2021年06月22日

日本独立 邦画DVD

日本独立(にほんどくりつ) 邦画DVD 2020年公開

 観るほうに、白洲次郎(しらす・じろう)さんのことと、第二次世界大戦終戦時の歴史知識の下地がないと、観ていても、わかりにくい映画でしょう。

 白洲次郎(しらす・じろう):1902年(明治35年)-1985年(昭和60年)83歳没 実業家 吉田茂氏の側近。英国ケンブリッジ大学卒業
 白洲正子:1910年(明治43年)-1998年(平成10年)88歳没 白洲次郎氏の妻。随筆家
 吉田茂:1878年(明治11年)-1967年(昭和42年)89歳没 政治家 外交官 内閣総理大臣 外務大臣
 松本丞治(まつもと・じょうじ):1877年(明治10年)-1954年(昭和29年)76歳没 商法学者 法学博士 国務大臣
 近衛文麿(このえ・ふみまろ):1891年(明治24年)-1945年(昭和20年)54歳没 服毒による自死 政治家 内閣総理大臣
 幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう):1872年(明治5年)-1951年(昭和26年)78歳没 外交官 政治家 外務大臣 内閣総理大臣
 東条英機:1884年(明治17年)-1948年(昭和23年)64歳没 昭和20年9月拳銃自殺未遂 昭和23年死刑執行 陸軍軍人 内閣総理大臣
 他の戦争犯罪者として処刑された人たち。主に東条英機内閣当時の大臣職:板垣征四郎(陸軍大将。満州事変を決行) 木村兵太郎(陸軍大将) 土肥原賢二(どひはら・けんじ。陸軍大将) 武藤章(陸軍中将) 松井石根(陸軍大将) 広田弘毅(内閣総理大臣)

 ダグラス・マッカーサー氏の姿があります。1880年(明治13年)-1964年(昭和39年)84歳没 連合国軍最高司令官(連合国軍最高司令官j総司令部)GHQ  General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers)
 勝負事は負けるとみじめです。
 1945年7月26日(昭和20年)ポツダム宣言。ベルリン郊外ポツダムにて。第二次世界大戦における日本への降伏要求の最終宣言。米英中三国共同宣言。のちにソビエト連邦が追認。
 第二次世界大戦の戦後処理についての話し合い。同年9月2日東京湾内に停泊中の米戦艦ミズーリの甲板で降伏文書(休戦協定)に調印した。
 戦争終結。主権と領土の範囲。戦争犯罪人の処罰。民主主義的傾向の復活強化。言論、宗教、思想の自由、基本的人権の尊重を確立する。
 戦後の日本は、すごい勢いで変化をしていきます。財閥解体、農地解放、教育改革、選挙制度改革、そして、象徴天皇、新憲法制定に伴う戦争放棄がこの映画の題材です。

 白黒映像が混じります。歴史の記録映画の面があります。若い頃、映画館で「東京裁判」というとても長時間の白黒映画を観たことがあります。ちんぷんかんぷんでした。その映画にあったような映像がこの映画に流れます。
 
 藁葺き屋根(わらぶきやね)の大きな木造日本家屋は懐かしい。広い縁側があります。こどものころ、そういう家屋で暮らしていたことがあります。
 
 米国の日本占領政策の基本です。戦争責任は、日本軍上層部にいた軍国主義者のせいにする。日本国民は被害者扱いをする。
 
 コスモポリタン:国際人。世界的視野と行動力を持つ人。国籍、民族にこだわらない。

 戦勝国が敗戦国の憲法をつくる作業です。(なおかつ米国が日本国憲法の作成に関与したことは秘密にしなければならないのです。公表してはなりませんとあります。日本人のみで日本国憲法をつくったことにするのです)
 日本に関して不利な条件設定に、イギリスへの留学歴があり英語に堪能な白洲次郎氏が通訳の立場と国の職員の立場で、自身の考えも織り込みながら日本を管理する米国人集団に切り込んでいきます。
 日本人の憲法をアメリカ人たちがつくる。なにかしらさびしい。これが戦争で負けるということなのか。

 戦艦大和(やまと)が出てきます。若い頃アニメがあって、そのときは、ヤマトは、勇猛果敢に敵に向かって行ったけれど悲劇的に破れていったヒーローだと思っていました。それから何十年か経って読んだ小説の文章に、やまとは「大和ホテル」だった。日本軍の幹部をもてなすために上等な料理や音楽がふるまわれていたと書いてあり、かなりショックを受けました。それが事実かどうかはわかりませんが、相手の言うことをうのみ(まるのみ)にしてはいけないという教訓にはなりました。

 ふーっ。この映画もタバコ映画なのか。くさい煙がイヤな非喫煙者にとっては、喫煙シーンを観るのは不快です。日本映画界はタバコ業界からなにかもらっているのだろうか。これがアニメ日本映画にかなわない理由のひとつではなかろうか。日本映画は始まる前から、観てイヤな気持ちになるかもしれないと思って観始めることが多い。

 デリケートな問題提示があります。確かに、武力をもたない独立国家は生存できません。代わりに米国軍隊に滞在してもらい日本を守ってもらう話が出ます。そのことに対して声があります。『これは永久平和ではなく、(米国への)永久従属になる』

 歴史を深く考えるいい映画でした。

 「かんきんされて、むりやりやったら、あいのこがうまれた」憲法案が完成した時の白洲次郎氏のセリフです。

 屈辱(くつじょく。相手の力に屈服させられたくやしさ)があります。
 「日本人は素直だからねぇ」の米国側のセリフがあります。

 ラストシーンは、太平洋の大海原が広がる海岸です。
 海は広いなあ。すがすがしい。


(2012年9月のときの読書メモから)
風の男 白洲次郎(しらす・じろう) 青柳恵介 新潮文庫
 わたしは標題の方を存じあげません。本関係のホームページを巡っていて何度か見かけたことがありました。今回書店で本が目に留まったので読み始めました。伝記でしょうか。魅力的な個性の人のようです。昭和60年に亡くなっています。経済界の重鎮のように認識しました。
 わたしがまだ生まれる前のお話です。戦後の新しい日本を築くことを目的として吉田茂首相の側近にいた重要人物という位置づけです。わたしにとっては、夢のようなお話ばかりです。親御さんは資産家、中学校卒業後は英国へ行き長い間同国で学び過ごした。奥さんの育ちも夢のようです。やはり、結婚は似たものどうしがいいと変なところで思い知らされました。
 白洲氏の信条として紹介されている「自分で見て、自分の頭で考えて、自分が責任をとる」、ともすれば、だれしもが、「力の強いと思われる他人にやらせて、その人に責任をとってもらう」となりがちです。その信条は英国式でしょうか、いいえ本人の気質でしょう。
 資産家のこどもに生まれると大変なのだなと感じつつ、うらやましくもあります。幹部候補生としての教育を受ける、帝王学を学ぶ、留学、外遊、土地とお金に恵まれる。
 夫婦円満の秘訣にはほほえみました。「一緒にいないことだよ」
 戦後新憲法制定の緊張感が伝わってきます。”天皇制の廃止”を決断する。戦後生まれのわたしは、今までそのことの重大さを感じたことがありませんでした。
 この本を読んでいた同時期に山下清氏の放浪物語を読んでいました。ふたりとも同じ時代に、かたや新憲法の制定に取り組み、もう一方は日本を放浪して美しい日本の情景を絵にして残していった。人はそれぞれ自分の生まれ持った使命を自分の与えられた世界で果たしてゆくのだと悟りました。
 白洲氏は頑固である反面、非常に柔軟であることが不思議でした。人間は社会環境の変化に応じて変化していくべきであるという記述を読んだときです。ケースバイケースでしょうか。
 この本は全体として、「戦後日本の礎(いしづえ)を築いてきた人たち」の記録です。以前読んだ北朝鮮から開放されたジェンキンスさんの「告白」に似ている。白洲氏とジェンキンスさんの相手に対する姿勢が似ています。ふたりともに英国魂が宿っているのでしょか。ただジェンキンス氏はアメリカ人ですが、根っこ(ルーツ)は英国かもしれません。
 198ページあたりからの彼の語録には凄みがあります。教育は伝承されていくものです。こういう生き方を白洲氏はだれに教わったのだろう。今続けて、本人の記述を集めた「プリンシプルのない日本」という本を読み始めました。プリンシプル=信念でいいと思いますが…


プリンシプルのない日本 白洲次郎 新潮文庫
 「プリンシプル principle」 著者本人が記した言葉ですが、文中で本人はどう訳せばいいのかわからないと言明しています。「原則」だろうかという解釈になっています。
 40ページ、吉田茂首相を指して「昔の人」という表現が不思議です。これが書かれたのは1951年(昭和26年)です。現代人が「昔の人」という表現をすることには何の疑問もないのですが、この不思議さは何でしょうか。いつの時代も「今」を基準にすると高齢者は「昔の人」になるのでしょう。
 著者の文章からは「怒り」が伝わってきてその迫力に圧倒されます。読者としてうなずくこともあるし、うつむきたくなる彼の主張もあります。先日インターネットの番組で見た台湾人年配女性の言葉がよみがえってきました。「台湾は日本人から多大な恩恵をいただいた。いま、日本人は変わってしまった。元に戻ってほしい。昔の日本人は、まじめで勤勉、そして義理堅かった。」サッカー日本代表元監督オシム氏も同じことを言っていました。「日本人は日本人になってほしい」
 文章のほとんどは命令口調で威圧感がありますが、もう1冊の「風の男白洲次郎」青柳恵介著を読んだあとなので、著者はごく普通の人だと思います。あたりまえのことをあたりまえにやりましょうと呼びかけておられると思います。彼の考えの背景には、正直者が馬鹿をみる世の中にしてはいけませんという正義感があります。若者に対する教育に情熱がある人です。
 124ページ、母について語るは感動的です。おじいちゃんの説教を聞いている孫のような気持ちで読み続けています。
 アメリカがつくって押付けた日本の憲法は改正すべきである、自衛隊は必要である、防衛能力をもたない国家の存在はありえない、参議院は必要が無い、政党は協力して連立政権をひとつつくればよい、効率的な経済をめざす、そういった主張のひとつひとつが現代の社会状況にも通じます。
 230ページ、日本はイジメ社会。これは1969年に書かれています。人間社会からイジメを除去することはできないのではないか。そのたびごとに退避、あるいは抗戦するしかないのでしょう。人間の営みには無益なことです。
 240ページ、日本国憲法において、天皇は象徴。英文で書かれた憲法案を訳したときの状況が書かれています。訳し方がわからなかった。英文の意味がとれなかった。その結果「象徴」と訳した作業は意外に軽易な行為でした。
 最後に3人の対談が掲載されています。著者と今日出海(こん・ひでみ)氏、河上徹太郎氏。いずれもすでに他界されています。それだけに対談は天国で行われているように感じながら読みました。   

2021年06月21日

太川&蛭子の路線バス乗継の旅 松島-竜飛岬 再放送

太川陽介&蛭子能収(えびす・よしかず)のローカル路線バス乗継の旅 BSテレビ東京 宮城県松島から青森県竜飛岬(たっぴみさき) 2010年2月放送分

 昔の再放送です。この形式での番組が始まって第六弾の企画です。
 新聞のテレビ欄を観ていて、たまたま気づいて観てみました。
 2010年当時の自分は仕事が忙しく、テレビはほとんど観ていませんでした。昔放映した番組であっても、自分にとっては新作です。そういう人って案外多いと思います。仕事や勉強でテレビ番組を観る時間が少ない人はたくさんいます。

 まだ、東日本大震災も起こっていない東北地方の風景と人情です。
 ゲストは、山田まりやさんという方です。わたしはどんな女性なのかは知りませんが、蛭子能収さんとのはずむようなやりとりがおもしろくて笑いました。
 太川陽介さんも含めて、三人ともお若いです。蛭子能収さんの表情も明るくて輝いています。そして、よく、まわりを不快にさせるようないらぬことをおしゃべりします。観ていて、笑えます。
 蛭子能収さんは、このロケから10年がたって、認知症になられて、顔から表情がなくなったように感じられます。なんだか人生について感慨深く考えてしまいます。
 体が元気なうちに、やりたいことがあったら後まわしにせずにやったほうがいい。体が思うように動かなくなった時のための思い出づくりです。

 この頃の番組では、バス車内での乗客のみなさんとの交流が盛んです。バス通学をする高校生たちとの気どらない自然な会話で車内がなごみます。おばちゃんやおばあちゃんたちとの会話、バス案内所、運転手さんたちとの会話、人と人との素直な会話がすたれていくような世情の中で、気持ちがほっとする部分があります。
 11年前の映像なので、映像に出ていた男子高校生たちはもう30歳近くにはなっていると思います。映像に出た高齢者の方々の中にはすでにお亡くなりになった方もおられると思います。番組を録画されていたならば、なつかしくずっと思い出の映像の中で生き続けるみなさんたちです。
 
 ルート上にあった青森県の浅虫温泉(あさむしおんせん)は家族で観光旅行に行ったことがあるのでなつかしかった。泊ったホテルでは、津軽三味線の生演奏を聴きました。とても良かった。浅虫水族館というところにも行きました。その後、もうこどもたちは所帯をもって独立してしまいましたが、ときおり、いつかまた青森へ行ってみたいねという話が出ます。
 映像では、駅前の食堂が出てきます。以前観た別の路線バスルートの同じ番組で、年数を開けて、太川陽介&蛭子能収のコンビが、再び立ち寄ったというような映像を観た覚えがあります。

 番組での津軽半島ルートは、太宰治作品「津軽」と同じようなルートで回っておられます。戦時中、昭和19年ごろの太宰治氏の旅行記です。
 映像を観ていて、いろいろしみじみとくるものがあります。厳しい冬の雪景色が気持ちに響きます。とても寒そうです。
 
 食事抜きでローカルバスを乗り継ぐときもあるメンバーですが、最近の競争方式の類似の番組と違って、のんびりして落ち着く面もあります。どっちがいいのかはわかりませんが、蛭子能収さんのような天然キャラクターの人が現れるまでは競争方式でいく方法がいいのでしょう。  

2021年06月18日

科学者になりたい君へ 佐藤勝彦

科学者になりたい君へ 佐藤勝彦 河出書房新社

 伝記、自分史のようです。
 「はじめに」の部分を読んだところです。
 33歳で生まれて初めて飛行機に乗ったのが、1979年(昭和54年)のことで、遅い飛行機デビューだと思いました。研究のためにデンマークのコペンハーゲンへ行かれています。現地は日没22時で白夜です。
 筆者は『北欧理論物理学研究所(NORDITA ノルデイタ)』で臨時的雇用非常勤教授として一年間研究をされています。京都大学理学部で助手をされていたそうです。
 
 ご家族がおられるようですが、研究職というのは、家族と一緒に暮らせないイメージがあります。フィールドワーク(現地調査活動)が多い研究もあります。長期出張状態、単身赴任状態になるパターンが考えられます。

 「学者さん」は、その分野における知識や体験は詳しいけれど、その分野以外のことはあまり知らず、その分野以外の話をしても楽しくはないというイメージもあります。
 勉強することが仕事です。深く極める。オタクです。(一点集中で強い興味をもつ)

 宇宙の研究をされている方です。
 本のカバーを見ると、似顔絵が書いてあって、「Stephen Hawking(スティーヴン・ホーキングさん)」の名前が下に書いてあります。
 わたしの部屋に置いてあるこれから読む本が入れられたダンボール箱の中に「宇宙への秘密の鍵」作・ルーシー&スティーヴン・ホーキング 訳・さくまゆみこ 岩崎書店があるのを見つけました。この「科学者になりたい君へ」を読んだら、次に「宇宙への秘密の鍵」を読んでみます。その内容は小学生高学年向きのようです。

 宇宙の始まりの話があります。わたしは、自分なりに、宇宙は146億年前にできて、地球は46億年前にできたと学習して記憶しています。
 14ページに著者の研究では重点的に「宇宙のはじまり」について研究されているそうです。宇宙は約138億年前にできたそうです。自分の頭の中にあるデータを146億年前から138億年前に塗り替えておきます。

 ここに記録しておくとおもしろそうで、わかりやすそうです。宇宙のできかたです。
 約138億年前に、超高温の小さな火の玉が生まれた。
 小さな火の玉は、激しくて急激な膨張(インフレーション理論とビッグバン宇宙論)を続けながら、温度を下げていった。(ふーむ。そうなのか)
 科学では、「結果」が生じた時に、その「原因」を考える。このあたりの文章を読んでいると映画映像を観ているような感じになります。
 『パラダイムシフト』物の見方の判断において、多数派が少数派に負ける。
 『ビッグバン宇宙論』ビッグバンという大爆発で宇宙が誕生した。

 科学者になりたいこどもさんたちへのアドバイスがあります。四国で生まれて、ノーベル物理学賞を受賞された湯川秀樹さん(1907年(明治40年)-1981年(昭和56年)74歳没 理論物理学者 1949年(昭和24年)ノーベル物理学賞受賞)にあこがれて、京都大学に進学し、湯川先生の弟子の先生と師弟関係を結び、研究者になられています。
 日本の科学者の数は、だいたい87万人だそうです。1億2600万人ぐらいのうちの87万人ですから多いとはいえません。狭き門です。日本の医師の数が32万人ぐらいですから、それよりは多い。いずれもやはり狭き門です。
 
 ノーベル賞を取れるような科学者になれるかな? という文がありますが、ノーベル賞は、社会貢献を讃える(たたえる。ほめること)もので、狙うようなものではないと考えました。
 以前、ノーベル賞を受賞された方たちのお話を集めたこどもさん向けの本を読んだことがあります。「ノーベル賞受賞者にきく子どものなぜ?なに? ベッティー・シュティーケル・著 畔上司・訳 主婦の友社」でした。受賞者の方々は、シャイ(恥ずかしがり屋)で人前に出るのが好きではない人がわりと多かったことが意外でした。ふつうの人たちでした。
 強い印象が残っているのは、最後のほうのページにあった数学者の方のお話にはしみじみとしました。娘さんは障害者で、耳が不自由で、精神的にも遅れていると告白されています。でも彼は、娘はすばらしい人間ですと結んでいます。

 「はじめに」の結びの部分に審議会のことが書いてあります。余計なことなのかもしれませんが、審議会という名のもとに学者が集められて、学者が、行政や政治に都合のいいように利用されているような気がしてなりません。昨今の社会情勢をみてそう思えるのです。その見返りが報酬なのでしょうが、そこは大人の世界の話になってきます。大人の世界とは、不条理なこと(あるべき姿に反していること)、理不尽なこと(避けることが無理な圧力に屈すること)、不合理なこと(理屈にあわないこと)に折り合いをつけて生きていくのが大人の世界です。

 さて、読み始めましょう。
「第1章 「ふしぎだな」「おもしろいな」が科学の原点」
 たぶん、同世代の少年たちのなかにも著者と同様の体験をした人も多いことでしょう。でも科学者になれた人は少なかった。
 ゲルマニウムラジオの製作とか、ハム(アマチュア無線)、真空管テレビづくり、科学に関する雑誌の読書(わたしは、「子どもの科学」を読んでいました)
 田舎ゆえに、満天の星空があった。だから、宇宙に興味をもった。
 身近な自然が豊かだったので、動植物に興味をもった少年少女もいたことでしょう。
 この本は、こどもさんというよりも、親御さん(おやごさん)とか祖父母の方たちに読んでほしい本です。著者の場合、親御さんがこどもさんに教育資金を投資されています。こどもの著者がほしい電子部品はほとんどお父さんが買ってくれています。
 学校の先生に質問をする。こどもの質問に答えることが先生の仕事です。(されど、質問をする行為のための質問を続けると相手はイヤな気分になるのでやめましょう)
 「常識を疑う」とあります。過去の偉人たちが、当時の常識をくつがえしてきた歴史があります。
 
 こどものころの本との出会いは大切です。
 ジャンルは無関係です。
 興味をもった世界の本を読んで自分で自分の心を育てます。

 湯川秀樹博士の物理の話が出ます。
 人間の体内にも電気的な物質があるのだろうか。
 本の文章を読んでいると、どうもありそうです。
 『原子核(プラスの電気をもつ「陽子」と電気をもたない「中性子」が集まっている。湯川博士は、その両者をつなぐ役目を果たす中間子の存在を発見した)』のまわりを『電子』が回っている。
 中間子によく似た新粒子(ミューオン)が、宇宙から地球に降り注ぐ『宇宙線』の中に見つかった。
 当時の貧しい国、日本からでもノーベル賞受賞者が出る。湯川秀樹博士は、紙と鉛筆と自分の頭脳だけで中間子論をつくりあげたと記述があります。

 日本人のスポーツ選手が体格や運動能力的になかなか生まれないという考察がありますが、現在はだいぶ変化してきました。見た目は外国人でも日本国籍の人が増えてきました。いいことだと思います。
 若い頃、もし戦争が起こった時のために国籍は厳格に指定しなければならないとなにかで教わった記憶があります(国籍は父系主義)。日本とどこかの国で戦争になったとき、そこの国と二重国籍だったときに敵味方の区分けができなくなるというふうに説明を受けた記憶があります。今となっては、戦争にならないために、一人の人間が多国籍であったほうが平和につながる気がします。
 
 工学部と理学部の違いが書いてあります。
 『基礎物理学研究所』の説明があります。

 英語学習が必要です。
 自分がおとなになってからわかったのですが、なにもネイティブのベラベラ英語を話さなくてもいいのです。文法に従って、カタカナ英語でも、母語(ぼご)が英語ではない人が話す英語とは意味が通じるのです。記号のようなものです。合わせて、中国語ができると役に立つと思います。世界中のなかでいちばん多いのが中国語を話す人たちだと思います。世界の5人にひとりは中国人のような気がします。

 科学者である著者は、「国語」がにがてだそうです。特に漢字を覚えて書くことがにがてだそうです。意外ですが、そういうことってあるのでしょう。

 最後はやはり健康維持について助言を書かれています。
 大量の飲酒とか喫煙はやめましょう。

 この本に書いてあって、ほかの本でも読んだことですが、社会が必要としているのは、「問題を解く能力」ではなく「問題を作成する能力」です。もちろん作成した問題の答も自分で見つけなければなりません。以前社会人になってもすぐ仕事を辞めてしまう大卒生の意見として、ちゃんと教えてもらえなかったという文章を読んだことがあります。答は人に聞くのではなく、自分で苦しんで見つけるものです。
 自分は、お坊ちゃま、お嬢さま世代と呼んでいますが、甘やかされて常にサービスを提供される側にいたせいなのか、いつでもどこでもだれかが自分のことをタダで助けてくれると勘違いしている人たちが増えました。世の中は厳しいのです。短時間の対応なら親切にしてくれますが、長期間の付き合いとなると、人間は冷たい面をもっています。気に入らないと無視するのです。知らん顔をする人は昔からいます。お金を稼ぐためには、そういう人たちともなんとかやっていかねばならないのです。

 ずーっとここまで読んできて、「肩書き」がないと生きていけない人にはなりたくないという気持ちになりました。お互いに相手を先生と呼び合う世界です。

「第2章 大学・大学院で何を身につけるか」
 大学生時代を振り返っておられます。恩師の方たちに謝意を述べることでかなり気を使っておられることが伝わってきました。
 湯川秀樹博士の講義は、ひとり語りだった。学生との対立もあったそうです。昭和40年代は、大学紛争の時代でした。わたしはテレビで大学生たちが暴れまわるのを見ていた下の世代です。白黒テレビの映像を家族で見ながら、あんなふうにはなりたくないと思いました。
 
 「宇宙の始まり」について研究する。
 光:電波。宇宙背景放射。
 宇宙が生まれて約38万年たったころ、宇宙の温度は約3000度だった。
 光の波長が短く、電波の波長が長い。
 サーベイ:調査、測定
 パルサー:中性子星
 太陽より重たい星は、最後に「超新星(爆発)」を起こす。
 読んでいると、宇宙が生き物のように思えてきます。スピード(速度)がものすごく速い。そういうことがあるのかと驚きました。
 ニュートリノ:粒子(りゅうし) 電気をもたない電子
 パンチカード:そういえば、キーパンチャーという職がありました。コンピューターへのデータ入力の方法です。書類をまとめて渡すなんとか式と、キーパンチャーを頼らず、自分で入力するなんとか式というふうに当時は区別がありましたが、もうそのときの言葉を思い出せません。昭和50年代ぐらいのころです。「バッチ処理」だったかなあ。ちょっとわかりません。

 人間の体は、炭素や窒素、酸素などからできている。星の内部の核融合でできたもの。人間の体は星のかけらでできている。そして、体の中には電気が流れていると考えると、人間の体は奇跡であると感じるのです。

 研究者になるためのお話があります。
 基本をしっかりと学ぶ。
 モチベーション(動機)をきちんと保つ。
 「問題発見能力」と「問題解決能力」を身につける。

 友人のお話があります。共感しました。
 まだ、二十代のしたっぱのペーペーのころに、いっしょに泊まりの旅行をしていた仲間たちとは、歳をとってからも付き合いがあります。
 利害関係がからむような立場の相手とは長続きがしません。

 ハワイ・マウナケア山頂の「すばる望遠鏡」
 
 ポスドク:任期付きの研究職ポスト。博士研究員

 学者の世界が「混沌(こんとん。混じり合った状態)」で、官僚(中央省庁に勤務する国家公務員)の世界が「秩序(ちつじょ。決められたやりかたでできた世界)」

「第3章 研究はどのように行うのか」
 無給で研究を続けるポストがあるそうです。家が資産家か、金銭援助をしてくれるスポンサーがいないとやっていけません。芸術家かスポーツ選手のようでもあります。サラリーマンのようで個人事業主です。
 著者の場合、数学教師の奥さんに助けられています。なんていい奥さんなのでしょう。
 無給なので、共働きとは言えませんが、子育ては男子も体験しておいたほうがいい。娘さんを保育園に連れて行くのが著者の役割だったそうです。
 
 研究者のあるべき姿勢が提示されています。
①おもしろいと思ったら徹底的に研究する。
②プロとしての自覚をもつ。(わたしは「プロ」という言葉は嫌いです。「それでもプロか!」と相手を責めるときに使う言葉です。ひとつのことを極める職業につける人はごくわずかです。社会では、浅く広くひととおりたいていのことが7割程度できれば働いていけます。業務内容がある程度把握できることと同時に、面談・電話の応対、車の運転、段取りのプランづくり、期限までに仕上げる計画力ときちょうめんな実行力、金勘定の金銭管理、日誌のような記録をつける、関係機関や人との連絡調整、危機管理、力仕事など、ひとりである程度のことは、なんでもやらなければなりません。チームワークが必要な組織の中では、案外、満点ではなくても合格点に達する能力をもっているオールラウンドプレーヤーが重宝されているのです)お互いの足りない部分を補い合って、能力を統合して仕事をしていくのが組織です。
③苦しみぬく。
④オリジナルの論文を最初に書く(このあとも研究者にとっての「論文」の重要さを力説されています)

 アイデアを生み出すときには、「はやり」から離れることがコツだそうです。「はやり」は現在ですから未来がありません。これから「未来」になるものを探さなければなりません。
 あまり情報交換をしすぎるとアイデアを盗まれそうな怖さがあります。「お金にならない分野(宇宙・天文学」なら大丈夫だそうです。

 読んでいてふと「原子(げんし)」と「細胞」の違いは何だろうという疑問が生じました。
 原子:物質を構成している最小単位。人間の体は、炭素・酸素・水素・窒素・カルシウム・リン・カリユウムなどで構成されている。
 細胞:細胞は原子からできている。(で、たぶんいいのでしょう)

 「力(ちから)」の説明があります。宇宙ができるための力です。ちょっとむずかしい。イメージする力が必要です。
 
 40年ぐらい前の著者が若かったころのお話が続きます。これから研究者を目指す若い人たち向けに書かれている本です。
 洋画「スターウォーズ」とか、「スター・トレック(耳がとんがった人が出てくる。たしかスポックという宇宙人。宇宙大作戦とかいう日本語タイトル。中学生のときにクラスメートの家で夏休みにいっしょにテレビで見ていました)」読みながら、そのほかの漫画などを思い出しました。

 論文がらみで、あまりいい話ではありませんが、むかしスタップ細胞という細胞のことで世間が騒いだことが思い出されました。マスコミの過剰すぎる攻撃にはマスコミ自身も気をつけたほうがいい。人間は間違えることもあります。命を落とすところまで人を追い込んではいけません。

「第4章 科学者をどう育てるか」
 PI:研究主宰者、研究室代表者。Principal Investigator
 大学教員の仕事:①研究 ②教育 ③学務(事務。説明。企画。実施)そのほか講演会、学校への出張授業とあります。なかなか忙しそうです。

 あとから間違いがわかった研究にノーベル賞が授与されたこともあるそうです。驚きつつ、納得する気持ちにもなりました。なんでも与えられた情報を信じて丸のみにすることは危ないことだと考えました。

 アメリカの人口衛星「COBE:コービー」
 宇宙背景放射:宇宙の果てからやってくる電波
 読んでいても専門的なことは理解できませんが、ロマン(夢や冒険へのあこがれ)を感じることはできます。
 
 お金の話が出ます。研究費とか人件費とか。仕事をしていくうえで、お金の話は身近で切ろうとしても切れません。

 スティーヴン・ホーキング:1942年(昭和17年)-2018年(平成30年)76歳没 イギリスの理論物理学者 ブラックホールの研究 車いすの物理学者 学生時代に筋萎縮性側索硬化症:きんいしゅくせいそくさくこうかしょう(ALS)を発症したとされる。
 本では、関連記事として、「無境界仮設」というものについて記述がしてあります。宇宙の始まりは「1点」ではなく、「半球面体の全体」で表されるようなものだそうです。「虚数の時間」という言葉も出てきます。なんだか、星新一さんのショート・ショートを思い出す科学的文学作品の世界があります。
 ご本人と面談されて交友を深められた著者は、ホーキング氏を自己主張の強い人だと感じられたそうです。病気ゆえにしっかりアピールしないとご自分の話を相手に聞いてもらえないと思われていたのではないかと察しました。
 今、手元にホーキング氏の本「宇宙への秘密の鍵」があるのですが、よく見ると、監修のところに著者の佐藤勝彦さんのお名前があります。こどもさん向けの本です。

 学会の変化について書いてあります。
 時代が変化してきています。コロナ禍のことを考えながら読んでいたら、コロナに関する記述も出てきました。
 コロナが終息したとしても、元に戻るものともう元には戻らないものとがあるでしょう。戻らないけれど、新しいやりかたの世界へと進んで行くのでしょう。

「第5章 21世紀の科学者のために」
 この章の部分を読んでいて、著者は「仕事人間」だと感じました。

 URA:リサーチ・アドミニストレータ―。アドミニストレータ:管理者。この本では「軍師」と説明があります。University Research Adominisutoreator

 この章は、「COLUMN5 科学者と「倫理」」以外の部分は、読んでいてもあまり楽しい気分にはなれませんでした。読んでいてもわからないことが多かった。素人にとっては、記述がなくてもよかったような気がしました。
 
 「研究」の不正について書いてあります。捏造(ねつぞう。うそ)、改ざん(これもうそ)、盗用とあります。グレーゾーンもあります。疑わしい場合です。
 人間は「欲(よく)」の固まりですから、不正が起こります。お金がからむとうそが顔を出してきます。
 お金はいらない。お金をあきらめると本物が顔を出します。

 科学が戦争に利用されることに対する抗議があります。『戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明』があります。
 深く考えてみました。「科学者」は、善人なのか。それとも悪魔なのか。原子爆弾や水素爆弾を発明したのは科学者です。科学者は、地球を滅ぼすことができる武器をつくることができるのです。オウム真理教の毒ガスサリン事件を思い出しました。ウィルス感染、細菌感染も同類ではないのか。
 記述を読んでいて、人類の一部の相当発達した知能をもつ人たちの手に地球の生命の未来が握られているのは恐ろしいことです。地球上の大部分の人たちは平和な暮らしを望む凡人です。
 科学ってなんだろう。現状維持、今のままで不便な生活でもかまわないというところまで考えが届きました。あるいは、半世紀ぐらい前の、大半の日本人が自然と共存していたころの生活に戻ってもいいのではないかと思えたのです。ただ、もう失われた自然環境は、完ぺきな状態で、元どおりに回復させることはできそうにありません。

(その後)
 テレビ番組で「出川哲朗の充電バイクの旅」能登半島縦断を見ていたら、石川県羽咋市(はくいし)にあるロケット博物館みたいなところ(宇宙科学博物館コスモアイル羽咋)が出てきて、興味をもったのでその施設のホームページを読んでいて突然に、気づいたことがあります。
 いまさらなのですが、わたしは、人類が月に立ったのは、1969年7月のアポロ11号のときのアメリカ人ふたりの宇宙飛行士だけだと思い込んでいました。調べたら、その後、アポロ12号、14号、15号、16号、17号と立て続けに、1972年(昭和47年)までにけっこうたくさんの人数(宇宙飛行士12人)が月面に立ったことがわかりました。最初は珍しくてもだんだんふつうになってくると興味が薄れるものです。自分は忙しい中学生だったのでアポロの記憶が最初のものしか残っていません。  

Posted by 熊太郎 at 07:15Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2021年06月17日

出川哲朗の充電バイクの旅 瀬戸内海小豆島と直島

出川哲朗の充電バイクの旅 瀬戸内海小豆島と直島(なおしま) テレビ番組

 邦画DVD「喜劇愛妻物語」を観たあと、この番組を観ました。観た映画の舞台は小豆島であり、この充電バイクの旅も小豆島であり、小豆島の寒霞渓(かんかけい)には自分も行ったことがあり、映像の中の道をレンタカーを運転して走ったこともあり、なんだか不思議な気分で番組を拝見しました。
 
 海が穏やかです。思い出してみれば、フェリーで渡ったときの瀬戸内海の海は、海というよりも大きな湖のように海面が静かでした。栃木県の日光に中禅寺湖(ちゅうぜんじこ)という湖があるのですが、若い頃、そこで遊覧船に乗ったときの湖面に瀬戸内海は似ていました。

 直島アートはなかなか撮影がたいへんだったようです。事前にテレビ番組撮影の許可がいるのならスタッフがとっておけばいいのにと一瞬思ったのですが、それではこの番組の持ち味が失われてしまいます。出川哲朗さんのキャラクターで毎回了解を得ているところが番組のおもしろさなので、今回はいたしかたないでしょう。

 古いレコードを置いているところがありました。昭和40年代への時間旅行です。みなさん古いものを大事にされています。
 番組に出てくるような古民家で、こどものころは過ごしていました。なんだかこれまた不思議な気分になりました。暮らしていた体験者としては、わざわざ観たいとは思わないのが正直な気持ちです。

 「空き缶アート」がおもしろかった。空き缶の上の面が人間のお顔に変わります。

 こどもたちがにぎやかで良かった。女の子たちが多かった。こどもにとっては、自然に囲まれて育ったほうが毎日楽しいだろうと思います。体を動かす冒険です。

 充電バイクのシリーズでは、これまでに「長崎五島列島」「奄美大島」「北海道利尻島、礼文島」と見てきて、島で暮らす人たちのあたたかい人間らしさにひかれます。
 安全で安心な場所で、心身ともに健康に暮らせたら、幸せなことです。  

2021年06月16日

兄の名はジェシカ ジョン・ボイン

兄の名はジェシカ ジョン・ボイン 原田勝・訳 あすなろ書房

 LGBTのお話だろうか。
 本の帯に「身体不一致。カミングアウトの、その先に……?」と書いてあります。
 LGBT:性的なもの。レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と身体の性が不一致の人)
 カミングアウト:表明すること。人に知られたくない自分の秘密を公表すること。

 そんな前知識を得て、本のカバーをはずして、カバーを見て、本の本体の表紙を見ました。
 ひとりの人物が鏡を見ています。自分の想像として、観ている人は男性で、鏡のなかに映っている人は女性に思えました。

 ぼく(主人公)サム・ウェイヴァー。イギリスのラザフォード通りに住んでいる。13歳。この子の一人称ひとり語りで物語は進行していきます。自分は生まれた時心臓に穴が開いていたので治療をした。そのときに兄ジェイソンがころんでジェイソンの左の眉(まゆ)の上に傷ができた。(この傷の部分の記述がとても気に入りました。『これまでずっと、ぼくを愛してくれてきた証拠だ』)主人公には、難読症(なんどくしょう。ディスレクシア)という障害があるそうです。イギリス人ですから文字は全部アルファベットなので、ひらがな・カタカナ・漢字がある日本とは感覚が異なります。
 ディスレクシア:トム・クルーズ、スティーブン・スピルバーグ、トーマス・エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アインシュタインなど。
 ジェイソン・ウェイヴァー:サム・ウェイヴァーの兄。兄だけれど、自分は姉だとカミングアウト(公表)します。17歳。カミングアウト後は、スカーフ、ポニーテール、いわゆる女装傾向に向かいます。
 デボラ・ウェイヴァー:サムとジェイソンの母親。国会議員で内閣の一員。閣僚。
 アラン・ウェイヴァー:サムとジェイソンの父親。国会議員である妻の私設秘書
 ディヴィッド・フューグ:サムの同級生。政治的対立あり。(サムの母親の所属する政党を嫌っている)サムから言わせると「宿敵(サムが7歳のときから対立している)」
 ヘンダーソンおばあさん:すでに亡くなっている。優しかった。ヘンダーソンおばあさんが亡くなって売りに出た家をサムの宿敵ディヴィッド・フューグの親が手に入れて住んでいる。
 ペニー・ウィルソン:小学校一の美人
 ブルータス:近所の犬
 ジェイク・トムリン:自称ゲイ。サムの同級生
 ラウリー先生:歴史を教えている。
 ホワイトサイド先生:数学の女教師
 運転手ブラッドリー
 保健相ヘクター・ダナウェイ
 学校秘書フリン:学校秘書というのがどういう職業なのかわからないのですが、教員よりは権限が小さいように書いてあります。
 ピーター・ホプキンス:サッカー部のリザーブの選手(補欠ということか)
 ワトソン先生:性別のことに関してカウンセリングをする先生。35歳ぐらい。
 サッカーチームのオブライエン監督
 ジェームズ・バーク:サム・ウェイヴァーと同じクラス。性が不一致の兄のことでサム・ウェイヴァーをばかにする。
 リーアム:ジェームズ・バークと同じくサム・ウェイヴァーをばかにする。
 事務員のブラウンさん
 ローズおばさん:母親の二歳年下の妹。独特な考え方と暮らし方をしていて、母とは対立している。なんども結婚・離婚をくりかえしているようです。
 ボビー・ブルースター議員:国会議員である母親の同僚議員。奥さんがステファニー、娘さんが十四歳のローラ
 リーサ・タンブール:サム・ウェイヴァーと同じクラス。いじわるな女子
 アブド:シリア難民。ローズおばさんがめんどうをみていた。
 デンゼルおじさん:ローズおばさんの三人目の夫
 
 あまりおもしろくない出だしです。日本人の自分が読むイギリス文学です。
 オペア(家事や子守りを手伝う住み込みの留学生。ホームスティしている留学生が報酬をもらう制度):家政婦のような感じに受け取りましたが、実態は異なるようです。資産家の家では、こどもの身の回りの世話は、雇われ人が手助けします。記述内容を見ると、労働条件や報酬でけっこう対立があります。選挙運動の手伝いまでは契約にないとオペア(留学生)が抗議します。日本の政治家でもそういうことがあるのだろうか。

 アーセナルのアカデミー:イングランド・プロサッカーリーグに属するチーム。アカデミーは中学生、高校生チーム。この小説のなかでは、ジェイソンが9歳でトライアルを受験しています。(まだ早いと言われています)

 チャールズ皇太子+ダイアナ元妃
 長男ウィリアム王子+キャサリン妃
 次男ハリー王子+メーガン妃
 
 政治的な話、親子関係、自由と平等、ディスカッション(討論)、兄弟愛、18ページ付近まで読んでの出てきた事柄です。
 
 袖の下(そでのした):内緒で送るお金や物。見返りを期待する。融通をきかせてもらったお礼。わいろ。不正な報酬
 多国籍企業:複数の国に生産拠点をもつ企業
 イギリスの二大政党:保守党(現在ジョンソン内閣)、労働党(労働組合が支持層)

 どうして知ったのかわからないのですが、サム・ウェイヴァーの宿敵ディヴィッド・フューグが、サムの兄ジェイソン・ウェイヴァーのトランスジェンダー(心と身体の性が不一致の人)を教室で教師や生徒にばらしてばかにします。

 ジェイソン・ウェイヴァーのトランスジェンダーもややこしい。ゲイではないのです。彼は(本当は彼女は)サッカーがうまい人気者のサッカー選手でもあります。美人の恋人もいます。でも、自分では、自分の性が「女性」だと感じている。だけど体は男の体をしている。かなり苦しい。
 ジェイソン・ウェイヴァーのトランスジェンダーを両親は受け入れることができません。とくに母親は「(本人からの告白)話はなかったことにする」と切り捨てます。
 母親に国会議員をつとめる資格はありません。政治家のメッセージは、「自由」と「平等」が基本です。母親は夫に「(長男のトランスジェンダーが)けがらわしい」と吐き捨てるように言います。男尊女卑の観点からいうと、夫が私設秘書という立場にいることもややこしい。いろいろと無理解な母親です。母親息子に対して、二度とこの話はするなと突き放します。

 ヴォーグ:ファッション誌

 『(女王)エリザベス一世は、女性に対する世間の評価を変えたからだ』(女性でも国を治めることができることを示した)

 差別する人と、差別される人と、両者の関係者がいます。
 トラニー:トラニーチェイサー。異性装者
 どうして人間は差別したがるのか。
 数年前に思ったことですが、差別ではありませんが、四十年前ぐらい前にいじわるな人がいて、四十年ぶりぐらいにその人のことを聞いたのですが、やっぱり四十年後もその人はいじわるな人で、人って、何十年たっても変われないんだと悟ったことを思い出しました。
 生まれもった人間の性質は変わらないのです。だから人は、すべての人とは、仲良くはなれないのです。
 
 カフカ:チェコ出身ドイツ語作家ユダヤ人。「変身」「城」を読んだことがあります。

 フェタチーズ:ギリシャの代表的なチーズ。羊、ヤギの乳からつくる。

 旅先として日本を紹介されるとイギリス国会議員の母親から「中華料理は苦手だ(にがてだ)」という返事が返ってきます。世の中は誤解だらけです。ジェイソン・ウェイヴァーが言うとおり、中国と日本は全然別の国です。誤った知識で物事を判断するポストについて権力を行使されるのは怖いです。

 湖水地方:イングランド北西部

 EU離脱:2020年にイギリスが脱退した。(欧州連合)EU構成国として、ヨーロッパを中心にして27か国が加入している。

 ホモを嫌う話が出た時に、アメリカ映画「イージーライダー」が頭に浮かびました。男同士でバイク旅をするのですが、昔はそういうことはホモの人がすることだったようで、そこには誤解があって、そんなことはないのですが、アメリカは銃社会だからそうなるのか、最後はふたりとも撃ち殺されてしまい映画は終わります。アメリカ社会の問題点を浮き彫りにしたのでしょう。こちらの本はイギリスです。どこでも起こる差別です。

 兄の女装傾向は、学校では浮きますが、卒業したら自由です。法令に違反しているわけでもありません。
 兄は将来、作家になりたい。
 なれるんじゃないだろうか。
 兄は、三歳のころから女子トイレに行きたかったそうです。
 
 読みながら思ったことです。
 歳をとってくると、性別がなくなってくる感覚があります。
 だれもが、おじいさんに思えたり、だれもが、おばあさんに思えたりするのです。
 あるいは、中性になるのです。
 男だ女だ、恋愛だといっていられるのは、体に水気(みずけ)があって、ぴちぴちしているときだけのような気がするのです。歳をとると体がかさかさになってくるのです。骨川筋衛門(ほねかわすじえもん)という干物(ひもの)になっていく感覚があります。たぶんだれでもいっしょです。

 母親は、長男のジェイソン・ウェイヴァーを男にしようとします。カウンセリングの受診です(ムダだと思います)

 たまたま新聞にジェンダー(性による差)のことが特集されていました。日本は、管理職とか、議員とか、役員とか責任者の男女比が平等ではなく、ほとんど男性が責任者を務めていてアンバランスであるとありました。
 男女平等のことから考えると確かにそうなのですが、じっくり考えると、すべてその責任が男性にあるとも思えないのです。
 実態を見れば、家庭では、かかあ天下(かかあでんか。夫を尻にしく強い妻)ですし、職場では、女性を敵に回したら仕事は前に進んでいきません。
 また、重い責任をともなうことは男性に背負わせて、負担の軽い位置に自分の身を置いて、自分を守っているようにも見えるのです。
 ただ、これからは、役割分担にこだわらず、女性が仕事に出て、男性が家で主夫をするということもお互いの話し合いでやっていければいいと思います。
 ペースは遅いですが、徐々に男女平等の世の中に向かっているという実感はあります。

 ツイード:毛織物。上着。荒く厚い織物
 マスカラ:まつ毛を強調する化粧品
 
 サム・ウェイヴァーのセリフがおもしろい。『(兄が)ぼくのお姉さんになりたいって言ってる。お姉さんはいりません』
 
 こういった場合、どうしたらいいのだろう。性の割り当て間違いがあるとされる長男のジェイソン・ウェイヴァーを両親が受け入れてくれないのなら、ジェイソン・ウェイヴァーは、高校卒業後家を出て、仲間を探して、仲間といっしょに支え合って生活していくぐらいしか思いつきません。
 以前テレビで、東京に住む若い男性が帰省時に女装して、東北地方にある実家に帰る番組を観たことがあります。お父さんはたいへん驚いておられましたが、ありのままの自分の息子を「そうか」と受け入れました。それが答えです。親にとっての自分の子どもというのは、とりあえず、生きていてくれればいいのです。
 家の中に閉じ込めて外に出さないのは最悪の対応です。

 けっこうハード(重荷)なテーマです。
 女性の側からの男女差別撤廃アピールはよく聞きますが、男性の側からの自分は女性ですという声は少ない。
 
 ジェンダー問題に関して、イギリスは進んだ国だと思うのですが、この小説では、国会議員の女性が、自分の息子のことで、息子を「異端者。異常者」扱いをして、これだけ男とか女にこだわるのは不可解ですが、この小説の中だけのことだと思いたい。

 ジェイソン・ウェイヴァーはひきこもりに近い状態となります。髪型のポニーテールに強いこだわりをもっていますが、彼が寝ているすきにちょん切られてしまったことが引きこもりになった理由です。武士にとってのまげをちょん切られたようなものです。ポニーテールの髪型は彼にとって心の支えだったのでしょう。たしかに彼はうつ状態ですが、まだ完全に病気が完成したわけではありません。やはり家を出る決心をしました。

 中学校で、ジェイソン・ウェイヴァーの弟のサム・ウェイヴァーに対して、性が不一致の兄に関していじめとかばかにするとか、挑発する行為があることが不可解です。当事者は兄です。弟は関係ありません。
 そのことに関して、暴力事件まで起こります。教室内での中学生同士のけんかとはいえ、ただではすみません。小説ではうやむやにされていますが、現実社会で起きれば、学校や親も巻き込んで大騒動になります。
 話の構図がばらばらと崩れていく印象があります。周囲から攻撃されるべきなのは兄であって弟ではありません。兄と弟の個性が一体化しています。
 やがて、親子間の信頼関係もなくなってしまいました。うわべだけをとりつくろうとする両親に対する兄の不信感は強い。『幸せ家族のまねごとなんかできない』
 
 潜在意識:自覚されていない意識
 言葉のあや:間接的な言い回しで、複数のとらえかたができる表現をする。
 156ページ「シドニーのハーバーブリッジに登ったことがある」:以前、現地で旅行ガイドさんの説明を聞いたことがあるのですが、そのときのメモ記録が残っていました。『橋のアーチ部分をよく見ると階段になっているのがわかります。シドニーの高校生は3年生になると、胆だめしで深夜この階段を使って、橋を渡ると聞きました。本当は歩いちゃいけない場所なのでしょう。 (その後新聞で、この階段を歩くツアーができたことを知りました。命綱や安全ベルトをつけて歩くそうです。スリルと絶景を味わうことができるでしょう)』

 265ページあるうちの212ページまで読みました。
 すがすがしい展開になってきました。
 ジェイソン・ウェイヴァーはロンドンの自宅を出て変わり者の叔母の家へ行きます。
 ロンドンの家の人間は、ジェイソン・ウェイヴァーをまるで、最初からこの世にいなかったもののように扱い、自分が女性だという兄は、忘れ去られた存在のようになります。母親が息子を心配する声が少し出ますが、100パーセントそう思っているのかは疑わしい。母親は長男のジェイソン・ウェイヴァーに「男性」として帰って来てほしいのです。そこを読んでいて思ったことです。日本でも昔の大家族で兄弟姉妹が多いと、本人自活後、親と疎遠な関係になる人もいました。冠婚葬祭で顔を合わせなくなると親族でも何十年間も会うことがなくなります。
 ジェイソン・ウェイヴァーは変わります。でも、幸せそうです。

 セーシェル諸島:インド洋に浮かぶ島々。アフリカ大陸の東、マダガスカル島の北
 オートクチュール:オーダーメイドの服飾。注文でつくる一点もの。高級仕立服。
 ガーデナー:庭師
 クレアラシル:ニキビ治療薬
 モノポリー:ボードゲームのひとつ。不動産取引。相手を破産させることが目的
 バジル:メボウキという草。甘くフレッシュな芳香
 黄金の羅針盤(おうごんのらしんばん):イギリスのファンタジー小説
 ペアレンタル・コントロール:SNS機器の使用を親が監視して制限する。

 武士の魂である「ちょんまげ」をちょん切られるような屈辱をポニーテールのしっぽ部分をちょん切られると表現してあるとうけとめました。見た目は男ですが、ジェイソン・ウェイヴァーにとって、ポニーテールは、女子としての「誇り」なのです。ローズおばさんは、サム・ウェイヴァーにお説教をします。兄のポニーテールをちょん切ったのは弟のサム・ウェイヴァーだからです。
 ローズおばさんは寛容な人です。ジェイソン・ウェイヴァーは、女性になって、再び姿を現しました。ジェイソン・ウェイヴァーは、ホルモン治療もして、完ぺきに女性になる決心をしました。
 良かったセリフとして、『……今はしっくりきてる』『……パンツの中がどうなってるかは、なんの関係もないってことがわからないのか?……』『……まわりが変わるのを願うしかないのかもな。世間の人たちはそんなに残酷じゃない、もっと親切なはずだ、ってね。……』
 そして、ジェイソン・ウェイヴァーは、もう男に戻るつもりはありません。
 読んでいて、しみじみとして、胸にじーわーとくるものがあります。

 イギリスロンドンダウニング街十番地:イギリス首相が居住する首相官邸の所在地

 224ページ付近を読んでいて思ったことです。
 先日とある日本映画を観ていて悟ったことです。同様の趣旨である記述内容がこの本にあります。
 不条理なこと(あるべき姿に反していること)、理不尽なこと(避けることが無理な圧力に屈すること)、不合理なこと(理屈にあわないこと)に折り合いをつけて生きていくのがおとなの世界です。
 ただ、この本は小説ですから理想とする結論へと話は進んで行きます。

 男が男であること。女が女であること。それが「普通の家族」という意見が出ます。
 すさまじい差別があります。
 信頼している人からの裏切りもあります。
 スキャンダル(名誉と立ち位置がくずれていくような出来事。世間体を損なう。恥さらし)で失脚、失速していきそうな政治家の姿があります。
 人間をいたぶる(痛めつける)ことに快感をもつ人間がいます。
 トランス(ジェンダー):生まれつきの性の不一致
 兄を家から追い出したという話が出ます。母親が言います。『追い出したとは言えないが、ここにいられないようにしてしまった。』『わかってあげようと努力すべきだった。』
 
 イギリスの人口:約6560万人(本書では6000万人)

 ロミオとジュリエット状態が発生します。
 されどサム・ウェイヴァーは、まだ中学生です。

 ラスト付近は、感動的なシーンです。
 『ジェイソンなんていない』『兄さんの名はジェシカだ』  

Posted by 熊太郎 at 06:43Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2021年06月15日

ホテルローヤル 邦画DVD

ホテルローヤル 邦画DVD 2020年公開

 主題歌が流れた時に、この曲は遠い過去に聴いたことがあると、ピンと来てなつかしかった。1978年の曲で「白いページのなかに」でした。柴田まゆみさんという女性が歌っていたそうです。当時は、歌い手さんの名前までは知りませんでした。いろんな人たちが歌っておられるようです。

 年齢設定と女優さんの見た目が合わずとまどいました。ラブホテル経営者の田中雅代さん(波留さん)について、美大受験を失敗して家業のラブホテルで働いているとなると、高校を卒業したぐらいの年齢だと思うのですが、二十代後半に見える方なので、自分の映像の見方が違うのかもしれないと混乱しました。(映像の中では高校卒業後何年も経過しているとか)
 もうひとりは、女子高校生役の方ですが、女優さんのお名前をここに書くことは失礼になるような気がするのでやめておきます。ただ、やはり、映像で、しぐさや言動が、高校生の年齢には見えないのです。女優さん自身の年齢は高校生の年齢ではない方です。このふたりが同時に映像に出てくるとやはり頭の中が混乱するのです。
 
 冒頭のお話で、廃屋となっているラブホテルにある室内とかベッドとかが新品同様で、どうして廃屋の中なのに、そんなにキレイで清潔なのかと、それはいくらなんでもおかしかないかと。これもまた頭の中が混乱しました。

 「人間も、また、景色の一部」というセリフが?(クエスチョン、ハテナ)でした。製作者側は、いいセリフだと思っているようですが、意味がわかりませんでした。

 ヌードモデルになる女性がしきりに「おなかがすいた」と言います。うるさいぐらいになんども「おなかがすいた」と言うのです。だったら、食べてから写真撮影をすればいいのにと思ったのです。

 映像は、動画というよりも、ワンカットの写真をくっつけていく手法に見えました。

 「底辺」「本能のままに」を描き出します。
 ざっくばらんで、生活臭があります。
 
 小説を読みましたが、小説にこんなシーンがあったかなあというシーンもあります。

 これは、中途半端なラブコメディなのか。小説の読後感とイメージが異なります。

 セリフが、「説明」になっています。延々と「説明」が続きます。

 どうして、地下倉庫スペースで、部屋での会話の声が聞こえるのだろう。盗聴です。

 なんだか支離滅裂で(しりめつれつで。ばらばらでまとまりがない)、話が組み合わさりません。
 
 貧相な映画でした。観終えてわびしい気持ちになりました。拍子抜けしました。
 作者の方がせっかくNHKのテレビ番組あさイチに出演して熱心に宣伝されていたのに残念です。

 昔の車はドアミラーではなく、車体の前方左右に付いたフェンダーミラーでした。最後のシーンで気になりました。

 つくり手は、観ている人にどんなメッセージを送りたかったのだろう。


(2013年9月のときの読書感想メモ)

ホテルローヤル 桜木紫乃 集英社

 短編7本です。

「ホテルローヤル」
 4月を迎えた北海道です。加賀屋美幸、身長158cm、50kgが見る方向には阿寒岳が見えるはずですが、この日は曇っていて見えません。廃墟となったラブホテル「ホテルローヤル」の一室で、婚約者ともいえない木内貴史に盗撮っぽいヌード写真を撮らせる彼女はスーパー勤めのパート社員で33才です。この短編の中では、男子にとって女体は男の欲望を満たすための道具です。空虚な雰囲気がただよう作品です。文章が若い。角田光代作品ほどの強烈な重さはない。結婚に至らない男女関係をとおして、女性の物悲しさを語る内容でした。印象に残った文節趣旨は「恋愛に夢をみなくなった」「自分しかこの体を守れない」

「本日開店」
 男性と女性の本能である性欲を素材にした作品群が続くようです。売れるパターンのひとつでありますが、本能を用いるあたりは、ちょっとずるい気がします。作者は今後どのような作品を書き続けるのだろうか。このパターンでとおすのか、それとも、別の道を開拓するのか。さて、この「本日開店」も、目をそむけたくなる内容です。道徳あるいは仏の道への冒瀆(ぼうとく。けがす)です。性をからめて、「悪」とされるものを変化(へんげ)させる。無理やり納得を求められる作品です。締めはすばらしい。

「えっち屋」
 ラブホテルのアダルトグッズを扱う会社をえっち屋と称します。ホテルローヤル廃業の日の様子です。ホテルの設立者田中大吉死去のあとを継いだ娘田中雅代39才未婚と商品を回収に来たえっち屋宮川39才とのやりとりは真面目です。哀愁に満ちた好みの一編(いっぺん)でした。「ご時世」という言葉に納得しました。

「バブルバス」
 所帯じみた生活にやつれた夫婦のお話です。ラストのとき、心の中で「そうか」とつぶやきました。好感をもてる一編でした。この作家さんはこのパターンで、このネタで、これから何本も短編を書ける人です。文章に若さが感じられることが特徴です。

「せんせぇ」
 前出「えっち屋」で、ホテルローヤルで心中死した高校教師とその教え子との事件に関するいきさつなどです。この短編の途中まで、読み続けてきて、どうしてこのふたりが心中するのかという疑問が湧いてきました。読んでいると生きることが悲しくなる小説でした。(すべての短編を読み終えて)こんなことって、あるのかなあ。高校教師は教え子に睡眠薬を飲ませてふたりして死んだ。妻と妻の愛人(夫である高校教師の恩師)へのあてつけが理由と解しました。教え子は死ぬ気があったのかなかったのか。考えだすと考えは深まり続けます。

「星を見ていた」
 後半になるに連れ、記述内容は艶っぽいものから小説家が「底辺の生活」を扱う本来の考察へと変化してきました。ホテルローヤルで掃除婦として働くミコ60才の生活です。北海道という土地柄が下地にあります。女性作家であったから書けた胸に沁みる(しみる)一作でした。

「ギフト」
 この本は短編集ではなく、全体で1本の小説でした。ホテルローヤルの歴史です。建設から廃墟となるまでの過程が、現代から過去へさかのぼる形式で仕上げてありました。どこの夫婦、どこの家族でも似たことがあるような歴史の流れです。しみじみとしました。