2024年05月13日

宙わたる教室(そらわたるきょうしつ) 伊予原新

宙わたる教室(そらわたるきょうしつ) 伊予原新(いよはら・しん) 文藝春秋

 本の帯を読むとどうも定時制高校のお話らしい。
 まだ、自分が二十歳前後の頃、定時制高校に通っていた親族がいて、一度見学に行ったことがあります。また、大学の夜間部も見たことがあります。
 なんというか、年齢がさまざまでした。昼間の学校のように、学年に応じた年齢の生徒・学生のかたまりではありません。年齢層の幅がとても広い。夜間の大学では、60代の男性もいました。彼は、片道2時間半ぐらいかけて、遠方にある港町のご自宅から電車で休まず通学されているということでした。それだけ、学習意欲が強い人たちが集う(つどう)学校でした。
 定時制高校にしても大学の夜間部にしても、勤め先の企業や組織が、通学する社員のためにいろいろ配慮をしてくれていました。仕事の終業時刻が午後4時半ぐらいに設定されていました。企業や組織にとって、優秀な人材を確保して働いてもらって、企業や組織の寿命を継続していくという目的がありました。お金も大切ですが、人材はお金以上に大切な財産でした。昭和時代は、終身雇用の時代でした。

 さて、この小説の出だしでは、柳田岳人(やなぎだ・たけと)という若い人が、定時制高校の授業をサボっているような記述から始まります。タバコも吸っています。
 現実の学生が柳田岳人のようないいかげんな人間ばかりだと誤解を生むような内容ではないことを願って文章を読み始めます。勉強ができないから夜学に行っているのではないのです。経済的に通うことが無理だから夜学に行っているのです。夜学には、昼間の学生に負けない学力をもっている人もおられました。

 第一章から始まって、第七章まであります。全体で282ページの小説です。
 仮想の高校でしょう。都立東新宿高校です。昼間は昼間部の生徒、夜は、夜間定時制の生徒がいます。1学年に1クラスある。クラスの定員が30人。定員割れになっている。5時45分開始、9時に4時限が終了する。一日4時限で、4年間で卒業する。
 
『第一章 夜八時の青空教室』
 柳田岳人(やなぎだ・たけと):21歳。2年生。喫煙者。授業に途中から出席する。愛称、『ガッくん』。麻薬の売買に関与しそうになっている。大麻はやらない。酒はほとんど飲まない。常にシラフ(飲酒せず通常の状態)でいたい。柳田岳人が在籍する2年生のクラスは、在籍者数が18人。本人いわく、自分はごみ収集の仕事をしている。リサイクル作業所。定時制高校を辞めたいという気持ちがある。計算式を解く能力が高いが、文章題問題を解けない。なにか障害があって文章を読めないようすです。

 藤竹:柳田岳人のクラスの担任教師。34歳男性。見た目は頼りない。なでがた。なまっちろい(顔色が白い)。態度はでかい。理科、数学担当。口癖として、『自動的にはわからない』。つかみどころのない人間。頭脳明晰(ずのうめいせき)、冷静沈着。怒らない(おこらない)。論理的な思考で行動する。

 佐藤:藤竹の前の担任教師。メンタルの不調で休職中。

 三浦:定時制高校の退学者。一年で中退。原付、ノーヘル(ヘルメット)で校内を走る。麻薬の売人をしている。
 朴(パク):退学者。一年で中退。三浦と同じく原付、ノーヘル。坊主頭を赤く染めている。麻薬の売人をしている。

 長老:柳田のクラスメート。70代男性。やせこけている。最前列に座っている。だれよりも勉強熱心。

 麻衣:新宿歌舞伎町のキャバクラ嬢。授業中に男性客からスマホに電話が入ると教室を出て廊下に出て行く。

 クラスメート:40代~50代の女性がふたり。ひとりはいつもノートをとっている。もうひとりは東南アジア系小太りでよくしゃべる。ニックネームは、『ママ(フィリピンパブのママのイメージ)』。外国にルーツをもつ生徒が複数いる。かれらは、日本語が不自由である。ほかに、素行不良で全日制の高校をつまみだされた生徒たち。それぞれ、カラフルな髪色にごついアクセサリーを付けている者。授業中は寝ている者。それから、中学校での元不登校組、小中学校でいじめにあった者。集団生活になじめなかった者。アニメオタクが多い。クラスとしてのまとまりはない。

 場所は、東京新宿駅近くの牛丼屋から始まります。
 
 20ページまで読んで、心配していたとおり、おちこぼれの人間たちが定時制高校に通っているような書き方で不快です。
 『こんなとこに(定時制高校)、まともに勉強してるやつなんているかよ』(こんなセリフは書かないでほしい。勉強したくて来ている人間がちゃんといます)
 関係者が読んだら、世間に誤解が広がると怒るでしょう。
 昔、『同情するなら金をくれ』という決めゼリフで大ヒットした、『家なき子』というドラマがありました。その後、似たようなドラマを放映したところ、関係先から猛攻撃を受けて(事実とは違うという理由で)、スポンサーが全部降りて、途中で放送がたちいかなくなったことがあったと思います。

 大麻の価格表として、ヤサイ7500:(乾燥大麻の隠語1グラムの単価(円)7500円)そして、リキッド18000:(大麻リキッド(大麻から抽出された液体)単位は本。1本の単価(円)18000円)
 三浦と朴(パク)は、やくざや不良外国人とのつきあいあり。

 柳田岳人が廃棄物処理工場の職場で暴力を振るいます。定時制高校に通っていることを馬鹿にされたからです。
 柳田岳人は、もともと、周囲の同僚と仲良くしようという気持ちがありません。だからまわりから嫌われます。『金さえもらえりゃそれでいいんだ』(そんな気持ちで働いてほしくありません。仕事は楽で、給料が良くて、休みが多いほうがいいと思っているだけの人間は不祥事を起こします。会社のお金を自分のポケットに入れたりします。まずは、世のため人のために働くという動機付けが必要です)

 柳田岳人が暴力をふるった相手は、暴力を振るわれる前に、定時制高校の生徒を馬鹿にするセリフが出てきます。また、柳田岳人の人格を否定するような発言があります。一般的に、人格を否定された人間は、一生そのことを忘れず、相手を憎み続けます。

 まあ、意図的につくってある物語です。つまらなくなりました。流し読みに入ります。
 
 主人公の柳田岳人に学習障害があるようです。文章を読めない。ディスなんとか。(読み進めていたら31ページに『ディスレクシア』という言葉が出てきました。文字の読み書きが困難。俳優のトム・クルーズ、アメリカ大統領だったブッシュ、映画監督のスティーブン・スピルバーグがディスレクシアという記事を読んだことがあります)だからこれまで、家庭や学校で苦労をしてきた。柳田岳人は、大手電機メーカーの社員である父親に突き放されています。
 柳田岳人は、運転手の仕事に就きたい。ひとりでする仕事がいい。他人とはできるだけ関わり合いになりたくない。
 でも、文章を読めない。運転免許を取得するための教本の文章を読めない。運転実技は合格できても学科試験に合格できない。文章を読めるようになるために、定時制高校に入学した。彼が定時制高校で学ぶ動機です。
 
 藤竹教諭が柳田岳人を導きます。
 文字のフォント(デザイン)で、ディスレクシアの人でも文字や文章を読めることがある。

 まあ、たばこの話が多いです。

 ヒムネ:韓国のことばで、がんばれ。

 柳田岳人は、科学的なことに興味が強い。理科教師の藤竹が、柳田岳人をいい方向へと誘導していきます。
 話が飛びますが、毎週日曜日の午前10時過ぎから、NHKのラジオ番組で、こども科学電話相談が流れています。そのラジオ番組でこどもたちがする質問と柳田岳人の考える質問が重なります。

 自分の長い人生をふりかえってみると、自分がとても世話になった人が何人かいます。逆に、自分が一生懸命世話をして立ち直ってくれた人も何人かいます。人は、やってもらうと、お返しをしようという気持ちになります。
 お世話になった人たちはもう他界されました。世話をした人からは年賀状が届きます。
 歳をとって、今は、特段世話になることも、世話をすることもなくなりました。
 今どきの日本人は、なんだか、人の性質が変わってしまいました。自分が悪いとは定義せずに、うまくいかないのは、自分ではなく、相手のせいだと主張する人が出てきました。
 他者への依存では、いつまでたっても、自活や自立はできません。

 柳田岳人は、普通の昼間の高校に行きたかった。
 『空がなぜ青いのか』を知りたかった。宇宙とか地球のことを知りたかった。雲はどうして白いのか、虹はどうして七色なのか、知りたかった。
 
 教師である藤竹は柳田岳人と、科学部をつくりたい。

『第二章 雲と火山のレシピ』
 以下、定時制高校の生徒として、
 越川アンジェラ:40歳。日本とフィリピンのハーフ。フィリピン料理店、『ジャスミン』を夫婦で営んでいる。店の営業は今年で12年目である。夫は商業高校を出ている。娘が、栄養専門学校に通っている。母が定時制高校に通学している時間帯は、娘が店を手伝っている。夫も娘も、アンジェラの通学に協力している。アンジェラは、『高校』にあこがれて入学した。クラスメートからは、『ママ』と呼ばれている。フィリピンパブのママの印象がある。若い頃は、ホステスをしていたことがある。越川アンジェラは、ほんとうは、小学校の先生になりたかった。

 池本マリ:16歳。愛嬌(あいきょう。人と接するとき、相手に好感を与える雰囲気)がある。中学を卒業して定時制高校に入学してきた。昼間は、清掃業の会社で働いている。ホテルや病院の清掃をしている。父親は日本人、母親はフィリピン人のハーフである。両親はマリが幼いころに離婚した。以降、母親と妹と三人で暮らしている。母親は体調がすぐれない。マリが家族の生活を支えている。大学に行って教師になりたいという希望がある。

 長嶺(ながみね):70代の男性。陰で、『長老』と呼ばれている。

 昼間の女子生徒が教室に入って来て、夜、定時制で自分の机を使っている池本マリが、机の中に入れてあった自分のペンケースを盗んだんじゃないかと言い出す。
 池本マリが知らないと返答する。
 そんなことがあった。

 昼間の生徒は、ブレザーの制服姿ですが、夜の生徒は私服です。柳田岳人は、清掃会社の作業服姿です。

 物理準備室:物理担当藤竹教師の部屋。ここが、なにかの本拠地になるようです。
 みそ汁で、積乱雲をつくる実験をする。柳田岳人と越川アンジェラがいます。
 『対流(たいりゅう)』の実験です。
 
 カラマンシージュース:カラマンシーは、フィリピン方面東南アジアの柑橘系(かんきつけい)果実。さわやかな酸味がある。別名「フィリピンレモン」

 2年2組の黒田玲奈(くろだ・れな):昼間の生徒。黒髪ロング。定時制の生徒をばかにする。定時制の生徒を泥棒扱いする。生活保護者をばかにする。

 べっこう飴を使って、地震発生モデル実験を行う。逆断層、正断層。

 物語に出てくる中学校というところは、いじめがあって、教師たちは知らん顔をしてひどいところです。
 わたしは、中学校は、父親が中1の6月に、いきなり病死したことで、どたばたがあって、3校通いました。最初の中学校にいじめはありませんでした。転校した次の中学校もいじめはありませんでした。さらに転校した3校目もいじめはありませんでした。だけど、先生の体罰がありました。けっこうきつい体罰でした。体罰があったから生徒がおとなしくしていたということはありました。まあ、そんな時代でした。親も教師の体罰を容認していました。思うに、第二次世界大戦中の軍国教育が、終戦後30年間ぐらいは尾を引いていたのだと思います。

 キムワイプ:アメリカ製のふきんみたいな布。油をふきとる。藤竹の物理準備室に置いてある。

 『じゃぱゆきさん』という言葉が出てきます。フィリピン生まれの女性が、日本に渡って風俗の仕事をするのです。
 わたしは逆に、『からゆきさん』という言葉を知っています。九州の西海岸地方で生まれた女性が、東南アジアの国へ行って風俗の仕事をするのです。小説作品があります。『サンダカン八番娼館 山崎朋子 文春文庫』、映画にもなりました。
 どこもかしこも、女性は、売られる扱いです。

 倉橋先生:小学校の先生。越川アンジェラがこどもの頃に世話になった。

 火山の噴火実験をする。重曹(じゅうそう)と酢を使う。

 短い推理小説にも似た書き方です。

『第三章 オポチュニティの轍(わだち)』
 オポチュニティ:チャンス、良い機会、タイミング

 名取佳純(なとり・かすみ):定時制高校1年生。三人家族。母と姉。父親は、佳純が7歳のときに出て行った。母がおかしい。姉と妹を比較して、妹を差別する。佳純は中学時代不登校になった。中学3年生からリストカット(カミソリで手首を切る。自殺企図だが死ねない)を始める。定時制高校は、5月23日から保健室登校になり、3週間が経過している。教室は1A。

 佐久間:定時制高校保健室の先生。養護教諭。読んでいて最初保健師かと思いましたが、元看護師でした。いろいろわけありです。髪を真っ赤に染めている。30歳より上ぐらい。

 松谷真耶(まつたに・まや):定時制高校一年生。この子もわけありです。リストカットの常習者。なお、名取佳純も同様の常習者です。年齢は、名取佳純より1歳上ですから、17歳ぐらいか。全身黒づくめで、肩までの黒髪にピンクのメッシュ(髪全体に薄いピンク色をつけてある。立体感が出る)。起立性調節障害(自律神経の異常)がある。全身がだるい。立ちくらみと頭痛がする。松谷摩耶のバイト代を、母親が、パチンコと酒に使う。(とんでもない母親です)

 <来室ノート>:保健室に置いてあったノート。4年間ぐらいだれも書き込みをしていなかった。保健室登校をしている名取佳純が書き込んでいる。(定時制高校にも保健室登校というものがあるのかと驚きました)
 火星の話です。
 ソル:火星における一日のこと。約24時間40分
 ハブ:火星での居住施設
 星を継ぐもの:イギリスのSF(サイエンス・フィクション)作家ジェームス・P・ホーガン(1941年(日本だと昭和16年)-2010年(平成22年)69歳没)のSF小説。
 EVA:宇宙服を着ての船外活動(施設外活動)
 火星の人:アメリカ合衆国のSF作家アンディ・ウィアー(1972年生まれ(昭和47年)51歳)の作品。アメリカの小説家。火星の人は、2011年発表(平成23年)
 
 定時制高校を火星とし、ハブを保健室とする。名取佳純は、ハブでしか、呼吸ができない。
 名取佳純は、EVAを着て、教室に行く。決死の覚悟がいる。
 
 過換気:発作的に息苦しくなって、呼吸が早くなる。
 過呼吸:緊張、ストレスで、呼吸の深さが増加する。
 
 熊太郎は長いこと生きてきて、一度だけ、リストカットというものを見たことがあります。手首に無数の細い切り傷がある人でした。わたしには、理解できない行動です。心の病気です。よっぽどひどい目にあったのでしょう。自殺するために切ったというよりも、自分を傷つけるという軽い傷の付き方でした。自傷行為で心が満たされる。異常です。
 この物語では、リストカット常習者の松谷摩耶が、名取佳純に、『(自分たちは)同類だね』と声をかけます。

 夏への扉:1956年(昭和31年)発表のSF作品。アメリカ合衆国SF作家ロバート・A・ハインライン(1907年(明治40年)-1988年(昭和63年)80歳没)。タイムトラベルもの。1970年(昭和45年)と2000年(平成12年)を行き来する。3月に放送が終わったドラマ、『不適切に問ほどがある!』みたいです。

 アイザック・アシモフ:アメリカ合衆国の生化学者(生物化学)、作家。1992年(平成4年)72歳没。
 アーサー・C・クラーク:イギリスのSF作家。2008年(平成20年)91歳没。作品として、『2001年宇宙の旅』

 いろいろむずかしい言葉が多い。
 アムカ:アームカット。腕を傷つけること。
 
 ふと気づいたのですが、『リストカットの痕(あと)』と、この章のタイトル、『オポチュニティの轍(火星探査車のわだち)』が、重ねてあるのです。痕(あと)も轍(わだち)もどちらも、『これまで生きてきた証(あかし。軌跡)』なのです。

 物理準備室で、科学クラブの実験です。
 『火星の夕焼けを再現する』という実験です。
 透過光(とうかこう):透明な物体を通した光。

 オデッセイ:『火星の人』を原作としたハリウッド映画。2015年(平成27年)のアメリカ合衆国のSF映画。(この本を読んだあと、動画配信サービスで観ました。アメリカらしい豪快な映画でした)
 
 100ページで、この第三章の部分のタイトル、『オポチュニティの轍(わだち)』の意味が解き明かされます。味わいがあります。
 オポチュニティ:火星で活動する無人探査船の名称。オポチュニティの轍(わだち。左右に3つずつの車輪の2本の跡(あと))が、人生の軌跡と重なります。
 火星探査船オポチュニティを擬人化してあります。オポチュニティは、遠く離れた火星で、ひとりぼっちでがんばったのです。火星の写真をたくさん撮って、地球に送ってくれたのです。
 オポチュニティは、2003年(平成15年)7月に打ち上げられ、2004年(平成16年)に火星に到着した。運用期間3か月の予定だったが、気がつけば、14年間火星での旅を続けてくれた。
 2018年(平成30年)、オポチュニティは、大規模な砂嵐に襲われて、太陽電池がダウンして、機能が停止した。
 2019年(平成31年)2月、NASA(アメリカ航空宇宙局)は、ミッション終了を宣言した。
 オポチュニティは、調査中に、前輪を一つ失ったり、砂だまりにはまりこんだり、原因不明の電力低下に見舞われたり、数々の困難に直面したが、克服し続けた。
 『この子(オポチュニティにたとえて)は、自分の後ろに続く轍(わだち)を見て、ただ孤独を感じたわけではないのだ。きっと、もう少しだけ前へ進もうと思ったに違いない……』オポチュニティの背後には、地球に応援してくれる仲間がいた(NASAのスタッフメンバー)。この子にも、仲間が必要だ(定時制高校科学部の生徒)。
 
 108ページにいいことが書いてあります。共感します。
 『……わたしの第一の仕事は、学校の中で子どもたちを死なせないこと……』
 小学生や中学生をもつ親が教師に望むことは、『生きて卒業させてください』ということです。勉強も運動もできなくてもかまいません。いじめや体罰や事故でこどもが死んだら、親は教師や学校を許しません。

 トリアージ:おおぜいの負傷者が出たとき、患者の状態に応じて、治療や搬送の順位を決めること。

 レイリー散乱(さんらん):地球の空は青い。夕焼けは赤いという理由の説明があります。昼間は、波長の長い青色の光が散乱する。日没時は、太陽光が大気を通る距離が長くなり、散乱されにくい赤い光が生き残って夕焼けになる。火星ではその逆になるそうです。火星の昼間は赤色の空で、日没のころは青い夕焼けだそうです。空気が薄い、塵(ちり)が多いことが理由だそうです。

『第四章 金の卵の衝突実験』
 長嶺省造:定時制高校二年生。昭和23年生まれ。74歳。金属加工の会社を自営で経営していたが、70歳で会社経営を閉じた。子どもはふたりで、孫がいる。福島の常磐炭田(じょうばんたんでん)の炭鉱町で育った。炭鉱が斜陽化したためもあり、中卒で、集団就職で東京に来て町工場でがんばった。37歳で独立した。父親は10歳のときに炭鉱事故で亡くなった。

 長嶺江美子:長嶺省造の妻。『じん肺(仕事中に大量の粉塵(ふんじん。ほこり、金属の粒(つぶ)などを長期間吸い込んで肺の組織が壊れた)』で現在は入院中。退院はいつになるのかわからない。学歴は中学卒業。青森から集団就職で上京して、タイル工場で10年間粉まみれで働いた。高校に行きたかった。

 木内:50代。英語教師

 正司麻衣(しょうじ・まい):定時制高校二年生。いつもスマホをさわっている。

 昭和三十年代から四十年代、日本の高度経済成長期にあった、地方に生まれた中学卒業者男女を列車に乗せて都市部へ就職させるという『金の卵』という歴史を振り返ります。長嶺省造夫婦が紹介されます。
 現在の六十代以上で体験者がいると思います。こちらの本では、青森、福島の東北地方ですが、九州の鹿児島あたりからでもありました。電車に乗せられて延々と都会まで義務教育卒業の男女のこどもたちが運ばれていくのです。当時、新幹線はなかったか、あっても東京・大阪間で、今ほど普及していませんでした。みなさんたいへんな思いをされました。
 いっぽう、もともと都会暮らしをしていた人たちは、景気がいい時期で、生まれてから歳をとるまでずっと貧困暮らしを体験したことがないという人もいます。人は、生まれる場所で人生の過ごし方が大きく変わります。
 
 物語の中の学校では、世代間の対立が、くっきりと出てきて、荒っぽい言動も出てくる表現になってきます。世代間衝突です。
 老齢者は、いまどきの若いもんはと定時制高校に来ても勉強しない若い人たちを𠮟りつけ、若い人は、自分たちのことを何も知らないくせにうっとおしいと高齢者の世代を攻めます。
 気づくのは、貧困という苦労はあったけれど、昭和時代の若い人には未来への夢があった。地方から出て来てがんばって、じっさいに経済的に豊かになった人が多い。ところが、今の若い人には、未来への夢がないということです。
 社会制度とか社会秩序が変わりました。人口構成も大きく変化しました。
 この部分を読んでいて思ったのは、昔は、たいてい、まわりにいるみんなが、同じように貧乏だった。
 今は、貧富の差とか、学歴・学力の差が、極端に分かれてしまった。格差というのでしょう。
 わたしが高校生の頃、大学進学にあたって、家が経済的に苦しい母子家庭だったので、日本育英会の奨学金を申請しました。審査のために面接があったのですが、今はどうか知りませんが、当時は集団面接で、面接会場に行ってみたら、同じ高校に通っている顔見知りの生徒がたくさんいて、なんだおまえもかという雰囲気になり、みんな貧乏なんだなあとお互いにお互いを思った次第です。あんな、頭が良くてかっこいい奴でも、家は貧乏なんだなあです。いいとこのボンボンなんていない田舎でした。

 クレーター実験。砂地に鉄球を落とす。

 食えん:ずるがしこくて油断ができない。

『第五章 コンピューター室の火星』
 昼間部の高校生が出てきます。2年2組です。定時制の柳田岳人と同じ机を共用しています。
 丹羽要(にわ・かなめ):高校2年生17歳ぐらい。この子もわけありです。学力が高かったのに、いろいろあって低レベルの高校にしか入学できなかったと嘆いています。家庭が壊れています。両親はケンカして父親が家を出て行き、弟は素直ないい子だったのですが、荒れて、家庭内暴力で暴れています。丹羽要は、自宅に帰りたくない。昼間の高校のコンピュータークラブの部員です。部員とはいえ、まあ、ひとりぼっちです。陰キャらのパソコンオタクだと書いてあります。

 第五章を読み終えたときに思ったことです。(読みながら感想をつぎ足しています)
 社会に出ると、学校で何があったかはまったく問題になりません。
 学校であったことは、社会では、関係ないのです。
 社会では、年齢層の幅が広い、人が多い、広い空間で自分の居場所を探します。
 学校で何があったかなんて気にすることはありません。
 社会に出ると、一日一日、日にちがたつごとに、学校のことは、日常生活から遠ざかっていきます。そのうち学校に通っていたことも忘れてしまいます。
 
 山崎:丹羽要の前の席に座っている。

 河本(こうもと):コンピュータークラブの部員一年生。一年生部員3人のうちのひとり。丹羽要を入れて、実質4人しかコンピュータークラブの部員はいない。

 津久井:昼間の高校の数学教師。コンピューター部顧問。

 コンピューター室:別棟の校舎にある。4階にある。以前は、地学実験室で使用されていた部屋である。室内には、白いパソコンがずらりと並んでいる。隣に、コンピューター準備室がある。
 藤竹教師が、コンピューター準備室の天井パネルをはずして、実験の下準備をしている。
 定時制のメンバーが利用している物理準備室は同じ建物の2階にある。

 エンカウント:ゲーム用語で、「敵との遭遇(そうぐう)」のこと。
 アルゴリズム:手順、計算方法、問題解決の手法
 筐体(きょうたい):機器の箱
 
 日本情報オリンピック:丹羽要がチャレンジしている。プログラミング能力を競う。数学・物理の大会、『科学オリンピック』の種目のひとつ。『国際情報オリンピック』日本代表の選考を兼ねている。

 定時制の科学部が、コンピューター準備室を実験で利用したい。数か月間毎日利用したい。
 拒否反応を示すコンピュータークラブの丹羽要です。

 定時制の科学部は、実験成果を、学会で発表したい。(毎年5月に開催される日本地球惑星科学連合の大会にある高校生セッションで発表したい。セッション:期間、時間
 実験では、『火星を作る』作業を行う。
 
 最小二乗法(さいしょうじじょほう):わたしには説明できる能力がありません。ご自分で調べてくださいな。データをとって、グラフ化するようです。もっとも確からしい結果を表現するようです。

 リム:クレーター作成実験で、鉄の玉を砂地に落とすと、砂がはじかれて、円形に穴があき、その穴のふちが盛り上がるのですが、その盛り上がった部分をリムと呼ぶようです。
 ランパート・クレーター:リムのまわりに、エジェクタ堆積物が花びらみたいに広がった状態をいうようです。
エジェクタ:排出。エジェクタ堆積物を研究者は、『ローブ』と呼ぶ。
 
 火星のランパート・クレーターを実験室で再現する。

 丹羽要と定時制科学部との間で、コンピューター準備室の利用について衝突があります。
 丹羽要は、パソコンがあればしたいことができるのですが、自宅にある彼のパソコンは、弟の家庭内暴力で破壊されてしまったそうです。だから、学校のパソコンをどうしても神経を集中できる静かな環境下で使いたい。
 丹羽要の弟は、母親は殴らない。自分を守るために、親を殴るかわりに、物をぶっこわしている。(おそろしいけれど、かわいそうでもあります。暴力ではなにも解決しません)
 弟の名前は、『衛(まもる)』。兄の要が高一のとき、衛は中一だった。半年ほどで不登校になり、家の中の物を破壊する家庭内暴力が始まった。
 丹羽要は、小学三年生の時に、システムエンジニアだった父親が、中古のノートパソコンを要にくれたことがきっかけでプログラミングを始めた。
 
 丹羽要の両親の性格:ふたりとも、自分の考えが常に正しいと思っているタイプの人間。
 
 藤竹:大学研究者。席はまだ大学にある。(無給)。なにやら事情があって、定時制高校で教師をしている。

 秘密兵器:滑車のこと。

 タワー・オブ・テラー:ディズニーシーにあるアトラクション

 重力可変装置:重力の力を変えることができる装置と理解しました。火星の重力をつくる。

 加速度計:部費の予算1万円で買ったそうです。

 食えん:ずるがしこくて、油断できない奴。

 第五章まで読んで、第三章まで戻ることにしました。
 実験装置のことが文章で書かれています。
 絵本なら実験装置の絵が描いてあるでしょうから、すんなりわかりますが、文章ではわかりにくいというか、わかりません。
 第三章から流し読みをしながら、自分で、いらなくなった紙の裏に実験装置の絵を描いてみます。

 トロ舟:一般的には、セメントをこねる容器に使用するようです。長さ1m四方ぐらいのプレスチック容器のようです。長方形かもしれない。
 乾燥珪砂(かんそうけいしゃ):石英の粒(つぶ)。陶磁器、ガラスの原料。
 クレーターの形成実験:鉄球をトロ舟に落とす。鉄球が隕石(いんせき)のつもり。鉄球は、直径4cm、3cm、2cmがあるが、藤竹は、4cm以上のものがほしいらしい。
 高さ2mから直径4cmの鉄球を珪砂に落とすと、鉄球がくぼみに沈んで頭を出す。頭のまわりに、輪ができる。砂が持ち上げられて、放出された砂がたまる。たまった砂が盛り上がった部分を、『リム』という。くぼみは直径が10cmぐらい。
 鉄球の運動エネルギーとクレーターの直径には、比例関係がある。そこからスクーリング則(そく)という話になるのですが、わたしには理解できません。規則的なものがあるのでしょう。

 科学部のメンバーはさらに、砂の固まりを加工して(お湯で溶かした寒天を流し込んである)、色付けをした砂を地層のように扱います。下から、緑色、青色、赤色、茶色とし、火星の地面を表現します。そこへ鉄球を落とします。同心円状に飛び散った4色の砂の飛び散り方の規則性を調べます。

 次は、鉄球の発射装置の図面です。溶接やネジやバネをつくる製造業をしていた長嶺省造のアイデアが登場します。上等なパチンコ、下に向けて撃つとあります。
 科学部のメンバーで研究して、全国的な学会で発表して、栄誉をもらうという人生の思い出づくりをするのです。学会は年に一度千葉市にある幕張メッセで開催されるそうです。(幕張メッセには行ったことがあるので、身近に感じます)
 鉄球発射装置は、台のような形で、トロ船の上に設置する。アルミの4本足の上に木の板の台がある。代のまんなかに穴が開いている。穴の中に直径20cmの塩ビ管が通してある。
 塩ビ管の上に、幅広ゴムが十文字に設置してある。このゴム紐(ひも)の弾力で、鉄球を飛ばす。
 塩ビ管の下に、速度測定装置(光センサー使用)が取り付けてある。
 3m50cmの高さが必要になるから、コンピューター準備室の天井のパネル板をはずして、実験装置をつくる。滑車を利用する。数か月間、同室を利用する。
 この装置のことを、『重力可変装置』と呼ぶ。火星の重力を再現する。

 直径50cm~60cmのプラスチック製たらいに、粒(つぶ)が非常に細かい砂が入れてある。砂は、火山灰のつもりである。砂は、水気(みずけ)を含んでいる。砂の火山灰が100gに水が56gでつくってある。越川アンジェラがなんどもチャレンジして適度な火山灰をつくった。

 櫓(やぐら)のようなもの:メンバーいわく、『秘密兵器』。てっぺんに自転車のホイールがはめてある。
 ホイールには、金属の細いワイヤーがかけてある。ワイヤーの両端に金具で木製の箱が取り付けてある。片方は長辺が40cmほどの箱で、もう片方は、一片15cmの箱で、小さい箱のほうが軽い。これを、『重力可変装置』と呼ぶ。大きいほうの木箱を、『実験ボックス』と呼ぶ。大きいほうの木箱を落下させる。底に4cm角ほどの加速度計が取り付けてある。小さいほうの箱は、おもりの役割を果たす。火星の重力が発生するように砂を入れてある。(地球の0.38倍)

 火星は意外に小さい。半径が地球の半分ぐらいしかない。大気は二酸化炭素で、地表の気圧は地球の0.6%しかない。休眠状態の微生物とか、地中で生きている生命体がいる可能性はある。寒い。赤っぽい地面ばかりしかない。質量は地球の10分1。

 加速度計:物体の加速度を測定する装置。1万円ぐらい。
 
『第六章 恐竜少年の仮説』
 相澤(あいざわ):藤竹の友人。准教授。ふたりは、東都大学の同期生。オフィスの主人。ずんぐりした体と短い指をしている。藤竹は、東都大学大学院理学研究科で無給の学術研究員の立場にある。藤竹の研究テーマは、『天体衝突と惑星の進化』
 奥多摩の雪景色が見えるオフィスには、探査機『はやぶさ2』、金星探査機『あかつき』、月周回衛星『かぐや』のプラモデルなどが飾ってある。時は、2月である。
 
 JAXA(ジャクサ):宇宙航空研究開発機構。
 宇宙科学研究所:所在地は、神奈川県相模原市(さがみはらし)。
 アカデミア:大学や公的機関で働く研究者。教授、准教授など。
 日本地球惑星科学連合大会:千葉市幕張メッセで5月に開催される。
 
 藤竹の実験:定時制高校に科学部をつくるということ。定時制高校に科学部をつくり、どんなことが起きるのかを観察する。

 首肯(しゅこう):うなずくこと。

 メンバーの多様性:メンバーが同じような能力だと伸びない。

 逡巡(しゅんじゅん):決心がつかずためらう。

(ちょっと横道にそれます)
 たまたま先日の夜、BSフジのプライム・ニュースという番組を見ていたら、JAXA(ジャクサ)の人たちが出ていて、今年月面に着陸したSLIM(スリム。小型月着陸実証機)についてお話をされていました。ちょうどこの本に出ていた組織なので興味をもって見ました。
 AI(エーアイ)みたいなもので、着陸20分前に相模原市のJAXAから指示を出すと、あとはSLIM(スリム)が自分自身で判断して月面に着陸していくそうです。
 横流れしながら着陸して転倒した状態で静止した。計画していたとおりの姿勢での着陸ではなかったが、太陽光発電は利用できる状態だった。
 月面の温度は昼100℃以上、夜は、-170℃前後だそうです。
 地上では、事前にいろいろなパターンを考えてあって、実際の状況があてはまるパターンで淡々と処理を進めていくというようなお話でした。冷静沈着、機械的でもありますが、落ち着いて実行していくのです。
 宇宙開発は基本的には、『ものづくりです』という言葉を聞いて、この物語に出てくる74歳の定時制高校生長嶺省造さんを思い浮かべたのです。

(では、もとに戻ります)

 文章を読みながら装置のイメージ図を紙に書いているのですが、だんだんわからなくなってきました。
 実験ボックス(大きいほうの木箱→透明のアクリル容器に変更した。側面が扉のように開く。長辺40cmの箱である)にデジタルカメラをつける。
 コンピューター準備室の角(すみ)に、角材で組まれた櫓(やぐら)がある。
 天井パネルが2枚はずされている。
 その穴に、櫓の頭が少しつっこんでいる。
 天井の穴から、自転車のホイールが下半分だけ見える。
 櫓の高さは3mである。
 滑車にワイヤーが釣り下がっている。ワイヤーの片方に実験ボックス、もう片方におもりの役目の小箱が付いている。
 火星の重力は、0.38Gである。
 その持続時間は、0.6秒である。
 実験ボックスの中に、標的の砂(これがなにかわかりません→その砂を、火星の地表として、0.38Gの環境をつくって、隕石にたとえた金属球を撃ち込むのだろうか)を入れたプラスチック容器を入れる。
 実験ボックスが滑車で落下する間に、上から金属球の弾(たま)を打ち込んで、クレーターをつくる。
 実験ボックスの上に、金属球の発射装置を付ける。実験ボックスと金属球の発車装置は、一体である。両者は一体となって落下する。
 発射装置は、スプリング式空気銃の仕組みを応用したものとする。
 発射装置はアルミ製の筒で、長さは20cmぐらい、内部に、強力なばねとピストンが仕込まれている。(こどものころ、竹でつくった水鉄砲みたいです)
 押しつぶしたばねが、元に戻る力で(伸びる)ピストンを押し出し、圧縮された空気が弾を撃ち出す。
 この発射装置が、実験ボックスの上ぶたに金具で取り付けられている。
 アクリル製実験ボックスの箱の上に、アルミの筒が立っている。アクリル箱の上ぶたには、筒から弾を通すための丸い穴が開いている。
 引き金にばねを取り付ける。収縮したばねが動かないように小さな金属の留め金でとめる。留め具と櫓の最上部とを紐(ひも)でつなぐ。実験ボックスが、紐の長さまで落下したときに、留め具がはずれて、ばねが引き金を引いて隕石にたとえた球が、火星の地表にたとえた砂に向かって発射される。
 紐は、細くてがんじょうなチェーンにした。チェーンの長さで、引き金を引くタイミングを調整する。誤射を防ぐ安全装置も装着した。製造業を職としていた長嶺省造さんのアイデアと技術です。
 ストッパーである留め具はアルミ製にした。
 
 ランパート・クレーター:この意味がなかなかしっくり頭に入ってきません。花びら状のクレーター。
 二重ローブのクレーター:円形が二重になっているクレーター。まずひとつ円形があって、さらにひとまわり大きな円形が囲む状態でしょう。
 
 名取佳純の性質・資質・性格として:記録魔です。いつどこでだれがなにをどうしてそうしてどうなったのかをていねいに記録します。たぶん、こういう人って、古代大和朝廷の時代からいたと思います。そういう人たちが文書を残してくれたおかげで、昔の歴史をふりかえることができます。

 ドライアイス:火星の二酸化炭素の氷とする。
 間隙率(かんげきりつ):すきま。火山灰の粒子の間のすきま。ちょっとむずかしくて、わたしにはわかりません。
 昇華量:ドライアイスが蒸発することだと受け取りました。
 マハブランカ:フィリピンの伝統的なスイーツ。ココナッツミルクでつくる。お豆腐みたいに見えます。
 
 220ページまで読んできて、話がうまくいきすぎている感じがします。(このあと、波乱が訪れて、研究が中断します。冒頭の定時制高校退学者ふたりがコンピューター準備室に乗り込んできて、実験装置を破壊します。バカヤローたちです)

 224ページ、読んでいて、脳の中で登場人物たちが生きている感覚があります。
 実験装置を壊されて、メンバー同士の諍い(いさかい)があります。

 おもりの小箱を手動で操作するのをやめて、電磁石を導入した。
 
 藤竹の思考と苦悩が明かされます。
 以前ノーベル賞を受賞したアメリカ合衆国在住日本人のお話と共通します。日本では、しがらみがあって、研究に専念できないのです。
 読んでいて共感します。今年になって政治家の派閥が大きな問題になりましたが、それは、国会だけのことではなくて、日本中いたるところにある組織で行われていることです。
 基本的に、大学ごとという学閥で、グループで集まって、師匠と弟子の関係ができて、自分たちの利益のために物事を決めていきます。師匠のポストを弟子が引き継いでいく手法です。派閥に入れない者は、能力があっても排除されます。自由度が低い。また、上司にあたる人のいうことに従わないと上司がもつ人事権で排除されます。
 税金とか保険料とか、そんなお金という、『砂糖の山』に、みんなでアリのように群(むら)がって、権利を得て、関係者でお金を分け合うのです。そこに正義はありません。不合理、不条理、理不尽な世界が広がっています。
 生き残るためには、パワハラやセクハラになどに耐えて、気持ちに折り合いをつけていくことが必要です。忍耐と順応です。それが現実です。

 エリート:優秀とされる人。指導者の立場になる人。人口1億2300万人の日本人から選ばれた人。
 233ページに重い言葉があります。『エリートという連中は、真っ当なレールの上を歩んでこなかった人間が自分たちの足もとまでのし上がってきた途端、手のひらを返して蹴落としにかかるものだ……』

 人の足をひっぱって、快感を味わいたいとう類(たぐい)の人間がいます。心の中に、鬼が住んでいる人がいます。

 夜、9時15分に教室に集合して、みんなで話し合って、困難を克服します。心を割っての、本音での話し合いはだいじです。
 藤竹はこどものころ、恐竜少年だった。科学に興味があった。
 裕福な家のおぼっちゃまだった。
 東京世田谷区の一戸建てに生まれて住み、中高一貫の私立高に通い、大学に入った。(本では東都大学ですが、現実では東京大学でしょう)。
 父は大手ゼネコンの研究職、母は小学校教師をしていた。
 そんな話から、学歴差別の話へとつながれていきます。藤竹さんが推す(おす)人物は、高等専門学校卒であったために、研究の実績をなきがものとされて不利益をこうむります。藤竹さんに推(お)された人物と柳田岳人のキャラクター(個性)が重なります。
 
 教師という人たちは、人に点数をつけることが仕事の人たちです。
 成績の点数結果で人間に上下のランクをつけます。
 勉強ができる頭がいい人たちがつくる世界です。
 大きな組織では、『本流(主流派)』とか、『支流(非主流派)』などと表現することもあります。
 学歴とか成績で人間を色分けします。思いやりなどというものは、あるようでありません。利害関係でつながります。そういう世界があります。

 ツーソン:メキシコとの国境に近い。藤竹のアメリカ合衆国での就労先。アリゾナ大学の研究員。藤竹は、上司にさからったので、日本の学術派閥から排除された。
 ポスドク:期限付きの研究者
 
 なんというか、想像力とか発明とかいう能力は、学歴とは関係ない時があるのです。そのことひとつについて、生まれながらのずば抜けた能力がある。だけどそのこと以外のほかのことは何もできないという人はいます。
 ひととおり、なんでも平均点のことはできるけれど、ずばぬけた能力はないという人もいますが、それはそれで、会社や組織にとっては使い勝手がいい人であり、わたしは、すばらしい能力をもった人だと判断しています。

 柳田岳人の言葉には説得力があります。
 なにかをやるときに、具体的な理由とか理屈なんてないのです。
 『やりたいからやる』のです。

 アスペクト比:モニターなどの画像において、縦横の比率。1対2とか、3対とか。
 解析(かいせき):細かく調べる。

 実験では、想定外の結果が出ることがあるそうです。(なるほど)
 深い意味合いがあります。
 藤竹にとっては、定時制高校のメンバーを科学部に集めて研究をしたら、集まった人間たちによってどのような効果が生まれるかという実験をしているのです。目の前の火星をつくるという実験はそのための素材に過ぎないのです。
 252ページに藤竹さんの言葉があります。『人間は、その気にさせられてこそ、遠くまで行ける』
 
『第七章 教室は宇宙をわたる』
 最後の章まできました。ずいぶん長い文章になってしまいました。疲れました。
 根気よく最後まで読んでいただいた方には感謝します。なにかの役(やく)に立てたら幸いです。
 さあラストスパートです。(最後のがんばり)

 小説の舞台は、JR京葉線海浜幕張駅南口から幕張メッセ国際会議場へと移ります。
 自分も何度か訪れたことがある場所と地域です。
 車を運転して、海浜幕張駅まで人を送ったこともあります。読んでいて、親しみを感じます。
 初めて行ったのは、息子がまだ小学生のときで、4年生ぐらいだった記憶です。
 ふたりで、大恐竜博展を観たあと、プロ野球の球場を横目に歩き、海岸辺りをぶらぶらしました。
 その時は、もう二度とここへ来ることはないだろうと思いましたが、縁があって、その後何度も訪れました。

 物語の中では、定時制高校のメンバーが発表会に参加します。『日本地球惑星科学連合大会』です。
 この章では、柳田岳人(やなぎだ・たけと)が語り手です。彼のひとり語りが続きます。彼の気持ちが表現されます。

 『火星重力下でランパート・クレーターを再現する』
 研究メンバーは、東京都立東新宿高校定時制課程、柳田岳人、名取佳純、越川アンジェラ、長嶺省造です。発表者は、柳田岳人と名取佳純です。

 真空チャンパー:内部を真空にするための容器。
 標的:攻撃目標。ただ、こちらのお話の場合は、仮定した火星の地表とか地中のことをさすようです。

 読んでいて思うのは、『オタクの世界』です。
 オタク:こだわりがある対象をもち、対象物に時間やお金を集中する人。まあ、だれしもそういうところはあるでしょう。

 物語ですので、当然ですが、メンバーたちの研究成果は表彰対象となります。
 お笑いコンビティモンディ高岸宏行さんの決めゼリフ、『やればできる!』を思い出しました。
 『見えるか、先生。獲ったぞ。(とったぞ)』
 
 あの日あの時あの場所で、あの人に会わなければ、今の私はなかったということがあるし、会ったがために、ひどい目にあったということもあります。幸運な人に出会うことは良縁です。不運な人に出会わないためには工夫が必要です。
 自分が人を見るときのものさしがあります。その行動を見て近づかいないように気をつけている人がいます。たばこを吸う人にいい人はいない。ながらスマホをする人にいい人はいない。ありがとうを言わない人にいい人はいない。お酒飲みも避けたほうがいい。長い間生きてきての教訓です。
 奇人でもいいから善人と付き合う。悪人と思われる人とは距離を開ける。不利益に巻き込まれないようにする。
 物語にある、『部屋』の文章の部分を読みながらそう思いました。部屋=人との出会いの空間です。

 282ページ、夢のような(実現性のない)話ではあるという感想で読み終わりました。

『作者あとがき』
 さきほど、実現性のない夢と書きましたが、実話のモデルがあるそうです。びっくりしました。
 2017年の日本地球惑星科学連合で実際にあったお話をモデルにしてこの小説ができあがっているそうです。
 大阪にある定時制高校がチャレンジして成功をおさめています。『重力可変装置で火星表層の水の流れを解析する』がタイトルでした。すごいなあ。立派です。

(その後 98ページに記事がある映画、『オデッセイ』を動画配信サービスで観ました)
 物語は、火星にひとり残された男性植物学者宇宙飛行士をみんなで救出する物語になっています。
 地球の科学者たちみんなが、国籍を問わずに協力し合って火星に取り残された男性を救い出します。
 感動的です。
 現実社会では、アメリカ合衆国と中国は仲が悪いようですが、映画の中では仲良しです。
 最終的には、アメリカ合衆国が一番という映画です。かまいません。それがアメリカ合衆国の人の誇りであり心の支えなのでしょう。アメリカ合衆国らしい娯楽映画です。
 オデッセイ:意味は、『長い冒険旅行』だそうです。映画の原題は、『The Martian(火星人)』です。
 小説は、『火星の人 アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫SF 1巻・2巻各上・下』です。
 こちらの本の登場人物の名取佳純(なとりかすみ 16歳 中学不登校 リストカット女子)が、『火星の人』を読んで、へこんだ気持ちが助けられるわけですが、小説とかマンガを読むことで、励まされたり、心が救われたりすることってあります。音楽や映画でも同様です。ですから、人間にとって、芸術や娯楽は大事です。お笑いも大事です。  

Posted by 熊太郎 at 06:49Comments(0)TrackBack(0)読書感想文