥多摩で童心に返って遊ぼうの旅
東野&岡村の旅猿 奥多摩で童心に返って遊ぼうの旅 2020年10月放送分 hulu(フール―)
レンタルビデオ屋さんに旅猿シリーズの新しいDVDがないので、初めて動画配信サービスフールーを利用しました。それから、レンタルビデオ屋さんはこれから閉店していく傾向にあるようです。動画配信サービスの利用が増えているそうです。
時代の変化になんとかついていきたい。フールーは、二週間無料期間があって、その後は月1000円ぐらいを支払って見放題になります。
ノートパソコンの画面で見ます。画像が美しい。DVDよりきれいに見えます。(その後:ノートパソコンとテレビをHDMIケーブルでつないで、テレビで映像を見ることができました。よかった。HDMI:映像と音声と他の信号を1本のケーブルでつなぐそうな)(さらにその後:アマゾンで「fire tv stick」という小さな器具を購入して、別の部屋にあるテレビのHDMI端子に差し込み、インターネット動画配信映像をテレビで見ることができるように設定をしました。ほかにも方法があるようですが、世間の人たちはいろいろやって、You Tubeなどをテレビで楽しんでおられることがわかりました。これまで、ネット動画配信サービスは、専用のテレビでないと見ることができないと思い込んで誤解していました)
ゲストは持田香織さんでした。コロナ禍で、半年間仕事がなかったそうです。
番組は、おとなが童心に返って、三人の小学生が川遊びをしているみたいでした。自分も関東の山奥に住んでいた小学生時代は、夏になると渓流で遊んでいました。今思えば危険な遊びだったときもありました。ただ、川魚もいて、とても楽しかった。
旅番組では、山奥で食べるのがソバというところが少々飽きてきました。岡村隆史さんが、きのうもソバを食べたというお気持ちがわかります。まあ、お店の方が言われるように、毎日でも大丈夫なのですが。
コロナウィルスの話が出ます。2020年の初秋ごろのロケでしょう。岡村隆史さんが、沖縄の石垣島に行けないだろうかとか、Go to Travel は使えないだろうかとか、話が出ます。
一年後の今は、感染が大々的に広がり、ぼろぼろの状態です。新型のデルタ株が出てきて、次はラムダ株が控えています。ワクチンの二回目接種済み割合は、3割ぐらいいっていますが、関東地方の感染者数は8万人ぐらいの数値です。入院できない自宅待機中の人たちが、自宅でバタバタと亡くなりそうでたいへんな状況にあります。
自分は2回のワクチン接種を終わりましたが、県庁から県境を越える移動はしないでくださいという指示が出ているので、お盆なのに親族と会うこともできません。淋しい限りです。
オリンピックは一部の人たちだけが楽しんだお祭りだったとうらめしくなるのです。勝った人は笑いますが、負けた人は泣くのが勝負の世界です。そして、一般の人たちは「勝負」とは関係のない世界(空間)で生活しています。
移動中の雑談です。
持田香織さんが、家では寝袋で寝ている。寝袋の上に、買い猫が寝ている。畳の上で、寝袋で寝るのはさすがに変です。
だんなさんも寝袋で寝ているそうです。
フィールドアーチェリーです。弓矢で的を射ます。
東野幸治さんが持田香織さんにかけた「姫はそれでよろしい」という声が良かった。
「高尾山トリックアート美術館」を映像で見て気に入りました。いつの日にか、訪れてみたい。どうなっているのだろう。首だけが浮いています。手品みたい。また、上手に偽物の絵が描いてあります。
カフェでサンドイッチとおにぎりを楽しんだあと、自然のウォータースライダー「キャニオニング」です。
びっくりしました。なかなか迫力があります。急傾斜です。滝を落下するがごときの場所もあります。
持田香織さんも急傾斜地を滑っていきました。すごいなー 拍手喝采です。(恐ろしい仕事だ)
夕食レストランのハンバーグの食事では、不祥事のあったアンジャッシュ渡部建さんの話が出ます。きっと東野幸治さんは渡部建さんを救いたいのでしょう。ただ、世間が許してくれそうにありません。ちょっと病気じゃないだろうかと思われる面もあります。時間がかかりそうです。まずは女性がいない職場で働くことをお勧めします。
レンタルビデオ屋さんに旅猿シリーズの新しいDVDがないので、初めて動画配信サービスフールーを利用しました。それから、レンタルビデオ屋さんはこれから閉店していく傾向にあるようです。動画配信サービスの利用が増えているそうです。
時代の変化になんとかついていきたい。フールーは、二週間無料期間があって、その後は月1000円ぐらいを支払って見放題になります。
ノートパソコンの画面で見ます。画像が美しい。DVDよりきれいに見えます。(その後:ノートパソコンとテレビをHDMIケーブルでつないで、テレビで映像を見ることができました。よかった。HDMI:映像と音声と他の信号を1本のケーブルでつなぐそうな)(さらにその後:アマゾンで「fire tv stick」という小さな器具を購入して、別の部屋にあるテレビのHDMI端子に差し込み、インターネット動画配信映像をテレビで見ることができるように設定をしました。ほかにも方法があるようですが、世間の人たちはいろいろやって、You Tubeなどをテレビで楽しんでおられることがわかりました。これまで、ネット動画配信サービスは、専用のテレビでないと見ることができないと思い込んで誤解していました)
ゲストは持田香織さんでした。コロナ禍で、半年間仕事がなかったそうです。
番組は、おとなが童心に返って、三人の小学生が川遊びをしているみたいでした。自分も関東の山奥に住んでいた小学生時代は、夏になると渓流で遊んでいました。今思えば危険な遊びだったときもありました。ただ、川魚もいて、とても楽しかった。
旅番組では、山奥で食べるのがソバというところが少々飽きてきました。岡村隆史さんが、きのうもソバを食べたというお気持ちがわかります。まあ、お店の方が言われるように、毎日でも大丈夫なのですが。
コロナウィルスの話が出ます。2020年の初秋ごろのロケでしょう。岡村隆史さんが、沖縄の石垣島に行けないだろうかとか、Go to Travel は使えないだろうかとか、話が出ます。
一年後の今は、感染が大々的に広がり、ぼろぼろの状態です。新型のデルタ株が出てきて、次はラムダ株が控えています。ワクチンの二回目接種済み割合は、3割ぐらいいっていますが、関東地方の感染者数は8万人ぐらいの数値です。入院できない自宅待機中の人たちが、自宅でバタバタと亡くなりそうでたいへんな状況にあります。
自分は2回のワクチン接種を終わりましたが、県庁から県境を越える移動はしないでくださいという指示が出ているので、お盆なのに親族と会うこともできません。淋しい限りです。
オリンピックは一部の人たちだけが楽しんだお祭りだったとうらめしくなるのです。勝った人は笑いますが、負けた人は泣くのが勝負の世界です。そして、一般の人たちは「勝負」とは関係のない世界(空間)で生活しています。
移動中の雑談です。
持田香織さんが、家では寝袋で寝ている。寝袋の上に、買い猫が寝ている。畳の上で、寝袋で寝るのはさすがに変です。
だんなさんも寝袋で寝ているそうです。
フィールドアーチェリーです。弓矢で的を射ます。
東野幸治さんが持田香織さんにかけた「姫はそれでよろしい」という声が良かった。
「高尾山トリックアート美術館」を映像で見て気に入りました。いつの日にか、訪れてみたい。どうなっているのだろう。首だけが浮いています。手品みたい。また、上手に偽物の絵が描いてあります。
カフェでサンドイッチとおにぎりを楽しんだあと、自然のウォータースライダー「キャニオニング」です。
びっくりしました。なかなか迫力があります。急傾斜です。滝を落下するがごときの場所もあります。
持田香織さんも急傾斜地を滑っていきました。すごいなー 拍手喝采です。(恐ろしい仕事だ)
夕食レストランのハンバーグの食事では、不祥事のあったアンジャッシュ渡部建さんの話が出ます。きっと東野幸治さんは渡部建さんを救いたいのでしょう。ただ、世間が許してくれそうにありません。ちょっと病気じゃないだろうかと思われる面もあります。時間がかかりそうです。まずは女性がいない職場で働くことをお勧めします。