2016年10月29日

(再読)流 東山彰良

(再読)流 東山彰良 講談社

 今となっては昔のこと、80年代、今の老齢者に近づこうとする人たちの青春時代です。思い出の記です。舞台は、台湾、中国、日本ですが、台湾の歴史を知らない自分にとっては、少々わかりにくい。
 音楽、車、暴力、軍隊、バイオレンスもの(激しさ、強烈)です。激しくほとばしる熱情があります。
 18ページ付近の記述がすばらしい。台北市内にある繁華街の様子が生き生きと描写されています。(昔の台北市内)。文章量はものすごく多い。読み手はちょっと引きます。
 ふたつの国家の理解がむずかしい。中華人民共和国と中華民国です。ひとつだろうが、ふたつだろうが、人間は死なないし、毎日の生活をしていかねばならない。生まれて、学んで、就職して、結婚し、子をもうけて、老いて死んでいく。基本的な人生のレールに自分をのせていけばなんとかなる。それ以外の暮らし方を知らないしできない。
 若者同士のけんか、対立、氏名や地名が台湾言葉なので、日本人にはその雰囲気がつかみにくい。章ごとのタイトルも外国的(アメリカ的)

良かった言葉として、「時代はすごい速さで、わたしたちを取り残していく」



2015年7月26日の記事
 流(りゅう) 東山彰良(ひがしやまあきら) 講談社

 直木賞受賞作です。
 カバーの写真は、遠い過去に、どこかで、見たことがあるような風景です。荒涼としている。荒れてはいるけれど心、涼しげです。
 まだ読み始めていないけれど、台湾生まれ、日本育ちの主人公葉秋生(台北高等中学17才、イエチョウシエン)は、同じく直木賞受賞作「サラバ!」の主人公圷歩(あくつあゆむ、エジプト育ち)と重なるのだろうか。
 書下ろし作品です。今度から、書下ろし作品だけを読もう。雑誌にすでに出た作品はなかなか受賞まで届かない気がします。

 登場人物を見て面食らう。見慣れない台湾の人たちの氏名ばかりです。紙に書いて整理して暗記しました。(その後、やはり、台湾名では日本人の私では読めません。日本語読みで名前を読みながら読書を続けました。同じく直木賞候補作だった「アンタッチャブル」では、韓国名をホステスの源氏名に変えてありあました。)

(つづく)

 名作「東京タワー」リリー・フランキーパターンです。祖父母の思い出話が続きます。まだ、物語の中で主体となる自分(秋生)がいない。
 出だしはとてもおもしろい。
 主人公秋生は昭和50年当時で17才、わたしは、16才です。主人公とは同世代であることがわかりました。台北には一度行ったことがあります。主人公との共通点をさぐりながら内容に溶け込んでいってみます。
雑然とした台北の町の様子、荒くれ者の人の様子が続きます。熱気と勢いがあります。B型肝炎の記事がありますが、それは、A型肝炎のほうが正しいと思う。
 中国からの台湾の分離、国民党と共産党。たしかにあった過去の事実です。

 祖父が侵入者に殺害された1975年5月20日まできました。

(つづく)

 現在186ページ付近を読んでいます。
 けっこうおもしろい。日本も台湾も同じで、自分がこどもの頃、50年ぐらい前の暮らしを思い出します。半世紀前の地球上の話です。
 今までどうしてこの本が商業ベースにのってこなかかったのかが不思議です。広告を見たことがありません。出版社に売る気がなかったのか。

 共産党も国民党もやること、することは同じ。

 台湾におけるアメリカングラフィティ、青春の記録です。アメ車とアメリカンミュージック。イーグルスとファイアーバード。
 ゴキブリとの戦い。おばあちゃんの参加も交えて笑いました。おばあちゃんの言葉「走開(おどき)どきなさいという意味」が痛快でした。

 小説を離れて、過去を振り返る軽いエッセイ集でもあります。

 ふと思う。冒頭にあった中国大陸のシーンは何だったのか。

 台湾なのに「故宮」のお話は出てこない。(最後まで出てきませんでした。)

 日本に好意的な台湾人世代がいます。そうではない世代もいます。日本人としては複雑な気持ちになります。台湾人に尊敬される昔の日本人を今の日本人は尊敬すべきです。古い日本人の心や気持ちのあたたかみが伝わってきます。

 小説とは離れるけれど、人間の行き詰まりを解決するためには、最後は、信仰が人を支えるのだろう。

 愚連隊のような話が続きます。思い浮かぶのは、岸和田愚連隊とか、じゃりん子チエ、北の国からのテレビドラマ毎週シリーズではなく、その後の単発、思春期・青春期東京での純の暮らし、Vシネマの暴力シーン、「卒業」ダスティン・ホフマンなどです。
 やくざの頭領らしい高鷹翔(ガオ インシャン)のなまりのあるような言葉表記は何かを表現しようとされているのですが、やはり日本人のわたしにはそれがなにか、わかりません。

(つづく)

 一家四人の無表情の白黒写真。「祝青島占領」の壁に書かれた文字。日本の軍隊が中国本土の青島チンタオを占領したということか。抗日戦争と記事があります。抗日戦争は、1937年から終戦1945年。日本では日中戦争、中国では抗日戦争と呼ぶ。
 写真に写っているファミリーはどうも、中国人でありながら、日本軍に協力したらしい。その結果、家族全員殺害された。王克強(ワン コオチャン)と名があります。「黒狗(ヘイゴウ)」とか、「売国奴」と書かれています。彼らを殺したのが、主人公秋生の祖父たちの軍隊となっています。その頃の秋生の父親が10歳ぐらいです。
 現代は両国民共に、そういった時代を知らない世代が増えました。そのうち体験した世代もいなくなります。いったい、いつまで、過去のことにこだわり続けるのかと思うと、元気がなくなります。

 台湾に住む主人公秋生17歳の父親明輝が中国本土を離れて台湾に来たのが15歳のときです。

 221ページ付近には、主人公の若さが満ちています。「死」を恐れない。考えの浅さをともなった若さです。思いがかなわなければ、短絡的に死と直結させる。人は、歳をとるたびに死にたくなくなります。

 以下は、気に入った表現です。
・(セリフとして)「動くな!」
・張さんは60歳。大陸に妻子がいて、台湾でも家庭をもっている。
・「2年あれば、何だって、変わってしまうよ」
「叫んでもよい時間」軍隊の1日のタイムスケジュールのなかにある対人関係の不満などを叫んでよい時間帯
・「おまえのいちばんの願いはなに」
・こっくりさんの記事。たしか、中学1年生の時に学校ではやった。
・「こういうときは、運が悪かったと思うしかない」
・「人間はろくなもんじゃない」
・中国大陸にいったいなにがあるんだ。
・(文章としてはありませんが)結婚を幸福のゴールととらえない経過記事(離婚・再婚つきもの)はかなく、不確かな純愛
・(1枚のドアをへだてての表現)こちらは、怒りとあせり。あちらは、あきらめと悲しみ。
・戦争だったから、本当のことはもうわからない。

 地名にも興味をもちました。
「山東省(さんとんしょう)」1938年か1939年に日本軍が山東省にやってきた。青島があります。
「忠烈祠(ちゅうれつし)」台湾観光旅行で訪れました。衛兵交代がありました。
「淡水口」河口の基隆(きりゅう)とうところへ行ったことがあるような気がします。野柳というところで奇岩群を見ました。
「西門町」せいもんちょう。日本統治時代の町名。日本における渋谷、原宿にあたる商業地
「龍山寺」とても雰囲気のいいところでした。小説の中の記述は1970年代後半で、今とは雰囲気がずいぶん異なるようです。

(つづく)

 読み終えました。
 今年読んで良かった1冊です。
 抗日という対日本があるのですが、それも1945年8月で終わり、相手を失った中国国民は、共産党と国民党に分かれての内戦に突入します。国民党が破れて、台湾へ移る。そのときの悲劇が元になって、あとの世代が悲しみを引き継いでいきます。
 小説の時代背景はもうすぐ1980年代です。70年代の台湾の暮らしぶりは、読んでも、底辺の暮らしなのか、普通の暮らしなのか判断はつきません。
 内容は、作者のアイデンティティー(自分の起源)をさぐる内容です。ルーツ(根)さがしでもありますが、そこに、祖父を殺害された事実に対する強烈な復讐心がからんでいきます。祖父を殺害した犯人を自分が殺害する。仕返しをする。仇討です。双方が仇討を続けるので、一族皆殺しになるまで争い続ける泥沼状態があります。
 いっぽう、中国人民族の偉大な心もちも描かれています。大きな大陸、長い歴史が下地でしょう。島国日本とは違います。山東省がドイツの植民地だったことは初めて知りました。「世界は誤解で成り立っている」数年前に読んだ女性世界旅行家のメッセージを思い出しました。
 
 最後半部は強烈でした。復讐の連鎖の重みがあります。
 エピローグは、なんか、つらい終わり方で、感心しません。

 いい作品なんですが、又吉直樹さんの「火花」に隠れてしまうのが残念です。

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