火花 邦画 DVD

火花 邦画 DVD

 ずいぶんむずかしい映画に仕上がっていると感じました。
 良かったシーン。ああ、まず、最初に嫌だったシーンは冒頭のシーンです。熱海の海岸砂浜で、首をさらすように砂に埋まっている顔のシーンです。
① 漫才の最中に母子が現れる。ふと息を抜いたときの少女の笑顔
② 階段のてすりをお尻ですべってころぶ。
③ 冒頭にある「地獄、地獄、地獄」が、後半部の「死ね、死ね、死ね」の伏線
④ 食堂で話をしていて漫才のネタに発展する。
⑤ 女性の変顔
などです。これぐらいにしておきます。

 漫才を競わせて、点数付けみたいにして、順位を決めて、それが、何になるのだろう。コンテストは売るための謀略か。

 良かった表現の趣旨として、「笑いはわかりやすく。」、「尊敬する師匠と優しくしてくれた姉さんの別れ」、「漫才師になりたくなかった。」、「みなさんに何の感謝もしていません。」

 挫折劇を観ながら、先日読んだ「一発屋芸人列伝」を思い出しつつ、日本人に生まれて良かったのかもしれないと再確認しました。

菅田将暉 桐谷健太

2016年9月17日付読書感想文 (再読)火花 又吉直樹
 冒頭付近、文字量が多い。作者の力が入りすぎていて、読み手はしんどい。作者は策に自らが溺れている。もう少し、読み手の技量に配慮してほしい。9ページ付近から、その傾向は落ち着いて、読みやすくなるが、漫才の駆け引き会話は、どこがおもしろいのか、わかりにくい。
 登場人物に語らせて進行していく小説です。
 本のカバーの赤い絵は、「べろ(舌)」みだいです。しゃべりと関係をもたせてあるのだろうと勝手な解釈をしました。漫才師だから、しゃべりで火花を出すのです。
 「漫才師」としての生き方を極める。24歳、大阪から東京に来た(同居人真樹・水商売)、その人にしか作ることができない笑いを追求する、あほんだら(相方大林)の神谷才蔵、20歳、スパークスの徳永(高校生時代、漫才大会に出場してスカウトされる。相方山下は中学の同級生)は、神谷の弟子になることを願い、神谷の伝記を書き始める。
 漫才師は、おもしろい漫才をする。欲望に対して、まっすぐ全力で生きる。その生き方は妖怪の類(たぐい)である。

良かった表現趣旨として、「人生で初めて人に酒を注いだ」、「(家が貧しい方が)自分で考えたり、創ったりできる楽しみがある」、「(乱暴者の神谷に対して)悪意は感じられない」、「一番高価なブルーマウンテンを飲んだ」、「ひとつだけの基準ですべてをまかなおうとすると破たんする」、「なんか、変なこと言え」、「人としての距離を感じる」、「自分で自分の面白い部分にまだ気づいていないのがいい」、「俺と本気でつきあったら、地獄」、「漫才とは、ふたりで、究極のおもしろい会話をすること」、「(漫才は、相方を)殴ったら、解散」、「神谷さんは、暴力的な発言も性的発言も辞さない。だけど、徳永は正反対だった」、「猥褻:わいせつ。みだら。いやらしい」、「事務所の社員と一定の距離を保つ」、「神谷の理想は高く、己に課しているものが大きかった(読者としては、そのわりに異常としか思えない)」、「神谷という人間は特殊だった」、「ぼくは、神谷さんになりたかったが、なれなかった(それは、正確ではない表現だと思う)」、「パンツを身に纏い(まとい)」、全般的に、難しい漢字を使いすぎです。「有耶無耶:うやむや」、「道は踏みはずすためにある」、「顰蹙を買う:ひんしゅくをかう。良識に反することを言って、嫌われる」、「一度しかない人生で、一発勝負をかけるのは怖い」、「理屈っぽさと感情の爆発が同居することが、漫才グループスパークスの持ち味」、「肉芽:むかご。木の茎。里芋の味」、「芸人に引退はない」

国語の勉強です。「掠れた声:かすれたこえ」、「行為を無下にしたくない:むげにしたくない。むだにしたくない」、「それをあてに呑む:近畿地方で酒のつまみ」、「おざなり:適当にいいかげんに済ます」、「侮蔑:ぶべつ。見下し、さげすむ」、「露程:つゆほど。少しも」、「ウォレット・チェーン:ウォレット(財布)につけるチェーン(鎖)」、「ツッコミ、ボケ:漫才の役割。観客を笑わせるのがボケる役割の人で、ツッコミは、常識人、過激な人で、ぼけに合わせる役割の人」、「黒のジャックパーセル:スニーカー。スポーツシューズ」、「(金が無いのに)なんのために、ここまで、アルコールを呑む必要があるのか」、「狡い:ずるい」、「愛している女性に幸せな生活を提供できない芸人」、「四六時中芸人であるためには、相当な勇気と覚悟がいった」、「露悪的:ことさら欠点をあげつらう」、「引き攣る:ひきつる」、「箍が外れる:たががはずれる。秩序が失われる。おけのたががはずれる。」、「被虐嗜好:自分に苦痛を与えていないと落ち着かない」、「畏縮:いしゅく。恐れる」、「凌駕:りょうが。ほかを追い抜いてトップに立つ」

 「才能」ってなんだろう。あればいいけど、なくても堅実さを心がければ、そこそこ生活をしていくことはできる。中途半端な「才能」は、人生に混乱をもたらす。ときに、命を落とす要因になることもある。「才能」は、おそろしい。

 文末の結び方として、「○○なのだ」、は「○○。」で閉じたほうが読みやすい。例として、「見つからないのだ。」は、「見つからない。」
 成功話ではないので、全体的に内容が暗い。

 思い出の記です。徳永くんは、この小説を書いているときには、すでに漫才師をやめています。不動産会社の営業職をしています。場所は違っても、「笑い」で、周囲の人たちをいやしたい、幸せにしたいという気持ちに変わりはありません。
 「笑い」を浸透させるためには、自分一人の力ではできない。周囲の協力が必要不可欠であるということが、作者から読者へのメッセージ、伝えたいことです。

 ネットで書かれる悪口は、悪口を書いた人間の自殺願望を抑制する力があるが、書いた人間の自殺への方向性は変わらず、やがて、その者は死す。ゆっくりと死へ向かっていく自殺である。そういう趣旨がよかった。

 徳永は、神谷にLOVEしていた。神谷は正真正銘のあほんだらだった。むだなものを背負わず、その日暮らしで生きている。そこにあこがれた。
 芸人のまわりには、芸人を芸人として存在させてくれる人たちがいる。それは、家族だったり、親族だったり、ファンだったりする。けして、お金だけのつながりではない人たちがいる。

 「いないいないばあ」が伏線でした。


2015年3月16日付読書感想文 火花 又吉直樹 文藝春秋
 静岡県熱海の花火大会、それから10年後、再び熱海の花火で終わる148ページの小説です。1ページにびっしり文字を並べているので、実際には、220ページ分ぐらいの文章量があります。
 文章作成能力のレベルは高い。力強い勢いがあります。年齢相応に文章が若い。ひとつのことをいろんな形で文章化して重ねてあります。説得力で成功している面がありますが、反面繰り返しがくどい。一歩抜け出して、少量の文章量で感動を呼び起こす技術に達することを今後期待します。本作品が特別に秀でているということはありません。お笑い芸能人が書いたということで話題になっています。劇団ひとりほどの才能は感じません。KAGEROU俳優水島ヒロほどの創意工夫もありません。主人公の師匠神谷の人格設定はうまい。なかなか発想できるものではありません。思い切りがいい。総じて、良くもなく、悪くもなく、真面目で無難な作品です。毒はない。個性はあるようで薄い。コメントしにくい。
 携帯電話あるいはスマートホンのメールのやりとり記述、幸せそうには見えない主人公たち、物語は、東京の小さな事務所に所属する漫才コンビ名「スパークス」の徳永20才と大阪の大きな事務所に所属する漫才コンビ「あほんだら」の神谷才蔵24才の出会いから始まります。最初からずーっと、それぞれのコンビの相方(あいかた)さんとの話がほとんど出てこないのが不自然で不思議でした。徳永は神谷を師匠とあがめたてまつりながら人生を共にしていきます。
 下北沢、石神井(しゃくじい)、青梅街道、吉祥寺、高円寺、井の頭公園、三軒茶屋、二子玉川など、小説でよく登場する地名が出てきます。行ったことありませんが、魅力を感じます。
 最初から最後まで貫く一本の線があります。弟子である徳永が、師匠である神谷の「伝記」を書くことです。神谷は朝起きてから夜寝るまで、もしかしたら寝ているときも漫才師でいたい人間です。日常会話はイコールネタ合わせです。行動も狂っています。それだけ漫才に情熱を注いでいます。人を笑わせて幸せな気分にさせたいのです。彼の言動は「純粋」です。目からウロコが落ちる思いでした。
 読んでいるとわかってくるのですが、これはなにも「漫才師」に限った世界の出来事ではないのです。どの職域でも同じです。だれしもあがいて、悪戦苦闘している。それが、働くということ。
 メッセージとして受け取った項目は、互いに違いを認めて協力していく。徳永が神谷から学んだのは、「自分らしく生きていく」でした。
 気に入ったいくつかの表現の要旨です。
・ふたりで呑む(酒を飲む)といつも前後不覚になった。
・芸人は変態であることが利点
・あらゆることをうやむやにする。
・ネタ合わせに明け暮れても、収入には結びつかない。
・(ネット上あるいはアンケートで)他者を批評(批判)して、(投稿者が)生き延びることができるのだったら、その行為を許す。
・神谷のつぶやき「これが人間やで」