2020年04月29日

たおやかに輪をえがいて 窪美澄

たおやかに輪をえがいて 窪美澄(くぼ・みすみ) 中央公論新社

 好みの作家さんです。

 酒井絵里子52才ホームセンターでパート就労、夫は54歳で企業で物流課長、ひとり娘が20歳大学2年生、「(娘との関係として)凪のじょうたい(なぎのじょうたい)」と表現があるように、生活が落ち着いてきたのはいいけれど、それとなく、主婦の孤独感があります。主人公である主婦の未来に夢がみられません。

 ご主人が、「渋谷ブルーベリージャム」という性風俗のお店で遊んでいるかもしれない証拠が洋服だんすから発見されて物語が始まりました。あわせて二十歳の娘さんも、陰で派手な行動があるかの気配です。

 「雨が降ってくるように頭の上から赤ん坊の泣き声がした。」という独特な出だしが最初の一文です。
 最初のわずか2ページで、状況説明が克明に行われました。感嘆しました。
 
 夫が風俗に行くお金はどこから出ているのだろう。読んでいてだんだんさみしくなってきました。(このあとのページで、「夫は今までいくら費やしたのだろう」とう文章が出てきました)
 
 52歳パート主婦酒井絵里子の日常が本人によって淡々と語られ続けます。スラムのようなすさんだ生活が見えてきます。きちんとした文章が延々と続きます。すごい筆力です。恐れ入りました。
 同窓会、顔の整形手術、LGBT、親友の離婚、性生活、男性遍歴、心の病の気配まで感じます。話題は尽きません。
 夫とのなれそめ付近の記述がゆるいのは意図的なものか。夫への強い愛情はなく、父の癌による看病と父の死を迎えて、そのときはなんとなく、今の夫に寄りかかったのか。

 わからないことがあったら、言葉を発して相手にたずねればいいだけなのに、この家族は、夫婦、親子間で、それができない。

 夫婦は、似た者同士がいっしょになったほうがいい。

 夫婦は、同じ方向を見ていないと離婚が近くなる。

 結婚に向いている人と、向いていない人がいる。

 男の風俗遊びは、「そんなこと」だし、あわせて、「ふつうの男なら」、男の体はそういうふうにできているということもあります。書中にもありますが、風俗通いと浮気・不倫は異なる。風俗で働く女性は、男性の介護職という理屈にもうなずけます。

 いろいろと、ここまできちんとしゃべる女性たちはなかなかいません。小説だから表現できる世界があります。

 重苦しい妻の時間帯が続きます。

 作家さんは、ぶちまけた材料をこれからどのように回収していくのだろう。

 妻は、家出をしたあとの最初の朝、どんな気持ちになるのだろう。
 それは、事実ではなく、夢想のようにも思える記述内容です。非日常という旅の体験を空想のなかだけでする。鹿子(かのこ)さんは、実在しないのではないかという感覚があります。静岡の下田には行ったことがないので、類似の土地を想像しながら読んでいます。

 人それぞれかなと思うこともあります。この本は主婦層向けなのでしょう。

 再婚した夫が死んだら、夫の遺言には、前妻と前妻との間にできた実子へ手厚い相続が記されていたということがあるのだろうか。でも、あるのだろう。死んだ夫としては、前婚の離婚の原因が自分にあるから償うとしたのだろう。そしてやっぱり、自分の血がつながっているこどもは可愛いのだろう。

 いろいろあるのだろうけれど、配偶者が亡くなれば、最後はひとりになります。離婚しなくても、夫が死ねば、あるいは妻が死ねば、最後はひとりです。

 女性の自立、夫に依存しない、自分の人生を歩く。作品からのメッセージです。主人公は解決策を模索して力強く実行していきます。この本は、だれかの人生を変える一冊になるのかもしれません。

 風俗嬢のつらさがあります。お金のために割り切って働く。女性がする男性相手の仕事です。期間と金額目標を決めて、その間をがまんする。自分の仕事に誇りをもつ。前だけを見る。

 風俗に通っている夫を許しがたいという下地が、作品づくりとしては、動機がゆるいかなと思われる作品でもあります。
 最後付近は、ばたばたと駆け足でした。
 結末は読者の想像にまかせるパターンで終わっています。うーん。自分としては、ハッピーエンドにはしたくない。
 
 調べた言葉などとして、「CCクリーム:肌の色、素肌を美しくコントロールする軟膏。BBクリームが、傷を修復する軟膏」、「コンシーラー:局所的に用いる化粧品。シミ、クマ、にきびあとなどのカバーで用いる」、「チュニック:丈が長めの上着」、「ポータルサイト:玄関、入口、インターネットのウェブサイト」、「ジェノベーゼ:香草バジリコ。パスタ」、「ランチョンマット:一人前ずつの食器をのせる敷物」、「ブルートゥース:近距離無線規格。Wi-Fiワイファイみたいなもの」、「ギムレット:カクテル。ジンがベース。ライムジュース、シロップ」、「曖昧模糊:あいまいもこ。あやふや」、「夏目漱石の『門』親友を裏切って親友の妻と結婚してひっそり暮らす男の話。『三四郎』『それから』『門』の三部作」、「キンパ:キムパプ。のりでごはんを巻いた韓国料理。のり巻き」、「アールグレイ:紅茶」、「フューシャ―ピンク:あざやかに輝くピンク」、「ベルガモット:柑橘類。ミカン。香料にする」、「アッシュブラウン:グレーに近いブラウン。髪染めの色」、「チーク:頬紅」、「デパコス:デパートで販売されているコスメ(化粧品)」

 印象的だった言葉などとして、「だからどうか、このまま何も起こりませんように」、「土曜日の今日はどこか宝石の硬さを感じさせるような青空が広がった。」、「(主婦をさして、主婦は)気持ち悪い。男の面倒をみて、毎日、家事に子育て。それは、家政婦の仕事」、「日本の女性はやせすぎ」、「風の子と水の子:風俗の女子と水商売の女子」、「夫と自分の関係は、伸びきったゴムのようだ」、「未熟な親が未熟な子どもを育てる」、「社会問題は、自分の人生に起こったことじゃない。関係ない」、「今は、やりたいようにやらせて」、「ネガティブシンキング」、「男って馬鹿。男は弱い。男ははけ口を求めている。男は甘えたい」、「男は強がって無理をしながら生きているというような表現」、「こどもに対して怒らない親は親じゃないというような趣旨の記述」、「いくら好きでも最後にはいっしょには死ねない」、「結婚生活から卒業したい」、「子育てなんて後悔ばかりだ」、「話半分で聞きなさい(偽りや誇張があるので、事実は半分ぐらいだろうということ)」、「見た目にこだわる。ファッションとかお化粧とか。こだわったほうが、自分のためになる」
  

Posted by 熊太郎 at 06:42Comments(0)TrackBack(0)読書感想文