2024年05月30日
中高年のアイドル綾小路きみまろ爆笑スーパーライブショーを見る
『中高年のアイドル綾小路きみまろ爆笑スーパーライブショー』を見に行く。愛知県半田市雁宿ホール(かりやどホール)
これまでに、本は3冊読んだことがあります。
『老婆は一日にして成らず 綾小路きみまろ PHP研究所』、以下は感想メモの一部です。
書店で思わず手にしてしまいました。文章読みと実際の漫談を聞くのとは違います。文章だと笑いにくいものですが、文章にリズム感があります。半分ほど読んでからYou Tubeを見ました。笑いました。文章どおりの語りが続きます。楽しい。
情熱に圧倒されます。ずば抜けた記憶力と体力、そして努力はたいしたものです。若い人たちには実感がないだろうけれど 老境にさしかかった身としては、話の内容に共感することばかりです。
文章を読みながらでも思わず笑ってしまいます。学習の上積みがあります。歴史、地理、文学などです。芸は完成の域に達しています。
観客は平和な夫婦です。やさしい連れ合いがいます。耐えてきたからこそ今、笑うことができるという人生の経過があります。
『一つ覚えて三つ忘れる中高年 綾小路きみまろ PHP研究所』
真実だから笑うことができます。そして、平和です。
韻(いん)を踏むことが作者の特徴で、たて続けに類似語を並べていき、オチでポンと転換させます。非常にリズミカルです。 作者の身近には、音楽とか川柳があったのでしょう。
長い間夫婦とか家族をやっていると、過去を思い出して、連れ合いとかこどもたちに迷惑をかけてしまってごめんなさいと後悔することが多いのですが、この本は、みんな一緒の行動をしているのだから安堵(あんど)しなさいと慰めてくれます。
『しょせん幸せなんて、自己申告 綾小路きみまろ 朝日新聞出版』
まじめな本でした。今年読んで良かった1冊です。語り口調の文章です。笑いが漏れます。めげないで! という励ましがあります。
作者と類似体験があるので共感できます。
最終学歴は、『自動車学校』だそうです。笑いました。
いつかご本人を観てみたいと思っていました。本読みとか映像ではなく、実際のご本人によるショーを観てみたい。笑えて楽しいだろうなあ。
先日、『徹子の部屋』にゲストで出演されました。鹿児島から出てこられて苦労されています。
自分が住んでいる愛知県内でショーがあることを知りました。
申し込んでチケットを手に入れて観に行ってきました。
愛知県半田市は、『ごん狐(ごんぎつね)』の童話で有名な、児童文学作家である新美南吉さん(にいみ・なんきちさん。1913年(大正2年)-1943年(昭和18年)29歳没)の故郷(ふるさと)でもあります。新美南吉記念館へは、家の車を運転して二度行ったことがあります。
先日の日曜日に、今回は赤い名鉄電車に乗って、夫婦で、『中高年のアイドル綾小路きみまろ爆笑スーパーライブショー』を観に行きました。楽しかったです。とてもおもしろい。笑いました。元気になりました。 行ってよかった。この日はこのあと帰宅して、大相撲の千秋楽をテレビで観戦しました。そちらも良かった。いい日曜日でした。
思い出すままに毒舌漫談(どくぜつまんだん)の感想を並べてみます。
はじめに、綾小路きみまろさんから、このホールでは6年ぶりの公演だと紹介がありました。ふと思ったのは、次回が6年後なら、綾小路きみまろさんは79歳になられる予定です。79歳で全国回りのこの仕事をやれているだろうかと考えると、ちょっと無理かもしれないと思いました。
1時間15分間ぐらい、赤いえんび服(燕尾服。ツバメの尾をしたような上着の正装(せいそう)。格式が高い服装)を着た綾小路きみまろさんが、ステージ上を右に動いたり、左に戻ったりされて、いっときの休憩もなくひとり語りの熱演でした。
綾小路きみまろさんが、ステージ前の座席で1列目から3列目あたりのお客さんたちを徹底的に毒舌(どくぜつ。厳しい悪口。毒をはくような言葉)でいじるのですが、どうもお客さんたちはそのパターンを知っておられるようで、どんなにひどいことを言われても、けしてお怒り(おいかり)にはなりません。むしろ、自分がけなされるようにいじられることを、楽しんでおられるようすでした。お客さんも綾小路きみまろさんも、心が広く、たいしたものです。うしろで見ている大多数の中高年層のお客さんたちは大爆笑でした。
漫談の始まりで、中高年は、おしっこが近いという話をけっこう長い時間帯でされたのですが、漫談が始まって1時間ぐらいして、本当におしっこに立ったステージまんなか近くの座席にいたお客さんがいたのでびっくりしました。それはそれで笑いにつながりました。まあ、なんでもありですな。
腰が曲がった、歩行が不自由な年配女性を何人もお見かけしました。おそらく、娘さんやお嫁さんでしょう、手を引かれてゆっくりと指定席に向かっておられました。漫談の内容と現実が一致するステージなのです。
綾小路きみまろさんは、ステージ上で、中高年の女性の歩き方をマネされます。手をうしろにまわして、バッグを手に下げて、体は前に傾くようにして前方へと歩かれます。おじょうずです。よく観察されています。観客にとても、うけていました。
まあ、下ネタも多い。
頻尿に(ひんにょう)に始まって、おしめ(オムツ)で終わる話の流れでした。老衰で死ぬ寸前には、みな生まれてきた状態に戻るのです。
お客さんを観ての顔いじりは、かなり激しい。
若い時は、若いというだけで、ぴちぴちしてきれいです。歳をとってくると劣化してきます。
その話を聞いていて、人前では口に出せませんが、若い時に見た細くて美しかった女優さんたちが、今はもうすっかり変わって、(体型も太くなって)同じ人とは思えない人もおられます。
年寄りを老害扱いする若い人もいますが、だれもがそうなるのです。年寄りに対して文句を言っているあなたも歳をとるのです。歳をとってみるとわかります。それまではできていたのに、これからはできないことが増えるのです。認知症になったら別人格の人に変わったりもするのです。
綾小路きみまろさんの年寄り責めとも思える口の攻撃はとどまるところを知りません。
話を聞いていてみんなが、『そうそう』、『あるある』とうなずいているのがわかります。
夫婦ふたりの毎日のお決まりの会話です。
妻、『あなた何食べる?』、これが一日三食、朝昼晩と続くのです。この部分のくだり(話)がとても面白かった。実感があります。実際そんな感じで毎日が過ぎていきます。奥さんは最後に、もう自分で自分の食事をつくってくれと夫に怒ります。(おこります)
綾小路きみまろさんが要所で使う言葉の単語は少なく、そのかわりインパクト(衝撃)は強く、同じ言葉を何度も繰り返す手法です。うまい。
ち密です。言葉選び、言葉遊びが続きます。何度も練習して体で覚えた芸です。感服しました。
ご自身の苦労話もあります。
鹿児島県から東京に出て来て、キャバレーの司会がイヤだったとか、刑務所の慰問がイヤだったとか、本当の感情だと思います。
同郷の森進一さんに声をかけられたことが転機になって、森進一さんのショーの司会を10年間やって、ほかの有名な歌手の方たちの司会も頼まれて、ここまでやってきましたというようなお話がありました。
わたしは、仕事というのは、才能と努力と人間関係だと思っています。自分を支えてくれるいい人がいないとつらい仕事はなかなか長続きしません。人に恵まれるためには、人に奉仕することで、自分に願いが返ってくるということはあります。
綾小路きみまろさんが、後半で何度も繰り返す言葉がありました。
前席のお客さんたちに何度も声をかけます。『いろいろあったんでしょ?』、そして、『けっきょくそういうことです』、人は生きて、人は死んでいくのです。
どこの夫婦にも山あり谷ありの人生波乱があります。思いがけない病気や事故、自然災害もあります。夫婦ゲンカも親子ゲンカもあります。こどもが生まれて育てて、進学させて就職させて、結婚させて孫ができて、老いた親の介護をして看取って(みとって)、その間に家も手に入れてという長い旅路のような人生を送ります。
このショーを夫婦で鑑賞に来ている人たちは、今は平和な日々を送ることができるようになった中高年夫婦だと思うのです。みなさんお疲れさまでしたなのです。
綾小路きみまろさんから、あの世へ旅立つ前にすべきことのアドバイスがあります。
お金の話です。体の部分にたとえて、お金の話をされました。けっこう長い話でした。
『けっきょくそういうことです。貯めたお金をあの世へ持って行くことはできないのです』
なにかしら有益なことに使って、残り少なくなってきた人生の一日、一日を楽しみましょうということです。貯めたお金で、綾小路きみまろさんのショーを観て笑いましょう。娯楽を楽しみましょうなのです。いい一日でした。
これまでに、本は3冊読んだことがあります。
『老婆は一日にして成らず 綾小路きみまろ PHP研究所』、以下は感想メモの一部です。
書店で思わず手にしてしまいました。文章読みと実際の漫談を聞くのとは違います。文章だと笑いにくいものですが、文章にリズム感があります。半分ほど読んでからYou Tubeを見ました。笑いました。文章どおりの語りが続きます。楽しい。
情熱に圧倒されます。ずば抜けた記憶力と体力、そして努力はたいしたものです。若い人たちには実感がないだろうけれど 老境にさしかかった身としては、話の内容に共感することばかりです。
文章を読みながらでも思わず笑ってしまいます。学習の上積みがあります。歴史、地理、文学などです。芸は完成の域に達しています。
観客は平和な夫婦です。やさしい連れ合いがいます。耐えてきたからこそ今、笑うことができるという人生の経過があります。
『一つ覚えて三つ忘れる中高年 綾小路きみまろ PHP研究所』
真実だから笑うことができます。そして、平和です。
韻(いん)を踏むことが作者の特徴で、たて続けに類似語を並べていき、オチでポンと転換させます。非常にリズミカルです。 作者の身近には、音楽とか川柳があったのでしょう。
長い間夫婦とか家族をやっていると、過去を思い出して、連れ合いとかこどもたちに迷惑をかけてしまってごめんなさいと後悔することが多いのですが、この本は、みんな一緒の行動をしているのだから安堵(あんど)しなさいと慰めてくれます。
『しょせん幸せなんて、自己申告 綾小路きみまろ 朝日新聞出版』
まじめな本でした。今年読んで良かった1冊です。語り口調の文章です。笑いが漏れます。めげないで! という励ましがあります。
作者と類似体験があるので共感できます。
最終学歴は、『自動車学校』だそうです。笑いました。
いつかご本人を観てみたいと思っていました。本読みとか映像ではなく、実際のご本人によるショーを観てみたい。笑えて楽しいだろうなあ。
先日、『徹子の部屋』にゲストで出演されました。鹿児島から出てこられて苦労されています。
自分が住んでいる愛知県内でショーがあることを知りました。
申し込んでチケットを手に入れて観に行ってきました。
愛知県半田市は、『ごん狐(ごんぎつね)』の童話で有名な、児童文学作家である新美南吉さん(にいみ・なんきちさん。1913年(大正2年)-1943年(昭和18年)29歳没)の故郷(ふるさと)でもあります。新美南吉記念館へは、家の車を運転して二度行ったことがあります。
先日の日曜日に、今回は赤い名鉄電車に乗って、夫婦で、『中高年のアイドル綾小路きみまろ爆笑スーパーライブショー』を観に行きました。楽しかったです。とてもおもしろい。笑いました。元気になりました。 行ってよかった。この日はこのあと帰宅して、大相撲の千秋楽をテレビで観戦しました。そちらも良かった。いい日曜日でした。
思い出すままに毒舌漫談(どくぜつまんだん)の感想を並べてみます。
はじめに、綾小路きみまろさんから、このホールでは6年ぶりの公演だと紹介がありました。ふと思ったのは、次回が6年後なら、綾小路きみまろさんは79歳になられる予定です。79歳で全国回りのこの仕事をやれているだろうかと考えると、ちょっと無理かもしれないと思いました。
1時間15分間ぐらい、赤いえんび服(燕尾服。ツバメの尾をしたような上着の正装(せいそう)。格式が高い服装)を着た綾小路きみまろさんが、ステージ上を右に動いたり、左に戻ったりされて、いっときの休憩もなくひとり語りの熱演でした。
綾小路きみまろさんが、ステージ前の座席で1列目から3列目あたりのお客さんたちを徹底的に毒舌(どくぜつ。厳しい悪口。毒をはくような言葉)でいじるのですが、どうもお客さんたちはそのパターンを知っておられるようで、どんなにひどいことを言われても、けしてお怒り(おいかり)にはなりません。むしろ、自分がけなされるようにいじられることを、楽しんでおられるようすでした。お客さんも綾小路きみまろさんも、心が広く、たいしたものです。うしろで見ている大多数の中高年層のお客さんたちは大爆笑でした。
漫談の始まりで、中高年は、おしっこが近いという話をけっこう長い時間帯でされたのですが、漫談が始まって1時間ぐらいして、本当におしっこに立ったステージまんなか近くの座席にいたお客さんがいたのでびっくりしました。それはそれで笑いにつながりました。まあ、なんでもありですな。
腰が曲がった、歩行が不自由な年配女性を何人もお見かけしました。おそらく、娘さんやお嫁さんでしょう、手を引かれてゆっくりと指定席に向かっておられました。漫談の内容と現実が一致するステージなのです。
綾小路きみまろさんは、ステージ上で、中高年の女性の歩き方をマネされます。手をうしろにまわして、バッグを手に下げて、体は前に傾くようにして前方へと歩かれます。おじょうずです。よく観察されています。観客にとても、うけていました。
まあ、下ネタも多い。
頻尿に(ひんにょう)に始まって、おしめ(オムツ)で終わる話の流れでした。老衰で死ぬ寸前には、みな生まれてきた状態に戻るのです。
お客さんを観ての顔いじりは、かなり激しい。
若い時は、若いというだけで、ぴちぴちしてきれいです。歳をとってくると劣化してきます。
その話を聞いていて、人前では口に出せませんが、若い時に見た細くて美しかった女優さんたちが、今はもうすっかり変わって、(体型も太くなって)同じ人とは思えない人もおられます。
年寄りを老害扱いする若い人もいますが、だれもがそうなるのです。年寄りに対して文句を言っているあなたも歳をとるのです。歳をとってみるとわかります。それまではできていたのに、これからはできないことが増えるのです。認知症になったら別人格の人に変わったりもするのです。
綾小路きみまろさんの年寄り責めとも思える口の攻撃はとどまるところを知りません。
話を聞いていてみんなが、『そうそう』、『あるある』とうなずいているのがわかります。
夫婦ふたりの毎日のお決まりの会話です。
妻、『あなた何食べる?』、これが一日三食、朝昼晩と続くのです。この部分のくだり(話)がとても面白かった。実感があります。実際そんな感じで毎日が過ぎていきます。奥さんは最後に、もう自分で自分の食事をつくってくれと夫に怒ります。(おこります)
綾小路きみまろさんが要所で使う言葉の単語は少なく、そのかわりインパクト(衝撃)は強く、同じ言葉を何度も繰り返す手法です。うまい。
ち密です。言葉選び、言葉遊びが続きます。何度も練習して体で覚えた芸です。感服しました。
ご自身の苦労話もあります。
鹿児島県から東京に出て来て、キャバレーの司会がイヤだったとか、刑務所の慰問がイヤだったとか、本当の感情だと思います。
同郷の森進一さんに声をかけられたことが転機になって、森進一さんのショーの司会を10年間やって、ほかの有名な歌手の方たちの司会も頼まれて、ここまでやってきましたというようなお話がありました。
わたしは、仕事というのは、才能と努力と人間関係だと思っています。自分を支えてくれるいい人がいないとつらい仕事はなかなか長続きしません。人に恵まれるためには、人に奉仕することで、自分に願いが返ってくるということはあります。
綾小路きみまろさんが、後半で何度も繰り返す言葉がありました。
前席のお客さんたちに何度も声をかけます。『いろいろあったんでしょ?』、そして、『けっきょくそういうことです』、人は生きて、人は死んでいくのです。
どこの夫婦にも山あり谷ありの人生波乱があります。思いがけない病気や事故、自然災害もあります。夫婦ゲンカも親子ゲンカもあります。こどもが生まれて育てて、進学させて就職させて、結婚させて孫ができて、老いた親の介護をして看取って(みとって)、その間に家も手に入れてという長い旅路のような人生を送ります。
このショーを夫婦で鑑賞に来ている人たちは、今は平和な日々を送ることができるようになった中高年夫婦だと思うのです。みなさんお疲れさまでしたなのです。
綾小路きみまろさんから、あの世へ旅立つ前にすべきことのアドバイスがあります。
お金の話です。体の部分にたとえて、お金の話をされました。けっこう長い話でした。
『けっきょくそういうことです。貯めたお金をあの世へ持って行くことはできないのです』
なにかしら有益なことに使って、残り少なくなってきた人生の一日、一日を楽しみましょうということです。貯めたお金で、綾小路きみまろさんのショーを観て笑いましょう。娯楽を楽しみましょうなのです。いい一日でした。
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