2009年07月08日

生きる 黒澤明監督

生きる 黒澤明監督 昭和27年 東宝DVD

 これまでこの映画をテレビ放映で、冒頭の部分と最後の部分しか見たことがありません。内容はなんとなく聞きかじっているのですが、今回はしっかり見てみました。殺人事件もドンパチの銃撃戦も暴力もない白黒映画です。ゆっくり感がとてもいい。
 市役所の市民課長渡辺勘治さん、54歳ぐらいでしょうか、彼が主人公で、胃がんで余命半年という設定です。先日見たアメリカ映画「最高の人生の見つけ方」では、ふたりのおじいさんがやはり癌で余命半年の告知を受けて、ふたりそろって世界中を旅するお話でした。たぶん、アメリカ映画製作のきっかけは、黒澤監督の「生きる」がヒントなのでしょう。
 最初は市民課という名称から戸籍とか住民登録を扱っている課と勘違いしました。市民の要望、苦情を承る課でした。大雨が降ると暗渠(あんきょ)から水があふれて困るという治水の話から始まって、衛生環境、さらに発展して埋め立てた土地に公園をつくってほしいようです。
 癌を告知された人間の生き方とか、組織のありかたとか、家族の意識とか、いろいろな項目が思い浮かびます。理詰めで、よくできた物語です。効果的な伏線が張られています。そして、スリラーの面もあります。物事を極めた芸術作品です。
 わたしはここでは、「無駄な時間」について語ってみます。渡辺市民課長は30年間仕事を休んだことがない。しかしながら30年間仕事をしたこともない。何もしないことで地位を守ることができる。大正生まれの人です。それでも昭和5年に私案を作成して上層部に提案した形跡があります。しかし彼の提案は取り入れてもらえず、以降、業務改善についてあきらめています。ナレーションは冷酷に、彼は時間をつぶしている。つまり生きていない。死骸(しがい)であると断定しています。わたしは、彼の姿勢や表情を見ながらミイラのようだと感じました。そうしたら、彼の職場の若い女性が彼のニックネームを「ミイラ」とつけたというシーンが登場したのでびっくりしました。後半に続く彼の顔色は「死神」のようです。セリフは朴訥(ぼくとつ)ですが、強い説得力があります。
 30年間たまっていたマグマがとろけだして、彼の命と引き換えに埋め立て工事が行われ、その上にたくさんのこどもたちが遊ぶ公園が完成しました。彼に対する周囲の評価はさまざまですが、彼自身は周囲の評価なんぞ気にしていません。自分が満足したので十分なのです。
 余命数か月と癌の告知をされた人はどうするのか。最初は、自分が楽しみたいことをやっきになって実行します。それらをやり終えたときに人はどうするのか。自分のまわりにいる人が自分にしてほしいと思うことをやろうとします。相手が配偶者であれば、生きている状態で少しでも長くそばにいてほしいと願うことでしょう。
 今回の場合は、渡辺課長が自己嫌悪に陥った「何もしなかった30年間」はむだではなかったのです。死ぬ瞬間に自分が自分の人生に悔いがなければいい。夢を実現する時期に遅いも早いもないのです。


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