2014年08月23日

悪いのは私じゃない症候群 香山リカ

悪いのは私じゃない症候群 香山リカ ベスト新書

 自分が主役。自分の話はするけれど、人の話は聞いていない。そういうタイプの人のお話かと先入観をもちながら読み始めました。本のカバーには、私は犠牲者、被害者、あなたが全部悪いんです!と書いてありました。
 仕事には行けないけれど、土・日早朝の魚釣りには行けるとあります。
 本の冒頭付近では、他人の創作物を盗用するコピー&ペースト行為について記されています。罪悪感はありません。創作者の同意もとらない。日本人は日本の物まねをする中国を責めながら、自分自身の盗用行為に自責の念は抱かない。昔、はやったディズニーランドのホスピタリティをほめた本が盗用で成り立っていたことは初めて知りました。
 書中において攻撃されるのは、学校職員であり病院関係者です。昔だったら切り捨て御免のクレームに対して、現代社会はおびえています。読んでいて、駅職員も攻撃の対象になっているだろうと想像しました。抵抗しない相手を叩く。過剰かと思えるほどの個人情報保護が新手の問題点であり課題です。
 病院関係で少し驚いたのは、警察通報が弱気なことです。ある程度のところまでがまんするマニュアル内容です。通常は、即、通報します。相手を警察の記録に残しておくことが重要です。
 うつ病の労災認定増加の記事があります。以前は認定の門戸が閉ざされていました。09年に認定基準が見直されたそうです。こちらもまた、本人にとっても、会社にとっても記録をとっておくことが重要です。本人も企業も苦悩しています。
 適材適所の人事配置が大事なのでしょう。接客が苦手な人に接客のポストは勧められません。
 私が知るうつ病は、思考は別の世界にいって、体は動かなくなって、尿は垂れ流しになるというものでした。新型うつ病の紹介記事があります。昔は、自分から自分はうつ病ですと言う人はみかけなかった。本人に病識がないことが病気の状態でした。IT技術が発達して、昔はできなかった自己表現がメールやネット上で可能になったと受け取れる記述がありました。
 人間の心はもろい。傷つきやすい。なかなか鈍感にはなれない。アダルトチルドレンという言葉が登場しました。虐待を受けた子どもたちのお話です。自責の念から解き放たれた子どもたちは、やがて、親への攻撃を始めています。悪いのは自分じゃない。親だ。あいつが悪い、こいつも悪いと言い続けたあと、原因は抽象的なものへと飛んでいきます。前世が悪い、食べ物が悪い、脳の傷が悪い、遺伝子が悪い。その部分を読みながら、信仰心が必要なのかもしれないと推察しました。
 昨今、雇用事情が改善されたというけれど、それは、ロボットのように働く分野での労働者雇用数が増加しているだけに過ぎないと感じています。メンタルを受け入れるリスクを回避するために雇用をしぶっている現状があるとも感じています。
 中盤まで読んで、「気持ちのもちよう」という言葉が頭に浮かびました。相手を攻撃するもしないも、「気持ちのもちよう」です。自分が思っているほど、他人は自分に関心をもっていません。
 後半まできて、医者自身はどうなのだろうという疑問が生じました。最後半付近で、医者にも新型うつ的症状をもっている人がいると記されていました。やはり、人間だれしも同じです。この世の中の流れは変えられません。いつか数的には頭打ちの時がやってきて、その後、ルートが変化していくのでしょう。
 外国人との比較が書いてあります。西洋文化圏では、悪いのは「悪魔」のせいにするそうです。そういえばそんな事件が以前ありました。
 2005年頃から時代に変化が現れたそうです。第二次世界大戦時の戦争責任は日本にはないという考え方の出現です。著者の「他罰な人」の記述は続いていきます。
 つるしあげることが「祭り」。怖いことです。西洋の魔女狩りを思い出しました。うっぷんをはらすためにいじめる。いじめるなと言っている者が実はいじめている。複雑怪奇です。成果主義がもたらす破滅について書いてあると解釈しました。
 著者は新型うつ対策として、「分かち合い」を提唱しています。
 読み終えたときにふたつのことを考えました。ひとつは、「孤独な人が増えた」、もうひとつは、「この本は、もう5年も前に書かれたものだ」。安定から不安定へと変化をたどるこの国は、これから先、どこへ向かっていくのだろう。


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