2014年01月19日

三十光年の星たち 上・下 宮本輝

三十光年の星たち 上・下 宮本輝 新潮文庫

 上巻を読み終えたところです。感想は書き始めます。
 京都に住む無職青年坪木仁志(つぼきひとし)未婚30歳が、金貸し佐伯平蔵75歳とドライブしながら借金の取立てをしていくロードストーリー(映画だとロードムービー)です。行き先は、京都府福知山、32年間毎月数千円の返済をしてくれている55歳の女性(元本200万円。自殺した夫の借金)北里千満子、次が三重県四日市市、その次が島根県松江市と続いていきます。
 仁志の兄と弟は堅実な生活をしていますが、仁志は就職しても辞めてしまい、一時的な仕事に就くことを繰り返し、とある女性と商売を始めますが、それもうまくいかず女性に逃げられています。父親からは迷惑なできそこないの息子として手切れ金を渡され勘当されています。
 平蔵老人の夢は、彼がお金を貸した赤尾月子という人が発案して衰退したけれど、ソースのおいしいスパゲティのお店を開くことです。上巻後半部で、老人は、仁志青年にその夢を託そうとします。
 さて、感想です。最初はタイトルから「宇宙モノ」の物語だと先入観をもっていました。全然違っていましたが後悔はしていません。ここまで読んで、人間が営々と続けていく人生の連結物語だろうと推測しています。
 失礼ですが、文脈形成手法は古い。昭和時代のものです。作者自身の老齢化による、ことに達観、俯瞰(ふかん、空から地上を見おろす)、長期的視野に従った記述から、緊迫感がなく、物足りない感じを受けます。また、無理に感動や感激をつくろうとされています。
 未収金の取立ては仕事の基本です。支払いをしてくれないお客さんはたくさんいます。物語の内容は、最近多い仕事に適応できない若者世代への教えともなっています。
 「人間止め」という単語がよく出てきます。落語家志ん生の落語話も幾度も出てきます。食べ物話も多い。共通体験をもたない人が読むとなかなか物語にのめりこめない。
 ここまでで印象的だった表現は、
 「きみは何のために効率的であることを選ぶんだ」
 「人生をなげた人の目ではない」

(つづく)

 捨てられようとしている人間、ことに女性世帯に資金援助をして自立させるということが、平蔵老人の生き方で、「人生再生」の物語です。
 三十光年イコール30年です。30年かけてひとつの仕事を極めるのです。「星たち」は人々を表わす「群像」でしょう。
 下巻ではロードストーリーを離れて、登場人物たちは京都に定着します。この物語は、「京都」での暮らしを讃える面をもっています。
 後継者を育てる。後継者に学ぶ。食べていくために(生活していくために)、業務に専念する。最終章は、食堂の商売繁盛記でした。そこだけ章全体から分離したような印象をもちました。されど、それなりに胸が熱くなりました。
 作中にあるように、「善良な心で一生懸命生きようとしている人たちのつながり」。輪であり和でもある善人の物語でした。


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