2014年05月17日

カブトムシ山に帰る 2014課題図書

カブトムシ山に帰る 山口進 汐文社 2014課題図書

 読みやすい文章です。のびのびとしています。お昼寝から目覚めたあと、1時間ぐらいで、いっきに全部を読みました。著者による約20年間の体験と知識獲得の宝庫となる1冊です。お気に入りの本になりました。
 著者は九州の長崎県で生まれて、大卒後、東京で就職して、だけど、昆虫が好きで、2年後に仕事を辞めて、虫の王国山梨県に引っ越して、林の中に家を建て、庭には1本の大きなクヌギを植え、そのまわりにもたくさんの樹木を植え、昆虫写真撮影家に転職したという経歴には感嘆しました。なにか、自分が好きなことに一心に打ち込めるのはステキなことです。
 お話は、カブトムシが小型化したことに対する疑問から始まっています。疑問をもって考える。解き明かすのに何年もかかっています。著者は、柔らかい腐葉土の中にいるはずのカブトムシの幼虫が、硬い樹の中で見つかるのはなぜだろうという疑問をもちます。わたしが山奥で暮らしていた少年時代、近くの木材加工工場から出たおがくずの巨大な台地にカブトムシの幼虫がたくさん埋まっていたことを思い出しました。
 人間がたくさん住んでいる場所は、昆虫にとって快適な場所ではない。そんな自分の発想をたよりに著者と共にカブトムシ小型化の原因をさぐる読書になりました。
 読んでいておもしろかったのは、著者はすべての昆虫が好きなわけではないということでした。著者は、長崎にいた頃によく見かけた蝶であるサトキマダラヒカゲに自分で「メダマチョウ」という名前をつけています。はねの模様が目玉みたいで恐ろしかったそうです。
 昆虫に関する研究はやがて樹木の種類とか性質に関する研究に達します。木の種類の違いは昆虫の成長に影響があります。さらにカブトムシ小型化の原因追求は、人間の生活のしかたの変化にまで及びました。樹木の調査では、日本国土に広がる「落葉広葉樹林(クヌギ、コナラ、トチノキ。雑木林。夏緑林。)」と「常緑広葉樹林・照葉樹林(シイ、カシ、タブ、ツバキ)」の分布分類をします。どの項目の調査においても、著者を助けてくれる協力者がいました。なかでも、飼い犬春吉くんの力が大きい。山の中の暗い夜道でも春吉くんが著者のそばで心の支えとなってくれました。
 昔の日本人の暮らしぶりが、昆虫たちがたくさん生息する手助けになっていました。不便な暮らしでしたが、自然と共存していました。本では、雑木林の手入れをとおして、「炭」について書かれています。「萌芽更新(ほうがこうしん。枝を切ってもまた新しい芽が出てきて枝になる。)。雑木林は永遠に活用できる林と解説があります。ところが、雑木林が減ったり、手入れがゆきとどかなくなったりして、それまで姿を見せていたリスや野鳥が見られなくなったり、減ったりしたそうです。
 「刈り敷き」は、たんぼに芽吹いた枝をすきこむと肥料になる。刈り敷き農法です。化学肥料と違って、耕作者の人体に害がありません。
 最初、著者は、図鑑に書いてあることを信じきっていました。著者は、図鑑に書いてあることと事実が異なることから悩みます。やがて著者は、図鑑に書いてあることと事実が違うこともあると気づきます。
 何年も調査して、著者はカブトムシ小型化の原因にたどりつきます。カブトムシの個体が小型化したのではなく、山の高地で育ったもともと小さなカブトムシたちが里へおりてきているのです。そして、すべてのカブトムシがやわらかい腐葉土の中で育ったのではなく、腐葉土がない標高1500m以下ぐらいの山の高地で生まれたカブトムシは幼虫の頃から硬い木の中で誕生して育ってきたと著者は考えをまとめます。そして、カブトムシはもともと高山である奥山の固い朽木に幼虫として生息していて小型の昆虫だったと判断するのです。それが、山を下りてきてからの里山での暮らしは楽園だったから、カブトムシは大型化することができた。ちなみに背中の固い甲羅は骨だそうです。
 著者は、昆虫の食料となる樹液の生産にも取り組みました。10m異常ある高木の樹木について、高さ2mぐらいを残して切断することで成功しています。根から得た栄養を高木の高い枝の先端までゆきわたらせるのではなく、あまった栄養を樹液として樹皮に浮きださせています。
 本の最後で著者は、自然界を保護して、人と自然が助けあう世界をつくろうと呼びかけておられます。考えてみれば、コンクリートとアスファルト、ガラスとプラスチック、いろいろな金属に囲まれて、今のわたしたちは生活をしています。このような生活は大昔からあったわけではなくて、わずか50年ぐらい前から徐々に始まった生活様式です。便利さと引きかえに何か大切なものを失っています。変化するのは、カブトムシだけではなくて、人間も同様です。むかしと比べて、心がこわれる人がとても多くなりました。著者は「知恵」を使おうと結んでおられます。同感です。

(その後 昆虫が大好きな人とこの本にある説の話をしました)
 その人いわく、高地が小さなカブトムシ、低地が大きなカブトムシ、それひとつとも言い切れないそうです。
 日本の場合、南方が小さなカブトムシ、北が大きなカブトムシで、「移動」によって分散化したものもあるそうです。

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