2010年01月10日

静岡県 久能山東照宮

静岡県 久能山東照宮(くのうざん)

もう30年ぐらい前、20代始めのころに職場のバス旅行で来たことがありますが、そのときのことをほとんど覚えていません。バスで日本平まで来て、ロープウェイで東照宮までを往復しました。今回は反対側の海側にある表参道から登ってみました。

日光東照宮を製作するときのお手本になったという記事を読みました。












次が以前東照宮に行ったときに撮影した陽明門です。

次が、神楽殿(かぐらでん)に飾ってあった吊り下げの民芸品です。先日大分県日田市で買ったおみやげによく似た民芸品だったのでうれしくなり感激して撮影しました。



家康さんのお墓ですが、日光東照宮にも立派なお墓がありました。体はひとつなのに、お墓はいくつもあるようです。



表参道の石段を登るのはつらかった。右へ左へ急な坂道でした。16折り、1159段あるそうです。
高所恐怖症になりそうでしたが、石段から見える太平洋は雄大でした。伊豆半島が見えます。また、眼下にはいちご栽培のビニールハウスがたくさん広がっていました。








  

Posted by 熊太郎 at 09:11Comments(0)TrackBack(0)静岡県

2010年01月09日

静岡県 清水港・駿河湾

静岡県 清水港・駿河湾

この日は台風並みの強烈な北風が吹いていました。それでも、三保松原(みほのまつばら)の東海岸へ移ると防風林のおかげか、風は弱まります。






清水港から駿河湾にかけては絶景でした。海の色は紺碧で、山陰(やまかげ)の印影は深い。ずっとここにいたい。



地元の人たちにとっては、見慣れた風景なので、感慨が湧いてこないこともあるでしょう。以前、北海道富良野のラベンダー畑に関する記事を読んだことがあります。地元の農業従事者の人たちは、ラベンダー畑の風景を美しいと思ったことはなかったそうです。ある日訪れた人がその美しさに惹かれて、それがきっかけになって観光の対象になっていったそうです。
「湾」というものが美しいということに気づきました。太平洋は雄大です。クルマをいちごラインという久能山に向かう道を走らせながら、久しぶりに水平線を見ました。





  

Posted by 熊太郎 at 14:17Comments(0)TrackBack(0)静岡県

2010年01月01日

分県地図静岡県昭文社富士山見学と浜名湖の夕日

分県地図静岡県 昭文社 富士山見学と浜名湖の夕日(ゆうひ)

 12月のとある日に、富士山を見たくなりました。ということで、いつものように地図を手に入れました。インターネットで、富士山がよく見える場所を検索しましたが、これだというものにぶつかりませんでした。
 地図とにらめっこをしながら、名古屋市からできるだけ短い距離で富士山を見ることができる場所を探します。交通手段は自家用車です。
 候補は地図の裏面にある観光ガイドから選びました。第1候補は、「富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)片道3時間ぐらいかかりそうです。第2候補が三保松原(みほのまつばら)2時間半ぐらいです。第3候補が「御前崎」富士山が見えるのかどうかはわかりません。こちらも2時間半ぐらいかかります。ガイド案内文を読んでいるうちに「浜岡砂丘」も見たくなりました。さて、どういうコースどりにしようか。迷います。(以下後日)

(その後)
 地図裏面の観光ガイドにある「薩た峠(さったとうげ)」がいいのではないかと検討しましたが、道路幅員の狭さや駐車スペースの狭さから断念しました。それから砂丘見学はいろいろ調べて考えた末、延期することにしました。

(三保松原(みほのまつばら)静岡市清水区)



訪れたのは、昨日、大晦日(おおみそか)でした。真正面に富士山があるのですが、肝心の頂上付近が見えません。昨日の天気予報は、静岡県は晴れでしたが、愛知県は午後6時頃から雪でした。雪が降り出すまでに帰宅したい。30分ぐらい雲がなくなるのを待っていましたが、左から雲が流れてくるばかりで頂上は見えませんでした。雲さんのいじわる。
(日本平(にほんだいら)静岡市清水区)



車で移動して、駿河湾に面した海側から久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)の長くて急なつづらおりの階段を息を切らしてのぼり、さらにロープウェイで日本平に上がって、展望台までたどりつきましたが、やっぱり、頂上付近が見えません。いまいちだった自分のこの1年を象徴するようでがっかりしました。ここでも30分ぐらい雲が消えるのを待ちましたが雲は消えてくれませんでした。あきらめました。しかし、このあと登呂遺跡に寄って、帰路につくため静岡インターに入ったところ、本線につながる誘導路で、ほんの3秒間程度、瞬間的でしたが正面に富士山が大きくくっきりと見えました。頂上付近はまだ若干雲をかぶっていましたが、がっかりしていたので、たいへん感激しました。夢はあきらめたときにかないます。そんなわけで、その写真はありません。

静岡県にさよならすべく、浜名湖サービスエリアで休憩をしたところ、ちょうど夕日が沈む時刻でした。



左の鐘は恋人なんとかで、ふたりが愛を誓うためにならすのでしょう。



わたしは勝手に、左の鐘は、「除夜の鐘」ということにして、右の夕陽は元旦の朝日ということにしました。自分の都合のいいように解釈しながら、新しい1年をなんとかのりきろうと、その朝日に手をあわせたのでした。

このあと愛知県に抜けるトンネルをくぐると雪が降り出し、家に着くころは吹雪でした。どうも雪は、赤石山脈(南アルプス)でせき止められているようです。  

Posted by 熊太郎 at 17:33Comments(0)TrackBack(0)静岡県

2009年07月06日

寸又峡温泉 夢の吊り橋

寸又峡温泉(すまたきょう) 夢の吊り橋




まんなか左に吊り橋があります。




橋を渡りました。
橋の上から撮影した湖です。




若葉が美しい。紅葉もいちだんときれいでしょう。  

Posted by 熊太郎 at 23:17Comments(0)TrackBack(0)静岡県

2009年03月12日

静岡県 新居関所(あらいのせきしょ)

静岡県 新居関所(あらいのせきしょ)





 神奈川県箱根の関所へは何度か行きましたが、ちいさな建物で、初めて見たときにはがっかりしました。新居の関所は、その昔は、小学校とか役場として利用されていたそうです。そのため、実物が現存することができた。現在のものは、1855年(安政2年)建築で、155歳ぐらい。江戸時代が終わったのが1868年ですから、今から140年前ぐらい前になります。
 説明を聞いて、身分制度の厳しさが身にしみました。役職に応じて、着物・帯が異なる。座布団のあるなし。座る位置。世襲制。ためいきがでました。
 ここを訪れて、その後だいぶたってから「日本滞在記」タウンゼント・ハリス著を読みました。舞台は伊豆下田なのですが、彼によると、日本には身分制度が存在するものの、人々は身分の分け隔てなく仲良く暮らしているということでした。たとえば、大河ドラマでは毎週事件が勃発するわけですが、現実社会ではそのような頻度で大事件が起こるわけも無く、歴史上の出来事にはかなりの間隔、年数があります。わたしは、戦(いくさ)の消えた江戸時代においては、人々は平和を満喫しながら自然と共生していたと察するのです。また、貨幣流通社会ではなく、物々交換の慣習が大半であったと考えるのです。
 




 新居関所を訪ねた折に、電車の窓から美しい海と橋の風景が見えたので、関所からその場所まで歩いてみました。実際に橋の上に立ってみると、電車の中から見た感じとは、ずいぶん違っていました。車の往来が多く、騒音があり、やはり、景色は遠くでながめるものと納得しました。そのあと、海の歌を歌いながら弁天島駅まで歩きました。  

Posted by 熊太郎 at 22:40Comments(0)TrackBack(0)静岡県

2008年11月15日

静岡県袋井市 エコパ

静岡県袋井市 エコパ

 先日受講したとある講習会で講師の方が静岡県のエコパで、盲人の野球大会があったと話されて、そういえば、エコパができた頃にひとりでJRに乗って見に行ったことを思い出しました。そのときの記録をパソコンのハードディスクから探し出してみました。









(以下はそのときの感想です。)

静かでした。とても。
1週間後がドイツ対カメルーン戦
周辺は丘で、ウグイスのなく声
仕上げの作業をしている工事の人たち。
犬を連れて散歩をしている家族やカップル
そしてわたしのようにひとりでぶらぶら歩いている若者や外国人

*ECOPA エコー(歓声のこだま、環境・エコロジー)とパル(仲間、パーク・公園)の合成語

(行きの列車の中で)
ブラジルの人
  (愛知県)豊橋駅から乗り継いだ東海道線熱海行きの各駅停車
  この路線は、なぜか、外国人客が多い。
  東南アジア系。それからブラジル人
  4人掛けボックス席でわたしの正面にふたりのブラジル人
  20才前後の姉と弟らしい。
  弟がひどく悲しい表情で、窓際に顔を押付けてしまう。
  その横で姉が、眉毛を下げて、今にも泣き出しそうにしている。
  昔見たイタリア映画「ひまわり」とか「自転車泥棒」のワンシーン
  のようです。
  何が、そんなに悲しいの?
  わたしだって、悲しいこと… いっぱいあるよ。  

Posted by 熊太郎 at 21:58Comments(0)TrackBack(0)静岡県