2022年11月30日

太川&えびす路線バスの旅 日光~松島 2009年

太川&えびす ローカル路線バス乗り継ぎ人情ふれあいの旅 第5弾 栃木県日光~宮城県松島 2009年(平成21年9月5日放送分の再編集再放送) BSテレ東

 もうずいぶん前に放送された番組の再放送ですが、この回の番組を観たのは初めてです。
 番組を観た時に、ちょうど、わたしたち夫婦も宮城県仙台市へ旅行に行く予定があったので参考になりました。(番組の放映は11月15日(火)夜7時でした)

 ゲストは、藤田朋子さんで、三泊四日の間、ずーっとお元気で明るい方でした。

 このころ読んでいた本が、伊坂幸太郎作品『ペッパーズ・ゴースト』で、松尾芭蕉(まつお・ばしょう)の存在が、こちらの番組内容と重なりました。
 『ペッパーズ・ゴースト』では『ハラショー、アメショー、松尾芭蕉』というセリフが何度か登場します。相手が自分たちの仲間であることを証明する合言葉であろうと理解しながら読みました。

 番組は、自分も何度か訪れたことがある日光駅前からスタートです。
 バス車内の会話です。えびすよしかずさんの修学旅行の行き先は、東京で、後楽園遊園地で遊んだことがあるそうです。
 わたしも、小学6年生のとき、関東に住んでいて、小学校の修学旅行で後楽園遊園地に行ってジェットコースターに生まれて初めて乗った思い出があります。気持ちよかった。クラスの男子と盛り上がりました。

 えびすさんは撮影当時60歳で(今はたしか75歳ぐらい)、三人の年齢を合わせると155歳だそうです。
 えびすさんが、藤田朋子さんに『けっこういってるんだねー』と冷やかしの声をかけます。
 2009年の放送ですから、ロケから13年間ぐらいが経過しています。過去へのタイムトラベル(時間旅行)のような雰囲気の面もあります。
 もしかしたら、すでになくなっているバス路線もあるかもしれません。
 ふりかえれば、いい時代があったと思いたい。

 番組では、いなかゆえに、いなかのルールがあります。(バスは、山間部乗り降り自由)
 町営のバスは、停留所がありません。時刻表があるようで、見当たりません。
 バス路線のルート上で、手をあげれば、そこで停まって(とまって)のせてくれます。毎日だいたいこの時間でバスが通るというのが時刻の目安だそうです。時刻表は必要ない。バスは、待っていれば来る。
 あそこでおろしてと運転手に伝えれば、そこで降りることができます。(番組では、乗客だった女性の家の前で停まりました)
 バスは、時間どおりには来てくれないこともあります。
 自然渋滞もあるし、事故渋滞もあります。
 ゆえにお客さんの数が少ないということもあるだろうと推測しました。
 それでも、利用する人はいます。

 途中、地元の人から太川陽介さんは、榊原郁恵さんと歌番組の司会をやっていたよねと声をかけられました。NHKの『レッツゴーヤング』という番組です。1978年(昭和53年)-1986年(昭和61年)でした。
 当時職場の独身寮で暮らしていたわたしは、女性アイドルファンであった隣の部屋のK君に誘われて、2回、榊原郁恵さんのコンサートを市民会館に聴きに行きました。そういえば、最近ときおり話題になる桜田淳子さんのコンサートにも行きました。ずいぶん体が細い人だと思った記憶が残っています。

 番組は、まるで、役所回り、バス営業所回りのような旅のしかたです。
 県や自治体の境界線を越えるとバス路線がありません。(町営バスとか市営バス)
 見ていて思ったのは、(自治体の)区域にこだわるのは、役所の人と行政関係者を中心とした一部の人たちだけではなかろうかということでした。
 庶民は自由自在に市町村や都道府県、国境を越えて移動しています。区域を限って、互いを比較したり、競争したり、評価したりすることは、人類全体にとっては、あまりいいことではない気がします。地球はひとつで、いいのではなかろうか。境界線を越えて行き来して、互いに交流してもいいのではなかろうか。

 栃木県内のバス移動で出てくる地名は、二十歳ぐらいの頃、友だちとレンタカーを運転して回ったときに見た地名がいくつか何度も出てきてなつかしかった。今市(いまいち)とか黒磯とか、日光、鬼怒川(きぬがわ)あたりを車でうろうろしました。

 映像では、日本の典型的な田舎の風景が広がります。
 里山があって、田んぼがあって、川があって、橋があります。
 道は曲がりくねっていて狭い。狭いけれど、車は少ない。
 路線バスでの移動はたいへんです。遠いなあ。栃木県→福島県→宮城県と移動します。
 太川陽介さんの好きな言葉として『頻繁(ひんぱん)』『(路線)バスが頻繁にある』
 
 道ばたで、立ったまま朝ごはんを食べる三人です。
 手にはおにぎりとかパンがあります。
 近くのコンビニで買いました。

 バスの車内で、女の人がえびすよしかずさんに年齢当てで『(えびすさんは)38歳に見える』と言います。
 えびすさんが『(あなたは)スナックかなにかで勤めているでしょう』と返します。えびすさんは60歳です。
 会話のキャッチボールが楽しい。

 『阿武隈川(あぶくまがわ)』という川の名称は、小学校だったか、中学校だったかの社会科の時間で習いました。

 バス車内の会話です。二十歳の男の子でした。
 『(このへんは)雪が多いから、夏に成人式をやります。浴衣(ゆかた)で参加します。』(なるほど)

 いなかルールです。
 バスが遅れても気にしない。(50分遅れとか、1時間半遅れとか。気にしない。バスに乗る人は急いでいない)

 えびすさんが、車の廃車置き場でまたいらぬことを言います。
 『バスの墓場みたい』

 地元の人が、鉄道を使えない番組ということを聞いて『罰ゲームみたいですね』
 別の場所で、鉄道を使えないというルールを聞いた別の人から『めちゃめちゃだね』

 映像に映る(うつる)仙台市内は都会の風景でした。
 道路の車線は複数で幅員が広い。

 えびすよしかずさんが足を痛めて湿布(シップ)を足にはったのですが、ひざ下の足の皮膚にはれずに、ズボンの裏地にひっくりかえったシップ薬がくっついていたのが笑えました。えびすさんは天然でおもしろい。笑いの天才です。

 宮城県松島海岸での夕陽の映像がきれいでした。
 自分たち夫婦の旅行の予定では、最初は仙台市内だけ見て帰るつもりでしたが、松島海岸まで足を伸ばしてみることにしました。
 テレビの映像は2009年で、東日本大震災(2011年3月11日(平成23年))が起きる前のロケなので、今は風景がロケ当時とは変わっているかもしれません。(旅行から帰ってきてから調べたところ、湾という地形、複数ある島が防波堤代わりになってくれたことで、津波の力が弱められたそうです。海に近い瑞巌寺(ずいがんじ)が避難所として利用されたそうです)

(この番組を観た数日後 松島海岸の遊覧船に乗りました。遊覧船乗り場から見えた赤い橋があるあたりは、絶景でした。そのときの写真です。松尾芭蕉さん(1644年-1694年 50歳ぐらい没)が、あまりにも美しい景色だったので、俳句づくりで言葉が見つからなかったという『松島や ああ松島や 松島や』と俳句を詠んだ(よんだ)ことが納得できました。なんてきれいな景色なんだろう。その後:松島の俳句は「田原坊(たわらぼう)という人の作品だそうです。松尾芭蕉と並んで記事があったので誤解されたというような解釈を読みました。そうかー たぶん、松尾芭蕉さんだって、言葉がその場ですぐには見つからなかったに違いない)






  

2022年11月29日

クリスマスツリーから富士山

クリスマスツリーから富士山

 名古屋駅前に設置されたクリスマスツリーの写真です。
 昨年のクリスマスツリーは純白でした。
 夜間はライトアップされて、さらにきれいになるのでしょう。
 昨年は、クリスマスツリーを見たあと、博多駅へ向かいました。
 今年は、クリスマスツリーを見たあと、仙台駅をめざしました。



 いいお天気で良かった。
 新幹線車内から見えた富士山です。







 長いこと生きてきましたが、仙台を訪れたのは初めてです。
 旅の記録の整理ができたら、ブログにアップしてみます。

  

Posted by 熊太郎 at 06:27Comments(0)TrackBack(0)宮城県

2022年11月28日

ちいさなもみのき 福音館書店

ちいさなもみのき マーガレット・ワイズ・ブラウン/さく バーバラ・クーニー/え かみじょう ゆみこ /やく 福音館書店

 12月が近くなってきたので、孫たちへのクリスマスプレゼントにするための絵本探しです。
 読み終えましたが、この本はちょっとプレゼントには向きませんでした。
 100年ぐらい前の風景・光景を下地にしてつくられたお話です。
 宗教色が強い。

 バンビ(鹿)とラビット(うさぎ)が出てきます。
 でも、ちっちゃなもみのきが主役です。

 春夏秋冬の四季があります。
 そして、自然環境があります。
 『育つ』というメッセージがあります。『はぐくむ』です。
 自分がこどもの頃は、漢字の『育』という文字を使った名前の人たちが数人いましたが、最近のこどもの名付けでは『育』を使用したお名前は見かけなくなりました。
 名付けにおいては、漢字の意味よりも、音の響きで、漢字をどれにするか選択するように変化していると感じます。
 まず、音の響きがあって、次に漢字をあてるのです。
 いいとかわるいとかはありません。
 名付けられたこどもさんが成長するにつれて、こどもさん自身が判断して感じることです。

 夏が7回過ぎた。
 秋が7回過ぎた。
 7回目の冬が来た。
 
 どういうわけか、小さなもみの木は、もみの木が林立している地域から少し離れたところで1本だけで生えています。
 小さなもみの木は、異質な存在です。
 仲間はずれのようでもある。
 標準ではない。
 
 男の人が現れて、小さなもみの木を抜いて、自宅に持ち帰って、クリスマス用のもみの木として使用します。もみの木の根っこは付いたままです。
 植え替えて、使用したあと、また元の場所に戻すのです。
 (切らないのか)
 なにか、下地になる実話があるのでしょう。

 ああ、家には、病気の男の子がいるのか。
 ひとりぼっちの男の子と、ひとりぼっちのもみの木の出会いがあります。

 冠婚葬祭の儀式の重要性が説かれています。
 人が集まるきっかけがあります。
 コロナ禍とか人離れの今どきの世情のなかにあって、過去への回帰が望まれているような気持でページをめくっています。

 クリスマスキャロル:イエス・キリストの誕生を関係した歌。祝う歌。讃える歌(たたえる)

 キリスト教の外国文化です。

 もみの木の移動は『留学』のようでもあります。
 移動して、学んで、元に戻って、成長していきます。

 ちちくさの種:茎や葉を切ると、乳のような液体が出る植物。

 絵本の絵を見ていると、朝の散歩で行く森の中にある大きな桜の樹木を思い出します。

 また、別の絵を見ていると、朝の散歩で見かける街路樹を思い出します。
 大きくなり過ぎた桐の木を切って、除去して、あとには、サルスベリを植えますと、こないだ桐の幹に表示が掲示されていました。
 しかたがありません。

 樹木と同様に、人間にもやがて静かな老境(ろうきょう。老年時代)が訪れます。

 楽譜のページが何枚かあります。
 讃美歌でしょう。

 1993年(平成5年)発行の本でした。
 アメリカ人である作者は、1910年生まれ(日本だと明治43年)で、42歳で亡くなっています。
 絵を描いた方は、1917年生まれ(日本だと大正6年)で、2000年(平成12年)にお亡くなりになっています。  

Posted by 熊太郎 at 07:11Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2022年11月24日

さむがりやのサンタ レイモンド・ブリッグズ

さむがりやのサンタ レイモンド・ブリッグズ さく・え すがはらひろくに やく 福音館書店

 クリスマスプレゼントにする絵本をさがします。
 ちびっこ(まごたち)に贈ります。
 この絵本はどうだろうか。
 読み始めます。

 1974年(昭和49年)発行だから、ちと古いだろうか。
 外国の4コマ漫画の連続のようなつくりの絵本です。
 主人公はサンタクロースのふとっちょおじいさんです。
 とうぜん、ひげぼうぼうです。
 白いくちひげです。

 作者はイギリスの人ですから、絵本の中に立派なバッキンガム宮殿が出てきます。
 今年お亡くなりになったエリザベス女王が思い出されます。
 王室の方たちもなにかとたいへんそうです。
 この絵本の作者も今年8月に88歳でお亡くなりになっています。
 
 サンタクロースはまじめな善人というわけではなさそうなところがおもしろそう。
 仕事がきらいみたい。
 (クリスマスが嫌い(きらい)そうなサンタに見えます)
 現実的です。仕事は楽で、給料が良くて、休みが多いほうがいい。

 朝起きて、着替えて、朝食をとって……
 仕事が嫌でもちゃんと準備はします。
 絵本の色がきれいです。
 絵本を読みながら、ちびっこたちと雑談の話がはずみそうです。
 トナカイがいて、ネコがいて、ポチ(犬)がいます。

 トナカイが引くそりでの移動がたいへんです。
 サンタもトナカイも雪の中、雨の中、霧の中で、前進します。

 サンタはえんとつが嫌いだそうです。
 えんとつから入るのが嫌だそうです。
 ほーっ。そうだったのか。
 まあ、そりゃそうでしょうなあ。

 プレゼントのお礼にジュースが置いてありました。
 (でもサンタは不満そうです。お酒のほうがいいらしい)
 
 クリスマスの夜、サンタは、世界中を回ります。
 
 讃美歌があります。(神さまを讃える(たたえる)歌)
 日本人のちびっこに讃美歌のことがわかるだろうか。

 サンタは仕事が終わりました。
 いっぱい(一杯)のビールがおいしい。満足されています。オヤジのようでもあります。
 ごちそうもあります。
 でも、ひとりぼっちです。(さみしそう)
 ネコのクロちゃんと犬のポチがベッドに来てくれました。
 ラストは、サンタが読者に話しかけてきます。
 おもしろい! ちびっこへのプレゼントは、この絵本にしよう。
 さむがりやのサンタでした。  

Posted by 熊太郎 at 06:28Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2022年11月23日

一つの花 文・今西祐行 絵・鈴木義治

一つの花(ひとつのはな) 文・今西祐行(いまにし・すけゆき) 絵・鈴木義治 ポプラ社

 第二次世界大戦の戦争体験者だから書ける内容です。
 幼女が、戦争に行く若い父親から、お別れの時に、一輪(いちりん)のコスモスの花をもらいます。
 泣けてくるお話です。
 そして、戦争反対を訴える絵本です。

 ちっちゃなゆみ子さんが、初めて覚えた言葉が『ひとつだけちょうだい』です。
 物資不足の戦争中で、食べ物が少ない。だから『ひとつだけちょうだい』です。

 空襲があります。
 敵機(てっき)が空から爆弾を落とします。

 だれも戦争を止められません。
 今のロシアが仕掛けた戦争のようです。

 かなり、せつない。
 『おとうちゃん、へいたいちゃんに なるんだって、バンザーイって……。』

 人は花に祈ります。
 人は花に願いを託します。(たくします)
 『花』は『命』であったりもします。

 これを書いている今は、ちょうど絵本に出てくるコスモスの花が咲くような時期です。
 毎朝、散歩のときにコスモスの花を見かけます。(この部分を書いてからちょっと時間が経過してしまいました)
 
 おとうさんは、戦地から帰ってきませんでした。
 おとうさんは、コスモスの花になったのです。

 ゆみ子さんは大きくなって、結婚して、いつかお母さんになることでしょう。

 ふと、お葬式のときに、棺桶の中に、みんなでたくさんのお花を入れたことを思い出しました。
 去年のことです。二か月続けて義父母を見送りました。

 最後のページに作者の書いた「あとがき」があります。
 この作品を昭和27年に書いたそうです。(1952年。戦後7年)
 終戦時に建っていたみすぼらしい家のまわりをいっぱいのコスモスの花とオシロイバナが囲んで咲いていたそうです。
 作者は2004年(平成16年)に81歳でご逝去されています。(ごせいきょ)
 絵の担当の方は2002年(平成14年)に89歳ぐらいでご逝去されています。
 絵本はいつまでもこの世で読み継がれていきます。平和がなによりです。  

Posted by 熊太郎 at 07:59Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2022年11月22日

出川哲朗の充電バイクの旅 北海道十勝平野縦断

出川哲朗の充電バイクの旅 北海道十勝平野縦断 2022年10月15日東京地区放送分 テレビ東京

 ゲストの井上咲楽(いのうえ・さくら)さんは昆虫食をする女性です。
 以前、太川陽介さんと村井美樹さんの路線バスVS鉄道で、井上さんは鉄道チームに属して、昆虫食べるの大好きの井上さんを村井美樹さんが見て、村井さんが複雑な表情をされていました。道を歩いている途中で虫を見つけると、虫を食べたい語りが始まって立ち止まってしまうのです。 今回の充電バイクの番組でもセミを食べたいというようなことを発言されていました。

 今回のこの番組では、井上咲楽さんは、ちょうどおいしいバーベキューが始まる頃に登場されたのでラッキーでした。登場のタイミングがバッチリでした。
 ふたりそろってのサウナのシーンもおもしろかった。熱波のシーン、それから、水風呂のシーン、うろたえる出川さんがおもしろかった。いっぽう井上さんは、キモチイーイ!を連発されていました。

 井上咲楽さんは、日曜日は新婚さんいらっしゃいに出てらっしゃいますが、なかなかお上手な進行ぶりです。 

 ロケをした時期は炎天下の夏です。
 先日動画配信サービスで観た『内村さまぁ~ず』で、出川哲朗さんがクイズ問題に電話出演で解答をされていました。今、羽田空港に向かっていて、これから北海道へ充電バイクの撮影に行くと言っていたので、そのときに、今回の十勝平野縦断ロケに挑戦されたのでしょう。

 ナイタイ牧場というところから浦幌神社(うらほろじんじゃ)というとこまでの経路です。

 バックグラウンドミュージックが、観ている自分の世代に合っていてとても良かった。
 山口百恵さんの歌は、もう10年ぐらい前に車通勤をしていた頃、帰路でいつもハンドルを握りながら聴いていました。CDを何枚も持っていて、きょうの帰り道はどれを聴こうかと選んでいました。なつかしい。郷愁に誘われました。

 映像を見ていてだんだん自分が北海道を訪れた時のことを思い出しました。
 『音更町(おとふけちょう)』というところには、昔訪れた時に、大きな花時計がありました。
 『十勝川温泉(とかちがわおんせん)』というところでは、自分たちはホテルに泊まりました。
 
 帯広ばんえい競馬の夜の撮影シーンが力強かった。
 出川さんは馬券が当たって良かった。馬番3番が1着的中です。すばらしい!

 北海道らしい広々とした景色が続きます。

 豚丼(ぶたどん)のところでは、近所の人たちも外に集まって、ものすごい大歓迎です。
 ちびっこたちも元気です。

 後半のゲストは、石原良純さんでした。
 出川さんと石原さんは、昔はご近所だったそうで、ご縁(えん)とはそういうものかと思いました。
 縁がある人とは、いつまでたっても結ばれています。

 ワインの池田城がなつかしい。
 33年前ぐらいにレンタカーで訪問しました。
 今もあるということは、管理・運営がきちんとなされているのでしょう。地元自治体の行政が管理されているようです。
 スタッフメンバーは変わりながら、ワイン城の人生を継続させています。
 映像を見ていて、わたしが33年前に訪問したあとにこの世に生まれたであろう人たちがそこで働いておられたのでしみじみするものがありました。
 もう薄らいでいく旅の記憶の復活がありました。