2014年01月28日

さようなら、オレンジ 岩城けい

さようなら、オレンジ 岩城けい 筑摩書房

 舞台はオーストラリアです。おもな登場人物は、アフリカ戦争難民のサリマ(本名はナキチ)と日本人ハリネズミ(本名はSayuri)です。
 サリマの生活状態の記述とハリネズミが恩師ジョーンズ先生にあてた手紙文が交互に出てきます。Sayuriは日本人ですが、生涯を海外で暮らすことを決した日本国籍の人であり、日本国で暮らす日本人とは雰囲気が異なります。
 Sayuriは物書き志望です。彼女が書いたナキチをモデルとしたサリマの物語とSayuriの実生活が合体した小説という構造が見えます。それぞれ1本ずつの小説にしたほうがわかりやすいのですが、テーマのひとつに両者の英語学習が出てくるので、ふたりの話をからめる必要性があったのでしょう。
 サリマ(ナキチ)29歳はスーダンまたはソマリアの難民でふたりの息子もち。夫とは別居。仕事はスーパーマーケットで動物の血が付く生鮮食料品の加工作業です。Ito Sauri(ハリネズミ。在住7年)の夫は大学の研究員で米国に単身赴任、ふたりの娘は生後4か月です。イタリア人オリーブ(パオラ。在住30年)のこども3人は成人しています。赤毛の英語女教師ロスリン・マクドナルド、トラック運転手トラッキー、騒音問題の原因となるドラマー(太鼓)ほかもいます。サリマもSayuriも貧しい。永住権がないことから社会保障の面で不利益があります。
 タイトル「オレンジ」は、黎明時(れいめい。夜明け)の空、また、夕日が沈む夕映えを指すと受け取りました。童話「青い鳥」のように、さがしてもどこにもいないいつか与えられる「幸福」への期待感を表わしているのでしょう。
 平たい顔のハリネズミと思われている日本人女性Sayuriの手紙と戦争難民サリマの暮らしぶりの記述は、最近の芥川賞作品の傾向とは思えない内容と記述です。文章は読みやすい。文章づくりに溺れすぎてはいない。客観的にサリマのことを説明していく。サリマの部分で、朗読、会話表現の文字化がうまい。淡々と書かれた「日常」に作者の落ち着きがあります。ゆるやかに流れる中規模の川を思わせる。
 日本人物語ではありません。人類女性物語です。女の夢をはばむものが、妊娠・出産・子育てである。周囲が助けて、女の夢をかなえる。数年間に渡る女性たちの生活変化を通して、彼女たちの成長が書かれています。彼女たちは、死別や離別によって、子を失くして初めて母親としての自覚を得ます。
 もうひとつは、「言葉・言語」です。仕事でお金、学校で言葉を手に入れる。言葉の重要性が指摘されています。文字を読めなかったサリマは、英語学習の成果が出てきて、今まで読めなかった英語を読めるようになり、視界が広がる喜びを手に入れました。書中に、心に言葉の森を創るというような表現がありました。知らないことを知る学習のよろこびはタイトル「オレンジ」を連想させます。
 その他、肌の色による人種差別の記事があります。また、「数値」による支配する、支配される関係があります。なかなかいい。言葉は自分を守る武器、表現する道具ともあります。言葉はあまりにも身近で言葉について考える発想がありませんでした。
 も一度最初からページをめくってみました。
 サリマはシャワーを浴びながらよく泣いていた。彼女は英語を話せない。ふたりのこどもをかかえていた。午前3時から牛やブタを包丁でさばく仕事をしていた。Ito Sayuriは、生後4か月の女児を貧困の中で育てていた。常に大学で学習したい、働きたいという希望と欲望をもっていた。
 ××でオレンジ色を手に入れたい。けれど××がどこにあるのか見当がつかない。Sayuriは、娘を託児所で亡くした。子育てより授業に出ることを優先した結果自らにバチが当たったと自分を責めた。
 それぞれ挫折を味わって再び歩き出す再生物語です。ラストは作者の気持ちが入り込みすぎていて、終着がうまくいっていません。未完成です。また、一度・二度読んだだけでは消化しきれない深いものがあります。


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