2012年10月30日

母と旅した900日 王一民 ユ・ヒョンミン 蓮池薫訳

母と旅した900日 王一民 ユ・ヒョンミン 蓮池薫訳 ランダムハウス講談社

 本を取り寄せて初めて気づきました。訳者は、北朝鮮に拉致されてその後奇跡的に帰国がかなった蓮池薫さんです。中国語をどうして蓮池さんが翻訳できるのだろうかと疑問をもちました。中国人のことを韓国人のライターが書いて、それを蓮池さんが訳しています。読みはじめから、読んでよかった1冊になりそうな確信を抱きました。
 70代なかばの息子さんがお手製の自転車リヤカーに100歳近い母親を乗せて母親が死ぬまでに一度でいいから行きたいというチベットを目指したという事実を息子さん本人から聞き取って作品化してあります。
 息子さんはたいへん謙虚な方で、当初は取材をかたくなに拒否されます。そこがいい。韓国人作家は、息子のいる辺境の地まで出かけて、作品化したいという熱意を息子に伝えます。諸葛孔明の三顧の礼のようです。そこがまたいい。最後に蓮池さんが、日本語訳をして日本語の本ができあがります。すばらしいめぐりあわせです。
 親子の過去の経験は事実であり、とても重く悲しい。ただ悲しいだけだった人生で亡くなっていく母親に親孝行したいということが息子の願いです。
 日本語訳がとてもいい。しっかりした日本語になっています。わたしがこどもの頃に身近にたくさんあったタイプの日本語です。
 167ページの「許す」という行為と心は大切です。結局、息子は母親に、チベットは遠くて行くことができませんと告げます。母は息子を許します。不思議に思ったのは、中国が安全な国だということです。ふたりを襲う盗人とか、暴漢が現れません。反面、ふたりを励ましてくれる中国の人たちがいっぱいいます。息子さんは、自分は偉業など達成していないし、これは自分と母親の小さな出来事だから表ざたにしないでほしいと淡々と述べられます。地に足が着いた生き方をされている人です。
 死ぬ瞬間にしあわせだったという気持ちになるためには、思い出がたくさんあることが条件です。192ページ、欲張りはよくない。あともう少しあるといいなあというところでやめておくことがしあわせということも理解できます。すべての願いがかなったら、もうあとはすることがありません。
 後半は「母親経(きょう)」という宗教化していきます。おかあさんが神仏化していきます。トラック運転手の手紙には泣けます。中国人を憎んでいるチベット人の方には、中国にもチベットを愛している中国人がいることを知ってほしい1冊です。魂のこもった1冊でした。
 訳者である蓮池薫さんは、親子や祖父母と孫の間で殺し合いをする日本の社会には「病巣」があると結んでおられます。同感です。


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