2021年11月16日

春にして君を離れ アガサ・クリスティー

春にして君を離れ アガサ・クリスティー 中村妙子訳 早川書房

 アガサ・クリスティー:1890年(日本だと明治23年)-1976年(昭和51年)85歳没。イギリスの推理小説家。「春にして君を離れ」は、1944年の作品(昭和19年)

 ジョーン・スカダモア:主人公女性。48歳ぐらい。夫は弁護士のロドニー・スカダモア。長男がトニー(ローデシアでオレンジ園経営。ローデシアはアフリカザンビア、ジンバブエあたり。既婚)、長女がエイヴラル(既婚)、次女がバーバラ・レイ(バクダッド居住。既婚)、バーバラの夫がビル・レイ。こどもの名がモプシー。ジョーン・スカダモアは、女学生時代はコチコチの堅物だったらしい。スカダモア家は、代々弁護士の家柄だそうです。

 ブランチ・ハガード:主人公女性の聖アン女学院同級生。学生時代は美少女でモテモテのアイドルだった。今は、落ちぶれて60歳ぐらいに見える。若い獣医ハリー・マーストンと不倫、その後保険会社員トム・ハリデーと結婚した。こどもが、レンとメアリ。その後、こどもたちを置きざりにして、ジョニー・ぺラムと駆け落ちをした。自称過去は男好きだった。現在の夫は、ドノヴァンである。
 ブランチ・ハガードはジョーン・スカダモアから25ポンド借金したことがあり、いまだに返済していないし、再会した今も返す気がない。仕事は本づくり。ウォレン・へースティングの本。フランクリンの伝記などをてがけた。
 15年ぶりに偶然再会したふたりの女性の比較で物語は始まります。

 (時代設定は、あとでわかることですが、第二次世界大戦1939年(昭和14年)イギリスとドイツの戦争開始前ぐらいです)

 ふたりの再会場所は、イラクの首都バクダッドからロンドンへの行程にある砂漠に建つイラク側に建つ鉄道宿泊所(テル・アブ・ハミドというところにあるレストハウス)です。
 ジョーン・スカダモアは、バクダッドから離れる旅。ブランチ・ハガードは、バクダッドに向かう旅です。イラクにあるレストハウスから車で、トルコにある鉄道駅へ行きます。汽車は、月・水・金に駅を出ます。
 ふたりは親しいわけではない。ジョーンのほうは、ブランチのことを良くは思っていない。ブランチはジョーンから借りたお金を返していない。

 主人公の女性ジョーン・スカダモアの一人称ひとり語りで話は進行していきます。

 マナー・ランドルフ:ジョー・スカダモアの夫ロドニー・スカダモアのテニス仲間だった。彼女は、アーリントン青年と婚約した。

 ジョーン・スカダモアとブランチ・ハガード、ふたりの比較が続きます。女学生時代と今、現在の状態、ふたりは仲良しではなく、知り合い程度で、ジョーン・スカダモアは、ブランチ・ハガードを昔から良くは思っていない。どちらかといえば、会いたくない人です。
 見栄の張り合いです。(見栄:みえ。見た目や物事の外観を飾って、うわべや体裁を整える)
 
 セイタン:加工食品。代用肉。
 テル・アブ・ハミド:トルコ鉄道の終着駅
 イラクのバクダッドからロンドンまで:七日間の旅程(風景として、回教寺院(イスラム教寺院)-アナトリアの平原-雪をいただいたトロス山脈、不毛の高地、峡谷沿いにボスポラス海峡、イスタンブール、バルカン半島、アドリア海、スイスアルプス…… 汽車の旅)
 ホッドストン:下ミード農場の老人
 ジョーン・スカダモアの夫である弁護士ロドニーの勤務先法律事務所:妻方であるスカダモア一族の経営。ジョーン・スカダモアの伯父ハリーが共同経営者。
 ジョーン・スカダモアの夫で弁護士のロドニーは実は事務仕事が苦手で嫌い。弁護士ではなく、農場経営者になることが夫ロドニーの夢だった。リトル・ミード農場を買いたかったが、当時恋人だったジョーン・スカダモアに説得されてあきらめた。
 マイケル・キャラウェイ:ジョーンが過去に浮気した若い画家
 アレッポ:シリア北部にある都市
 町の銀行の支店長シャーストン氏の奥さん。支店長は公金横領をした。
 
 ジョーンによる男女関係の妄想が始まります。あるいは「推理」か。恋愛における本気とか浮気とかのお話です。

 手練手管を弄する:てれんてくだをろうする。人をだますためにいろいろな方法を用いる。

 ジョーンは自分の留守中にイギリスの自宅にいる自分の夫が浮気をしているのではなかろうかと不安になります。

  お話はシェークスピアの詩の話になり、やがて、ジョーンの家の親子の不和に関する話へと移っていきます。
 たぶん、なにかミステリーが秘められているのでしょうが、自分にはそれを把握できるだけの読解力ありません。
 タイトル「春にして君を離れ」は、シェークスピアの詩の一節で、「春にして」は、「春になって」あるいは「春ゆえに、春だから」という意味だろうかと想像しています。「君を離れ」は別れることを意味するのでしょう。

 イラクにいるジョーン・スカダモアは、天候が悪くて車でトルコにある鉄道駅まで行けません。悪路です。
 ジョーン・スカダモアはいらいらし始めます。足止めです。江戸時代の東海道大井川水かさが増したという足止めのようです。邦画『雨あがる』を思い出しました。いい映画でした。

 ジョーン・スカダモアは、夫婦における三角関係のようなもので嫉妬心が出てきます。(しっと。やきもち)
 『人生は時間の有効活用である』というようなジョーン・スカダモアの主張があります。
 ジョーン・スカダモアは自意識過剰(自分中心の考え方)で、私は素晴らしいという人です。

 レスリー・シャーストン:ジョーン・スカダモアの友人。ジョーン・スカダモアの夫の浮気相手なのでしょう。1930年没。不正をはたらいて服役していた銀行員チャールズ・エドワード・シャーストンの妻。夫婦の息子がピーター。
 
 ゲッセマネの苦しみ:エルサレムのオリーブ山にあった地名。イエスがユダに裏切られて捕らえられた場所。
 ワーズワース:イギリスの詩人。1770年-1850年、80歳没
 エロキューション:発声法、セリフ、演説、朗読など。
 
 各人が自由恋愛を謳歌しています。(楽しんでいる)だれにも止めることはできません。各自が経過と結果に責任を負うのです。
 『結婚』という契約の意味がありません。
 名声を得る人は、実績を汚す(けがす)男女関係をもっているというお話が出ます。ありそうなことです。人間には二面性が存在します。

 202ページまで読み進めてきましたが、どうも自分には合わない小説なので、流し読みに入ることにしました。あと100ページちょっとあります。

 夫を愛しているけれど、夫が不倫をしているのではないだろうかと疑う苦しみがある女性というお話なのだろうか。

 物語のほうは、ようやく天候が回復してきて、鉄道駅までの車の手配ができました。宿泊所での足止め解除です。
 シリア北部にある都市アレッポというところからトルコ最大の都市イスタンブールへ向かう列車です。
 
 ジョーン・スカダモアは、列車の中で、新しい人と出会います。
 ロシア人のサーシャ(ホーエンバッハ・サルム)という名の公爵夫人です。(公爵:上位の貴族)背の高い黒服のご婦人だそうです。
 コスモポリタン:世界的視野をもつ人。国際人。国籍、民族、国民感情にこだわらず、多言語を使いこなす。世界を渡り歩く。
 サーシャの言葉で心に残ったのが「人間の寿命って限られておりますしね……」
 サーシャの分析があります。イギリス人とロシア人の比較、(この部分を読んでいると、ひとつの民族日本人と複数国家・国籍地域のヨーロッパとの比較による違いにも通じます)
 サーシャから「(イギリスでは、結婚している女性に)赤ちゃんはいつ?」という質問は女性に対して失礼であり、女性にとって負担であるというご意見が披露されます。ロシア人は違うということです。
 聖者:キリスト教で、偉大な信徒。煩悩を(ぼんのう。人が悩む原因)をぬぐいさった人。
 サーシャが分析するイギリス人の国民性として:自分たちの長所をうしろめたそうに表現して、短所を進んで認めて自慢する。
 第二次世界大戦中の時代背景で、ユダヤ人根絶は馬鹿げているとか、ヒットラー・ユーゲントの話も出ます。ナチズムはそう悪いとばかりはいえないって聞いているというロシア人公爵夫人サーシャの発言があります。

 ハリソン・ウィルモット夫人:ジョーン・スカダモアのロンドンに住む長女エイヴラルの夫の母親。エイヴラルの夫の名前はエドワード。

 307ページで、いちおうジョーン・スカダモアは、ひとりで、イギリスの自宅へ帰着しました。
 不思議な気分になりました。ジョーン・スカダモアは、本当に旅に行ったのだろうか。すべてが、彼女の妄想のような気がします。(本当に行ったのでした)

 ジョーン・スカダモアの語りはここで終わり、次に彼女の夫が語る「エピローグ」が始まります。
 11月初めの小春日和です。(こはるびより。ぽかぽかと暖かい)
 (妻ジョーン・スカダモアのこととして、娘たちに)良かれと思ってやって、嫌がられるのは、親の立場としてはつらいものがあります。それが親というものでもあります。同じく、夫に対しても強制力を伴った誘導(指示)をするのがジョーン・スカダモアだと、夫は妻を分析して評価しています。(ジョーン・スカダモアは夫の農場主になりたいという職業選択希望をつぶして夫を弁護士にしています)
 『(妻は)自分の作りあげた明るい、自信に満ちた世界の中で幸せで、安泰な毎日を送り続ければいいじゃないか』妻は妻で勝手にやってくれという投げやりな夫の気持ちが表現されています。

 コペルニクス:1473年-1543年。70歳没。ポーランド出身の天文学者。「天動説」をくつがえして「地動説」を唱えた。地球が太陽のまわりを回っている。

 4フィートの距離(夫と夫の浮気相手が座っていた位置関係):30.48cm×4=121.6cm

 ジョーン・スカダモアの夫ロドニーの異性に対する強い愛情は、妻とは別の女性であるすでに病気で亡くなったジョーン・スカダモアの友人だったレスリー・シャーストンのところにあります。
 底抜けに怖いお話でした。夫は妻をもう、あるいは、最初から、愛してはいないのです。それでも夫は、これから死ぬまで妻と一緒に暮らすのです。最期(さいご)まで偽りの気持ちを胸に秘めながら妻と寄り添っているふりをするのです。
 先日テレビで観た「徹子の部屋」で、フォーソングシンガーの南こうせつさんが、お父さんのお葬式が終わったあとお母さんが「(夫のことを)本当は好きじゃなかった」と言って、たいへんショックを受けたと聞きました。
 案外、そういうことはあるのでしょう。

(今は亡き栗本薫さんの巻末にある解説から)
 怯懦:きょうだ。臆病で気が弱いこと。
 夫婦は似た者同士だ。  

Posted by 熊太郎 at 07:01Comments(0)TrackBack(0)読書感想文