2024年05月14日
オデッセイ アメリカ映画 2015年
オデッセイ アメリカ映画 2時間21分 2015年(平成27年)公開 動画配信サービス
この映画は、定時制高校の生徒たち(21歳ヤンキー男子、16歳不登校だったリストカット女子、40歳フィリピン人ハーフのフィリピン料理店ママさん、74歳金属加工業自営だった高齢者男性(妻がじん肺で長期入院中))が、有力大学教授からにらまれて干された定時制高校の物理教師と共に、コンピューター準備室に火星をつくるため、部活としての科学部をつくって、千葉市幕張メッセでの『日本地球惑星科学連合大会』で研究成果を発表して受賞するまでの活躍を小説にした(実話がモデルになっています))『宙わたる教室(そらわたるきょうしつ) 伊予原新(いよはら・しん) 文藝春秋』の98ページで紹介されている小説、映画作品です。
そちらの本を読み終えて、動画配信サービスを調べたら、すぐに出てきたのでさっそく観てみました。小説は、『火星の人 アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫SF 1巻・2巻各上・下』です。
物語は、6人のメンバーによるアメリカ合衆国NASA(ナサ。アメリカ航空宇宙局)の火星探検において、砂嵐の発生で、火星にひとりぼっちで残された男性植物学者宇宙飛行士を、みんなで救出する筋立てになっています。
地球の科学者たちみんなが、国籍を問わずに協力し合って、火星に取り残された男性を救い出します。
感動的です。
現実社会では、アメリカ合衆国と中国は仲が悪いようですが、映画の中では仲良しです。
最終的には、アメリカ合衆国が一番という映画です。かまいません。それがアメリカ合衆国の人の誇りであり心の支えなのでしょう。アメリカ合衆国らしい娯楽映画です。
思いつくままに感想を並べてみます。
6人のメンバーで火星の調査をしていたら、砂嵐が起きて、ひとりだけ救出できなかったというところから始まります。5人は、残されたひとりが事故死したと誤認して宇宙船に乗って、地球への帰還の旅に出てしまいます。
火星にひとりぼっちで残された男性は死んだと判断されたのですが、その男性ががんばります。自力で通信装置を回復させて、地球へ電波を送り、いったん亡くなったとされた彼の生存が地球で確認されました。
そのあと、いろいろあります。救出に消極的な組織のトップがいます。まあ、いろいろあります。人間ですから。
映像の火星は、赤い風景です。冒頭に紹介した本には、火星の空の色は、地球とは反対で、昼間は赤く、夕焼けは青い色ですと書かれてありました。
最初のうちは、短時間に砂嵐や事故っぽいものが起きて、なんだかドタバタで落ち着きません。
えらく早い展開です。
火星に取り残された男性宇宙飛行士が、どれくらいの間生きられるか?という、生きるか死ぬかの話です。
以前映画館で類似の映画を観ました。『ゼロ・グラビティ(無重力のこと)』というタイトルで、女性宇宙飛行士が、船外作業中に宇宙服のまま宇宙空間に取り残されてしまいました。
青い地球は見えているのに、地球にかえることができません。そんな設定でスリルがありました。映画ですから、彼女は、最後は無事に地球へ帰還します。なかなかいい映画でした。
上司と部下とか、職務命令とか、組織ですから、外部の目を気にしたいさかいがあります。トップはメンツにこだわります。(対面(たいめん)、名目(めいもく)、世間体(せけんてい))
権力者は、自分や組織の身を守るために、自分たちにとって都合の悪いことは隠そうとします。隠蔽(いんぺい)です。
観ていて、人間というものは冷たいものだと思います。見捨てる命があります。組織の上層部にいる人に、いい人はいません。それが人間です。
まあ、現実的なことを考えると、むずかしい問題です。映画だから、人道的なことを言えるということもあります。
無難な策をとりたがるリーダーに対して、『あんたは、腰抜けだ!』という言葉が飛び出します。
生き残りのドラマです。
残された男性宇宙飛行士は、排泄物を肥料にして、地球から持ち込んだ気体から水をつくりだして(水素と聞き取れましたが自信はありません)、じゃがいもを育てるという農業を始めます。人間の居住地であるテントのような構築物の中で畑をつくります。
生きようとする気持ちがあります。
『ここで(火星で)死ねるか!』ガッツがあります。
『ソル』さきほど紹介した定時制高校を舞台にした本の物語に書いてあったので、映画を観始めてすぐに理解できました。
火星における一日の単位がソル(約24時間40分です。映画では、ソル561ぐらいまで時間が経過します。火星における521日間です。
この映画は、2時間ちょっとの長さですが、映画の中では何日も時間が過ぎていきます。宇宙船の移動には日にちがかかるのです。
火星の風景は、オーストラリア中心部にある砂漠地帯のマウントオルガとか、エアーズロックを見るようです。赤い砂漠の上に赤い岩盤のような山が見えます。
科学的なアイデアでのりきる。
電波のスピードはどれぐらいなのだろうかと考えていたら、映画の中で、地球からの交信は、32分後に、火星にいる彼のもとへ届くというようなセリフがありました。ネットで調べたら、電波は、光と同じ速度だそうです。かなり速い。
火星に残された音楽とゲームが孤独をまぎらわせてくれます。ただ、男性宇宙飛行士は、女性船長が残した音楽は古すぎると、何度も嘆きます。
『火星は君のものだ』
植物を育てたら、星の所有者になるという理屈だそうです。
ふと思いました。
自分が死ぬまでの時間を楽しむ。
地上にいても同じです。
孤独なようで孤独ではありません。
通信装置は稼働しています。
火星の地上にあるものとしてハブ:建物のことだろうと思いました。小型の火星基地みたいになっています。
命がかかっているのですが、もともと宇宙飛行士には死の危険が隣り合わせであるわけで、自ら(みずから)がその仕事を選んだわけで、覚悟はできているのでしょう。
最悪死ぬこともある。宇宙飛行士以外でもそういう職業はあります。
映画の中では、こどもたちや家族を大事にするセリフが多いのに、アメリカ合衆国ではどうして離婚する人が多いのだろうかと不思議でした。
『オデッセイ』の意味は、『長い冒険旅行』だそうです。原題は、『The Martian(火星人)』です。
ヘルメス:5人のメンバーが、火星から地球に帰るために乗船している宇宙船の名称。
後半のクライマックスは緊張感が走ります。
映画ですから、話をもりあげるために、製作側の思惑(おもわく。計略。意図(いと))どおり、救出作戦はうまくいきません。いろいろ障害が発生します。
インターセプト:捕(と)らえる。宇宙空間で、火星から脱出した男性宇宙飛行士を捕らえる。つかまえる。(素手(すで)で捕まえるようなものです)
アイアンマン:アメリカ合衆国映画、空を飛ぶヒーロー。
最後の見せ場はかなり良かった。
すごいなあ。対象者を宇宙空間で確保しました。
『会えて良かったです』本当に良かった、とても良かった。
ひとつの小さな植物の芽が映像に出ます。朝顔の種から出てきた芽に形状が似ていました。
先日観た草薙剛さん(くさなぎつよしさん)出演のドラマ、『罠の戦争(わなのせんそう)』でも、植物学者のような国会議員秘書見習いみたいな若者が出ていて、伏線として、植物の話が流れていたことを思い出しました。
どちらも新しく生まれてきた命を大切にしようというような意味合いがあるのでしょう。
この映画は、定時制高校の生徒たち(21歳ヤンキー男子、16歳不登校だったリストカット女子、40歳フィリピン人ハーフのフィリピン料理店ママさん、74歳金属加工業自営だった高齢者男性(妻がじん肺で長期入院中))が、有力大学教授からにらまれて干された定時制高校の物理教師と共に、コンピューター準備室に火星をつくるため、部活としての科学部をつくって、千葉市幕張メッセでの『日本地球惑星科学連合大会』で研究成果を発表して受賞するまでの活躍を小説にした(実話がモデルになっています))『宙わたる教室(そらわたるきょうしつ) 伊予原新(いよはら・しん) 文藝春秋』の98ページで紹介されている小説、映画作品です。
そちらの本を読み終えて、動画配信サービスを調べたら、すぐに出てきたのでさっそく観てみました。小説は、『火星の人 アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫SF 1巻・2巻各上・下』です。
物語は、6人のメンバーによるアメリカ合衆国NASA(ナサ。アメリカ航空宇宙局)の火星探検において、砂嵐の発生で、火星にひとりぼっちで残された男性植物学者宇宙飛行士を、みんなで救出する筋立てになっています。
地球の科学者たちみんなが、国籍を問わずに協力し合って、火星に取り残された男性を救い出します。
感動的です。
現実社会では、アメリカ合衆国と中国は仲が悪いようですが、映画の中では仲良しです。
最終的には、アメリカ合衆国が一番という映画です。かまいません。それがアメリカ合衆国の人の誇りであり心の支えなのでしょう。アメリカ合衆国らしい娯楽映画です。
思いつくままに感想を並べてみます。
6人のメンバーで火星の調査をしていたら、砂嵐が起きて、ひとりだけ救出できなかったというところから始まります。5人は、残されたひとりが事故死したと誤認して宇宙船に乗って、地球への帰還の旅に出てしまいます。
火星にひとりぼっちで残された男性は死んだと判断されたのですが、その男性ががんばります。自力で通信装置を回復させて、地球へ電波を送り、いったん亡くなったとされた彼の生存が地球で確認されました。
そのあと、いろいろあります。救出に消極的な組織のトップがいます。まあ、いろいろあります。人間ですから。
映像の火星は、赤い風景です。冒頭に紹介した本には、火星の空の色は、地球とは反対で、昼間は赤く、夕焼けは青い色ですと書かれてありました。
最初のうちは、短時間に砂嵐や事故っぽいものが起きて、なんだかドタバタで落ち着きません。
えらく早い展開です。
火星に取り残された男性宇宙飛行士が、どれくらいの間生きられるか?という、生きるか死ぬかの話です。
以前映画館で類似の映画を観ました。『ゼロ・グラビティ(無重力のこと)』というタイトルで、女性宇宙飛行士が、船外作業中に宇宙服のまま宇宙空間に取り残されてしまいました。
青い地球は見えているのに、地球にかえることができません。そんな設定でスリルがありました。映画ですから、彼女は、最後は無事に地球へ帰還します。なかなかいい映画でした。
上司と部下とか、職務命令とか、組織ですから、外部の目を気にしたいさかいがあります。トップはメンツにこだわります。(対面(たいめん)、名目(めいもく)、世間体(せけんてい))
権力者は、自分や組織の身を守るために、自分たちにとって都合の悪いことは隠そうとします。隠蔽(いんぺい)です。
観ていて、人間というものは冷たいものだと思います。見捨てる命があります。組織の上層部にいる人に、いい人はいません。それが人間です。
まあ、現実的なことを考えると、むずかしい問題です。映画だから、人道的なことを言えるということもあります。
無難な策をとりたがるリーダーに対して、『あんたは、腰抜けだ!』という言葉が飛び出します。
生き残りのドラマです。
残された男性宇宙飛行士は、排泄物を肥料にして、地球から持ち込んだ気体から水をつくりだして(水素と聞き取れましたが自信はありません)、じゃがいもを育てるという農業を始めます。人間の居住地であるテントのような構築物の中で畑をつくります。
生きようとする気持ちがあります。
『ここで(火星で)死ねるか!』ガッツがあります。
『ソル』さきほど紹介した定時制高校を舞台にした本の物語に書いてあったので、映画を観始めてすぐに理解できました。
火星における一日の単位がソル(約24時間40分です。映画では、ソル561ぐらいまで時間が経過します。火星における521日間です。
この映画は、2時間ちょっとの長さですが、映画の中では何日も時間が過ぎていきます。宇宙船の移動には日にちがかかるのです。
火星の風景は、オーストラリア中心部にある砂漠地帯のマウントオルガとか、エアーズロックを見るようです。赤い砂漠の上に赤い岩盤のような山が見えます。
科学的なアイデアでのりきる。
電波のスピードはどれぐらいなのだろうかと考えていたら、映画の中で、地球からの交信は、32分後に、火星にいる彼のもとへ届くというようなセリフがありました。ネットで調べたら、電波は、光と同じ速度だそうです。かなり速い。
火星に残された音楽とゲームが孤独をまぎらわせてくれます。ただ、男性宇宙飛行士は、女性船長が残した音楽は古すぎると、何度も嘆きます。
『火星は君のものだ』
植物を育てたら、星の所有者になるという理屈だそうです。
ふと思いました。
自分が死ぬまでの時間を楽しむ。
地上にいても同じです。
孤独なようで孤独ではありません。
通信装置は稼働しています。
火星の地上にあるものとしてハブ:建物のことだろうと思いました。小型の火星基地みたいになっています。
命がかかっているのですが、もともと宇宙飛行士には死の危険が隣り合わせであるわけで、自ら(みずから)がその仕事を選んだわけで、覚悟はできているのでしょう。
最悪死ぬこともある。宇宙飛行士以外でもそういう職業はあります。
映画の中では、こどもたちや家族を大事にするセリフが多いのに、アメリカ合衆国ではどうして離婚する人が多いのだろうかと不思議でした。
『オデッセイ』の意味は、『長い冒険旅行』だそうです。原題は、『The Martian(火星人)』です。
ヘルメス:5人のメンバーが、火星から地球に帰るために乗船している宇宙船の名称。
後半のクライマックスは緊張感が走ります。
映画ですから、話をもりあげるために、製作側の思惑(おもわく。計略。意図(いと))どおり、救出作戦はうまくいきません。いろいろ障害が発生します。
インターセプト:捕(と)らえる。宇宙空間で、火星から脱出した男性宇宙飛行士を捕らえる。つかまえる。(素手(すで)で捕まえるようなものです)
アイアンマン:アメリカ合衆国映画、空を飛ぶヒーロー。
最後の見せ場はかなり良かった。
すごいなあ。対象者を宇宙空間で確保しました。
『会えて良かったです』本当に良かった、とても良かった。
ひとつの小さな植物の芽が映像に出ます。朝顔の種から出てきた芽に形状が似ていました。
先日観た草薙剛さん(くさなぎつよしさん)出演のドラマ、『罠の戦争(わなのせんそう)』でも、植物学者のような国会議員秘書見習いみたいな若者が出ていて、伏線として、植物の話が流れていたことを思い出しました。
どちらも新しく生まれてきた命を大切にしようというような意味合いがあるのでしょう。