2018年06月21日

羊と鋼の森 映画館

羊と鋼の森(ひつじとはがねのもり) 映画館

 本を読んでから2年半が経過していますのであらすじを忘れています。映画を観ながらこういう内容だったかなと疑問をもちながら、それでもまあいいかと最後まで観ました。物語では、ふたごの姉妹の話が中心だったような記憶がかすかに残っています。

 複雑な内容です。譲る者と譲られる者が、調律師とピアニスト、それが、姉と妹、兄と弟と重ねてあります。表に出るスターは、支えられる人、裏に隠れているのは、スターを支える人、そして、人間の大部分は支えて生活を営む人たちです。

 せごどんが、出ていたのでびっくりしました。それから、吉行和子さんは先々週観た「家族はつらいよⅢ」でお元気だったのに、この映画ではセリフもなく亡くなってしまいました。でもいい味、出てました。

 人生は哀しみに満ちている。ぐずぐずいう外村君はわたしのタイプではありません。それでも、そういう人は多い。
 両親の死と愛犬の死でひきこもりになっているピアノ弾きの青年がいる。彼をサポートして、彼の笑顔を見て、この仕事をやって良かったと満足する外村君がいる。
 
 タイトルのネーミングがこっています。よく、こういうタイトルを作者は思いついたものです。羊の毛がフェルトで、鋼が弦で、そのふたつをつなげる木材が調律師のつなぐ役割で、その全体がダンパーで音を消す。ピアニストと聴衆をつなげる役割が調律師です。このへん専門ではないのでもしかしたら違うかもしれません。

 雪の日、雪景色、大空の大きな雲が映像の特徴です。

 外村君はメモ魔です。よく見かける新人の様子です。メモをすると心が落ち着く。

 木の名前、草の名前、花の名前を知っていることは大事なこと。

 おばあさんが見ていたものは、森の奥にある樹齢何百年も経つ大樹。神が宿っている。

 ピアノで食べていくんじゃない。ピアノを食べていくんだ。

 先輩から後輩への伝承を重視するメッセージがあります。

 才能は、好きということ。

 放映開始前に出てくる、とむとむとパンパカパンツのキャラクターがなかなかおもしろく、好みです。



2016年1月2日付けの読書感想文です。
羊と鋼の森(ひつじとはがねのもり) 森下奈都(もりした・なつ) 文藝春秋
 直木賞候補作です。
 いっき読みをしてみます。今、平成27年12月29日(火)午後2時19分です。

(つづく)

 今、42ページに入ったところです。
 ピアノの調律師のお話です。北海道出身、江藤楽器で働く、まだ見習い程度の技術者外村(とむら)男性20歳が主人公です。
 羊は、ピアノの弦を叩くチューニングハンマーの素材となる羊の毛を指します。鋼(はがね)が弦(げん)でしょう。森とは音楽のことです。物語の最初付近では、「森はない」、しかし「森の匂いはする」というような表現から始まります。外村はまだ、高校2年生、山奥の中学を出てひとり暮らしをしながら高校へ通学しています。

 外村は、ふたごの姉妹と出会いました。高校生の佐倉和音(かずね。おとなしい。普通の演奏音)、由仁(ゆに。色彩に満ちている。笑みあり。おもしろい)です。

 この本を読みながら、自分も読書のBGMにピアノ曲を流しています。モーツアルト、ピアノ協奏曲第20番ニ短調という曲です。百田尚樹著「至高の音楽」を読んで手に入れました。美しくて印象深い旋律です。

 気に入った表現として、「ホームランを狙ってはいけない」、「音楽という森の入口に立った僕」

 わからなかった言葉として、「オンコ:樹木の種類。イチイ、これもまたわからない。20mぐらいになる高木。(以前、別の少年少女向け物語で出ていたこわい木がイチイであったことを思い出しました。)」、「馥郁(ふくいく):よい香りがただよっているさま。馥郁たる音色」、「テレパス:テレパシー、精神感応」、「オルフェウスの神話:オルフェウスという楽器と歌がうまい人が、愛する亡き妻を現世に戻そうとしてあの世と交渉してその途中で失敗したお話」、「僥倖(ぎょうこう):偶然の幸い」

 (この物語は、恋愛ものだろうか、それとも殺人推理サスペンスものだろうか。)

(つづく)

 午後3時59分、1時間40分が経過しました。今、113ページ付近を通過中です。モーツアルトピアノ協奏曲は、20番、27番と演奏が終わりましたが、再び、20番をかけて、聴いています。ピアノの音に集中する。タンタンタン・タンタター、切ない響きが繰り返される。

 原民喜(はら・たみき)さんという作家さんのことが出てきますが存じ上げません。彼の目指す文章は、登場するふたごのセットを表しています。おとなしい・明るい、厳しい・深い、夢・現実、相対立するものを両立させる。そこには、困難さがあります。本来、姉妹とか兄弟はライバルです。(後半部分で、音楽と文章表現のリンクがあるのですが、実感が湧きませんでした。)

 調律のテクニックの記述部分は素人なので読んでもわかりません。職人さんの世界です。

 外村の先輩調律師柳さんが、「公衆電話の不自然な緑色」が嫌いというのは、何か深い暗示があるのだろうか。メトロノームで助かったとあります。

(午後5時7分、用事ができたので読書は中断)

(午後6時30分から読書を再開して、同時40分に読了しました。)

 舞台の町、最初は東北地方と思いましたが、どうも道内のようです。
 ピアノ調律師に限らず、広く、働くとはどういうことか(生きがい)、だれのために働くのか(対外的にはお客さま)を考える、あるいは、示唆する内容の小説でした。柳さんという調律師さんが味わいを出していました。

 人それぞれのピアノ(音楽)に寄せる思い、思い出がエピソードとして織り込まれています。ジャンルとしての音楽小説です。北海道を舞台とした大自然との共生もありました。一人前になるには歳月がかかる。

 筋立てはかなり苦しい。ふたご姉妹の未来の夢は対比としてありえない。どちらもスターを目指して競争することが実情です。スターになれないからといって、最初から日陰のポジションを望むことはしない。ましてや相手の引き立て役にはならない。相手はライバルです。身を引く態度は真意ではありません。アニメ「タッチ」を思い出しました。

 音楽の入口に若者たちがようやく立ったというポジションの小説です。もっと、奥へ。

 恋を抑える部分があります。恋は抑えきれない。全体がハッピーな仕上がりで、ほんわかした物語が好きな方向けです。
 悪人は登場しない物語です。三浦しおんさんの辞書を素材にした作品「舟を編む」とか、佐藤多佳子さんのオルガンを素材にした「聖夜」などと合い通じる雰囲気があります。