2021年11月16日

春にして君を離れ アガサ・クリスティー

春にして君を離れ アガサ・クリスティー 中村妙子訳 早川書房

 アガサ・クリスティー:1890年(日本だと明治23年)-1976年(昭和51年)85歳没。イギリスの推理小説家。「春にして君を離れ」は、1944年の作品(昭和19年)

 ジョーン・スカダモア:主人公女性。48歳ぐらい。夫は弁護士のロドニー・スカダモア。長男がトニー(ローデシアでオレンジ園経営。ローデシアはアフリカザンビア、ジンバブエあたり。既婚)、長女がエイヴラル(既婚)、次女がバーバラ・レイ(バクダッド居住。既婚)、バーバラの夫がビル・レイ。こどもの名がモプシー。ジョーン・スカダモアは、女学生時代はコチコチの堅物だったらしい。スカダモア家は、代々弁護士の家柄だそうです。

 ブランチ・ハガード:主人公女性の聖アン女学院同級生。学生時代は美少女でモテモテのアイドルだった。今は、落ちぶれて60歳ぐらいに見える。若い獣医ハリー・マーストンと不倫、その後保険会社員トム・ハリデーと結婚した。こどもが、レンとメアリ。その後、こどもたちを置きざりにして、ジョニー・ぺラムと駆け落ちをした。自称過去は男好きだった。現在の夫は、ドノヴァンである。
 ブランチ・ハガードはジョーン・スカダモアから25ポンド借金したことがあり、いまだに返済していないし、再会した今も返す気がない。仕事は本づくり。ウォレン・へースティングの本。フランクリンの伝記などをてがけた。
 15年ぶりに偶然再会したふたりの女性の比較で物語は始まります。

 (時代設定は、あとでわかることですが、第二次世界大戦1939年(昭和14年)イギリスとドイツの戦争開始前ぐらいです)

 ふたりの再会場所は、イラクの首都バクダッドからロンドンへの行程にある砂漠に建つイラク側に建つ鉄道宿泊所(テル・アブ・ハミドというところにあるレストハウス)です。
 ジョーン・スカダモアは、バクダッドから離れる旅。ブランチ・ハガードは、バクダッドに向かう旅です。イラクにあるレストハウスから車で、トルコにある鉄道駅へ行きます。汽車は、月・水・金に駅を出ます。
 ふたりは親しいわけではない。ジョーンのほうは、ブランチのことを良くは思っていない。ブランチはジョーンから借りたお金を返していない。

 主人公の女性ジョーン・スカダモアの一人称ひとり語りで話は進行していきます。

 マナー・ランドルフ:ジョー・スカダモアの夫ロドニー・スカダモアのテニス仲間だった。彼女は、アーリントン青年と婚約した。

 ジョーン・スカダモアとブランチ・ハガード、ふたりの比較が続きます。女学生時代と今、現在の状態、ふたりは仲良しではなく、知り合い程度で、ジョーン・スカダモアは、ブランチ・ハガードを昔から良くは思っていない。どちらかといえば、会いたくない人です。
 見栄の張り合いです。(見栄:みえ。見た目や物事の外観を飾って、うわべや体裁を整える)
 
 セイタン:加工食品。代用肉。
 テル・アブ・ハミド:トルコ鉄道の終着駅
 イラクのバクダッドからロンドンまで:七日間の旅程(風景として、回教寺院(イスラム教寺院)-アナトリアの平原-雪をいただいたトロス山脈、不毛の高地、峡谷沿いにボスポラス海峡、イスタンブール、バルカン半島、アドリア海、スイスアルプス…… 汽車の旅)
 ホッドストン:下ミード農場の老人
 ジョーン・スカダモアの夫である弁護士ロドニーの勤務先法律事務所:妻方であるスカダモア一族の経営。ジョーン・スカダモアの伯父ハリーが共同経営者。
 ジョーン・スカダモアの夫で弁護士のロドニーは実は事務仕事が苦手で嫌い。弁護士ではなく、農場経営者になることが夫ロドニーの夢だった。リトル・ミード農場を買いたかったが、当時恋人だったジョーン・スカダモアに説得されてあきらめた。
 マイケル・キャラウェイ:ジョーンが過去に浮気した若い画家
 アレッポ:シリア北部にある都市
 町の銀行の支店長シャーストン氏の奥さん。支店長は公金横領をした。
 
 ジョーンによる男女関係の妄想が始まります。あるいは「推理」か。恋愛における本気とか浮気とかのお話です。

 手練手管を弄する:てれんてくだをろうする。人をだますためにいろいろな方法を用いる。

 ジョーンは自分の留守中にイギリスの自宅にいる自分の夫が浮気をしているのではなかろうかと不安になります。

  お話はシェークスピアの詩の話になり、やがて、ジョーンの家の親子の不和に関する話へと移っていきます。
 たぶん、なにかミステリーが秘められているのでしょうが、自分にはそれを把握できるだけの読解力ありません。
 タイトル「春にして君を離れ」は、シェークスピアの詩の一節で、「春にして」は、「春になって」あるいは「春ゆえに、春だから」という意味だろうかと想像しています。「君を離れ」は別れることを意味するのでしょう。

 イラクにいるジョーン・スカダモアは、天候が悪くて車でトルコにある鉄道駅まで行けません。悪路です。
 ジョーン・スカダモアはいらいらし始めます。足止めです。江戸時代の東海道大井川水かさが増したという足止めのようです。邦画『雨あがる』を思い出しました。いい映画でした。

 ジョーン・スカダモアは、夫婦における三角関係のようなもので嫉妬心が出てきます。(しっと。やきもち)
 『人生は時間の有効活用である』というようなジョーン・スカダモアの主張があります。
 ジョーン・スカダモアは自意識過剰(自分中心の考え方)で、私は素晴らしいという人です。

 レスリー・シャーストン:ジョーン・スカダモアの友人。ジョーン・スカダモアの夫の浮気相手なのでしょう。1930年没。不正をはたらいて服役していた銀行員チャールズ・エドワード・シャーストンの妻。夫婦の息子がピーター。
 
 ゲッセマネの苦しみ:エルサレムのオリーブ山にあった地名。イエスがユダに裏切られて捕らえられた場所。
 ワーズワース:イギリスの詩人。1770年-1850年、80歳没
 エロキューション:発声法、セリフ、演説、朗読など。
 
 各人が自由恋愛を謳歌しています。(楽しんでいる)だれにも止めることはできません。各自が経過と結果に責任を負うのです。
 『結婚』という契約の意味がありません。
 名声を得る人は、実績を汚す(けがす)男女関係をもっているというお話が出ます。ありそうなことです。人間には二面性が存在します。

 202ページまで読み進めてきましたが、どうも自分には合わない小説なので、流し読みに入ることにしました。あと100ページちょっとあります。

 夫を愛しているけれど、夫が不倫をしているのではないだろうかと疑う苦しみがある女性というお話なのだろうか。

 物語のほうは、ようやく天候が回復してきて、鉄道駅までの車の手配ができました。宿泊所での足止め解除です。
 シリア北部にある都市アレッポというところからトルコ最大の都市イスタンブールへ向かう列車です。
 
 ジョーン・スカダモアは、列車の中で、新しい人と出会います。
 ロシア人のサーシャ(ホーエンバッハ・サルム)という名の公爵夫人です。(公爵:上位の貴族)背の高い黒服のご婦人だそうです。
 コスモポリタン:世界的視野をもつ人。国際人。国籍、民族、国民感情にこだわらず、多言語を使いこなす。世界を渡り歩く。
 サーシャの言葉で心に残ったのが「人間の寿命って限られておりますしね……」
 サーシャの分析があります。イギリス人とロシア人の比較、(この部分を読んでいると、ひとつの民族日本人と複数国家・国籍地域のヨーロッパとの比較による違いにも通じます)
 サーシャから「(イギリスでは、結婚している女性に)赤ちゃんはいつ?」という質問は女性に対して失礼であり、女性にとって負担であるというご意見が披露されます。ロシア人は違うということです。
 聖者:キリスト教で、偉大な信徒。煩悩を(ぼんのう。人が悩む原因)をぬぐいさった人。
 サーシャが分析するイギリス人の国民性として:自分たちの長所をうしろめたそうに表現して、短所を進んで認めて自慢する。
 第二次世界大戦中の時代背景で、ユダヤ人根絶は馬鹿げているとか、ヒットラー・ユーゲントの話も出ます。ナチズムはそう悪いとばかりはいえないって聞いているというロシア人公爵夫人サーシャの発言があります。

 ハリソン・ウィルモット夫人:ジョーン・スカダモアのロンドンに住む長女エイヴラルの夫の母親。エイヴラルの夫の名前はエドワード。

 307ページで、いちおうジョーン・スカダモアは、ひとりで、イギリスの自宅へ帰着しました。
 不思議な気分になりました。ジョーン・スカダモアは、本当に旅に行ったのだろうか。すべてが、彼女の妄想のような気がします。(本当に行ったのでした)

 ジョーン・スカダモアの語りはここで終わり、次に彼女の夫が語る「エピローグ」が始まります。
 11月初めの小春日和です。(こはるびより。ぽかぽかと暖かい)
 (妻ジョーン・スカダモアのこととして、娘たちに)良かれと思ってやって、嫌がられるのは、親の立場としてはつらいものがあります。それが親というものでもあります。同じく、夫に対しても強制力を伴った誘導(指示)をするのがジョーン・スカダモアだと、夫は妻を分析して評価しています。(ジョーン・スカダモアは夫の農場主になりたいという職業選択希望をつぶして夫を弁護士にしています)
 『(妻は)自分の作りあげた明るい、自信に満ちた世界の中で幸せで、安泰な毎日を送り続ければいいじゃないか』妻は妻で勝手にやってくれという投げやりな夫の気持ちが表現されています。

 コペルニクス:1473年-1543年。70歳没。ポーランド出身の天文学者。「天動説」をくつがえして「地動説」を唱えた。地球が太陽のまわりを回っている。

 4フィートの距離(夫と夫の浮気相手が座っていた位置関係):30.48cm×4=121.6cm

 ジョーン・スカダモアの夫ロドニーの異性に対する強い愛情は、妻とは別の女性であるすでに病気で亡くなったジョーン・スカダモアの友人だったレスリー・シャーストンのところにあります。
 底抜けに怖いお話でした。夫は妻をもう、あるいは、最初から、愛してはいないのです。それでも夫は、これから死ぬまで妻と一緒に暮らすのです。最期(さいご)まで偽りの気持ちを胸に秘めながら妻と寄り添っているふりをするのです。
 先日テレビで観た「徹子の部屋」で、フォーソングシンガーの南こうせつさんが、お父さんのお葬式が終わったあとお母さんが「(夫のことを)本当は好きじゃなかった」と言って、たいへんショックを受けたと聞きました。
 案外、そういうことはあるのでしょう。

(今は亡き栗本薫さんの巻末にある解説から)
 怯懦:きょうだ。臆病で気が弱いこと。
 夫婦は似た者同士だ。  

Posted by 熊太郎 at 07:01Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2021年11月15日

東野・岡村の旅猿20 とろサーモンおすすめ宮崎県の旅

東野・岡村の旅猿20 とろサーモンおすすめ宮崎県の旅 fuluフールー動画配信サービス

 お笑いコンビ「とろサーモン」宮崎県出身
 久保田かずのぶ
 村田秀亮(むらた・ひであき)

 以前番組で、とろサーモンによる「お勧めの旅聞きまくり」の回は観ました。
 上沼恵美子さんがらみの炎上騒ぎで撤去されたふたりの観光用銅像が、宮崎市役所の倉庫に横に切断された状態で保管されているそうで、旅先提案説明の時は、銅像を見せてもらうような話をしていましたが、断られたそうです。4人のメンバーたちはスタッフの話を聞いて、いっせいに怒っていましたが、まあ、特段見たいとも思いません。

 番組では出演者がたくさんの場所を巡りました。
 観ていて自分なりに気に入ったところをメモしました。

①高千穂峡
 きれいです。一見(いっけん。一度見ること)の価値があります。
 神秘的でもあります。ひんやりとしていて、幽玄とか、霊気漂うとかの雰囲気です。
 パワースポットらしい。(超自然的なエネルギーで体力回復、体力増強、精神力集中、精神力強化ができる)
 滝のそばは気持ち良さそう。時間の流れを忘れさせてくれます。
 滝に願いをかけて祈ります。
 久保田さんのカッパハゲをネタにした笑いが延々とこのあとも続きます。お気の毒でした。
 ハゲ=髪の毛が生えますようにと願掛けをします。
 二人乗り手こぎボートには若い女性ばかりで、観光地での女性の元気さも伝わってきました。

②高千穂鉄道の絶景風景が良かった。
 鉄橋は高い。高さ105m、長さ352mだそうです。
 久保田さんの笑顔をつつむシャボン玉の映像が良かった。
 シャボン玉はすごい数です。太陽光線に当たってきれいでした。

③荒立神社(あらたてじんじゃ。芸能の神さま)
 神殿の扉を開けるときの音「ギー」に威厳があって良かった。
 宮司の言葉「一歩、半歩と力強く進んでください」が良かった。

④開運の旅館
 宮崎県の郷土料理がおいしそうでした。
 すっぽん、焼酎など。

⑤男ばかりの入浴シーンは、あいかわらずのすっぽんぽんでゲロゲーロでした。あけっぴろげに感心します。

⑥朝日と雲海
 宮崎県は自然の風景が美しいところです。光の加減がいい。古事記の記述を思い出します。神さまが国をつくったのです。

全体をとおして。
東野幸治さんが、のびのびとしていた回でした。ご満悦でした。  

2021年11月12日

百万円と苦虫女 邦画

百万円と苦虫女 邦画 2008年公開 fuluフールー動画配信サービス

 苦虫:にがむし。にがにがしい。不愉快

 いい映画でした。今年観て良かった一本です。
 蒼井優さんの熱演があります。
 21歳の姉と12歳の弟の姉弟愛(きょうだいあい)が大きな柱です。
 お互いに支え合います。
 
 本人に責任があるとは思えない罪で服役した姉です(器物損壊)
 三人組の同級生男子に厳しくいじめられている小学生の弟です。
 両親は頼りになりません。妻は浮気、夫も不倫です。コメディの部分もあります。
 仲良し家族とはいかない日本映画独特のだれた雰囲気で始まります。
 不思議な映画です。表面に出ない感情を表に出します。

 自分のやりたいようにやって底に落ちていくことを良しとする若い男性がいます。
 観ていると気が重たくなってきます。

 女の体だけが目的の男たちばかりです。
 女性はたいへんです。
 自分でしっかり意思表示をしないと自分を守れません。たいていだれもかばってくれません。
 人間のもつどす黒い部分をさらけ出す映画です。

 1時間10分が過ぎて、形式的にエピソードでつないでいるだけのようで、つまらなくなってきました。
 働く研修ビデオのようです。
 アルコール好きはやっかい者です。カラオケも行きたくない。
 時間が経過して、いい展開になってきました。
 心に優しい映画です。最後はどうするのだろう。あと40分間ぐらい。
 100万円貯めてどうなるのか。
 良かったセリフとして「(自分探しはしなくても)今ここに(自分は)いる」
 「自分のことを知らない人たちの中で暮らしてみたいと思ったことはないですか?」という問いがあります。自分はそう思ったことはありませんが、そういう体験は何度もあります。だから何ということはありません。可もなく不可もなしです。ただ、18歳から自立した生活を始めて、ふりかえると、あの当時いくら貯金をもっていてどうやってやりくりして生活していたのかは思い出せません。たいした貯金額ではなかったと思いますが生活には困っていませんでした。思うにぜいたくというものを知りませんでした。

 蒼井優さんと森山未來さんが速足歩き(はやあしあるき)で猛進しながらしゃべりまくる演技シーンがいい。
 中身にこだわる映画です。
 蒼井優さんは熱演です。
 そして、最後に『好きです』のセリフが飛び出します。
 食べものに使うネギのシーンが良かった。(セリフとして「おばあちゃんち(家)みたい」)
 幸せを手にする手法です。

 弟が小学校でいじめられるシーンと姉が仕事場で苦労するシーンが交互に映像で出てきます。
 いじめをするやつとは、こぶしを振り上げて闘わなければなりません。自分を助けるのは自分です。

 『生きることはつらい』がすべてとは思いたくありません。ちゃんとやっていれば、最後は報われます(むくわれます。ごほうびがあります)。

 ロードムービー(成長物語)でした。

 最後付近の展開はいじり過ぎです。
 計略の練り過ぎです。
 すっきりする感じで終わってほしかった。

 自転車で追いかけるスピードシーンが良かった。
 恋愛映画でした。  

2021年11月11日

静かな雨 邦画

静かな雨 邦画 2020年公開 fuluフールー動画配信サービス

 交通事故で最近の記憶が消える障害をもった女子と男子の恋物語です。
 事故前の過去のことは記憶にあるが、事故以降の記憶が翌朝までには消えてしまうという記憶障害です。
 毎朝女子の「ここゆきさんち(家)? 雨があがったんだね」から始まり、男子が「おはよう」とあいさつするところから始まります。何度も同じ出だしのパターンが繰り返されます。

 どうして女子の職がタイ焼き屋なのか。屋台で若い女性ひとり営業で、まわりになにもない駐車場のような場所で、場所借り許可とか使用代金とか、余計なことが気になる職業人だった今はリタイアした自分です。(映画ではこのあとちょっと触れられていました)
 タイ焼きの焼き方を見ながら、お嬢さんの趣味で焼いているような焼き方で、生活臭とか商売の雰囲気がありません。
 タイ焼きに、特別おいしいということがあるのだろうか。
 タイ焼き1個を食べることで、あんなに時間はもたない。
 うーむ。愚痴ばかりになってしまいそうです。
 疑問だらけです。
 製作経費節減のためか、ふたり芝居が続きます。
 映画に出てくるアパートって、どうしてたいてい二階建て外階段の古い物件なのだろう。いまどきなら、ワンルームの賃貸マンションです。

 風景映像はきれいです。夜を移動する列車の窓の灯りのシーンが良かった。
 急な登り坂をバックにして、パノラマのように広がる風景映像が出たのですが、足が不自由な主人公男子であり、足が悪いのにあのような急な上り坂をあがってきたというのは不自然でした。
 大学構内の建物の中で、人と人とが、ばったり出会うのも不可解でした。
 酔っ払い男性の演技と設定が芳しくなかった。(かんばしくなかった。良くなかった)

 足をひきずるリズムだけが、脳に残り続けました。
 どうしてふたりは、男子の足の話をしないのだろう。
 彼は彼女のどこが好きなのだろう。(見た目しか思い浮かびません)
 スローな流れで退屈です。
 女性の母親と主人公男子の会話はもどかしい。
 映像重視の作品です。会話、ストーリー展開が少ない。
 男子が職場に着くと、パソコンのふたを開けてすぐに作業を始めます。パソコンはそんなに早く使えるようにはなりません。パソコンがあんなに早く立ち上がるとは思えないのです。情報保護のためにパスワードの入力とか顔認証システムの利用とかもあります。自分は細かいことが気になるドラマ「相棒」の杉下右京みたいなものです。
 なにもかもがあいまいで、霧が広がる中の風景を見えないのに見ようとする鑑賞でした。
 恋愛関係があるような男女には見えなかったのでした。

 伏線として、毎日日記を書く年配の男性のこと。
 伏線として、ブロッコリーのこと。なんで、男子は、ブロッコリーぐらい食べられないのだろう。なんで、女子は、毎日ブロッコリー料理ばかりつくるのだろう。
 途中、どうしてメモを活用しないのか気になりましたが、やはり女子はメモを残していました。なのにメモの情報が生かされていない。これまた不可解でした。わたしの理解力不足な部分があるのでしょう。
 伏線として、目玉焼きの卵の黄身が、ひとつからふたつに増える。
 
 いつの時代の設定だろう。
 昭和40年代から50年代を思い出します。だけど当時ノートパソコンはありません。
 街の本屋、たばこ屋、映像に出てくる店舗体系は古い。
 
 同類の映画として「博士が愛した数式」がありました。ちょっと違いますが、土屋太鳳(つちや・たお)さん出演作品の「8年越しの花嫁」が良かった。感動しました。あと「50回目のファーストキス」も良かった。

 病気=あきらめるしかない。

 足を引きずる必要はなかったのではないか。

 これで終わってしまうのかというラストシーンでした。

 「記憶が心臓に宿る。記憶が腸に宿る」の部分は、ハテナでした。
 全体的にわたしには合わない映画でした。  

2021年11月10日

ドラエもん 第1巻から第5巻 藤子・F・不二雄

ドラエもん 第1巻から第5巻 藤子・F・不二雄 てんとう虫コミックス 小学館

 孫のうちのひとりが、ひらがなを読める年齢になりました。
 最近は、ポケモンの四コマ漫画を読んで笑っています。
 クリスマスプレゼントにしようと、この5冊を駅ビルの中にある書店で購入しました。
 まずは、自分が読んでみます。
 1974年(昭和49年)初版の本です。当時の自分は、ドラえもんを読むような年齢を過ぎていたので、この本を読むのは初めてです。テレビ漫画はちらりと見たことはありますが詳しくは知りません。
 書店の棚に同作者の作品『パーマン』(1967年昭和42年発表)があってなつかしかった。テレビマンガを熱心に見ていました。マントをつけて空中を飛んでというスーパーマンの模倣(もほう。真似まね)ですが、チンパンジーのパーマン2号が出てきてという展開で楽しみました。
 藤子・F・不二雄:二名の合体ペンネーム。藤本弘さん(1996年。62歳病死。児童・少年向け漫画志向。ギャグが好み)と安孫子元雄さん(あびこ・もとお)87歳。(青年・大人向け漫画志向。ブラックユーモアが得意)1987年(昭和62年)にコンビを円満解消。

 セワシくん:のび太の孫の孫。セワシくんからみてのび太は、おじいさんのおじいさん。
 セワシくんが、頼りないのび太のために、未来からドラえもんを派遣したというきっかけで始まりました。
 おもしろいです。
 1974年ののび太には、未来があります。
 2021年になった今、歳をとった自分にはもう未来はありません。のび太の未来は、わたしにとっては過去です。だからといって、特段、悔いはありません。先日、義父の葬儀で焼香のときに手を合わせる孫たちの後姿を見て、この世に子と孫を残せて良かったとしみじみしました。

 未来がわかるマンガです。
 ふと同作者の『オバケのQ太郎』を思い出しました。小さいころ、熱心にテレビマンガを見ていました。横山光輝作品『鉄人28号』も思い出しました。大好きでした。物忘れが多くなった最近ですが、消えていた記憶が戻って来て嬉しい。

 自分の記憶にある最初に読んだマンガは、少年が100万円を貯めるというものでした。最初は10円ぐらいから始まって、『わらしべ長者』のようにだんだんお金が増えていくのでした。
 自分が幼児の頃は、まだ、50銭という単位が通用していて(50銭硬貨は使用できなかった)、駄菓子屋に1円を持って行くと、50銭の小さな菓子が2個買えました。

 本の絵が優しい。
 戦国時代の合戦の絵には勢いがあります。
 
 『タケコプター』『とうめいマント』『スーパーてぶくろ』『アンキパン』
 昔は未来への夢がありました。
 生活が不便だった時のほうが、未来への夢がありました。
 
 のび太のパパとママの結婚を決めた日のマンガがいい。
 昭和34年11月3日に公園で決まったそうです。1959年のことです。
 そして、12回目の結婚記念日を迎えるそうです。
 すったもんだがありますが、『どっちでもいいじゃない』『いまぼくたちはしあわせなんだから、それでじゅうぶんさ』というご夫婦の会話にいやされます。縁があった男女が人生の最後まで寄り添いあうということは、なかなかむずかしいときもあるからです。

 アラジンと魔法のランプのようなシーンもあります。『発想』は世界中で『共有』したほうがいい。模倣から新しい発想が生まれます。

 のび太は小学三年生だろうか。(あとで、小学四年生10歳と判明します。昭和39年8月7日生まれだそうです)
 『アンキパン』を食べたら暗記できるけれど、うんこをしたら記憶が消えてしまうというオチに笑いました。
 
 こどもさん向けのマンガでは、妖怪、幽霊、恐竜が出てくることが定番です。
 どうしてなのかは、わかりません。
 自然との『共存』というメッセージもあります。

 ふたりは、のび太が生まれた日にタイムトラベルをします。
 あかちゃんが生まれて喜ぶ両親の姿があります。
 のび太は親の喜びようを知ります。
 のび太は、勉強をがんばろうと思います。

 しずかちゃんが可愛くて優しい。
 男性から見ると母親のような存在にも見えて、母性を慕う男性の心理があります。
 4巻では、「スケスケ望遠鏡」という道具で、ちらりとしずかちゃんの入浴シーンが出るのも少年のすけべ心を充足させてくれます。

 自分の未来を知りたいけれど、知ったら、これからのことがつまらなくなってしまいます。

 タブー(禁止)を設けない発想です。

 『定期預金を預けると十年で倍の金額になる』
 確かにそういう時代がありました。
 中学生の時に親から教わりました。
 今は、何十万円も預けても数円しか利子がつかない時代になりました。
 なつかしい。
 マンガでは、新札、旧札の話も出ます。このマンガが描かれて以降、長い間に新しい紙幣や硬貨がたくさんできました。
 
 第二次世界大戦のこと、学童疎開のことがマンガの素材として出てきます。今ではそういう傾向はなくなりました。
 半世紀たつと人間が入れ替わります。新しい人間は過去の苦しみを体験したことがないので、戦争の怖さを知りません。
 勉強よりもお金よりも、まず生きていなければなりません。

 マンガの世界の中では、ドラえもんがのび太に優しい。ふたりの友情があります。
 『のろいのカメラ』には、ブラックユーモアがあります。のび太をいじめるとドラえもんから怒られます。
 
 4巻の53ページにある海底の断面図は勉強になります。
 
 二十年前の空き地の絵があります。
 同じ地域に何十年間も住んでいると、昔の風景を記憶しているので、時代の変化がわかります。半世紀ぐらい前、原野だったところが、今は、ビルや家屋の密集地帯で、道路が縦横に伸びています。
 人間生活の発展とともに、動植物の自然は消えていきました。先日NHKで地球温暖化が危険だという特集番組を見ました。60年前の不便だった生活に戻れば自然破壊はストップすると思ったのです。

 『月ぷ(げっぷ。毎月返済のローン)』という言葉は死語になってしまいました。
 自分が幼児だった頃、家にあったテレビがなくなったので、どうしてかと父親に聞いたら「月ぷが払えなかったので、電気屋が来て、テレビをもっていかれた」と情けない答えが返ってきたことを、半世紀以上たった今も覚えています。
 
 『世界沈没』という言葉が出てきます。小松左京作品『日本沈没』は1973年(昭和48年)ですから、関連があるかもしれません。
 ノアの方舟(はこぶね)のような展開のストーリーでした。自分は長い間勘違いをしていたのですが、方舟(はこぶね)というのは、箱舟で、箱の中に生き物たちがいて、どこか目的地へ向かっていくわけではなくて、そこに浮いてただよっているだけということを、洋画を見て理解しました。

 いつもラーメンを食べている「小池さん」というキャラクターが出てきます。オバケのQ太郎に出てくる人だと思っていました。ドラえもんにも登場されています。

 『ヤカンレコーダー』では、中学生のときに電気店で母親にテープレコーダーを買ってもらったシーンが脳裏によみがえりました。とても欲しかった。英会話の勉強をするからと母親を説得した覚えがあります。当時はやっていた流行歌とかフォークソングばかりを録音して楽しんでいました。
 もう今では、古いタイプのテープレコーダーも見かけなくなりました。そういえば、ワープロも見なくなりました。

 のび太が幼稚園のときに亡くなったおばあちゃんのお話にはほろりときました。
 あのころはまだ長生きのお年寄りが少なかった。
 今では、ひ孫を見ることができるようになりました。

 「宿題」のことが出てきます。
 どういうわけか、のび太の宿題をドラえもんが一生懸命やります。ドラえもんが勉強ができるというわけではなく、ドラえもんも四苦八苦しながら宿題問題を解いています。ドラえもんは疲れ果てています。
 宿題を教えるという作業はとてもむずかしい。教わる方はちゃんと聞いていないし、聞いても理解できていないことのほうが多い。教えるほうは腹が立ってきます。解けないないなら解けないで、やったけれど、解けませんでしたではいけないのだろうか。

 「貧しさ」と「優しさ」が同居しています。当時は貧しい家が多かった。現代の貧困とはようすが異なりますが、みんな同程度に貧乏でした。
 クリスマスパーティのお話です。道具は『重力ペンキ』です。あばら谷(あばらや)くんの家でクリスマスパーティをすることになりましたが、家が狭くて人が入りきりません。無重力にして、壁や天井でも過ごせるようにして楽しみました。

 ドラミちゃんがかわいい。

 『ゾウとおじさん』は、戦争のお話です。
 動物園のゾウが毒殺されそうです。
 戦後全国各地から生き残っていたゾウを見るためにこどもたちを乗せた列車がやってきたという東山動物園が関係するゾウ列車のお話を思い出しました。

(その後、気づいたこと)
 タイトル表記「ドラえもん」は「ドラエもん」だと、これまで長い間勘違いしていたことに気づきました。
 ショックでした。
 上記の文章のタイトルは、自分で意識して、「ドラエ」とカタカナで打ち、「もん」をつけ足しました。
 文章中の「ドラえもん」は自動変換を利用したので間違っていません。
 ドラえもんが好きな、ドラ焼きの「どら」と、主に江戸時代の武士が使用した「(右)衛門」が合体しているのでしょう。
 間違って思い込んで、間違いに気づけずに歳をとっているということがあるのでしょう。

 加齢によって、これまで見えていたものが見えなくなってきています。
 先日は、古くなって買い替えた新しい家庭用電話機の子機にある「保留」ボタンが見つからなくておろおろしました。以前の子機は、左下端に「保留」ボタンがありました。新しい子機には、右上端に「保留」ボタンがありました。
 目の前にあるのに見えないということが多くなってきました。視力で見えるとか見えないということもあるのですが、加えて、脳の理解力、認識力が少しずつ低下しているようです。老いていくことを実感しています。  

Posted by 熊太郎 at 07:11Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2021年11月09日

劇場版 進撃の巨人 アニメ映画2014年公開

劇場版 進撃の巨人 アニメ映画2014年公開 「紅蓮の弓矢(ぐれんのゆみや)」 fuluフールー動画配信サービス

 もうずいぶん前ですが、この話のことをプロ野球の巨人軍がらみの物語だと勘違いしていました。
  NHK番組ブラタモリの大分県日田市編で、作者が同市出身で、土地を囲む山々が「壁」で、壁の向こうに巨人の姿が現れるというような説明を聞きました。
 映画を観るのは初めてです。内容は知りません。

 今の時代にある日本と巨人(中国)のような設定に思えてしまいます。
 あるいは、巨人は「大規模な自然災害」であったりもします。
 巨人が生身の人間であることがこれまでにはない異色な創作物です。巨人は、すっぱだかでゆっくり歩く。男性ばかりで女性の姿はないようです。ふつうのおじさんやおにいさんの顔に見えます。巨人と顔が似ている人がいそうです。腰から上が大きくて、腰から下が小さい。口から光線を吐くのはゴジラみたい。数的にはうじゃうじゃいるわけではない。巨人はしゃべらないからロボットとか怪獣的存在です。巨人に意思を感じられません。

 発想の秘訣として、今あるものを「否定」するのではなく、今、どこにもないものを新たに想像して創り出すことが『創造』です。
 まあ、人を食うわけですから、グロテスクであります。(異様なようす。怪奇的)
 野蛮(やばん。粗野、粗暴)でもあります。
 一寸法師(3.03cm)が、大きな鬼と闘っているようでもあります。

 アニメのいちパターンです。AがいてBがいる。Aが正義で、悪のBと戦って勝利を手にする。人を食べるのは、鬼滅の刃の鬼と同じです。味わいをだすためにCをからませる。この作品ではC的な存在はなかったようです。『共存』という言葉はありません。お互いを徹底的に叩いて相手を消滅させるのです。

 昔、プロ野球選手だった新庄選手のグッズを思い出しました。彼の口の中に彼の顔があって、ロシア人形マトリョーシカのような形態になっていて、さいごの顔がしゃべるように動くというものでした。
 同選手は、今度監督になられるそうで楽しみです。
 集客力をもつ人物です。

 話の展開は理屈が多いです。攻撃に移るまでの前置きが長い。
 説明の時間帯が長くなると退屈になります。
 三国志みたい。フランス革命みたいでもあります。『ヒカルの碁』の雰囲気もあります。
 いきなり戦いが始まったりもします。
 長いお話の概要版なのでしょう。
 BGM(バックグラウンドミュージック)に助けられています。
 観ている人の感情の動きを音楽で操作します。
 自分の命と引き換えにみんなを助けるという行動の美化には抵抗感をもちます。
 生きて帰還することが戦争の目標です。
 ちょっと自分には、合わない作品でした。  

2021年11月08日

こちらあみ子 今村夏子

こちらあみ子 今村夏子 ちくま文庫

 別の本でこの本が紹介されていたので興味をもち取り寄せて読み始めました。
 「あみ子」変わった名前です。どういう意味なのだろう?
 本のカバーには、次のとおりあります。
 あみ子:風変りな女の子
 優しい父
 一緒に登下校してくれる兄(その後、兄は不良になる。こーちゃん。孝太)
 母親は妊娠中で、書道教室の先生をしている。(さゆりさん。その後やる気がなくなる)
 (あみ子さんが所属するのは田中家です)
 あみ子のあこがれる男子同級生が、のり君(鷲尾佳範)です。
 
 短編3本です。

「こちらあみ子」
 途中まで読みました。あみ子という女性の小学生時代のふりかえりです。
 あみ子さんは、いま、17歳か18歳ぐらいに思えます。
 あみ子さんは、知的障害があるのだろうか。
 大きくなったあみ子さんのそばに、さきちゃんという小学生がいます。
 いまは、あみ子さんは祖母と暮らしている。どうも、あみ子さんが15歳のときに、あみ子さんが祖母宅へ引越してきたらしい。

 心に響いた文節などとして『あみ子の馬鹿(あみ子の父親の車に付けられた傷)』『赤い部屋(母親が書道教室をしている赤いじゅうたんが敷かれた部屋』『「こめ」書道の練習文字(「こ」の下の棒から墨がたれて、よだれのように見える)』
 
 あみ子さんの小学一年生から五年生ぐらいまできました。

 二十四枚撮りの使い捨てカメラ:なつかしい。写ルンです(うつるんです商標名。1986年昭和61年発売開始)

(つづく)

 『あみ子さんはおねえちゃんになるのよ』
 (その後:母は流産したのか)
 あみ子さんも、孝太さんも、お父さんも優しい(母は無理して自分を納得させようとして忍耐して心が折れました。心が壊れました)
 死産して『弟のお墓』
 死産は、母の人格を変えることもあるようです。母はうつ病になったようです。『母が寝てばかりいるのはこころの病気のせいなのだと……』波が広がるように母親の周囲にいる人の性格も変化していきます。
 
 あみ子は小学五年生になります。

 気持ちを上手に表現してある文章です。

 文学を愛する人は、うわべだけを重視する人たちとは違う世界にいます。
 『境遇(きょうぐう。家庭環境、経済状況、親族・人間関係)』があります。『不幸』に対峙(たいじ。向かい合った)したときの『不幸』との向き合い方について、読みながら、いろいろと考えます。
 兄は十二歳でたばこを吸い始めます。加えて、暴力的になります。
 
 今年読んで良かった一本です。
 壮絶です。
 あみ子は、中学生になりました。
 悲しみがただよっています。どうすることもできない哀しみです。(哀れ(あわれ)さを伴った悲しみ)
 あみ子に幻聴が聞こえ始めます。霊がいるのです。
 心の具合が悪い人は、お風呂に入らない人が多い。
 あみ子は、自分がいじめにあっていることを実感できていません。
 「文字書き」が、美しいとか汚いとかいう話があって、こだわりがあります。
 徐々に家族関係の秘密が表面に出てきます。
 あごの左下の大きなほくろという記事に心臓がどきっとしました。(身内にそういう女性がいました。今は医者で切除してもらって、ほくろはなくなりました)
 そうか、そういう展開なのか(ここには書けません)
 
 同作者の作品『星の子』が頭に浮かびました。

 『離婚だ。(でも離婚はありません)』
 重厚です。(内容がぶ厚くてどっしりとしている)
 渾身の一作です。(こんしん。全神経を注ぎ込んだ)
 『中学を出たら引越す』
 110ページでタイトル『こちらあみ子』の意味が判明します。ちょっとした感動があります。
 標準ではないことで、いつも、はばちょ(仲間はずれ)にされてきた。
 『共存』ではなく、『排除』された。
 すごい。凄みがありました。(すごみ。ぞっとする迫力)


「ピクニック」
 『ローラーガーデン』という男性接客向けのアルコール提供店舗があって、若い女性たちが、ビキニ水着を着て、ローラースケートにのって飲食物を運んでくれるのです。
 ローラースケートにはのれないけれど、アルバイトで接客をする七瀬さん37歳ぐらい女性が主人公です。
 彼女の彼氏が、お笑いタレントの春げんき(はる・げんき)という男性という設定で、お話が始まります。ルミさんほかの女性たちが、七瀬さんをとりまきます。
 七瀬さんが十二歳ぐらいだったころの出来事として、春げんきさんが、川に大事な自分の靴を落としたことが縁で、十四年後に付き合いが始まったという七瀬さんと春げんきさんの恋話です。
 
 文章にリズム感があります。読みやすい。
 春げんきさんが持っていて川に落としたという携帯電話は、スマホではなくガラケイなのだろう。
 鋤(すき):川をさらうために七瀬さんが購入した農具

 虫刺されの跡とされるものは、副乳だった。(自分も昔皮膚科で複数の細かなものをとってもらったことがあります。なんとかという液体で焼いてもらいました)

 お店に若い新人女子が登場します:『その言い方には明らかに悪意がこめられていた』『放っておくのが一番だと思います』憎たらしい新人ですが、真実を知る人でした。
 読み手は、何が本当のことなのかわからなくなって混乱します。人間社会は、誤解と錯覚で成り立っています。

 176ページまできて、仕掛けがわかりました。『虚言』があります。作者は、話をどう落とすのだろう。悲しみ、いたわり、優しさがあります。

 みんなは、事実を知っていて、遊んでいたのでしょう。
 人間の残酷な一面を表現した秀作でした。

「チズさん」
 難解です。ショートショートのようでもあります。(短い作品。ユーモア、サスペンス、読後感がすーっとくるもの)

 思うに、登場する「わたし」は、ネコではなかろうか。あるいは幽霊、亡霊です。

 チズさんという認知症らしきひとり暮らしのおばあさんがいます。東海林チズ(しょうじ・ちず)というお名前で米寿ですから八十八歳です。
 思い出話ですから、チズさんはもう亡くなっています。
 チズさんには、千葉に住むみきおさんというお孫さんがいます。チズさんは、近所で遊ぶ子どもさんを見ると、だれかれとなく、みきおさんと呼びかけます。チズさんは、ぼけているのです。
 昔自分が入院していたころ、同じ大部屋に入っていた高齢の男性が娘の顔を見たいとせつなく訴えました。娘が見舞いに来ると「違う!」と言い出しました。男性が会いたかったのは、幼児期の娘さんであり、大人になった娘さんは男性の思う娘さんとは別人でした。

 孤独死の確認のようなぞっとする場面が出てきます。
 新聞ではたまに報道がありますが、現実にはこの国では、日常茶飯事の出来事です。
 チズさんには、親類筋をたらいまわしにされた形跡があります。
 『おらおらでひとりいぐも』という作品を思い出しました。同系列の作品でしょう。若竹千佐子作品で2017年芥川賞受賞作です。なおこちらの作品は2014年の文庫にあるものです。
 自分が自分を自分と理解できなくなったとき、もうこの世に自分はいない気がします。  

Posted by 熊太郎 at 06:50Comments(0)TrackBack(0)読書感想文